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外交官マーノの場合。下

 不快に思う表現があります。

 堰を切ったように涙が溢れて止まらないマグノリアを、道化と名乗る人物がよしよしと宥めながらあちこちにある酷い打ち身を手当てする。


 そんな道化へ、マグノリアは泣きながら支離滅裂な説明をした。


 プラウナ王国から父と二人でこの国に買い付けに来て、山道で事故に遭ったこと。

 父親が自分を庇って死んでいたこと。

 野盗へ襲われて怖かったこと。


「そっか。事故に遭って・・・よしよし、もう大丈夫。怖くない怖くない」


 やがてマグノリアは、疲れて動けなくなってしまった。あちこち痛くて重い身体。


「事故、か・・・こんな山間部を、商人が護衛も付けずに出歩くものかねー?」


 眠りへ落ちそうな意識の中、ぽつんと落とされた呟きが、やけに耳に残りながら・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 その後のことを、マグノリアはあまり覚えていない。道化の指示に従って山道を歩き通し、気が付けばどこかの村にいて、宿へ滞在することに。


 宿へ着いてからのマグノリアは、酷い熱を出して寝込んでしまった。道化に甲斐甲斐しく看病され、ぼんやりとしていたら数日が経っていた。


 そして、マグノリアが寝込んでいた間にフェルヴィ家へと連絡がされていたようで、叔父が来た。


 亡くなった父の遺体は道化が掛け合ってくれたのか、村人に回収され、安置されていた。


 父の遺体と、馬車や荷物を回収した叔父へ、まだふらついていたマグノリアが挨拶をした。


「叔父様、父を迎えに来て頂き、ありがとうございます。これで家へ、帰れます」


 深々と頭を下げたマグノリアへ、


「なんだ、この娘は? こんな娘は知らないぞ。家族と姪を亡くしたわたしへ、マグノリアを騙って、フェルヴィ男爵家へ(たか)る気か! なんて(いや)らしい娘だっ! これ以上亡くなった(・・・・・)マグノリアを騙るというなら、警邏(けいら)隊へ突き出すぞ!」


