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農学博士フィオナの場合。下

 誤字直しました。ありがとうございます。

「・・・という次第で、私の農場(・・・・)を荒らした害虫…不審者を捕らえました。如何致しましょう?姫様」


 フィオナは、金髪金眼の少女に見える城代の姫へことの次第を報告し、その判断を仰ぐ。


「まず、君はどうしたい? 喧嘩を売られたのは君だ。フィオナ。まあ、本当にあの罪人が中央軍閥の者だとすれば、あの中央軍閥(愚か者共)は盛大に自爆したワケだが・・・というか、結局なんの用で来たんだ? その自称騎士とやらは」


 姫は溜息を吐き、フィオナを見上げた。


「さあ? わかり兼ねます。話をしようにも、あの害虫は自分の仕出かしたことへ自覚が無いようなので。または、そう装っているだけなのかもしれませんが・・・それに、あのクズが本当に腐れ中央軍閥関係者なのかも怪しいところでしょう。他国のスパイという可能性もあります。なんでしたら、尋問致しますが? 姫様」

「それは後でいい」

「そうですか」

「ところで、フィオナ。そもそもな話になるが、なぜ侵入を許した?」

「偶に中央からの視察で、その護衛として騎士が付いて来るのです。それで、中央の軍服を着用した害虫の侵入を許してしまったのだと思われます。今後は、事前申請の無い視察の(たぐい)は全て断るように致します。そして、軟弱な中央騎士共は叩き出すことにしましょう」

「その方が無難だな。しかし、君は・・・」


 ふっと苦笑する姫。


「なんでしょうか?姫様」

「いや、相変わらず中央軍閥が嫌いだな?」

「すみません。我が家の習性です」


※※※※※※※※※※※※※※※


「罪状だとっ!? わたしが一体なにをしたというっ!? わたしは、プラウナ王国王立騎士団第四師団長ガーランド・ハウゼン子爵の息子、ローレンス・ハウゼンだぞっ!?」


 怒鳴るローレンスをへらへらと流しながら、自分で色々と喋ってくれる直情型の馬鹿だと助かるわー。と、ヴァルクは内心で思う。

 ヴァルクは若い頃に諸国漫遊城見学で、城やそれに準じる大豪邸へ住むような、古参の抜け目ない大貴族達との交渉を重ね、交渉術を磨いた。

 しかし今回は、その交渉術を披露するまでもないようだ。自分で勝手に話してくれる。

 しかも、この様子だと、この騎士は本当になにも考えてなさそうだ。


 ヴァルクがここへ来たのは暇潰しの為と、この若い騎士がフィオナやその関係者達(・・・・・)へ尋問されるのは、憐れに思うからという少しの同情。

 彼女達は、なにも考えていない馬鹿とは相性が悪い。おそらく、やり過ぎてしまうだろうから。


 そして、なんと言っても、後で姫へ絡みに行く為の口実。近頃の姫は、用事が無いとヴァルクを執務室へ入れてくれないのだ。


「それでー、その騎士様がなんでグラジオラス辺境伯領へ来たんですかー?」

「フンっ、わざわざグラジオラスの機嫌取りに、嫁を貰ってやろうと出向いてやったんだ。それがそもそもの間違いだったのだがなっ!? わたしへこのような扱いをしたこと、必ず後悔させてやるから覚悟するがいいっ!?」


 憤慨しながら話すローレンス。

 その内容に、うわ、チョー馬鹿だー。と思いつつ、ヴァルクは彼のこれからの境遇を憐れに思ったので、少し相手をしてあげることにした。


 それに、中央の馬鹿共へ少し腹が立ったから。


「それじゃー、一部で有名なフィオナ・グラジオラス侯爵(・・)の説明をしたげるねー? あ、ちなみに俺伯爵家(・・・)の人間だったりするんだよねー。だから、俺の話ちゃんと聞いてよねー? 子爵令息(・・・・)君」


 こうしてヴァルクはローレンス・ハウゼンの反論を封じ、無知な若い騎士へと語り聞かせる。


「フィオナちゃんは農学博士でー。その腕を買われて、グラジオラス領内に農作物の試験場を幾つも作って実験に明け暮れているんだー。で、その功績から、侯爵位を既に賜ってるんだよねー」


