騎士爵ベアトリスの場合。上
すみません、上中下になりました。
「ふゎ・・・」
ガタガタと揺れる馬車の中。麗らかな陽気に眠気を誘われた彼女は、大きく欠伸をする。
傍らには、いつも手にしている大きな袋。
移動中は暇なので、彼女は寝ることにした。
起きていても、腹が減るだけだから・・・と、馬車の座席で彼女は丸くなった。
「あぁ…ベティ様…」
そんな彼女を見て胸をきゅん♥️とさせて溜息を吐くのは、彼女の世話係兼、メッセンジャーを任されたグラジオラス城塞勤めのマーノ。マーノはベアトリスの大ファンで、長年彼女へおやつを貢ぎ続け、餌付けに成功したうちの一人だった。
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馬車に揺られること数日。
殆ど寝るか食べるかでだらだらと過ごした彼女は、王都へと降り立った。
とある任務を遂行する為に。
しかし、腹が減っては戦はできぬ。美味しそうな匂いの誘惑に負けた彼女は、大食いチャレンジを謳っている飲食店へと吸い寄せられた。
「あ、ベティ様! お待ちください」
ベアトリスは、動かないときはだらだらしているが、一旦動くとなるとその行動は素早い。
マーノはベアトリスを追って走った。
そして、堂々とした足取りでとある食堂へ入ったベアトリスは、壁を指差して言った。
「大食いチャレンジ」
華奢な体躯で、女性としても背が高くはないベアトリスを見て、冷やかしだと思った店主はやめとけと笑った。が、空腹なベアトリスはガチだった。
そして、数十分後。
通常の人間では、とてもではないが食べ切れないであろう牛ステーキ五キロというチャレンジメニューを、見事制覇したベアトリスは・・・
「お代わり!」
と、要求して食堂の主人を真っ白にした。
「ベティ様、ダメですよ。他のお客様へのお肉が無くなってしまいます。他のお店へ行きましょう」
「ん? ・・・そうか。じゃあ他行く」
こうしてベアトリスは、他の大食いチャレンジの店を数軒程梯子して、二人は目的地へと向かった。
難攻不落の大食いチャレンジを幾つも荒らし、飲食店の従業員達を慄かせた女性・ベティ様として、暴食の野獣という面目を躍如させながら・・・
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長い竹竿に沢山の荷物を引っ提げたベアトリスがマーノに連れられてやって来たのは、プラウナ王国王立騎士団の屯所。
「どうもお初お目に掛かります。わたくし、グラジオラス辺境伯領より参りました、文官のマーノ・フェルビィと申します。本日は、先日の我が領地で」
玄関口でマーノが名乗りを上げた直後、
「これはこれはっ! ようこそいらしたフェルビィ殿。長旅でお疲れでしょう。さあ、奥へどうぞ!」
慌ただしく動いた中年の騎士がマーノを遮り、ベアトリスとマーノの二人を屯所の奥へと案内する。
「まあ、ありがとうございますわ。ええ。長旅などで、少々疲労したかもしれません。そんなわたくし共に、わざわざお茶をご用意して頂くだなんて、嬉しいことですわ。あまり贅沢なことは申しませんが、王都で流行っている甘味などを食しながら、ゆっくりと世間話でも致しましょうか? 是非とも、王立騎士団の方々のお話をお伺いして来るようにと、城代様より厳命を受けておりますもので」
にこにこと、笑顔で捲し立てるマーノ。
意訳…無論、お茶とお菓子くらい用意しているんだろうな? さあ、じっくりと話をしようじゃないか? 腰を据えて、手前ぇらの言い分聞いてやるよ。
そして、数名の騎士が外へ走って行った。
こうしてベアトリスとマーノは、騎士団屯所の最上級な応接室へと通されたのだった。
ふかふかのソファーへドカッと腰を落とし、そそくさと用意されたお茶を見やるベアトリス。そして、飲んでいい? と、無言でマーノへ視線を向ける。
