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グラジオラス辺境伯領の残念な人々。  作者: 月白ヤトヒコ


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18/62

騎士爵ベアトリスの場合。下

 不快に思うような表現があります。

 騎士爵位を持つベアトリス・グラジオラス卿は、元は農民だった。

 更に言うと、グラジオラス領民ですらなかった。もしかしたら、元は外国にいたのかもしれない。


 彼女は、元の出身地を覚えていない。


 今から三十年程前。彼女は、あちこちを旅する賢者と呼ばれている人物に拾われ、旅をしてグラジオラス辺境伯領へとやって来た。


 それ以前の彼女は・・・


 幼い頃の記憶は、常に空腹。お腹を空かせて、ひもじい思いばかりしていた。


 彼女は、人口四十人程の(ひな)びた貧しい寒村に生まれた。

 おそらくは乳児の頃から大食漢だった彼女は、貧しい村の食料事情を圧迫し、大食らいの仔熊と呼ばれて疎まれ、常に口減らしの有力候補の対象だった。


 彼女に家族の記憶は無く、彼女に与えられるのは、食事(・・)ではなく()だった。

 人の何倍も食べるのだからと、村人から牛馬のような扱いを受け、餌だと言われて少量の食料を放り投げられる日々。


 少量の餌では満足できず、常に飢えていた彼女。そして、口減らしの有力候補。


 そんな日々の中、彼女はとある理由から、いつもギリギリで口減らしから逃れていた。


 彼女が非常に頑健で怪力だからと、村の者達は害獣や盗賊退治に、幼い彼女を使うことを思い付いたからだ。


 鄙びた寒村の住民達は、幼い彼女へ剣を持たせ、一人で戦わせた。


 そして彼女は、害獣や盗賊を退治した前後には、お腹一杯に()が食べられるのだと学んだ。


 そんなある日、彼女は怪しいローブ姿の一人の旅人と出逢った。


「のわっ!? なんだこのちまい子供はっ!? ん? 剣を持った、幼子・・・?」


 森の中を一人で歩いていたローブ姿のひょろい人物を捕まえ、彼女は聞いた。


「とうぞく?」

「は? いや、わたしはただの迷子の旅人だが」


 引っ張ったローブからフードが脱げ、艶やかな金色の髪が零れ落ちる。


「・・・とうぞく、ちがう。えさ(・・)、ない」


 彼女は、とてもがっかりした。

 ここ暫くの間、害獣や盗賊が全く出ていなくて、彼女はとてもお腹を空かせていた。


 ぐぅ~と、悲しげに鳴るお腹。


「なんだ? 子供、腹が減っているのか」


 彼女が頷くと、


「ほれ、食べるといい」


 その旅人は、彼女が見たことの無い、けれどとても美味しそうな匂いのする物を差し出した。


「・・・いい、の?」


 彼女は、慎重に旅人を伺う。

 彼女は、村の大人から食べることを厳しく制限されていたから。彼女が、与えられる分量以上の食料へ手を付けると、暫くの間、彼女の餌が減らされる。

 餌が減ると、とてもひもじい思いをして(つら)い。彼女は、それを警戒した。


「うん? 要らんか?」

「たべる!」


 旅人が引っ込めようとしたそれを引ったくるようにして奪い、口に入れた瞬間、


「っ!?!?」


 口の中に広がった甘さに彼女は身悶えた。


「お、おい、どうした? 大丈夫か? 子供?」


 感動にぷるぷると打ち震える彼女を、心配そうに覗き込む旅人。


「ぉ、おいしいっ!!!」

「そ、そうか? ・・・もっと食べるか?」

「たべるっ!?」


 旅人が差し出したのは、穀物とドライフルーツを蜂蜜で和えて固めたグラノーラバー。

 一本で大人が半日程は動けるという携帯食料。

 彼女はそれを、バリバリと貪った。


「もっと!」

「ほう、まだ腹が減っているか。よし、もっと食べていいぞ?」


 旅人は笑いながら、次々と彼女へ食べ物を差し出し・・・彼女はそれを、夢中になって貪った。


「もっと!」

「すまないな? 残念ながら、今ので終わりだ。もう食料が尽きてしまった」


 そしてとうとう、彼女は旅人が持っていた食料の全てを食べ尽くしてしまった。


「ぅ・・・」


 彼女は、食料が尽きたという旅人の言葉に血の気が引き、顔を青くする。


 食料が尽きるというのは、とても恐ろしいことだから。それも、彼女が全て食べてしまった。「食料が尽きる前に、あの仔熊は殺すべき」そう、村の偉い人が話していたことを思い出した。


