クラウン・ラプソディー♪中
グラジオラスの吊り上げる熊こと、ベアトリス・グラジオラス卿への惨敗事件から一夜明けた日のこと。
今日も今日とて通夜のように沈んだ、そしてどこか淀んだ空気漂う王立騎士団屯所。
そこへ突如、
「キャー!!!」
絹を裂くような女性の悲鳴が響いた。
バッと数名の騎士が悲鳴の聞こえた方向へと走って行くと、妙齢の婦人がおろおろとしていた。
「どうされましたっ!?」
騎士が婦人へ訊ねると、
「子猫達が逃げてしまいましたのっ!」
彼女は地面へ置かれた、蓋の開いた大きなバスケットを指差して言った。
「へ?」
「はい?」
きょとんとする騎士達。その近くに、
「どうしましょう、どうしましょう・・・わたくし一人では、とてもとても捕まえ切れませんわ」
地面をよちよちと歩く子猫が一匹。その子猫を見て、おろおろと辺りを見回す婦人。
「え~と・・・レディ? あなたの子猫は、そこを歩いているようですが?」
「ええ、はい。いえ、ですが・・・」
困ったようにおろおろする婦人へ、若い騎士がよちよち歩いている子猫をひょいと捕まえて渡す。
「どうぞ、レディ」
「・・・ありがとう、ございます?」
子猫を受け取った婦人は首を傾げつつ騎士へ礼を言い、浮かない顔で辺りを見回して口を開いた。
「その、実は・・・この子猫達は、わたくしの猫というワケではないのですよ」
「はい?」
「散歩をしていましたら、見ず知らずの方へ、可愛がってくださいと言われて、あのバスケットをいきなり押し付けられましたの。それで、バスケットがうぞうぞ動いたので開けてみると、子猫達が飛び出してしまいましたの」
「子猫、達ですか?」
「ええ、はい。十匹以上の沢山の子猫達ですわ。一斉に飛び出してしまい、わたくし一人では、とてもとても全部を捕まえ切れませんわ。どうしましょう?」
婦人はおろおろと辺りを見回す。
「それに・・・一匹でしたら兎も角、あの全ての子猫達をうちでは飼えませんわ。ああ・・・わたくしは一体、どうすれば宜しいのでしょうか・・・?」
心底困った様子で、助けを求めるような眼差しを若い騎士へ送る婦人。
「ど、どうにか致します」
よちよち歩きの子猫を拾って婦人へと手渡した騎士が、神妙な顔で返事を返した。
彼は、小動物が好きで優しい性格だった。
そして騎士は、困っている人を助けるべきだ。だから彼らは、逃げた十数匹の子猫を探し、騎士団屯所敷地を駆けずり回った。
その結果。プラウナ王国王立騎士団の屯所へ、みーみー、にゃーにゃーと可愛らしい鳴き声が響くこととなった。
婦人が貰って行った一匹を除き、残りの子猫。総勢十五匹が、騎士団屯所内をみーみー、にゃーにゃーと甘えた声でよちよちと歩き回り・・・
子猫達の里親が決まるまでの数日間。
動物嫌いの団員は顔を顰め、猫好きの団員は相好を崩すという二極化の光景。
並びに、動物嫌い派と動物好き派との間で団員同士がギスギスとした空気が流れた。
そして、それとは別に、騎士団団員の数名程が、身の毛がよだち、背筋も凍るような・・・実に恐ろしい光景を目にしたという。
それは、強面の鬼教官として恐れられている、筋骨隆々のゴツくて逞しいベテランの騎士が・・・
「みーちゃ~ん♥️可愛いでちゅね~♥️」
と、デレっデレの赤ちゃん言葉で子猫へ話し掛けていた光景なのだとか・・・
「・・・ぅわ、マジか・・・」
「・・・悪夢だ・・・」
「ハッ!? み、見たのか貴様らっ!?」
「じ、自分はなにも見ておりません!」
「じ、自分も・・・プハっ!?」
更にはそれを目撃されていたことがバレ、
「このことは忘れろ~~っ!?」
と、真っ赤な顔で子猫を抱き締めて走り去った鬼教官は、数日間出勤して来なかったという。騎士団屯所から一匹の子猫が減ったが・・・
鬼教官が、その日から数日間も無断欠勤したことは、鬼の霍乱だと団内で噂されたのだとか・・・