ベアトリスの視線にきゅん♥️としたマーノは、にこりと微笑んで頷いた。
そうこうしているうちに、下っ端騎士達がダッシュでパシらされたと思しきお菓子が運ばれて来た。それにも、ベアトリスはマーノへ許可を求める。食べていい? と、無言で。
聖母の如き慈愛に満ちた頷きが返されるや否や、ベアトリスは運ばれて来た数人分のお菓子を、
「頂きます」
と言うなり、一人で全部平らげてしまう。
そのベアトリスの不作法を、嫌な顔で見やる騎士団幹部。しかし、マーノはその態度へと冷ややかな笑みを浮かべて眼鏡を押し上げ、口を開いた。
「では、聞かせて頂きましょう」
マーノ・フェルビィは、グラジオラス城塞へ勤める、とても優秀な外交官だ。
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マーノと騎士団のお偉いさんが話しているのを尻目に、ベアトリスはうつらうつらと船を漕ぐ。
「・・・ふゎ」
ふかふかのソファーが眠気を齋す。
「お代わり」
眠気を覚ます為に、お茶のお代わりを要求。
お茶を飲みながらぼんやりと部屋を見渡すが、彼らはベアトリスにはよくわからない話をしていて、ベアトリスの出番はもう少し先のようだ。
そんなベアトリスの態度に、嫌そうな顔をしているおっさん共がいるが、特に問題無しと認識。
ベアトリスは一見だらだらとしているように見えて、確りとだらだらしているが、彼らがマーノとベアトリスを害そうとすれば即座に対処できるようにだらけているのだ。
まあ、剣術よりも処世術の方へ腐心しているようなおっさん共に遅れを取る筈も無いけれど。
それに、マーノにやり込められて、その不満をベアトリスへ向けるとは、器量も狭いことだと思う。
暫くぼんやりしていると、マーノが言った。
「では、グラジオラス辺境伯領の機嫌取りの為に、我が領地の令嬢を娶ってやる、などと心底から巫山戯たクソ戯けなことを抜かした愚か者は、この王立騎士団には存在しないのですね? ちゃんと確認ができて、安心しましたわ。もしそれが本当であったならば、グラジオラスを敵に回しますものね。このような行き違いが、二度と無いことを祈っております」
ヒヤリとした微笑みで。
意訳…手前ぇらの言ったことはわかってンだよ。やるってンなら、とことん相手してやンぞこらぁっ!? まあ、今日のことろはこのくらいで勘弁しといてやるがな? 覚えとけ、二度目は無ぇっ!
「まあ、基本的にグラジオラスの女は、軟弱な男が嫌いですからね。多少は骨のある殿方ならば、婿に取って差し上げても宜しいのですが」
意訳…軟弱な中央騎士なぞ願い下げだボケっ! 誰が軟弱者へ嫁になど行くかっ! むしろ、婿になら取ってやってもいいぞ? それも、貰ってやるのは骨のある男に限るがな?
マーノが挑発したら、ベアトリスの出番。事前にそう打ち合わせをした。だから・・・
「そうだな。あたしと手合わせして、一太刀でも浴びせられたら、婿に取ってやってもいい」
ふっと、鼻で笑いながらベアトリスが言うと、
「っ…ハハっ、威勢のいいお嬢さんだ。しかし、そんな華奢なお嬢さんに怪我をさせては申し訳ない」
「なんだ、中央の騎士は勝負を受ける勇気も無い臆病者なのか。それは残念だな?」
ベアトリスが更に挑発。すると、
「お嬢さんに怪我をさせない程度にお相手して差し上げては如何かな?」
別のおっさんがニヤニヤと勝負を受けた。
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訓練所へと移動したベアトリスとマーノは、お偉いさんが騎士達へ説明する間に戦闘準備を始める。
戸惑うような若い騎士達へ・・・要約すると、イキったグラジオラスの令嬢が王立騎士団の騎士へ勝負を吹っ掛けて来たので、怪我をさせない程度に相手してやれ。という内容の説明をしている。
そして数分後。
