警邏隊員レットの場合。上
不快に思う表現があります。
警邏隊所属のレットが市街を見回り中。
「キャーっ!?」
絹を裂くような甲高い悲鳴がした。
それを聞いた瞬間、レットは駆け出す。
「よっ、と!」
跳び上がって区画を分ける塀へとよじ登り、塀の上を走って移動。塀から塀へ。そして、建物へと跳び移り、建物の屋上や屋根、手摺、外階段、雨樋など様々な場所を足場にし、足が置けなければ掴まったり、あちこちを飛び跳ね、市街地を縦横無尽に駆け回る。効率的な走法を以てして。
そして、
「警邏隊参上!」
悲鳴の聞こえた現場にいち速く到着。
するとそこには、怯えて泣いている女性が二人と、スカーフを叩いてパラパラと小石を払い落としている女性の姿。そして、
「さあ、この不埒者共を捕まえてください」
胸を張る少女と、道へ倒れている男二人がいた。
「・・・」
既に暴漢と思しき人物達は倒れていた。意識も無いようだ。
警邏隊の中でも、市街地を効率的な走法で駆け抜ける遊走隊…通称小猿部隊は、事件現場へいち早く駆け付け、他の警邏部隊を誘導する役目を担っている。
そして、事件の程度…軽犯罪くらいなら、応援を呼ばずにそのまま対処に当たることもあるが・・・
「あ~、あれっす。自分は警邏隊、遊走隊所属の者なんすけど、なにがあったか説明求むっす」
レットは困惑しつつ、聞いた。
到着が完璧に遅れてしまったようだと思いながら、彼女達を保護する為に応援を呼ぶことにした。
※※※※※※※※※※※※※※※
数日前のことだった。
メリーベルの父が突然、家族で旅行に行こうと言い出した。
メリーベルには学校があるというのに、母が父へ賛同。暫くの間、学校を休んでいいという。
まあ、メリーベルはとても優秀なので、今更授業に出る必要は無いのだけれど。
そして、慌ただしく荷物を纏め、その日のうちにフォリン一家は王都を出立した。
馬車でガタゴト揺られ、国境付近の町へ到着。
滞在する宿を決めると、両親は少し出掛けて来ると言って、二人で宿を出て行った。
「・・・さて、どうしましょうか? ケイト」
宿に取り残されたメリーベルは、連れて来た侍女のケイトへと訊ねてみた。
「メリーベル様のお好きになさってください」
メリーベルよりも年上の、落ち着いた雰囲気の侍女は淡々と答えた。
「それじゃあ、フロントへ行きましょう」
「かしこまりました」
メリーベルとケイトは、部屋で解かなかった荷物を持って、宿のフロントへ向かった。
「どうされましたか? お嬢様」
にこやかな宿の従業員へ、メリーベルが言う。
「すみません。宿泊の取り消しをお願いします」
「なにか不手際がありましたでしょうか?」
「いいえ。この宿はとても素敵で、何日でも滞在していたいと思います」
笑顔でフロントへ答えるメリーベル。
「でしたら、理由をお伺いしても宜しいでしょうか? お嬢様」
「ええ。わたし達が、この宿にとって厄介者だと思うからです」
「どういう意味でしょうか? お嬢様」
「まあ、有り体に言うと、置き捨てです」
メリーベルがにっこりと答えると、
「かしこまりました。もしお嬢様が宜しければ、グレードの低い宿をご紹介致しますが?」
フロントがとても心配そうに言った。
そして・・・
「さて、宿を出てしまったけれど、これからどうしましょうか? ケイト」
メリーベルはフロントと交渉し、前払い分の宿泊費を全額返してもらい、荷物を持って宿を出た。
「ケイトはメリーベル様へ付いて行きます」
ケイトが優しくメリーベルを見下ろす。
「ありがとう、ケイト」
宿へ預けていたフォリン家の馬車は無く、両親はメリーベルだけの滞在費を数日分宿へと支払い、二人でどこかへ出掛けたという。
ちなみに、行き先は不明。
どうやら、ここ最近の貴族や商家の没落(予定)ラッシュに、フォリン家も入っていたようだ。その前に、逃走したということだろう。
代々中央で税関に携わっているフォリン子爵家は、数年前まではそう裕福な貴族ではなかったと、メリーベルは記憶している。
それが、数年前を境に母の金遣いが突然荒くなったのだ。父が昇進をしたワケではなく、けれどもフォリン家に借金の気配などは漂っていない。
袖の下、というやつなのだろう。そう直感したメリーベルは、さりげなく父へとアピールをした。
不正は良くない、法律は守らなければいけない、良識を持った貴族になりたい・・・と。
すると、両親は次第にメリーベルを避けるようになって行った。
そして、メリーベルを寮制の女学校へ途中入学させて、家から追い出してしまった。メリーベルの世話係として、小さな頃からずっと世話をしてくれていた侍女のケイト一人だけを付けて。
メリーベルは、そんな両親に落胆した。
それから二年程が経ち、学校へ入学してから一度も帰って来いと言われず、帰省したメリーベルに毎回門前払いを食らわせていた両親が、数日前にいきなり、週末だから帰って来いと連絡を寄越し、家へ帰ったメリーベルへ父が「家族旅行へ行こう」だ。
こうしてメリーベルは、この国境付近の町で、とうとう両親に捨てられてしまったというワケだ。
メリーベルは、捕まらないよう二人だけで逃げ出した両親へ失望した・・・自分に、少し驚いてしまった。メリーベルはもう、両親へ期待など、なにもしていないつもりだったから。
