警邏隊員レットの場合。下
長くなりました・・・
令嬢三人がレットの住む部屋へ来て、そのうち一人が大家としての挨拶をして立ち去った。そして、二人が残った。
「あ、あのっ、レットさんっ!? 不束者ですが、よろしくお願いします!」
「お、お願いしますっ!?」
ガバッと頭を下げるめそめそしていた令嬢…サリア嬢と、挙動不審な令嬢…マデリーン嬢。
「・・・まあ、よろしくっす」
レットは、溜息を吐きながら元貴族令嬢の二人に家の中を案内した。
「お嬢さんらには狭いと思うっすけど、ここは元々自分の一人暮らし用っすからね。我慢してほしいっす。あと、寝室は一つ。ベッドも一つしかねーっす。一応、二人で寝られねーことはないんで、仲良く並んで寝るといいっす。自分はリビングのソファーに寝るっすから、なんかあったら呼ぶっす。そして、自分が勤務中のときは、管理人のケイトさんにお嬢さんらのことお願いしといたっす。遠慮無く頼るといいっす。まあ、今日のところはこのくらいにしといて、平民の暮らしには追々慣れて行くといいっす」
※※※※※※※※※※※※※※※
こうして翌日。
出勤したレットは・・・
「っだ~っ、もう鬱陶しいっ!?」
やっかみと好奇の視線に晒されていた。
大丈夫か? という声かけならまだしも、「令嬢二人との生活はどうだ?」「羨ましいぞ!」「代われ」「レットさんの破廉恥!」やら、「ハーレムかよコンチクショー!」「死ね!」「呪われろ!」などなど、非常に理不尽な同僚(主にモテない独身野郎共)の言葉に、レットは辟易していた。
ムカついたので、アホ共に小猿隊員にもハードとされている険しい散歩コースを鼻唄混じりに食らわせてやると、案の定ヒィヒィと音を上げ、失礼にもレットを化け物呼ばわりしてへばった根性無しの野郎共。道無き道を移動中、あちこちにぶつけてできた打ち身や擦り傷が痛むようで、いい気味だ。そして明日は、筋肉痛で更に悶え苦しめばいいと思う。
ついでに、警邏隊専属の腕は非常に良いが、とても不人気な医師に連中のケアを依頼しておいた。
彼の医師は、警邏隊の中でも他の追随を許さない程に、断トツで、ピーキー! な人物なので、野郎共は泣いて有り難がることだろう。
と、レットは少し溜飲を下げた。
へとへとな気分で家に帰ると、待っているのはレットがやっかまれることになった原因の二人。
「ご飯行くっす。先に言っとくっすけど、庶民の味っす。慣れてほしいっすよ」
夕食の用意など、お嬢様には全く期待していないので、レットは二人を連れて夕食を外へ食べに行くことにした。
すると、行き付けの食堂でもニヤニヤと揶揄われたり、「レットちゃんなら安心だね。よかったね、お嬢さん達」という女将さんの変な太鼓判。
「はぁ・・・」
余計に疲れたレットが食事を終えて家へ帰り、ゆっくりと風呂へ漬かっているときだった。
浴室のドアが、開いた。そして・・・
「・・・今、自分が入ってンすけど?」
「キャーっ!?」
と、上がる悲鳴。挙動不審な令嬢マデリーンがレットを見てバタン! と、浴室を出て行った。
「・・・は? きゃーはむしろ、自分の方だろ全く・・・そう言や、お嬢様ってのは、服着たまま風呂入ンのか? ・・・さすがに風呂や着替えの面倒まで見てらンねーよ」
翌朝、マデリーン嬢は出て行った。
サリア嬢はなんとなく寂しそうにしていたが、レットはちょっと清々した。
※※※※※※※※※※※※※※※
それから数日。
めそめそしていた令嬢サリアは、管理人のケイトに家事を教わりながらレットの家で四苦八苦している。案外根性があるようだ。
それはそれとして、またもや元令嬢が増えたという。
「・・・おい、レット」
「なんすか? ヴィル様」
「お前、あの令嬢達になにを言った?」
ヴィルヘルムに呼び出されるなり、不機嫌な顔が見下ろし、低い声で言った。
「貴族の暮らしができる手っ取り早い手段は、貴族に嫁ぐことって教えただけっす。警邏隊の独身男性のことも、チラッと言ったかもしれねーっす」
レットはしれっとリークしたことを認める。
「お前は・・・ったく、もういい。ウサギ隊を出動させる。お前、女装しろ」
「ウサギ隊っすか。女装とはまた面倒な・・・他の女子隊員に頼めばいいじゃないっすか? わざわざ自分使わなくても、可愛い女の子いるっす! おねーさん方に頼むっすよ!」
「阿呆。今回はいつもの釣りじゃない。十代に見える童顔の隊員で、荒事ができる奴が必要だ。お前、釣りは得意だろ」