 叔父が大声で宿中に響き渡るように怒鳴った。


「・・・え?」


 マグノリアは、叔父が自分になにを言ったのか、理解ができなかった。


 次の瞬間、


「家族を亡くした人に、家族を名乗って集ろうなんて、とんでもない娘だなっ!?」


 村人へ怒鳴られ、白い目で見られていた。


「そんなに金が欲しければくれてやる! だが、もう二度とわたしの前には顔を見せるな!」


 こうしてマグノリアは、富豪のフェルヴィ男爵家の亡くなった(・・・・・)マグノリア嬢を騙った性悪な娘として、宿を追い出された。

 叔父だった男からそれなり…フェルヴィ商会の跡取りとしては端金と言える金額を持たされて、村からも追い立てられて・・・


 この日、亡くなったフェルヴィ男爵家当主だったグレイワーズ・フェルヴィと、その一人娘のマグノリアは、死んだことにされた。


 そして、親族に裏切られたマグノリア・フェルヴィだった(・・・)少女は、家も身分も名前も、その生存すらも・・・全てを失い、外国に放逐された。


※※※※※※※※※※※※※※※


 全てを失い、抜け殻のようになった少女の手を引き、村から遠ざかってから数日。


「おーい、大丈夫かい? 生きてるー?」


 道化は、反応を示さない少女へ声をかける。

 道化の指示には素直に従うが、その(くら)く沈んだ瞳はどこも見ていない。


「にゅ~・・・困ったなぁ。マグノリアちゃん? マギーちゃん? お花ちゃ~ん?」


 ひらひらと少女の目の前で手を振り、ぼんやりした彼女へと呼び掛ける。と、


「っ・・・」


 ふと、少女が道化を見た。だから、


「お花ちゃ~ん?」


 またそう呼び掛けた。


「…パパみたいなこと、言わないでっ」


 泣きそうに顔を歪める少女。反応が引き出せたので、道化は質問する。


「うん? パパみたいって、なーに?」

「マギーは、わたしのお花さん、だって・・・」


 少女はぽろぽろと涙を零し、


「っ、あなたも、わたしがっ…マグノリア・フェルヴィを騙る偽者だって、言う?」


 悔しげな顔で道化を見下ろした。


「さて? ボクは元々君を知らないからねぇ。でも、金持ちや王侯貴族が跡目争いでどろどろするってのは、よく聞く話だと思ってるさ」

「っ!?」

「それにしても・・・外国に、それも育ちのいいお嬢さんを一人で放り出すだなんて、なかなか鬼畜なことをするゼ。野垂れ死ねってことかな?」


 うっすらと笑みを象る道化の口元。


「お金を渡したのはどういう意味なのかにゃー? 罪悪感? それとも、後で誰かがそれを受け取りに来るのかにゃー? どっちだと思う?」


 後で受け取りに来るという誰かが、自分を迎えに来る人だと信じる程、マグノリアはめでたくない。


 言外に、マグノリアを殺しに来る誰かがいるかもしれないよ? と、道化は言っている。


「・・・道化さん」

「んー? なにかにゃー?」

「わたしと、別れてください。あなたが、わたしを助けてくれたことにはお礼を言います。このお金も差し上げます。だから」

「もうっ、なにを言っちゃってるのかにゃー? このお花ちゃんはっ☆」


 ピッとマグノリアへの唇へ人差し指を突き付け、その言葉を遮って道化は言った。


「君も商人なら判るでしょっ☆ボクがお金では動かないタイプの奴だってことがさ?」


 ニヤニヤと笑う道化。


 確かに、道化の言う通り、彼女は金銭で動くようなタイプではない。と、マグノリアは思った。


「君を助けたのはね、気紛れだよ。少し前に、賢者の奴がうちにちみっ子を連れ帰ったんだ。その子を見ようとしたボクに、賢者の奴ってば、お前が寄ると性格悪いのが移るわ。むしろ、見るな。さっさと出て行け。だとか言ってさ、ボクを城から追い出したんだよっ!? 酷いと思わないっ? おのれ賢者め~! ってことで、悔しいからボクもちみっ子を拾ってみようと思ったのさっ☆」

「はい?」


 道化の言っていることが理解できず、マグノリアはきょとんと首を傾げる。


「行く先々でちみっ子を助けるのはいいんだけどね、みんななぜかボクのこと怖がるんだにゃー・・・あ、勿論、ボクは誘拐なんてしないよ? 阻止して助けた側、なのに~・・・みんなボクを怖いってさ・・・」


 心なし、しゅんとしたような道化。


「ボクは他人を驚かせたり怖がらせたりするのは大好きなんだけど、ちみっ子を無闇に怖がらせる程、鬼畜なつもりはないからね・・・怖がるちみっ子は、連れ帰るのを泣く泣く諦めたのさ。そういうワケで、対象年齢を広げてみたのだよっ☆」

「え~と?」

「君は、ボクを怖がらない子第一号なのさ♪対象年齢を引き上げたのが効を奏したようだねっ♪やったねっ☆だから、お礼を是非にというのなら・・・そして、君が君を要らないと言うなら、ボクが君を貰おうじゃないかっ☆」

「・・・はい?」

「そういうワケで、君はボクのモノ決定っ☆守ってあげるからボクに付いといでっ☆」

「え? ええっ!?」

「さあ、キリキリ歩くっ☆」


 道化が、死んだことにされた少女を連れ回して、更に数日が経った頃。


「君のことなんて呼べばいいのかにゃー? マグノリアちゃん? マギーちゃん?」


 道化が少女へ問い掛ける。


「マグノリアは、死んだそうです」


 マグノリアだった少女は、どんよりと答えた。


「・・・なら、お花ちゃん?」

「頭が悪そうなのでやめてください」

「マグノリア・・・メグ? リア? マグノ…? よしっ、マーノちゃん! 君はマーノちゃん♪」

「マーノ、ですか・・・」

「気に入らない?」

「いえ、マーノでいいです」


 この日から、マグノリア・フェルヴィだった少女は、マーノという名前になった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 彼女がマーノになり、道化の旅に連れ回され、好き放題する彼女に振り回されて早数ヶ月。


 全てを失くした悲しみに浸り、悲観する暇などないくらい、驚きの連続が彼女を襲った。


 野盗を叩き伸めして呪い(・・)を掛けたり、詐欺師から金銭を騙し取ったり、どこぞの町で暴動を煽ったり、カジノで大勝ちしたり、マフィアや居丈高な貴族を揶揄(からか)って全力で逃げたりと・・・今まででは考えられない程ドキドキハラハラのスリリングな日々。


 そんなある日、道化が言った。


「さて、マーノちゃん」

「はい、道化さん」

「ボクはこれから、秘境を回ろうと思うんだ」

「秘境、ですか」

「そう。人里を回るのはもう飽きちゃったんだ。ドッカンドッカン噴火する火山地帯や、猛獣溢れる密林地帯を歩きたくなっちゃってねっ☆それで、君とはここでお別れしようと思う」