「ごめん、なさい・・・ころさないで、ください。いっぱいはたらきます。から、ころさないで」


 ガクガクと怯えて震える小さな彼女を見下ろし、旅人は怒りの表情を浮かべた。


「・・・幼子に剣を持たせ、野盗の類を払っている集落がこの辺りにあると聞いたが・・・」


 鈍く光る金色の瞳。


「おねがいします、ころさない、で」

「子供。名はなんという?」

「? なまえ? こぐまって、よばれてる」

「仔熊? ・・・それは名ではあるまい。全く・・・では、子供。お前は男か? 女か?」

「おんな」

「そうか。・・・あまりかけ離れた名では、名と認識するのは難しいだろうか? ふむ・・・では、今からお前の名はベアトリスだ」

「べあ、とりす? わたしの、なまえ?」

「そうだ。わたしの食料を食べた分、お前にはたっぷりと働いてもらうからな? さあ、付いておいで。ベアトリス」


 旅人は、彼女へ手を差し伸べた。


※※※※※※※※※※※※※※※


「おなかすいた。えさ、ほしい。けんじゃさま」


 ベアトリスがそう言ってローブの裾を引くと、賢者がとても嫌そうな顔をした。


「ベアトリス。違う。()ではない。お前が食べるのは食事(・・)だ。せめて、ご飯かおやつと言え」

「ごはん? おやつ?」

「そう。食事。ちゃんとご飯と言わないと、お前にはやらんぞ? わたしが作るのは、料理だ。お前が食べるのは、断じて()ではない」

「ご、ごはん! ごはんほしい!」

「よし、いい子だ。では、食事を食べるときには、なんと言うんだったか?」

「え、と? い、いただき、ます?」

(よろ)しい。では、食べてよし」


 賢者は、ベアトリスへ食事を与えることを嫌がらなかった。それどころか、食料を食い尽くしたベアトリスを(うと)みも、(いと)うことすらしなかった。


 食料が尽きたからと、食べられる野草や動物を狩って調理し、ベアトリスへ食べさせてくれる。


 最初に餌じゃない、温かいご飯を食べたベアトリスはとても感動した。

 そして、賢者の分まで全て食べてしまった。怒られると思って身を固くしたベアトリスを、賢者は怒らなかった。それどころか、足りないならもっと作ってやるから手伝ってくれと笑った。


 賢者がベアトリスへくれる物は、どれも食べたことのない美味しい物ばかり。


 ベアトリスと名付けられた彼女は、賢者と出逢えたことを(よろこ)んだ。


 正直、ベアトリスと名付けられた彼女には、賢者の言うことは難し過ぎてよくわからない。

 けれど賢者は、村の人達のように、ベアトリスを飢えさせることはしない。

 そして、いい子だと、頭を撫でてくれる。村の人は、彼女へ触ることを嫌ったのに。


 ベアトリスは、賢者のことを大好きになった。


 しかし賢者は、ベアトリスへ働いてもらうと言ったのに、彼女はまだなにもしていない。

 それが、とても気になっている。


「けんじゃさま。あたし、はたらいてないのに、ごはんたべていいの?」

「そうだな。お前には、我が領地に着いてから沢山働いてもらうさ。それまで、わたしと勉強しよう」

「べんきょー?」

「そう。お前くらいの幼子が、通常であれば知っている筈のことを、お前はまだ知らないからな? まずは・・・とりあえず、見知らぬ人間を見掛けたら盗賊かどうか聞くのをやめろ。無礼だ」

「? わかった」


 こうしてベアトリスは数年後、賢者へ連れられてグラジオラス辺境伯領へやって来た。


※※※※※※※※※※※※※※※


 そして彼女は、グラジオラス辺境伯領へ帰還して城代となった(・・・・・・)賢者へ庇護され、ベアトリス・グラジオラスとして十年間を城で過ごした。


 その間に武術を学んだ彼女は、元々の体質も相まってめきめきと強くなり、やがて最年少で騎士爵を賜った。その食費を、グラジオラス辺境伯領の公費で賄われながら・・・


 そんなある日、ベアトリスは賢者へ呼び出された。


「さて、ベアトリス」

「なんだ? 賢者様」

「十年経ったので、わたしはまた旅に出る」

「? それで?」

「次の十年は姫が城代となり、城を治める」

「姫、様?」

「まあ、彼女はわたしの・・・姉妹のような者だ。そういうワケで、留守を頼む」

「嫌だ! あたしも一緒に!」

「駄目だ。お前は有名になり過ぎた。連れては歩けん。それに・・・実は今度、とんでもなく美しい子供が城へと連れて来られるらしくてな?」

「は?」

「自衛できるよう、鍛えてやれ」

「賢者様?」

「特別な子供が大変だということは、お前がよく判っているだろう? ベアトリス」

「・・・わかった」

「いい子だ。では、姫の言うことをよく聞いて、わたしが帰るまで、我が領地を守ってくれ。姫の次の城代が少々・・・いや、かなり心配ではあるが・・・」


 賢者とそう約束したベアトリスは、その後に城へやって来て城代となった(・・・・・・)姫の言い付けを守り、とんでもなく美しいという子供を鍛えたり、強くなりたいという女の子を弟子にしたりと、グラジオラス辺境伯領で過ごした。


 そしてベアトリスは、今日もグラジオラス辺境伯領を守る為に働く。


 偶にグラジオラス辺境伯領から離れたりもして。

 読んでくださり、ありがとうございました。

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