こうして、鬼教官原因不明の体調不良事件と、大量捨て子猫事件が解決された。
とある光景を見てしまった方、見られてしまった方の精神へ、多大なダメージを残して・・・
子猫が全て貰われて行った後、一部隊員のやる気が著しく低下し、なかなか戻らなかっただとか、寂しいと零す声がちらほらと聞かれたとか・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
「・・・ということがあったそうです」
「ぷっ、ハハハハっ! どうよ? にゃーにゃー子猫ちゃんズのあの、抗えない魔性の可愛さっ☆」
「ところで、騎士団が猫を放り出していたら、どうする予定だったのですか?」
「ん~~? まさか、あんな可愛い魔性の子猫ちゃんズを放り出すような鬼畜がいるのかにゃー? まあ、もしそうだったなら、貰い手の手配はしていたさっ☆騎士達は困っている子猫ちゃんズを放り出した鬼畜だー! って言い触らしてねっ♪」
「・・・」
※※※※※※※※※※※※※※※
十数匹の子猫達がにゃーにゃーと溢れていた最中の騎士団へ、幾つかの要請があった。
王立プラウナ学園に通う貴族子息達の護衛。
王立騎士団訓練所でのペット自慢大会。
騎士団訓練所の見学申し込みが数件。
「団長、このような要請が来ていますが」
「これは・・・まあ、王立学園の貴族子息、令嬢達の要請は断ると後でごちゃごちゃと面倒だ。出世やら逆玉狙ってる連中の有志を募りゃ、それなりに集まるだろ。募集掛けとけ。早い者勝ち、定員に達し次第応募を締め切るってな」
とある騎士団長は、要請を安請け合いした。
「ハッ、了解しました」
※※※※※※※※※※※※※※※
ベアトリス卿襲来より数日後。
晴れ渡る麗らかな午前中。
子猫達に癒され、どんよりした通夜雰囲気からある程度脱却した騎士団訓練所付近へ、わらわらと十数名の子供達を引き連れた女性がやって来た。
「はーい、みなさんいいですかー? これから、青空課外授業で絵本の読み聞かせをしまーす」
「「「「はーい、せんせー」」」」
元気よく返事をする子供達は、プラウナ王立学園の幼等部の制服を着ている。
どうやら、見学の事前申請のあった幼等部の課外授業のようだ。
騎士達には、通常通り訓練を続けるよう通達がされていたが、小さい子供達に優しい笑みを浮かべる騎士達もいた。
「むかしむかし、あるところに・・・」
そして、絵本の読み聞かせが始まった。
絵本のチョイスは、白鳥になる呪いを掛けられた姫が、その呪いを解いて幸せになるまでの物語。
先生と呼ばれた妙齢の女性は、絵本の読み聞かせがとても、とても上手かった。
呪いを掛けられた姫の苦悩、そして王子との運命の出会い、王子が悪魔に騙されたことへの絶望、手に汗握る悪魔との戦い、そして姫が呪いに打ち勝って無事に人間へと戻り、幸せになった。
そんな内容を、訓練に励む騎士達が思わず手を止めて聞き入り、涙を流して感動してしまう程には・・・
「めでたしめでたし・・・」
パタン、と絵本が閉じられると、先生の読み聞かせへと幾つもの拍手が鳴り響いた。
「あーっ!? きしさまないてるーっ!?」
「おじさまたち、かおあかーいっ!?」
先生の上手過ぎる読み聞かせに落涙する程まで感動してしまった騎士達は、
「こ、これは汗だっ!?」
そう言って恥ずかしげに顔を拭い、慌てて訓練へと戻って行ったという。
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「感動に震えていたそうです」
「いや~、感動だねっ☆感涙だねっ☆ボクもあの話は大好きさっ☆アハハハっ!!」
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「本日は、王立騎士団の方々の訓練所をお貸し頂き、騎士の皆様には真に感謝致しますわ」