容姿と経験からも、ピッタリな人選だ。
「っ・・・クッ、自分の童顔が憎いっ!」
「納得したみたいだな。なら、さっさと女装して、困った顔で町中彷徨いて来い」
「・・・へーい」
そして、レットの久々の女装! ということで、テンションの上がった女性隊員達に寄って集って揉みくちゃにされながら、レットはドレスを着せられ、薄化粧を施され、カツラを被らされた。
こうして出来上がったのは、十代半ば程の美少女・・・に、見えるレット。
「うヘぇ・・・コルセット、キツいっす。お嬢様方は、よくこんなの付けてられるっすねー? 口から内臓出たりしないンすかねー?」
不本意なことに、げんなりした表情が儚げだと意外に好評。口を開かなければ、華奢な令嬢に見える。更に、侍女の格好をした女性隊員が付けば完璧だ。
こうして、レット達囮…通称ウサギ隊に拠る捕り物が開始された。
「・・・よく釣れますねぇ。お嬢様(笑)」
「そうですね。年下メイドのおねーさん(笑)」
囮隊が困った顔で町中をとぼとぼ歩いていると、親切な顔をした悪い輩が釣れる釣れる。そして、付いて行く振りをして不埒なことをしたら即行で捕まえる。
「・・・クソ野郎共は滅びればいい」
「お嬢様(笑)言葉遣いが悪いですよ。まあ、それには心から同意しますが」
普通に親切な人も釣れる。それは申し訳ない。
そして、警邏隊の男共まで釣れる。阿呆共め。
「あ~、お嬢さん達は、迷子ですか?」
にっこりと優しく微笑む若い警邏隊員。
「違ーっすよ。自分らはウサギっす。釣りの最中っすから、邪魔しねーでほしいっす」
しっしっとレットが手を払うと、男性隊員がみるみると驚愕の表情へ変わった。
「そ、その喋り方、も、もしかして小猿隊第二小隊のレット隊長ですかっ!?」
「煩ぇっすね? 声抑えるっすよ」
「ハッ! ・・・ところで、そのおっぱいやけにリアルですね? どうしたんですか?」
彼が見下ろすのは、デコルテの開いたデザインのドレスから見えるレットの膨らんだ胸の谷間。メイドに扮した女性隊員の白い目には、気が付いていないらしい。アホだ。
「んあ? これは自前っすよ。寄せて上げて、コルセットでギュウギュウに締め上げられたらできたっす。普段はBなんすけど、今はDっす」
警邏隊の、特に遊走隊は移動に危険が伴う為、制服の布地が厚い。なのでレットの胸は目立たない。
「へ?」
「ンじゃあ、さっさと散るっす」
と、レットはとぼとぼと途方に暮れているように見えるよう、歩いて行った。
「ええ~~っ!?!?」
そして、響く若い男性隊員の叫び声。
「ったく、なんなんすかね? 女装する度、会う後輩会う後輩が人の顔見て絶叫って。失礼っすよ」
「まあ、レット隊長の性別を知らない新入りが驚くのは、毎度恒例と言いますか・・・」
「なんすか、それ」
「レット隊長、美少女ですから」
「そこは美女じゃねーンすか?」
「いえ、レット隊長は美少女で美少年ですともっ! そして、この町の老若男女…いえ、女性にモテモテの、女性隊員達のアイドルですからっ!」
顔を赤らめて力一杯力説する女性隊員。
「いや、アイドルって・・・」
こうして、この日一日で悪質な女衒や変質者など、十数人の犯罪者が逮捕された。
「ご苦労だったな、レット」
「ホンっト疲れたっすよ、ヴィル様」
ドレスから警邏隊の制服へ着替えると、男性隊員から落胆の声が上がったが、無視して帰宅。
すると、サリア嬢がめそめそと泣いていた。
「っ、ひ、酷いです、レットさん! わたくしを騙していたんですのねっ!? レットさんが既婚者だったなんてっ、あんまりです! どなたですかっ!? このレティシア様という方はっ!?」
と、『レティシア・コーウェン様へ』と書かれた郵便物を指して言った。
「ああ、言い忘れてたっす。レットというのは愛称で、自分の本名はレティシア・コーウェン。独身。正真正銘の二十二歳で、サリア嬢よりも年上のお姉さんっす」
「へ?」
ぽかんとするサリアへ、レットは続ける。
「このアパートは、独身女性専用っす。まだ気付いてなかったンすね。ついでに言うと、常識的に考えて、箱入りのお嬢さんをいきなり野郎と同棲させるワケねーっすよ。つか、家政婦として雇ってほしいって意味じゃなかったンすね。自分、男だと言った覚えは一度もねーンすけどね? サリア嬢」
※※※※※※※※※※※※※※※
遊走隊…通称小猿隊、第二分隊隊長のレットこと、レティシア・コーウェン。
