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ドクター・エスの場合。中

 不快に思う表現があります。

「ギャァァーーっ!?!?」


 という、物凄い絶叫が病院内に響き渡り、直後に必死の形相で少女が走り去った。

 院内は一瞬の静寂に包まれたが、人々は少女が走って来た方向を一瞥すると、またざわざわと各々が各自の用へと動き出した。


「・・・とりあえず、なにもないとは思いますが、誰か警邏隊の方がいたら様子を見に行って頂けませんか? どうせ原因は、ドクター・エスのところでしょうから」


 看護士が人の集まるロビーへ語り掛けた。その様子は落ち着いていて、どこか慣れている様子だ。


「へーい、巡回中の警邏隊参上ー」


 病院の外から悲鳴を聞き付けやって来た一人の警邏隊員が看護士へユルい調子で応え、ひらりと片手を挙げて(くだん)の現場へ向かった。


 すたすたと慣れたように歩を進め、整形外科の診察室をコンコンとノックした。


「はい、どうぞ」

「失礼するっすよ、エスト先生」

「これはこれは、いらっしゃい。レット君。相変わらず君は、姿勢と体幹が美しいですね。本日はどうしましたか? 診察ですか? ついでに献体の契約をしませんか? 大歓迎ですよ」


 にこにことレットを迎えるエステバン。


「今は巡回中っす。近くを歩いてたら、悲鳴がしたんで様子見っすよ。特になにもなさそうっすけど、一応話聞かせてほしいっす。エスト先生」


 レットはエステバンのお誘い(・・・)をスルーし、話を聞く。


「なにと言われても・・・病理献体を志願して来た大変感心なお嬢さんへ骨格標本をお見せしたら、悲鳴を上げて出て行ってしまったのです。なぜなのでしょうねぇ? レット君は、わかりますか?」


 不思議そうに首を捻るエステバン。


「そのとき、なんか言ったんじゃないっすか? エスト先生」

「まあ、軽いジョークを。彼も仲間が増えるのを心待ちにしていますよ、と。そして・・・」


 レットの質問に、エステバンは診察室の隅にひっそりと(たたず)んでいる骨格標本を示す。


「できるならば、精一杯駆けるように生き抜いて、安らかに眠るあなたの、秘されし身体の純白の最奥まで、ワタシが暴きたいものです・・・とは、言いましたねぇ」

「・・・それ、自分より早死にして解剖させろって言ってねーっすか? エスト先生」

「おや、人聞きが悪いですね? いいですか、レット君。ワタシはそんな直截的なことは一言も言ってませんよ。そう思うだけに留めましたから」

「いや、エスト先生の本音と欲望だだ洩れっす」

「なんと、彼女は他人の機微に敏いお嬢さんでしたか。驚きですねぇ」


 納得したように頷くエステバン。


「むしろ、先生が鈍いンすけどね。つか、その骨の彼を遺骸だと思ってビビったんじゃないっすか?」

「? いやですね。彼は、木材を白く塗った標本…というか、オモチャみたいな物ですよ。近頃の若い子は、本物の人骨との区別もつかないのですか? 嘆かわしいことです。大体、本物の人骨をこんな場所に置く筈ないじゃないですか。盗まれたり、損傷してしまったらどうするんです? 傷でも付いたら可哀想ではありませんか。ちゃんと、施錠できる場所に保管していますよ」

「普通のお嬢さんには人骨見る機会なんてそうそう無いっすよ。区別できなくて当然っす。あと、先生が本物の人骨持ってるように聞こえるっす」

「まあ、遺体の埋葬は防腐処理を施してのエンバーミングが主流ですからねぇ・・・薬品で余分な肉を落とした純白の骨はとても美しいのですが、それを観賞する機会が無いとは、仕方がないとは言え、可哀想なことですよ」


 ふぅ、と憂いを帯びた憐れむような溜息。


「ああ、それと、病院への献体でない私物の人骨は、自宅に保管してあります。無論、ご本人やその家族の方の了承は得ているのでご心配無く。ヴィルヘルム君や上層部も知っている筈ですよ」