 フィオナ・グラジオラスは農学博士で、農作物の品種改良のスペシャリスト。

 その腕はピカイチで、グラジオラス辺境伯領の中で災害に強い農作物の研究を行っている。


「それでなんだけどさー? 食料事情って、国の根幹を成すチョー重要なことなワケよー」


 ローレンスは、このへらへらした男が言っていることがよくわからず、怪訝な顔をする。


「農業ってさー、お天気次第で収穫量が毎年増減してー。天気に恵まれない年は不作や凶作で国庫が大変なワケよー」

「なにを当然のことを言っている? それと、わたしの罪状とになんの関係がある!」

「あー、やっぱり判ってないかー」


 ヴァルクは、無知な騎士を憐れんだ。


「つまり、フィオナちゃんの農場(・・・・・・・・・・)はー、旱魃(かんばつ)や冷害に強い作物を創り出す為の試験農場でー、国から直々に依頼されてる国家プロジェクトなワケよー。で、その国家プロジェクトで創り上げた植物を踏み荒らすことはさー、国家転覆罪相当の罪になるってことー」


 フィオナ・グラジオラス農学博士()創り上げた新種の作物(・・・・・)を踏み荒らしたローレンス・ハウゼンは、大罪人となる。


 ヴァルクの言葉を理解した途端、ローレンスは顔面蒼白になってガタガタと震え出した。


 国家転覆罪は、死罪に値する罪。


 知らなかったでは、済まされないこと。


「そんな国家プロジェクトの要たるフィオナちゃんをー、中央軍閥の一騎士(ごと)きがお嫁に取るだとかー?寝言も程々にねー。ちなみにフィオナちゃんはー、グラジオラス私設軍の軍閥のお嬢様でー、バリバリ軍人の家系なワケよー。あそこの家ってさー、代々中央の軍閥をチョー嫌ってるんだよねー」


 真っ青なローレンスへヴァルクは言い募る。


「そして更に忠告ねー。逃げるのはやめといた方がいいよー? ベアトリスさんは、このグラジオラスで騎士爵(ナイト)の爵位を持つ圧倒的な強者でー、アイラちゃんとかの(・・・)お師匠様だからねー」


 騎士爵という階級は爵位の一部では()るが、実質的な権力は無く、貴族という枠組みに入らない。栄誉と称号のみの、名ばかりの特殊な爵位。

 王侯貴族から敬われたりもするが、どの爵位からも、実権が無いと侮られることがある爵位。


 そんな騎士爵だが、武門のグラジオラスに於いては、騎士爵の称号を持つことは他領以上に特別な誉れ(・・・・・)とされており、問答無用な強さを有していることが必要最低限の条件となる。

 そして、そんな騎士爵(ナイト)の爵位を持つ者はグラジオラス領民から絶大な尊敬を寄せられ、身分を超越した振る舞いが許される。


「聞いたことないかなー? グラジオラスの暴食の野獣(グラトン・ビースト)ってやつー。それかー、吊し上げる熊(ハンガー・ベア)って異名。あの人、細身で華奢に見える(・・・・・・・・・)女性(レディ)だけどさー、片腕で軽々と甲冑着た重騎士持ち上げちゃったりする人だからねー?」


 ベアトリスは女性だが、非常に特殊な体質をしており、華奢な体躯に怪力豪腕を宿している。その肉体は非常に頑健でありながら、しなやかさと柔軟さを兼ね備え、とても(はや)く動ける。

 そんな彼女に敵う者は稀で、現在のグラジオラス領で最強の一角を担っている。そしてその強さは、国内でも最強の部類に入るだろう。


 また、その体質故にか、ベアトリスは異常な程の大食らいで、常にお腹を空かせている。だから、おやつとして大量の豆が手放せないのだ。


 そんなベアトリスへ逆らえる者は、グラジオラス内でも数が限られている。


 フィオナは元農民のベアトリスに、災害に強い農作物(しょくりょう)を作り出す人として尊敬されており、彼女の手綱を握れる数少ない内の一人だ。

 ベアトリスを餌付けした野獣の調教師(ビースト・テイマー)と見做されている。

 暴食の野獣(グラトン・ビースト)と、その調教師(テイマー)

 この二人の組み合わせは、グラジオラス内でもある意味最凶とされていて、それを敵に回すなど、命知らずもいいところ。


「それじゃー、バイバーイ」


 ヴァルクは俯く騎士を残し、部屋を出た。


 ポリポリ、ごっくん。


「・・・もういいのか? ヴァルク」


 と、ドアの前に陣取るのは、ぼんやりと豆を食べ続ける華奢な女性(レディ)