プラウナ王立学園に通う貴族子女達が、誰のペットが一番可愛いか? という話になり、見せ合いっこをしようという話になった。しかし、ペットを連れて行けるいい場所がなかなか決まらず、どうしようかと悩んでいたとき。誰かの一言で王立騎士団へ頼んでみようということになったらしい。
なんでも、「騎士様方は大変親切で紳士的なので、きっと聞いてくれる筈ですわ」と、誰かが言い、貴族子女達がそうだそうだと賛同し、騎士団へコネを持つ貴族子女が打診してみたところ、ペット自慢大会の会場申請が通ったという。
安請け合いをしたどこぞの団長を若干苦く思ったり、訓練が無くなったことを喜んだり、若い貴族子女達に鼻の下を伸ばしたり、逆玉狙いでギラギラしていたり・・・それぞれの騎士達が訓練所の警備に当たる。
なんでも、珍しいペットの中には希少価値の高い動物もいるらしく、盗まれたりしたら大変とのことで、ペット自慢大会へ警備が付くことになっている。
「さあ、皆様。では、ご自慢の可愛らしいペット達を見せ合いましょう!」
と、猫やウサギ、犬、綺麗な鳥、馬、珍しい小猿など、貴族子女達のペット自慢が続く中・・・
「キャーっ!?」
騎士団訓練所へ鋭い悲鳴が上がった。
「どうされましたかっ!?」
「わ、わたくしのフランソワちゃんが籠の中にいませんのっ!? ど、どうしましょう・・・」
おろおろとする令嬢。令嬢の持つバスケットの中は、もぬけの殻になっている。
「落ち着いてください。必ずしも盗まれたとは限りません。逃げてしまった可能性が高い」
他の令嬢達を疑い、大声で騒ぐなど以ての他だ。落ち着いて、迅速に解決しなければいけない事態だ。
「え、ええ。わかっていますわ。そうです・・・ですから、今すぐ探さなくては」
「はい。ではまず、そのペットを探す為、特徴をお教えください」
「はい。色白で、スベスベした肌触りに、赤く円らな瞳で臆病な性質の・・・」
「成る程、ウサギですね」
令嬢の言う特徴で、考えた騎士が言う。と、令嬢は首を振って。陶然と答えた。
「いえ、フランソワちゃんはウサギではなく、とても美しいアルビノの白い錦蛇ですわ。体長二メートル程、猫くらいなら丸呑みできますの。アルビノなので、とっても希少なんですのよ?」
「今すぐ全力で探せーっ!?!?」
と、警備の騎士達は体長二メートルの蛇を慌てて探すことになった。
「キャーっ!?」
「今度はどうしたーっ!?」
「わたくしの孔雀が暴れて」
孔雀はとても気性が荒い鳥で、ときには自分よりも大きな毒蛇などを取って喰う程に獰猛なのだという。
「蛇が食われる前に捕まえろーっ!?」
「キャーっ!?」
「今度はなんだーっ!?」
「シャーリーちゃんが逃げましたっ!?」
「キャーっ!? 鰐よーっ!?」
「シャーリーちゃん駄目ーっ!? そこのワンちゃんっ、早く逃げてくださいませーっ!?」
「鰐を捕まえろーっ!?」
「キャーっ!?」
「今度はなんなんだーっ!?」
「大きな蜘蛛がーっ!?」
「毒は無いので殺さないでーっ!?」
「手が足りんっ!? 応援を呼べーっ!!!」
こうして、貴族子女達に拠るペット自慢大会は阿鼻叫喚パニックの様相を呈したという。警備に当たった騎士達の心身に、多大な傷を与えて・・・
彼らは決意したという。養子や婿入りする前に、その家で飼っているペットを絶対に確認しようと。どんなにいい条件でも、危険なペットを飼っている家には行かないことを心に誓ったのだとか・・・
※※※※※※※※※※※※※※※
「ペット達をなるべく傷付けないないようにと奮闘した騎士達は、ぼろぼろになったそうで・・・」
「アハハハハハっ!? ハハハハハハっ……いやー、動物達との心暖まる触れ合いだねっ☆傑作傑作っ♪」
読んでくださり、ありがとうございました。
性格の悪い人が騎士団で遊んでます。
ちなみに、絵本のモデルは白鳥の湖です。