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聖人リヴェルドの場合。

 とある修道院にて。


 観察対象A。聞き取りを開始。


 わたしは当初、この理不尽な運命に憤慨し、嘆き悲しみ、癇癪を起こして暴れ回り、全てを拒絶しました。


 けれど、今ではとても穏やかな心持ちになり、あれ程に荒れ狂っていた心が嘘のようです。


 今では逆に、わたしはあの頃の自分が恥ずかしくて堪らない。あの頃の、欲に(まみ)れた自身の振る舞いを思い出すだけで、穴があったらぶん殴って埋めたくなる程に、自分の振る舞いが酷く恥ずかしくて堪らないのです。


 しかし、あの頃の恥ずべく自分があったからこそ、今の自分がここに()るのだと、あの方は愚かなわたしにそう仰ってくださった。


 なんと慈悲深いお方だろうか・・・

 こんなにも罪深いわたしへ、優しいお言葉をかけてくださるとは・・・


 以前の欲に塗れたわたしが、無知と快楽故に傷付けてしまった者達へは、心の底から申し訳なく思っております。その者達が安らかでいられるよう、わたしは日々粛々と聖典を読み、神へと祈りを捧げております。


 それで許される程にわたしの罪が軽いなどとは、到底思えませんが・・・


 なので、今日もわたしは、愚かなこの身へ素晴らしき神の愛を説いてくださったあの方へ報いる為、神へ尽くそうと思っております。


 以前のわたしを知る者が、偶に訪れてわたしの様子を見ると、非常に驚かれます。

 驚く彼らの様子を見る度に、以前の愚かしい自分を実感し、非常に恥ずかしい思いに駆られます。

 しかし、それがわたしが受け止めなければいけない罰なのだと、そう思っております。


 ※注記。とある理由から注目すべき人物(除籍済み)なので、丁寧に聞き取りをした。


 ※経過観察を注視すべき人物。


 以上、聞き取った内容を報告書へ記す。


※※※※※※※※※※※※※※※


 観察対象B。


 わたしはあの方へ出会い、神の愛の深さを知ったのです。そして、それまでの愛を知らなかった自分がとても憐れでちっぽけな存在だと知りました。


 ああ、全てを暴力でしか解決して来なかった我が身の了見の狭さと言ったら・・・


 叶うのなら、以前のわたしが暴力を振るい、怪我を負わせてしまった方々へ許しを乞うて謝りたい・・・

 ですが、彼らにはわたしの姿を見ることすら、苦痛を与えてしまうことでしょう。

 わたしの罪悪感を癒す為だけに、彼らへ更なる苦痛を与えてしまうことは、単なるわたしの自己満足に過ぎない。そう、あの方へ説かれたのです。


 謝ることさえも許されないという罰が、このわたしには相応しいのです。


 本当に、申し訳ありませんでした。


 以上、聞き取った内容を報告書へ記す。


※※※※※※※※※※※※※※※


 観察対象C。


 あの頃の僕は、狂っていたと思います。


 本当に、大変申し訳ないことを致しました。


 領の税収にまで手を付けて、全てギャンブルにつぎ込んでしまうだなんて・・・当時の僕は、本当にどうかしていたとしか思えません。


 ここへ連れられて来たときは、本当にドン底の状態で、(つら)くて辛くて堪らなくて・・・僕はあの方へ、とても酷いことばかりを言って当たってしまいました。


 しかし、あの方はそんな僕へと微笑み、辛抱強く神の教えを説いてくださいました。


 あの方のお陰で、僕はこうして穏やかな心持ちを取り戻すことができたのです。本当にあの方には、何度感謝してもし切れません。


 ここでの奉仕活動にて、僕が横領し、使い込んでしまった損失を返そうと思っています。何年、何十年掛けても、必ず支払わせてください。


 それが、僕の償いですから。


 以上、聞き取った内容を報告書へ記す。


※※※※※※※※※※※※※※※


 他、数名へ聞き取り調査。

 内容を報告書へ記す。


 ※観察対象Aのみ、観察経過の注視継続。


※※※※※※※※※※※※※※※


 修道院の懺悔部屋にて。


「あ~…いつ見ても気色悪っ! 鳥肌立つわ!」


 修道院へ経過観察に来た、とある梟が吐き捨てるように言った。


「全く、ヒドい仰りようですね? 彼らが更正し、真人間へ戻るのは良いことではありませんか?」


 やれやれと返すのは、この修道院の神父。

 スッキリとした低音で、けれど耳に残り、もっと聞いていたくなるような心地よい美声をしている。


「真人間ってか、あれ明らかに洗脳レベルだろ? 人格変わり過ぎてて無茶苦茶怖いわ!」


 梟は神父へ文句を付ける。


「わたしへ言われましても・・・それ(・・)が望まれて、こちらへ送られて来た方々ばかりでしょうに?」


 神父は穏やかに言う。


「そうだけどな? 限度ってもんがあるだろ。ここへ収監されて数ヶ月経たずにあれとか、妙な薬でも使ってンじゃねぇかって疑うレベルだ」


 梟は神父へ胡乱な眼差しを送る。


「滅多なことを言うものではありませんよ? 断じて、怪しい薬などは使用していません。彼らへ説いたのは、聖典と神の教えだけです。まあ、あの彼(・・・)については、処置(・・)されていることも無関係ではないでしょうが」