「・・・わたしはもう、要りませんか?」

「おっと、勘違いしてもらっちゃ困るよ? 君にはグラジオラス辺境伯領へ行ってもらうのさっ☆」

「グラジオラス辺境伯領、ですか?」

「そうっ☆そこで君は、ボクらの為に馬車馬の如く働きたまえっ☆」

「わかり、ました。道化さんが言うのなら」


 マーノは頷いた。どうせ、自分はもう死んだことにされているのだから・・・と。


「よしよし、いい子だね♪グラジオラス辺境伯城塞の、今の城代はボクの姉みたいな人なのさっ☆姫は真面目でとても面倒見がいいからね♥️きっと君によくしてくれるよ♪」


 道化はぎゅっとマーノをハグし、


「楽しく毎日を暮らすことっ! これがボクからのマーノちゃんへの命令さっ☆」


 にこりと微笑んで言った。


「え?」

「で、これは姫への手紙でー、護衛も手配しておいたからねっ☆連れてってもらいなよ♪」


 さっとマーノを放し、手紙を渡すと大きく手を振り、道化が歩いて行った。


「それじゃあロッド、マーノちゃんを宜しく頼むよっ! 元気でねー? アデューっ☆」

「お任せを。道化様」


 思わぬ近距離からの低い声。


「!」


 いつの間にか、マーノの隣には中肉中背で目立たない印象の男が立っていた。


「♪~」


 鼻唄を歌いながら軽やかな足取りで歩いて行く道化を見送ると、


「さて、お嬢さん。グラジオラス辺境伯領へ行こうか。俺はロディウスだ。これからよろしくな?」


 男が微笑んだ。


「わたしはマグノ…いえ、マーノ(・・・)です。よろしくお願いします。ロディウスさん」


 こうしてマーノは、暗殺者(アサシン)諜報員(ふくろう)のロディウスと出会い、対暗殺者への技術や護身術を学びながらグラジオラス辺境伯領まで旅をした。


※※※※※※※※※※※※※※※


 マーノはグラジオラス辺境伯領へ辿り着くと、ロディウスの教えを受けながら成長し、姫に外交方面の才能を伸ばされた。


 辣腕商人だった父から仕込まれた目利きや経営学、話術に交渉術。そして得意だった法律関係。更には、道化に振り回されたことで身に付いたクソ度胸と胆力。王侯貴族達と会話ができるようグラジオラスで施された教育。全てが相間って、どこへ出しても恥ずかしくない程に立派な…対闇討ち、対暗殺、対ハニートラップに特化した有能過ぎる鉄壁の外交官に成った。


 無論、マーノとて自分から家、身分、名前、マグノリア・フェルヴィとしての存在の全てを奪った叔父が憎くないワケではなかった。


 フェルヴィの名を名乗っているのは、来るなら来い! という覚悟の表れだった。


 だから、グラジオラスの諜報員(ふくろう)としての情報網をフルに活用し、あの事故のことを徹底的に調べ上げた。


 しかし、叔父はなにも裏で手を回してはいなかった。護衛は手違いで手配できず、山間部とは言っても、買い付けの少し前に野盗の討伐がなされていて、「それなら大丈夫だろう」と、護衛を連れて行かなかったのはマグノリアの父だった。

 そして、馬車にも細工などは一切無かった。


 叔父がしたのは、マグノリアを死んだことにして、あの国へ放逐しただけ。

 追っ手などは放っておらず、金銭を渡したのは、罪悪感からの後ろめたさから。

 マグノリアなら、あの金を元手にして外国でもやって行けると思ったから。


 そして叔父は、グレイワーズの遺体を持ち帰り、マグノリアと二人の葬儀を挙げ、男爵位とフェルヴィ商会を継ぎ、好き勝手に暮らしていたようだ。


 全てを調べ上げたマーノは、虚しくなった。


 そして、叔父達のことなどどうでもよくなった。


 彼らのことなど忘れて、道化の言った通り、グラジオラスの外交官として楽しく暮らしていた。


 マーノ(・・・)は本当に、どうでもよかったのだ。


 どうでもよかった。というのに・・・


 今更マーノ(・・・)の目の前に現れ、自分達の没落が嫌で、死んだ(・・・)ことにした(・・・・・)姪の(・・)マグノリア(・・・・・)へと縋り、グラジオラスの外交官としてのマーノ・フェルヴィを利用しようとした。

 挙げ句の果てには、無理矢理襲って手込めにしようとし、既成事実を作ろうとした。そうすれば、イトコのジーンと結婚せざるを得ないと考えて。


 ここまでされたのだから、彼らの転落を見物して(たの)しむくらいは許されるだろう。


 マーノは、自分の底意地の悪さを自覚した。


 警邏(けいら)隊へ引っ捕らえられて行く叔父とイトコを見て・・・マグノリアだった(・・・)マーノは、叔父一家の転落を(よろこ)んだ。


「彼らは、婦女暴行未遂の現行犯並びに、そのことでわたくしを脅して、亡くなった(・・・・・)マグノリア・フェルヴィ嬢だと偽装しようとしていたに違いありません。ですので、飛び切り重い罰を望みますわ」


 今更喧嘩を売って来たのだから、とことんまで付き合ってあげようと、マーノは思う。


「死ぬ程、後悔してね。………(叔父様)達」


 小さく呟いたマーノは、にっこりと微笑んだ。


 フェルヴィ男爵家の裁判の折りには、検察官も弁護人も裁判官もグラジオラス系の人達で固めてもらおうと考えながら。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 長くなりました。

 道化がマーノを拾ったのは、賢者へ張り合ってという理由でした。

 ちなみに、マグノリアは木蓮のことです。

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