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警邏隊員レットの場合。中

 レットが()貴族令嬢二人とその侍女二人を保護(・・)してから数日が経った。


 その間に二人の()貴族令嬢は・・・


 一時的に警邏隊の女子寮で預かっているのだが、彼女達は非常に対照的だった。


 片方はあれからずっと泣き続けていて、女子寮の部屋から一歩も出て来ず、警邏隊の女性隊員を困らせているという。

 ちなみに、一緒に保護された侍女は「給金が出ないのでしたら、お暇させて頂きます。今までお世話になりました」と言い残して彼女から離れ、さっさと次の職場を探しに行ったらしい。

 それで益々()令嬢が泣いたのだとか・・・


 そして、もう一人の保護された小さなレディの方は・・・精力的に動き回っていた。


 保護されて取り調べが終わり、警邏隊の女子寮に連れて行けば宿代が浮いたと喜び、翌朝にはフォリン家の相続権放棄手続きの申請をしに区役所へ向かった。無論、色々と確認しなければいけないことが多いので、時間が掛かるそうだ。


 メリーベル・フォリンは、その審査が終わるまでに生活拠点を調えるのだと言い、侍女と二人で不動産巡りをしているらしい。


「・・・普通、逆っすよね」


 めそめそと泣き続けて閉じ(こも)っているのが十七歳で、精力的に動き回っている方が十歳。


 しかも、十七歳の方は、十歳に現実を突き付けられて泣かされていたという。


 レット達警邏隊員は、メリーベル嬢のバイタリティーに驚かされっ放しだ。


 まあ、驚きはするが、驚愕はしていない。


 なにせ、グラジオラス辺境伯領には、メリーベル・フォリンよりも凄いことをした天才達が既にいるのだから。中には到底信じられないような眉唾な逸話(いつわ)も混じっているが・・・


 四歳で数学者の作った難しい問題を解いたという男の子や、どこぞの私有地に城を建ててしまった子供、十歳で広大な麦畑の管理を任された令嬢、大の男を叩き伸めした幼女、五歳で市立図書館の蔵書を読破した令嬢、果てはグラジオラス辺境伯城砦の城壁を素手で登り切った男の子の話などなど・・・


 数多くの噂がまことしやかに囁かれている。まあ、中には大袈裟に盛った話もあるだろうが・・・


 そんな数々の天才達(奇人変人含む)を輩出しているグラジオラス辺境伯領では、十歳で学業をスキップし、大学部へ推薦される程度では少々驚かれはしても、驚愕されるまでは到らない。


 メリーベルはむしろ、この町では手続きの(たぐい)がスムーズに行くことに驚いているようだ。


 まあ、メリーベル・フォリンについては、そう問題はなさそうだ。彼女個人は・・・


 問題は・・・これだ。


「はぁ・・・面倒っすよ、面倒。行きたくねー」


 メリーベル達を保護して数日。


 またしても警邏隊は、()令嬢を保護した。やはり、宿への置き捨て、娼館への売り飛ばしなどで、新しく三人。数日前の二人と合わせて五人。

 メリーベルが一番若く、他の四名は十代後半。

 しかし、やはり他の令嬢達よりも、メリーベルが一番現実が見えているようだ。


 警邏隊の上層部の判断に拠ると、これはまだ第一段の序ノ口で、これからもっと元令嬢や元令息の捨て子が増えるだろうとのこと。


 警邏隊の女子寮では間に合わなくなる。その前に、彼女達への対処法方を決めておかなくてはいけないという。

 モデルケースを作っておけば、これから後の対処が楽になるから、と。


 ということで・・・面倒なことに、彼女達の第一発見者であるレットへ、保護した令嬢達へ現実を突き付けるという損な役回りがやって来た。


 まあ、一番の貧乏くじは、親族に捨てられた彼女達なのだけれど・・・そう思いながらレットは、警邏隊詰め所の会議室に入る。


「はい、注目っす」


 そして、集めた五人の()令嬢へ話をする。


「お嬢さん達は、ご自分達の状況をどの程度把握してるっすかね?」


 と、まずは軽いジャブ。


 めそめそ泣き続けている令嬢、無闇に攻撃的な令嬢、おろおろしている令嬢、放心している令嬢。(すす)り泣く声と喚く声、狼狽(ろうばい)する声が響く中、やはり一番冷静なのは一番小さい令嬢。


