グラジオラス城砦城代様へ。
コンコンと軽いノックの後に、
「姫ー、郵便ですよー。お手紙届けに来ましたー。入ってもいいですかー?」
間延びした低い声。
近頃、用事が無いと部屋へは入れんとキツく言って後より、ヴァルクは小賢しくも、姫のいる執務室への雑用を買って出るようになった。
「姫ー? 姫様ー?」
コンコンと響くノックの音。
「チッ・・・入れ」
「失礼しまーす」
返事をすると、へらへらと笑うヴァルクが執務室へと入って来た。
「お手紙でーす、姫ーどうぞー」
そして、姫へと一通の封筒を恭しく差し出す。
「・・・礼を言う。では、出て行け?」
手紙を受け取ったはいいが、「城ー城ー」と言われるのがウザいので、姫はさっさとヴァルクを追い出しにかかる。
「えー? 姫様つれなーい。それよりー、誰からなんでしょうねー? 差出人の名前無いんですよー、その手紙ー」
「? 確かに」
とはいえ、封蝋の紋章はグラジオラス辺境伯領の物。差出人は無くとも、グラジオラスの紋章を持てる地位の者が出した手紙だと判る。
「それでー、なんて書いてあるんですかー?」
「君が出て行ってから読む。早く出てけ?」
「え~? それじゃあ、後でまた来ますから、そのとき教えてくださいねー」
大して不満そうでもなく、ひらひらと手を振ったヴァルクが執務室を出て行った。
そして、姫が封筒を開けると・・・
『拝啓、親愛なる姉上へ。
な~んてねっ☆
あぁ~ん、キモいとか言わないで~?
愛しの姫君へ。(笑)
ハウディー♪お元気ですか?
ボクは元気にしてるよっ☆
ごめんねー? なかなか帰らなくてさー。
ほら、十年なんてあっという間でしょ? 少~し遊んでたら、いつの間にか交代の時期が過ぎちゃっててさー。で、姫に怒られたくないから逃げちゃったっ! 心配させてごめんねー? テヘっ☆
あ、怒ったー? あんまり怒ると、早く老けちゃうぞっ☆あ、なら姫はもっと怒った方がいいのかにゃー? でもイヤン♥️ボクには怒らないで? お・願・い♥️
でもでも、ボクが立ち上げた諜報員ちゃんネットワーク、すっごく役に立ってるでしょー?
もうさ、別にわざわざ国内見回らなくてもよくない? なーんて言ったら、姫の怒る顔が目に浮かぶわー♪
姫ってホント真面目だよねー。(笑)
そこが可愛いんだ・け・ど♥️
あはっ☆姫の冷たい眼差しが目に浮かぶようだよっ♪キャー、もっとボクを見てー!
あ、破らないで~! 最後まで読んでくれなきゃボク泣いちゃうよ~? ウソだけど。(笑)
賢者も元気だといいねー?
ま、ボクはこないだ逢ったけどサ。
ってゆーか、こないだ賢者に逢ったとき怒られるかと思ったら、そうでもなかったんだよー!
ボクもう、びっくりしちゃった!
むしろ、城は姫に任せてお前はもう暫く帰るな。なんだってさー。
え? どしたの・・・???
ってことで、軽く調べちゃった☆
なーんか、面白い子達が増えたよねー?
賢者の拾ったクマちゃんに、傾国、城マニアの機密事項、農業の子、医者♪他にも・・・
会ってみたいなぁ・・・
クマちゃんは昔見たことあるんだけど、賢者が近寄らせてくれなかったんだよー?
お前が寄ると性格悪いのが移るわ。寄るな。というかむしろ、見るな。さっさと出て行け。とか言われてさー。城追い出されたんだよ~? 病・原・菌・扱・いっ! って、なんかめっちゃヒドくない? おのれ賢者め~!
ボクだってちみっ子好きなのに~!
ほらー、ボクが昔育てた詐欺師にシェフ、アサシンとか、本の虫。めっちゃ役立ってるでしょー?
性格はちょ~っとアレだけどねー?
グラジオラスに面白い子が増えると、これからすごっく面白いことができそうだよねっ♪
ってことで、なんか他に面白いことに遭遇しなければ、そっち帰るかも。
じゃあねー♪愛してるよー♥️
道化より。』
そして、更にもう一枚。
『PS.姫ってば相変わらず甘・過・ぎ♥️
うちに喧嘩売って来たの、王立騎士団の上層部だっけ? 表出歩けなくなるくらい、もっと徹底的にイジメちゃえばいいのにさ~?
今からでもボクがやろうか?
返事が無い場合はOKと見做しまーす♪』
「・・・あんの、空けがっ!!!」
姫は、ぐしゃりと手紙を握り潰すと、怒りを籠めて執務机へと叩き衝けた。
そして、道化が動く前に手を打とうと考え・・・
ふと、机に叩き衝けた手紙の裏に、なにか書かれていることに気が付いた。
『な~んてねっ☆
もう軽いイ・タ・ズ・ラ♥️
仕掛けちゃったっ☆
楽しかったゼ!
クマちゃんも大きくなったねー♪
それじゃー姫、アデュー♪』
「チッ・・・相変わらず巫山戯た奴だ」
既に動いてから手紙を寄越したのだろう道化の、ほくそ笑む顔が目に浮かび、姫は舌打ちする。
そして、執務机の上に置いてある普段使いの呼び鈴ではなく、中に仕舞ってあった音の違う呼び鈴を取り出して鳴らす。
「はいはーい、お呼びですか姫ー」
すぐさま執務室へ入って来たのはヴァルク。
「・・・別に君を呼んだワケではないのだがな?」
「あれー? 姫様不機嫌ですー? 珍しー。でもでもー、呼んだのは梟ですよねー? 俺も一応梟ですしー」
「君は、元梟だろう? ヴァルク。私が呼んだのは現役梟だ。君はお呼びでない」
ヴァルクが現役で梟をしていたのは、諸国漫遊城見学の旅をしていたときのこと。今は梟ではない。
「えー、姫様のいけずー」
「ロディウスを呼べ」
「わーお、なんか大事の予感ですねー」
へらへらと笑いながら、ヴァルクが部屋を出て行き、数分後。ドアがノックされた。
「入れ」
「失礼します。どうされましたか? 姫様」
静かに執務室へ入って来たのは、中肉中背で目立たない印象の男。
「中央で道化が動いた。調べろ」
「あ~・・・道化様ですか・・・」
ロディウスは、執務机に乗ったシワシワの手紙をチラリと一瞥し、一瞬遠い目をして、
「直ちに」
姫へ一礼して部屋を出て行った。
「・・・あまり大事になってなければいいが・・・まあ、既に遅きに失しているが・・・」
そして姫は、一人溜め息を吐いた。
「そろそろ交代、か・・・」
交代予定の八年程前から準備はしていたが・・・いざ交代となる直前でこのようなことをされると、非常に心配になってしまう。
「というか、あと二年程で賢者と城代を交代予定なのだが・・・道化へ二年も任せて良いものか・・・」
とりあえず、道化の甘言には乗るなと、グラジオラス城塞及び爵位持ちの者達へ通達しなくてはいけない。
大変迷惑なことに、道化は無駄に波風を立てることをとても好むのだ。
「全く・・・Quod stulte mihi《あの阿呆め》」
読んでくださり、ありがとうございました。
前回のクラウンとは、道化のことでした。
悪ノリ悪巫山戯が大好きな奴です。