クラウン・ラプソディー♪上
グラジオラスの吊り上げる熊こと、ベアトリス・グラジオラス卿が立ち去って直後より、王立騎士団の訓練所は通夜のような空気に包まれていた。
地面に転がる訓練用の折れた剣。
地面へ倒れ伏している同僚。
素手での剣破壊へのインパクト。
片手の、それも華奢な細腕から繰り出された、鋭く重い斬撃に自分の手が痺れた感覚。
王立騎士団へ入団直後のアイラ・グラジオラスを侮り、痛い目を見た苦い思いを思い出す者。
そして、今回のベアトリス・グラジオラス卿のことは、以前よりも更に苦い思いとなった。
元々、グラジオラス出身の騎士は、平民や貴族という階級に拘わらず、強い者が多い。
グラジオラス領内には女騎士も多いと聞くが、元々王立騎士団には女騎士自体が非常に少ない。
女騎士が王立騎士団へ入っても、すぐに女性の王侯貴族の専属護衛に回されることが多い。そして、数年程で辞めてしまう者が大半だ。
だから最初、アイラ・グラジオラスが王立騎士団へ入って来たときに、お嬢さんの剣術だと侮った。
事実、女騎士で男の騎士へ勝てる者は少ないからだ。どうしても女性は握力や膂力、体力などの面で男に劣る。
だが、アイラ・グラジオラスの強さは本物だった。剣へと身を捧ぐ、その決意も・・・
そして、痛い目を見た同期や若手の騎士は多い。今回もまた、同じ轍を踏んだというワケだ。ベテラン騎士共々・・・
そんな中、茫然としている騎士達を冷ややかな目で見ているのはグラジオラス辺境伯領出身の騎士達。彼らは、ベアトリスとマーノが騎士団屯所へ来た時点で、こっそりと退避していた。
訓練所にはいたが、実はベアトリスへは向かって行っていない。見学していたのだ。
そもそも、グラジオラス領民でベアトリス・グラジオラス卿の化け物級の武勇伝を知らぬ者は、生まれたばかりの赤ん坊くらいなもの。
人喰い熊と対決して倒して食べただとか、数十頭からの狼の群れを一人で退治して、不味いと言いながらも調理した分は食べ切ったとか、退治した巨大猪の、その肉を一人で食い尽くしただとか・・・ベアトリスはグラジオラス領民の間では、吊り上げる熊という異名よりはむしろ、暴食の野獣という名の方で広く知られている。
そんな武勇伝を、領内のあちこちで毎年上げているベアトリス卿と、まともに剣を合わせることができる時点で、アイラ・グラジオラスも化け物染みているというのが、グラジオラス領出身騎士達の見解だ。
現に、王立騎士団のベテラン騎士でさえ、ベアトリスの剣を受け切れなかった。
そんな化け物級のベアトリス・グラジオラスへ師事を受けた、その弟子達も、十分化け物染みている。
通常の剣士が彼女達に勝てる筈が無い。
アイラ・グラジオラスの王立騎士団内の株も、今日のことでかなり上がったことだろう。
「さて、どうするか・・・」
アイラにパシらされたグラジオラス出身の騎士は、同郷の騎士へと問い掛ける。
あのアホ騎士に落とされたパンの代わりに買って来た、ベアトリスの食料をどうするかと。
「持って行くしかないだろう」
「だよな・・・」
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「♪~」
とある旅人が鼻唄を歌いながら、ふらふらと立ち寄った王都を散策中。
「? あれって・・・」
どこか見覚えのある人物を見掛け、その後を追って飲食店通りの方へと向かう。
「? なんでこんなとこにクマちゃん達がいるのかにゃー? なーんか面白いことの予感だねっ☆早速、梟ちゃんに聞かなくてはっ!? ♪~」
旅人はニヤリと笑い、王都へ潜むグラジオラスの諜報員へ会いに行くべく鼻唄を再開して歩を進める。
「やっほーっ☆梟ちゃん、クマちゃんが王都にいる理由知ってるかにゃー? クマちゃんは基本的にあんまりうちから出さない方針だよねー?」
旅人は、梟達が情報交換をするとある店へ入り、店主へとグラジオラスの紋章を見せて質問する。
グラジオラス辺境伯領内で最強の一角を担う騎士爵のベアトリス・グラジオラス卿はとても有名で、その存在自体が既に他国へ対する牽制となっている。
なので、そのベアトリスが王都で大食いチャレンジを次々制覇していることを、旅人は不思議に思う。
大穴で、ベアトリスの休暇という線も無くはない。が、なにかあったと考えるのが自然だろう。
「なにがあったのかにゃー? さあっ、このボクへ、あますことなく全て語りたまえっ☆」
そして、梟から王立騎士団がグラジオラス辺境伯領へ仕出かしたことを聞いた旅人は・・・
「ふぅ~ん・・・成る程成る程。脳筋共にしては、なかなか面白い喧嘩の吹っ掛け方をするじゃないか♪」
ニヤリと笑った。
「よかろうっ☆では、王立騎士団の愚か者共よっ! このボクが遊んであげよう♪フハハハハハっ! ま・ず・は~、準備準備っ☆♪~」
旅人は便箋と万年筆を取り出し、鼻唄を歌いながら梟達への指令を書いて行く。何枚もの指令を・・・
「でーきた! それじゃあ、そこの君っ! この指令書を、適材と思われる梟ちゃん達へと届けてくれたまえ☆」
そして旅人は、ニヤニヤと笑いながら王都の梟達を統括する者へと命令した。
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「アウルアウル」
「? なーに、アウラ?」
「梟への指令書だって」
「なになに・・・梟及び、その見習いの諸君へ指令を下す?」
グラジオラス邸へ届いた梟への指令書を読むのは、双子の諜報員見習いのアウル。
「ふ~ん・・・なんか面白そうだね」
「よし、学園でミッションスタートだ」
「ミカにも手伝わせようか?」
「そうだね。なにをしてもらおうか?」
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「なんでしょう? 指令書? 妙な内容ですわね? まあ、宜しいでしょう」
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「指令・・・変な内容。けど、了解。動く」
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「あ? ・・・安請け合いすること?」
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「え~と、猫を・・・?」
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「本の読み聞かせ?」
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「王都の心霊スポット情報?」
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「友達と騒ぐ?」
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こうして王都へ潜む諜報員、及び見習いの梟達へと指令書が行き渡り・・・彼らは動き始める。
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「さてさて、どうなるかにゃ~♪」
旅人はニヤニヤと嗤う。
「フッフッフッ、愉しみだゼ☆」
読んでくださり、ありがとうございました。
またまた分割です。