ふわふわの短い茶髪をぴょこぴょこ跳ねさせ、眠たげな琥珀の瞳。女性としても高くはない身長の華奢な体躯に、男物の服を纏った姿。
練習用の、刃を潰した剣の上から更に布を巻いて、怪我をしないようにという配慮された勝負条件。
無論、通常の騎士団での訓練では、そんな配慮はしない。お嬢さんの剣術ごっこへ付き合ってやるか・・・という侮りが訓練所を包む。
ベアトリスの最初の相手は、彼女を馬鹿にしたような半笑いの若い騎士だった。
だらりと剣を落とした構えのベアトリスに対し、相手はスタンダードな正眼に剣を構える。
「では、始め!」
という合図で、ベアトリスはトンと軽く地面を蹴る。と、同時に相手の剣を優しく叩き落とした。
「っ!?」
どさり、と地面に落ちた剣の音で、若い騎士の目が驚きに見開かれる。
「ほい、次ー」
眠たげな声が次の相手を要求するが、
「いや、すまない。お嬢さん、今のは油断していたようだ。もう一度仕切り直しと行こう」
という若い騎士の再戦要望。
「いいぞ。ほれ、来い」
と、同じ騎士との二戦目。
「行くぞ!」
若い騎士の気合いの入った打ち込みを、ゆるりとしたように見える動きで、跳ね上げた。
「っ!?」
くるくると宙を舞う練習用の剣が、どさりと地面に落ちる。
「いやー、驚いた。中央の騎士って、こんな弱くてもなれるのか。笑えるわー」
ベアトリスが眠たげに挑発すると、ざわりと一斉に騎士達が殺気立った。
「ンで、次は誰だ?」
「王立騎士団を舐めるなっ!?」
次の騎士が威勢良くベアトリスへ掛かって行き、呆気なく剣を飛ばされる。
「なんなら、三十人くらいまとめて掛かって来いよ? お前ら、雑魚なんだからさ?」
ニヤリと、ベアトリスが笑う。
こうして、ベアトリスの無双が開始された。
若い騎士達ではまるっきり歯が立たず、中堅の騎士達が呼ばれ、それさえも軽くあしらわれた。
その頃から、騎士達のベアトリスを見る目が段々と変わり始め、やがてベテランの騎士までがベアトリスの相手として駆り出されて・・・
「あー・・・腹減って来た。マーノ、おやつ」
「はい、どうぞ」
と、しまいにはサンドウィッチを片手に、口をむぐむぐさせながらの相手。
だというのに、ベテランの騎士でさえ、ベアトリスとは数合剣を合わせるのがやっとだった。
片手で剣を握るベアトリスの、重い斬撃に耐え切れず、剣を取り落としてしまう。
布を巻いて、衝撃が伝わり難くなっている筈の剣から、腕が痺れる程の衝撃が伝わる。
誰が、怪我をしないようにという配慮なのか、気付いた者はサッと顔を青くさせ、騎士団員達のベアトリスを見る目には、じわりと畏怖が宿り始める。
「ほい、次ー」
という声に、誰も動かない。
「あれ? もう終わりか? 案外根性無ぇな。ま、なら今のうち食っとくか」
ベアトリスが竹竿に引っ提げて運んで来たのは、片手で摘まめるタイプの食料の数々。
その荷物からパンの詰まった紙袋を取り出し、むぐむぐと食べて行く。
そして、ことが起こった。
「巫山戯るなっ、小娘がっ!!」
一人の騎士が、おやつを食べているベアトリスへと斬り掛かったのだ。
「むお?」
ベアトリスはすっと動いて騎士の剣を躱した。が、紙袋へ剣先が掠って、パンが袋から弾き飛ばされてしまった。
「んむ~~~っ!?!?」
声にならない絶叫と、
「あ」
マーノの驚きの声が上がり、宙を舞った幾つものパンがぽてんぽてん、と地面へ落ちて転がった。瞬間、
「あたしのパンが~っ!?」
ベアトリスの悲痛な叫びが響いた。次いで、潤んだ琥珀の瞳が、ギロリと騎士を捉える。そして、静かにパンの袋を地面へ置くと、音も無く素早く、おやつの時間を邪魔した不届き者の目の前へすっと移動。
「な、なんだ貴様…ぐわっ!?」
向けられた剣を素手で殴り飛ばし、
「あ゛?」
ベアトリスは騎士の胸倉を掴むと、その華奢な片腕で軽々と大の男を吊るし上げた。
読んでくださり、ありがとうございました。
前回登場のベティさんです。