「うん。ありがとうございましたー。またなんか食べ物くすねて来るねー? ベティさん」

「おう、楽しみにしてる」


※※※※※※※※※※※※※※※


 グラジオラス城砦執務室の前。


「失礼しますよー、姫ー」


 ヴァルクはノックもそこそこに、返事が返る前に執務室のドアを開けて中へ入る。


「城の兄上」

「やー、フィオナちゃんさっき振りー」

「それで、一体なんの用だ? くだらない用なら、即刻叩き出すぞ? ヴァルク」


 フィオナへ手を振るヴァルクを一瞥する姫。


「えっとー、犯罪者君の情報探って来ましたー。どうやら彼はー、本物のおバカさんでーす」

「ふむ・・・その愚か者の目的は?」

「中央軍閥がー、グラジオラスの機嫌取りとしてー、グラジオラス令嬢を嫁に貰ってやる…だそうでーす。多分、パトリックやアイラちゃんのことでかなー? いやもう俺、頭の悪さにホント驚いたわー」


 へらへら言うヴァルクへ、沈黙するフィオナと姫の二人。


「・・・よし、その喧嘩、高く買ってやろう。とりあえずは、フィオナの試験農場を荒らした賠償金として、金貨十億枚をハウゼン家並びに中央軍閥の連中へ吹っ掛けるとしよう」


 金貨一枚は、この国の平均的な中流家庭が約一月(ひとつき)程は暮らせる金額となる。


 しかし、災害に強い新種の農作物の苗であれば、その価値は計り知れない。

 それ相応の賠償額となるのは当然のこと。


 現実に金貨十億枚が払われるとは思っていないが、賠償を請求すること自体で意図は伝わる。「喧嘩を高く買ってやる。そして、グラジオラスを舐めるな!」という、宣戦布告。

 しかも、主張の正しさはグラジオラスにある。


「わー、姫様チョー格好いー♪」

「では早速、賠償の請求書類を手配致します」


 こうして、早馬の特急便で中央軍閥へと賠償請求の書類が届けられ・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 数日後。


 ローレンス・ハウゼンは、プラウナ王国中央軍閥のエリート御曹司だった(・・・)

 彼自身は長男ではなかったが、このまま騎士団へ勤めていれば、将来は中央軍閥の幹部の道が約束されていた(・・)

 または、長男よりもローレンスの方が剣の腕が良いので、家を継ぐよりも出世できるかもしれないと噂されていた(・・)


 しかし、ガーランド・ハウゼン子爵にローレンスという息子は存在せず、更にはローレンス・ハウゼンという騎士はプラウナ王立騎士団からは既に除籍済みで、王立騎士団はその騎士を騙る男とは全くの無関係だという手紙が送られて来たという。


 プラウナ王立騎士団の団員を騙る偽者の騎士の処遇については、王立騎士団並びにハウゼン子爵家は一切関知することなく、グラジオラス辺境伯領へ一任されることとなった。


 ローレンスは、騎士を騙った浮浪者となった。


 そして・・・


※※※※※※※※※※※※※※※


 フィオナ・グラジオラスは、代々続くグラジオラス辺境伯領私設軍の軍閥の家に生まれた。


 グラジオラス辺境伯領私設軍は、平時のときの訓練及び食料の確保として農作業に従事している。


 拠って、軍閥の令嬢であるフィオナは幼い頃から、父達が農作業をするのを見て育った。


 そんなフィオナが農学博士を目指した切っ掛けは、畑へ出ていたときに、別々の品種の麦が植わっているその間に、見たことの無い麦を発見したことだった。

 フィオナはその新しい麦が大変興味深く、別々の品種を掛け合わせて、新しい麦を創るという遊びに填まった。

 更に深く農学を修めるにつれ、フィオナが創り出す麦は、収穫量が増えたり、病気に強くなった。


 それが話題となり、フィオナ・グラジオラスは侯爵位を賜り、プラウナ王国から直々に試験農場を与えられて研究するまでになった。


 フィオナは、自分の手で新しい農作物を創り出せることを(よろこ)んだ。


 こうしてフィオナは、今日も農業へ精を出す。


「そこの貴様っ! そんなへっぴり腰で土が耕せると思っているのかっ! もっと腰を入れろっ、この中央の軟弱騎士がっ! 貴様の出した損失額は全て貴様の借金だっ! もっとキビキビ働けっ!」

 読んでくださり、ありがとうございました。


 ローレンスの罪は、新種の麦を荒らしたことでした。中央軍閥がアホなこと考えた生き証人なので、簡単には殺しません。

 その代わり、一生タダ働きでフィオナにいびられ続けることでしょう。

 屈強な農民は半分軍人さんです。


 ベティさんはヘリオとアイラの師匠でした。

 見た目は華奢な女性ですが、ライオンみたいな体質なので燃費がかなり悪く、生きてるだけで腹減りです。

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