「わたし達は、捨てられたのです」


 可愛らしい声が凛と響いた。


「そうっす。で、お嬢さん達に幾つかの選択肢を選んでもらうっす」

「わたくしになにを選べというのかしら? 平民風情が生意気ですこと」


 攻撃的な令嬢が早速噛み付く。判っていないのか、認めたくないのか・・・彼女も、もう既に平民に落ちているというのに。


「大まかに言うと、道は三つっすね。働くか、嫁ぐか、修道院に入るか。このうちのどれかを選んでほしいっす」

「なっ!? なにを言うのっ、この平民がっ!?」

「警邏隊では、いつまでもあなた方を保護し続けることはできねーっす。悪いけど、孤児院じゃねーンで、子守りは業務外っす。あ、先に言っとくっすけど、これでもうちは親切な方っすよ? 取り調べが終わった時点で、あなた方を放り出してもよかったっすからね? つっても、右も左もわからない世間知らずのお嬢さんらを放り出すと、どうせ人買いやら女衒(ぜげん)に連れてかれるのは目に見えてるっすからね。一応これは、トラブルの事前回避の為の保護っす。気に食わねーってンなら、どうぞご自由に。その場合、か弱い(・・・)お嬢さん(・・・・)がどんな目に遭っても自己責任っす。警邏隊が見回ってンのは、基本的には町の中っすから。外国に連れてかれでもしたら、完全にお手上げっすね」


 レットの辛辣な言葉に、顔を赤くして悔しそうに唇を噛み締める攻撃的な令嬢。


「ンで、今チラッと話に出た孤児院っすけど、ここにいる最年少の令嬢以外は入るのが難しいっす。入れたとしても、多分年齢的にすぐ出されちゃうと思うっす」


 おそらく、孤児院へ行くつもりは無いのだろうと思いつつ、レットは最年少のメリーベルをチラリと一瞥。そして、令嬢達全員を見渡す。


「とりあえず、貴族として暮らす手っ取り早い手段は貴族に嫁ぐことっす。まあ、没落貴族のお嬢さんを引き取りたいって家があればっすけど。貴族の血筋を欲してる商人なら、贅沢させてくれる可能性有りっす。まあ、女好きやら愛人、または難ありな男が相手だろうと容易に想像は付くっすけど。ンで、働くことで貴族に近い暮らしができる職業は、貴族子女の家庭教師(カヴァネス)か高級娼婦辺りっすかね? あとは、貴族の屋敷で侍女として使われる側として働くか・・・ああ、楽器演奏や絵を描くのが得意ならお抱え芸術家とかもありだと思うっす。ま、どれにしても智識と教養は必要不可欠っすけどね」


 甘やかされて来たであろう彼女達には、どれも難しそうだと思いながら、レットは話を続ける。


「貴族の生活に拘らなければ、働いてそこそこの暮らしをすればいいっすよ。または、平民に嫁いで養ってもらうといいっす。警邏隊や騎士団の独身男性は嫁さん募集してるっすからね。実は貴族の次男三男も働いてたりするっす。で、働くのも嫁ぐのも不安なら、修道院へ行くっす。質素ながらも、最低限の衣食住は約束されてるっすよ」


 こうしてレットは、()貴族令嬢達へ現実を突き付けたのだが・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


「・・・なんで、こうなったっすか・・・」


 小さく零したレットの家には今、保護された()貴族令嬢のうち、三人がいる。


 一人については、まあいい。


 驚きはしたが、既に自立の計画をしていて、本日ここへ引っ越す予定だったという。


 なんとびっくり、メリーベル・フォリンは本日より、レットの借りているアパートの大家さんだ。不動産巡りをして、ケイト名義でこのアパートを即金で買ったという。自分に降り掛かった不幸を地主に話し、大幅に値引きをしてもらったのだとか・・・

 ちなみに、代金は家から持ち出した宝飾品を今までの給金だとしてケイトへ支払って、それを流用したという。余程の信頼関係を築いてなければ、持ち逃げされているであろう荒業だ。

