諜報員見習いアウル達の場合。下
「あらら、逃げちゃった」
「ま、いいんじゃない?」
「はーい、もういいですよー!」
「ご協力ありがとうございましたー!」
双子のアウル達が、モニカを見詰めていた通行人へ礼を言うと、何事も無かったように通行人達が解散。各々の用事へと歩いて行った。
そして、着替えようと高等部第四音楽準備室へと向かうアウル達へ、
「知らなかったな。学園内に、君ら諜報員達がそんなに沢山いたなんて」
一部始終を目撃していたミカエルが言った。
「ん? ヤだな、ミカ」
「そんなワケないじゃん」
「グラジオラスの梟達は、こんな遊びに付き合う程暇じゃないよ」
「そうそう。今さっきのは、ここへ通っているグラジオラス出身の人達だよ」
「ちょっと協力してもらっただけ」
「合図で、わたし達の相手へ視線を向けろってね」
「・・・遊び、なの?」
「遊びだよ? ミカ。ね、アウル」
「そうそう。警告を兼ねた遊びだよ」
「だって、グラジオラスの梟はもう動いてるし」
「元嫡男の奥方の実家を探ってると思う」
「・・・そう。ま、それはいいんだけどね。ところでさ、君達」
「「なに?ミカ」」
「僕は、君ら二人…アウルとアウラがいい。だから、君らの代わりなんか要らないよ」
そう言うと、ミカエルは早足に去って行った。
「「っ……」」
後には、顔を赤くして見詰め合う双子。
※※※※※※※※※※※※※※※
グラジオラスの双子のアウルは、実は男女の兄妹。
本当は、アウル達双子はあまりそっくりではない。
無論、男女だから本当は体格や身長、声も違う。それを化粧と変装、喋り方と仕草でそっくりに見えるようにしているということを知る者は、とても少ない。
そして、双子のアウル達は、本当はグラジオラスと血縁関係がある親類でもない。
後にアウルと名乗る双子の…アウレーリオとアウレーリアの兄妹は、王都からグラジオラス辺境伯領へ移り住んだ貴族と、外国からこのプラウナ王国へ帰化した商人との間の家に生まれた。
プラウナ王国へ潜り込みたかった商人と、金銭に困窮していた貴族の家。その家に、最初に生まれたアウル達双子は、妾の子だった。
外国人の本妻になかなか子ができず、アウレーリオとアウレーリアの双子は母親の下から引き離され、本妻の子として育てられることになった。
けれど、その後暫くして本妻が懐妊。
元々双子へ愛情など持っていなかった本妻と父親は、すぐに双子へ興味を失くして捨て置いた。
屋敷の使用人達は見て見ぬ振り。誰も二人の世話をする者は無く、双子は屋敷の中をこそこそ動き回り、自分達で食べ物を確保し、自分達で互いの世話をし、屋敷の敷地でひっそりと暮らした。
やがて、生まれたのは女の子だった。約五歳のアウレーリオとアウレーリアの小さな妹。
けれど、父親と本妻が妹を可愛がったのは一時だけ。また本妻が懐妊し、次に生まれた子は男の子だった。
父親と本妻はその子を長男として可愛がるようになり、妹のことは、必要最低限の世話を屋敷の使用人へ任せた。
双子は、こっそりと妹の様子を見ていた。父親と本妻に忘れられた妹を、夜中に密やかに訪って触れ合う。
そんな日々を終わらせたのは、双子が約七歳になろうかという頃のこと。
ある日、二人は屋敷の敷地で聴いてしまった。
本妻の実家である外国の商人が、この屋敷で違法薬物の栽培に手を出していることを。
違法薬物の栽培は、見付かれば一族郎党処刑される程の重犯罪なのだと。
だから双子は、二人で決めた。
二人は夜中に小さな妹を連れ出し、グラジオラスのお城へ行くことにした。
本当は弟も連れ出したかったが、弟は父親と本妻が可愛がっていて、連れ出すことは無理だった。
小さな妹を交互に背負い、双子は実家から見える、遠いグラジオラスのお城を歩いて目指した。
そして二人は数日掛けて歩き通し、グラジオラスのお城へ辿り着くと、ふらふらの状態でとある草を出し、グラジオラスの偉い人と交渉した。