彼女は元々、諸国を巡るサーカスの子供だったが、花形のキャストが事故で死亡。その煽りを受けて口減らしの為、グラジオラス辺境伯領の修道院に預けられた。
サーカス育ちという特殊性の為、修道院には全く馴染めず、こっそりと抜け出してはしょっちゅう町中を駆け回るような問題児だった。
レットは修道院にあった美しい天使の絵だけは好きだったが、静かで厳粛な空間で神へ祈りを捧げるよりも、騒がしい町中の喧騒の方が好きだった。
そんな彼女がヴィルヘルム達と、そして天使様と出会ったのは、今から十年程前のことだ。
当時、武者修行を兼ねて国内外を旅していたという騎士志望のヴィルヘルム達が、グラジオラス辺境伯領へと一時的に帰還した際のこと。
銀髪紫眼の麗しい天使が町に降臨した・・・という噂が駆け巡り、町は大混乱に陥った。
その天使を巡り、町の至るところで決闘や乱闘が起き、犯罪者達がしょっぴかれて行った。
「天使がいるなら見てみたいけど・・・」
と、混乱している町を高い場所から見下ろしていたレットは、なにかを探して駆けずり回る少年達を見付けた。
「にーさんら、なに探してンすか?」
その必死な様子が気になったので、レットは塀の上から彼らへ声を掛けた。
「・・・よし、そこの子ー。手伝ってくれるー? お兄ちゃん達、噂の天使の保護者なワケよー。ホントは天使なんかじゃなくて、滅茶苦茶綺麗な顔してるだけの普通の子なんだよねー」
彼らの中でリーダーと思しき少年が、僅か逡巡。そして、レットを見上げて答えた。
「っ、おいヴァルクっ!?」
「やー、だってさっさとヘリオス確保しなきゃどんどん騒ぎ拡大してくしさー。手は多い方がいいってー。ねー、そこの君ー。天使を見付けたら、俺らに教えてくれるー?」
「いいっすよー。にーさんら、お貴族様っすよねー? 自分の後見人になってほしいっす」
「OKー! 後で話し合おうー!」
「了解っす!」
こうしてレットは町を駆け回り、ヴィルヘルム達を手伝って天使救出に力を貸した。
「うっわ! マジ綺麗っす! 天使様みたいっす! この美人さんホントに人間なんすか?」
「人間だよー。あ、今は放心中みたいだから聞いてなさそうだけどー、本人にはそういうこと言わないであげてねー。ところでさー、町外れまで案内してくれるかなー?」
「確かに失礼だったっすね。了解っす」
ヴィルヘルムが放心中の天使を小脇に抱え、移動。少年達はしつこい追跡者達を振り切る為、レットの案内で道無き道を突っ切って走った。
そして、町外れまで彼らを連れて行くと、用意してあったらしい馬に跨がって走り去った。
それから数日後。レットの暮らしていた修道院へ、天使の保護者を名乗っていた少年二人が、レットを訪ねて来た。
「・・・驚いたっす。にーさんらが、ホントに来るとは思ってなかったっす」
「約束したからねー。君の後見人になるってさ」
「・・・お前、女だったのか?」
見習いシスターの修道服を着ていたレットを、驚いたように見下ろすヴィルヘルム。
「? そうっすよ」
「・・・お前に少し、提案があったんだが・・・女なら、やめておく」
「なんすか、それ。どんな提案っすか?」
「えっとねー、ヴィルが言う提案ってのは・・・」
ヴァルクがヘラヘラと話したのは、レットに警邏隊へ入らないか? というもの。
町中を、レットがしている風に移動すれば、警邏隊の仕事や治安維持が大いに捗るのではないか? ということだった。そして、提案者としてヴィルヘルムがレットの面倒を見る予定なのだとか。
「乗ったっす!」
こうしてヴィルヘルム達に後見人になってもらったレットは、修道院を出られることを・・・天使達と出逢えたことを、慶んだ。
そしてレットは、警邏隊の遊走隊設立に尽力し、今日も元気に町中を駆け回っている。
ちなみにレットは、ヴィルヘルム達と巡り逢うきっかけとなった天使様ことヘリオトロープのことが大好きだ。
あの少し後、ヘリオトロープに直接礼を言われたレットは、彼と友人になった。それで彼の中身は案外普通なのだとわかった。
しかし、あの人間離れした美貌は、拝むとなんだかとても御利益がありそうな気がする。
天使と呼ぶと彼はとても嫌がるが、拝むことはやめられそうにない。
読んでくださり、ありがとうございました。
実はお姉さんなレットでした。
ヴィルヘルムが言ってた「手を出すなよ?」というのは、殴るなという意味でした。レットは案外キレっ早いので。
囮の通称がウサギ隊なのは、野ウサギの後ろ蹴りには、狐などの顎を砕く程の威力が秘められているからです。