学校の方は、まあ・・・
メリーベルはとても優秀なので、既に高等部までの修学課程は全て履修済み。プラウナ王立学園の大学部へ推薦される程で、今更授業に出る必要は無かったが・・・しかし、おそらくは両親が学校側へ既に退学届を提出していることだろう。
そんなことより、これからどう暮らして行くか? が、重要だ。返金された金額や荷物があるから、完璧な文無しというワケではない。けれど、手持ちの資金だけでは心許ない。
メリーベルは、おそらくもう貴族ではないし、なにも持っていない。傍にはケイト一人しかいなくて、身一つだ。
だから、考えなければいけない。なにも無いメリーベルへ付いて来てくれるというケイトの為に、これからのことを。
メリーベルが、そんな風にこれからのことを考えていたときのことだった。如何にもな貴族のお嬢様と、その侍女らしき二人連れの女性が、軽薄そうな男二人へ連れて行かれそうになっていた。
なにやら、旅行中らしき令嬢と侍女は、宿の滞在費が数日分しか払われておらず、宿を出されてしまったらしい。そして、実家にも連絡が付かない。それで困っているところを、軽薄男二人がどうにかしてあげよう・・・ということらしい。彼らの会話からなんとなく察した。
非常に身に覚えのある話だ。
とても他人事とは思えなかった。
ということで、メリーベルはその貴族…おそらくは、元貴族令嬢へと声を掛けてあげることにした。
「ちょっと、そこのあなた達」
「なんだよお嬢ちゃん」
メリーベルに答えたのは、軽薄男その一。しかし、メリーベルが用があるのはこの男達ではないのだ。
「あなたではありません。そこの令嬢の方です。あなた、恥ずかしいとは思わないんですか?」
「え?」
いきなり年下の、貴族と思しき可愛らしい少女に話を振られ、きょとんとする令嬢。
「大体、このような、見るからに甲斐性が無さそうで、飲む、打つ、買うの三拍子を実行してそうな、軽佻浮薄でクズ臭漂う男性を頼ろうなどとは、目がおかしいのではありませんか? それとも、弱いのは頭の方でしょうか? どうせ、そちらの方二人にはあなた方の助けになるつもりなど端からなくて、不埒な目的に決まっていますよ」
ビシッと胸を張って令嬢へ言ったメリーベルへ、
「なんだと、このガキっ!?」
クズ(仮定)男二人が怒り出す。
「五月蝿いですね。わたしは今、そこの令嬢へ、不埒男共へ付いて行く危険性を説いている最中です。邪魔しないでください」
メリーベルの言葉へ更に激昂する男。
「言わせておけばっ!?」
と、男は拳を振るおうとした。
「ケイト。黙らせて」
「はい」
メリーベルの命令で、ケイトは拾った小石をスカーフに包んで用意した即席の鈍器を男達の頭へと振るった。ガツン! ゴツン! と、鈍い音が二回。そして男二人がバタンと地面へ倒れ、
「キャーっ!?」
令嬢の悲鳴が上がった。
「やはりクズではありませんか。いいですか、あなた達は、この二人へ外国へ売り飛ばされていたかもしれないんですよ? 全く・・・」
メリーベルが呆れながら親切に教えてあげると、貴族令嬢とその侍女は抱き合って泣き出した。そこへ、
「警邏隊参上!」
レットが駆け付けた。
※※※※※※※※※※※※※※※
警邏隊詰め所の取り調べ室にて。
「というワケです」
「はぁ・・・まあ、事情はわかったっす」
レットは、未だに泣きじゃくっていて取り調べにならないどこぞの元貴族令嬢に変わり、淀みなく説明をする小さな少女を見下ろす。
「お嬢さんは、フォリン子爵令嬢メリーベル。で、そちらさんがフォリン家侍女のケイトさんっすね」
「フォリン、元子爵でしょう」
毅然と答えるメリーベル。
「わたしも、本日よりメリーベル様個人に雇われている侍女となります」
そして、淡々と答えるケイト。
「? どういうことっすか?」
首を傾げたレットへ、
「フォリン家にはもう、ケイトのお給料が払えなくなるので、今日からわたしが個人的にケイトを雇うことにしました」
メリーベルが胸を張る。
「・・・メリーベル嬢は確か、十歳っすよね?」
末恐ろしいと思いつつ、
「はい。先月で十歳になりました。子供が侍女を雇用するのはいけませんか?」
レットはつんと澄まして答える妖精のような小さなレディを見下ろした。
所謂、天才と称される類の少女を。
メリーベルの言う通り、ケイトが倒した男二人は隣国の女衒だった。あの、元貴族令嬢を隣国へ連れて行って売り飛ばす予定だったという。そういう風に話が付いていたらしい。
「悪くはないっすけど、なぜ彼らが外国へ彼女らを売り飛ばすと思ったっすか?」
「隣国の訛りがありましたから。それに……」
「それに、なんすか?」
「父が後ろ暗いことをしていましたので、そんな気配がしたような気がしました」
「成る程、直感っすねー」
レットはメリーベルに頷いた。
「まあ、連中は本当にクズ野郎共だったんで、メリーベル嬢とケイトさんにお咎めは無しっすけど、やり過ぎには気を付けるっすよ? 彼らがもし死んでいた場合、過剰防衛もいいとこっす。そうなった場合、メリーベル嬢は修道院へ、ケイトさんは刑務所行きだったかもしれないっすからね」
「ご忠告に感謝致します。レットさん」
メリーベルは、レットへ頭を下げた。
読んでくださり、ありがとうございました。
メリーベルに持ってかれてますね。