父親と本妻達を売る代わりに、自分達と弟妹の命だけは助けてください…と。
城代の姫と、グラジオラス大公がそれを了承。
禁止薬物の栽培へ携わっていた双子達の父親、そして本妻とその実家の商家は取り潰しの上、グラジオラス領内で処刑が決行された。
自分達の手で幕引きをしたアウレーリオとアウレーリアの双子は、弟妹の命が助かることを慶んだ。
双子の小さな妹と弟は、双子の希望で別々の家へ養子となって貰われて行った。なにも覚えていない彼ら二人は、今は平民の子として普通に暮らしている。
父親と本妻達を売って生き残り、自分達が罪人の子であることを自覚し、情報がどれ程有用なのか、その身を以て知っているアウレーリオとアウレーリアの二人は本籍を無くし、グラジオラスの諜報員見習いとなった。
二人の代わりは幾らでもいる。
そんな双子だから・・・
ミカエルの言葉は、純粋に嬉しかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
ミカエルがアウルとアウラに出会ったのは、今から三年程前のことだった。
授業中の中等部の中庭で、バチン! というなにかの切れるような音と、悲鳴がした。
「わっ!? …いっつ…」
その音と声に興味を惹かれたミカエルは、そこで腕から血を流して蹲る中等部の生徒を見付けた。
「だ、大丈夫っ!? どうしたのっ!?」
「ああ、大丈夫。ちょっとしくじっただけ」
その子は、顔を顰めながら慣れた様子で器用に片手と歯を使って、腕にハンカチを巻き始めた。
「て、手伝おうか?」
「いや、いいよ。ありがとう」
思ったよりも華奢な腕にキュッとハンカチを結び終わり、自分で応急処置をしたその子は、ミカエルを見上げて言った。
「それで、君はサボりなのかな?」
「・・・そういう君こそ」
「わたしは、中等部課程は既に履修済みだからね。授業に出る必要が無いんだ」
「僕も、中等部課程は履修済み」
「そう。お互い暇人というワケか」
「・・・君は、なにをしていたの?」
「ん? あれを狙ったんだけどね」
怪我をしていない手で指したのは、赤い実を枝に付けた林檎の木。高い場所の実を指が差す。
「スリングショットのゴムが切れてしまったんだ。それで、腕をちょっとね」
地面に落ちている、ゴムの切れたスリングショットを見下ろすその子。すると、
「そこのっ、アウラになにをしているっ!?」
駆けて来る足音と共に、怪我をした子とミカエルとの間に立ち塞がるのは、怪我をした子と少し似た顔の、中等部の生徒だった。
「なにもされてないよ。アウル。わたしが怪我をしたから、その人が大丈夫? って聞いて来ただけ」
「え? アウラ?」
「悪いね、兄が失礼した。ほら、アウルも謝りなよ」
「あ、え…と、ごめん?」
「いや、いいけど・・・その、君。女の子?」
ミカエルは、アウラと呼ばれた怪我をしている方の、男子の制服を着ている子を見詰める。
「うわ、今の無し! アウル!」
慌てたようにミカエルへ言う双子の兄の方。これでは、彼女が女の子だと丸わかりだ。
「・・・なんで男子の制服なんか着てるの?」
「全く・・・アウルのバカ」
呆れたようなアウラの小さな呟き。
これが、ミカエルとアウル達双子との出逢いだった。
それからミカエルは、男装だったり女装だったり、使用人の格好や掃除婦の格好をして校内の色々な場所を別々に彷徨いている双子を見付けては、二人へそれぞれアタックしに行った。
二人に迷惑がられても、やめなかった。
二人が、とても興味深かったから。
後に、ミカエルがグラノワール公爵家の三男だと調査で発覚、双子のアウルとミカエルの三人は、グラジオラスとグラノワール公爵との橋渡しとして、お互いにお互いを利用し合う、仲の良い友人となった。
読んでくださり、ありがとうございました。
この双子は、どちらかが常に女装か男装かをしています。