 神父が、邪推をする梟を(たしな)めた。


「あー・・・まあ、無くなる(・・・・)と、性格も結構変わるとは聞くが・・・つか、妙な薬とか、なにも使ってない方が、むしろ怖いんだっての」

「? なにを仰りたいのか、わかり兼ねます」

「いや、お前笑ってっから」

「そうですか?」


 神父は穏やかに微笑みを湛え続けている。そんな神父へ、梟は・・・


「つか、先々代の城代様マジ怖っ! お前みたいな化け物育てるとか、なに考えてンの?」

「さあ? あの方のお考えになることは・・・常に、面白いか面白くないか、でしたからね。というか、そう仰るあなたこそ、あの方へ育てられたうちの一人でしょうに? なにを今更?」


 やれやれと、神父は諜報員(ふくろう)達を束ねる長となった幼馴染へと呆れたような視線を送る。


「まあなー・・・賢者様や姫様の代は、非常に穏やかなんだと実感するわ。ヤバい感じにピーキーな連中は、今はそんなにいねぇしさ?」

「まあ・・・平穏なのは良いことだと思いますよ? あの方は波風を立てるのがお好きな方でしたからね? そして、わたしはあなたの方が恐ろしいと思うのですがね? ロディウス」

「えー? 俺のどこが恐ろしいんですかね? 聖人の(・・・)リヴェルド様は」

「そうですね・・・とりあえず、幼馴染のわたしを、顔色一つ変えずに殺せるところでしょうか?」

「ハッハッハ、俺はお前が怪しい動きを見せなければ、特になにもしないさ? リヴェルド」

「まあ、あなたは別に、快楽殺人者でないということは判っていますよ。(アウル)兼、暗殺者(アサシン)のロディウス。姫様や賢者様は、あの方へ比べると過激さを見せるところはあまりお見せになられませんが・・・だからこそ、不穏の種を刈ることを躊躇(ちゅうちょ)しないということも判っています」

「おう。俺も、幼馴染を消すのは寝覚めが悪い。せいぜい大人しく、連中の更正を頑張ってくれ」


 グラジオラスの忠実な梟は、剣呑な光を宿した瞳で神父をじっくりと窺う。


「ええ。わたしも命は惜しいですからね」

「おう。じゃあ、また来るわ」

「ええ。ではまた」


 神父に笑顔で見送られた梟は、修道院預りになっている者()の経過観察を城代の姫へ伝えるべく、グラジオラス城砦へと戻った。


※※※※※※※※※※※※※※※


 グラジオラス領内にあるとある修道院の神父、リヴェルドは、現城代の姫より前の、賢者よりも更に以前の先々代城代に育てられた。


 ()の城代は、面白いことが非常に大好きで、波風を立てることを好んだ。


 そんな城代の時代には、現在のグラジオラス城砦よりも非常にピーキーな人材が集められていた。


 面白そうだからという、先々代城代の趣味で、危うい個性と性格とを伸ばされた者達が・・・


 リヴェルド・グラジオラスもその一人。


 リヴェルドには、天性の声があった。聞いていると心地よくなり、もっと聞いていたくなるような、美しいカリスマ的な声が。


 説得や演説、指導者などに非常に向いた声。


 そこへ、他者を誘導するテクニックを、先々代の城代が面白がって教えた。


 そしてそれが、人心を掌握する才能へと昇華された。その才能を、先々代の城代が、悪ノリしてどんどん伸ばして行ったのだ。


 そんなある日、グラジオラス辺境伯領へ賢者が帰還し、城代が交代となった。


 先々代がいなくなった後、少年だったリヴェルドは、その人心を掌握するという才能を試したくなってしまい・・・他領にて、その地域の領民を煽動して暴動を起こした。

 その領地は領主の治世があまり良いとは言えず、暴動が起こるのは時間の問題ではあった。

 結果、領主一族の犯罪行為が諸々暴かれ、領主一族は捕らえられて爵位剥奪。

 新しい領主がその地を治めることとなった。


 その暴動へ、リヴェルドが関わったという証拠は残していない。


 しかし、リヴェルドがその時期にその土地へいたことは間違いない事実。


 拠って、リヴェルドは要注意人物としてグラジオラスから籍を抜かれ、修道院へと送られた。


「リヴェルドよ。そんなに人間()遊びたいというのなら、そこへ送られて来る愚か者共()遊ぶといい。話の通じない馬鹿共を更正させるのは骨が折れる。難しい遊び程、やり甲斐があるだろう? まずは、司祭の資格を取ってみろ。遊ぶのはそれからだ」


 そう賢者へ言われたリヴェルドは、賢者の対応を甘いと思いながら・・・


 難易度の高い遊び(・・)を、(よろこ)んだ。


 こうしてリヴェルドは神父となり、この修道院へ送られて来る、問題のある人物達(・・・・・・・・)を幾人も更正させ続け、聖人とまで言われる程になった。


 グラジオラス本家から要注意危険人物として、観察対象とされながら・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


「しっかし、リヴェルドの奴は、姫様と賢者様のことをまるでわかってないな? あのお二人のことを甘いと評しておきながら、まだ自分が殺されると思ってるだなんてな? 俺が賢者様の頃から受けている指令は、お前が不穏な動きをしたら・・・即座に、お前の喉を潰すことだってのにな? お前の人心掌握は、その声が一番の要なんだから」


 とある梟は、城へ向かいながらぼやく。

 頭が良く、人心掌握に長けている筈なのに、身近な人間の気持ちをサッパリ理解できていない、愚かな幼馴染のことを・・・


 例え、ロディウスに喉を潰されたとしても、殺さなかったこと(・・・・・・・・)に対して、「甘いですね。あなた方は」という風に、穏やかに微笑むであろうリヴェルドのことを、苦く思いながら。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 今回は久々に短めです。

 まあ、Aは以前に登場した彼ですね・・・

 リヴェルドは、聖人と称されてますよ?

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