「・・・そうっすか。エスト先生って、医者で警邏隊の関係者じゃなかったら、ガチでヤバい人っすよねー」

「ふふっ……まあ、ワタシに医学の道を奨めてくれたあの方へは、非常に感謝していますよ」


 どうやら多少の自覚はあるようで、呆れ顔のレットへと、麗しく微笑むエステバン。


「ところでレット君、折角(せっかく)来たのです。整体ついでに、関節を外させてください♪」

「嫌っすよ」


 レットの即答に、その妖艶な美貌が曇る。


「そうですか・・・残念です。では、整体はいいので、関節を外させてください。是非」

「断るっす。関節外されると、痛いっす。小猿隊の巡回に支障を(きた)すから駄目っすよ。整体も、休み前じゃねーとあちこち大変になるんで遠慮するっす」

「仕方ありませんね。では、レット君。休日の前に来てください」

「整体だけ頼むっすよ。何度も言ってるっす。自分は軽業が得意で、軟体(コントーション)はさっぱりっす」

「残念ですねぇ・・・では、気が向いたら是非。献体の方も、常時大歓迎ですので♪」

「診察と治療、整体以外は断固拒否っすよ」


 妖艶な笑顔でのお誘い(・・・)を、バッサリ切り捨てるレット。それは、腕はいいのにアレな警邏隊の専属医師と、何度も繰り返しているやり取り。


「そんなに関節外すの好きなら、自分の外せばいいンすよ。エスト先生は」


 医師であり、貴族出身でもあって身分の高いエステバンへと、遠慮の無い口を利くレット。


「それは以前やってみたのですがねぇ・・・治療するときにどうにも支障が出てしまうので、やめました。痛いですし」


 けれど、エステバンはガチの変人なので気にしない。彼の言動はアレだが、基本的には治療と、許可を(・・・)出した者(・・・・)以外の他人に無体な真似はしない。

 彼は、ひたすら自分の好きなことに対して邁進し続けている無邪気な人物で、他意は無いのだ。


「これだから先生は・・・腕と顔はピカイチなのに、誰も寄り付かないンすよ。それじゃあ、自分はそろそろ巡回に戻るっす。なんかあったらよろしくお願いしますよ。エスト先生」

「はい。できれば、掠り傷や筋肉痛などではなく、開放骨折などで骨が観えるような怪我の治療がしたいですねぇ。複雑骨折でもいいですが・・・無論、治療は後遺症が残らないよう尽力致します。安心してくださいね?」

「そこは普通、怪我するな。や、気を付けろって言うとこでしょうに? 全くもう・・・なんもなかったンで、失礼しますよ」


 やれやれと溜息を吐いて、レットはエステバンの診察室を後にした。


「ええ。では、また後日。待っていますよ、レット君」


 エステバンの妖艶な美貌に、彼のお誘い(・・・)を勘違いした女性が悲鳴を上げてこの診察室を飛び出して逃げる。そして、近くにいる警邏隊員が確認をし、エステバンにお誘い(・・・)を受ける。受け答えに関しては、各自の裁量でとなっている。ここまでが、この病院の日常茶飯事。


 エステバンは変人中の変人だという噂が広まっているのに、なぜか彼の美貌へ勘違いをする女性は後を断たない。彼の言動も勘違いに拍車を掛ける要因の一つではあるが・・・


 グラジオラス辺境伯領の国内外で有名な外科医、侯爵位を賜ったドクター・リドことリディエンヌ・グラジオラスの親類にして、恩師でもあり、彼女と比肩される程に腕()良いというのに、その性格と言動の危うさ故に、とても不人気な整形外科のスペシャリスト。エステバン・グラジオラス。


 ちなみに、レットを初見で骨格から女性だと見抜いたくらいの骨マニアだったりする。


 彼は骨が大好きで大好きで堪らなくて、隙あらば他人の関節を外したり填めたりしたいと狙い、ときには他人の怪我を祈ったりもする・・・いろんな意味で危うい医師だ。


 無邪気な残酷さを持ち合わせ、患者や普通の人からとても恐れられている妖艶な美貌の変人。その通称は、ドクター・(サディスト)

 読んでくださり、ありがとうございました。

 レットの再登場でした。

 そして、エステバンの愛称はエストなのに、ドクター・エスと呼ばれる理由です。

 次もエストの話ですが・・・人によっては、ホラーに感じるかもしれません。

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