 やはり、メリーベルはとても(したた)かだった。


 そのメリーベルはアパートの大家として、レットの部屋へ挨拶に訪れている。


 問題は・・・この二人だ。めそめそ泣いている令嬢と、挙動不審な令嬢が、なぜかレットの住む部屋にいる。


※※※※※※※※※※※※※※※


 令嬢達への現状説明会が終わり、解散を告げて会議室を出ようとしたときだった。


「な、なら、レットさんが貰ってください!」


 泣いている令嬢がそう声を上げると、


「わ、わ、わたくしもレットさんがいいです!」


 おろおろしていた令嬢も声を上げる。


「はあっ!?」

「見知らぬ殿方より、わたくしを保護してくださったレットさんの方がいいですわ!」


 とか、なんとか・・・


 それを上司に報告すると、


「・・・まあ、いいだろう。(しばら)飯事(ままごと)に付き合ってやるといい」


 と、上司が(のたま)った。


「・・・冗談っすよね? ヴィル様」

「一応言っておくが、手は出すなよ?」


 警邏隊の指揮官ヴィルヘルム・グリフィンがレットへ言った。彼は二十七歳。騎士志望だったのに、最終的に警邏隊に就職した貴族出身の独身だ。ちなみに、レットを警邏隊へ推薦した人でもある。


「・・・まあ、できるだけ我慢はするっすよ。できるだけ。限界以上の我慢はしないっすから」

「ああ、それでいい」

「けど、なんで自分とこに貰われたいとか血迷ったことを言い出したっすかね? あのお嬢さん達は」


 溜息混じりの苦い声。


「だってお前、警邏隊の花形になりつつある遊走隊の、それも分隊長のうちの一人で、稼ぎもそう悪くはないだろう? それに・・・」


 ふっ、と笑いながらレットを見下ろすヴィルヘルム。


「・・・それに、なんすか? ヴィル様」

「顔だって悪くない。美少年(・・・)に見える。ゴツい警邏隊の連中より、年下に見えるお前の方がマシだと思ったんじゃないか?」


 美少年(・・・)という言葉に顔を(しか)めるレット。


 確かにレットは短い金茶の髪に赤茶の瞳、日に焼けた肌で小柄な十三、四の美少年。に、見えはする。


「レットさんやるー!」「ずっりー!」「よっ、美少年!」「貴族のお嬢様二人も嫁に貰うとは!」「羨ましいですよー!」「代わってくださいよ!」「いきなり同棲かよ!」


 と、口々に野次を飛ばす警邏隊の若い隊員達。


「・・・おい、手前ぇら。明日は小猿隊の見回りに入れてやるから、覚悟しやがれよ」


 キレたレットが、騒ぐ若い後輩達(・・・)へ低く宣告。


「へ?」「おお、レットがキレた」「小猿隊の見回りはキっツいからなぁ」「え?」「せいぜい頑張ンな」「あの人、態度は気安いけど案外上下関係厳しいから」「明日は地獄だな、新入り共は」「は?」


 ざわざわとした話し声の中、


「ああ、レットはすばしっこいのだけで分隊長になったワケじゃないぞ? 実は遊走隊の設立メンバーで、七、八年前から警邏隊に出入りしてる奴だからな。新入り共はちゃんと敬えよー?」


 ヴィルヘルムの言葉に固まる新人達。


「大体っすね、自分は年下の小娘共には全く興味ねーっすから! 揶揄(からか)うのもいい加減にするっす!」

 

 ふん! と、不機嫌に鼻を鳴らすレット。


 小柄な美少年(・・・)に見えているレットの実年齢は二十二歳。童顔で細身な体型、そして、その言葉遣いと気安い態度。諸々が合わさって、レットをとても若く見せている。

 なので、年下の後輩や年上の後輩に舐められることも多々。そういう礼儀のなっていない(やから)には、小猿隊以外からは恐怖の見回りと称されている、道無き道を闊歩する町内一周散歩(パトロール)コースをかましてやることにしている。無論、高所恐怖症な隊員にも容赦はしない。


「そう言やお前、天使(・・)の信奉者だったな」


 ヴィルヘルムが、ぼそりと小さく呟いた。


※※※※※※※※※※※※※※※


 こうしてレットは、上司に()令嬢二人を押し付けられることとなった。

 その腹いせに、令嬢達に同僚貴族の情報をこっそりと教えることで溜飲を下げたのは内緒だ。


 そして特に、ヴィルヘルム・グリフィンを推しておいたことも・・・

 読んでくださり、ありがとうございました。

 レットは迷惑してます。

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