諜報員見習いアウル達の場合。中
高等部の第四音楽準備室。
「「って、ことがあったんだ」」
置かれたソファーに腰掛け、
「プっ!? ハハハっ、なにそれっ!? おっかし…クフッ、ハハハハハハハハハっ!!」
交互とユニゾンで話された内容に、涙まで流して爆笑し、膝を叩くのは十代半ばの少年。
「全く、困るよね? アウル」
「ホントだよ。笑い事じゃないよ? ミカ」
「ごめっ…プっ、ハハハハハハっ……」
「また笑ってるし」
「ヒドいな? 全く」
笑い続ける少年にムッと二人して怒るのは、よく似た二卵性の双子のアウル達。
「ホント、ヒドい」
「ミカのバーカバーカ」
「だって、君達二人が珍しく揃って不機嫌だったから、その理由を聞いた…らっ、ハハハハハハ…」
「「また笑ってるー!」」
「アハハハハハっ…よりにもよって、セラミレアの花畑娘と、クリストファーの顔だけバカ四男っ! ホント、お気の毒様だねっ!? それで、どうしたの? 君らは」
「うわ、腹立つ」
「殴っていい?」
「ヤだよ。やめてよ? グラジオラスの君らに殴られると怪我しちゃいそうだし」
「「大丈夫。手加減はするから」」
「怪我をしない程度に、程よく痛く」
「痛みが長引くように、殴ってあげる」
「えー、そっちの方がヤだよ。それより、謝るから機嫌直してよ? 早く続き、教えてよ。ね?」
「仕方ないな・・・」
「普通に、人違いでした。で、さっさとその場を立ち去ったに決まってるでしょ。絡むメリットなんか皆無なんだからさ」
「以下同文。けど、これで暫くはジャック・スミスとハンナ・ジェーファーソンの名前と姿が使えないよ。目立ったじゃないかっ、全くもうっ!」
「ああ、それで怒ってたんだ?」
クスリと笑う少年に、
「「っていうかさ、ミカ…いや、ミカエル・グラノワール公爵令息」」
すっと冷える双子のユニゾン。そして、
「確認するけど、君の嫌がらせじゃないよね?」
交互に、
「わたし達へ喧嘩を売ったのはさ?」
問い質す。
「うん。誓って、僕じゃないよ。多分、兄上の奥方の家じゃないかな? ごめんね。僕も、そこまでの情報はさすがに把握できなかった」
穏やかに双子を見詰めるミカエル・グラノワールは、グラノワール公爵家の三男。
長男次男の上の二人とは十歳以上も年が離れており、アウル達双子とは一応同級生に当たる。
そして、グラジオラスとグラノワール公爵とのやり取りの、橋渡し役の一人でもある。
「それなら、別にいいけど」
「仕方ないから許してあげよう」
「けど、ミカ。わたし達への、こういう軽い嫌がらせ程度なら兎も角」
「グラジオラス全体へ喧嘩を売るというなら、その奥方の実家に容赦はしないよ?」
「うん。父上に伝えておくよ」
「「それで? その後、長男は?」」
「ああ、ナサニエル兄上なら・・・別荘付近に出没していた盗賊を討伐中、運悪く落馬して頭を強く打ってしまってね。領地で療養することになったんだ。残念ながら、家督を引き継ぐこともできない程の重傷らしい。ベリアルド兄上は、既に除籍されて、更には行方不明。そして、ナサニエル兄上の子供は、女の子一人しかいないんだ。本当に、残念で堪らないよ」
沈痛な面持ちで話すミカエルに、
「それはそれは、お大事に・・・」
双子も沈痛な面持ちで返し・・・
「不幸が重なって、御愁傷様・・・」
三人は、
「「ということで、次期グラノワール公爵決定、おめでとう!ミカエルっ♪」」
クスリと顔を見合わせる。
「全くもう、二人共、ダメじゃないか。他人の家の不幸へおめでとう、だなんてさ?」
ミカエルは、親友二人の祝福を軽く窘めた。
「でも、ありがとう。アウル、アウラ」
「それにしてもさ、ミカ」
「今から後継者教育って大変じゃない?」
「ああ、実は昔から受けてたんだよね。今まで平行して受けていた、補佐役の教育が減って後継者教育だけになるから、むしろ楽かな?」
「「上が無能だと苦労するよねぇ・・・」」
しみじみとしたアウル達の言葉。
「ははっ、まあ…それで、本来なら回って来る筈の無いお鉢が回って来たんだから、我慢した甲斐もあるってものだよ。兄上達の横暴と無能さにも」
ミカエル・グラノワールは、上二人の兄よりも、グラノワール公爵に似て賢く、優秀で強かだった。グラノワール公爵が、上の二人をあっさり切って、三男のミカエルへ跡目を継がせるという決断を下す程には。
「これからもよろしくね? アウル、アウラ」
「「勿論、こちらこそよろしくね?ミカ」」
「それじゃあ、準備をしようか? アウル」
「うん。あ、ミカは出てってね?」
「わかったよ。それじゃ、また後で」
「「後でねー」」
この高等部の第四音楽室は、立地と絶妙に使い難い教室のサイズ感とで、あまり使用されていない。
大人数で使用するには窮屈で、少人数で使用するには少し広いという中途半端な広さ。
なので、授業で使われることがない。その隣の音楽準備室は、更に使用されていない。
そんな使われていない部屋を使用するのは、絃楽器同好会という弱小倶楽部・・・を、隠れ蓑にした、グラジオラスの双子のアウル達だ。
部長はミカエル・グラノワールで、部員は複数名の名を騙るアウル達と、他にも正式な幽霊部員が在籍していたりもする。
音楽準備室にヴィオラやチェロのケースを運び込み、その中へ変装道具を仕込んで校内へ持ち込んでいる。ちなみに、ここが二人の変装場所でもある。
一応、本物のヴィオラやチェロ、他の楽器も有りはする。件の幽霊部員の気が向いたとき以外には、滅多に弾かれることはないが・・・
変装して、プラウナ王立学園のあちこちから様々な噂と情報とを集めるのが、グラジオラス領諜報員見習いである双子の梟の仕事。
そして、グラノワール公爵家の三男であるミカエルと交友を深め、グラノワール公爵とグラジオラスとのメッセンジャー役も大事な役目の一つ。
アウル達とミカエルの関係は、プラウナ王国の国益の為。そして、グラジオラスとグラノワールの為の利益。及び、打算と陰謀と共謀・・・そこへ、ほんの少しの個人的な友情と親愛、労りと気安さとを伴った、少し複雑でピリッとスパイスの効いた友人関係となる。
無論、公言などできる筈がなくて、ときにシビア、そして非常にグレイな友人関係なのだが。
※※※※※※※※※※※※※※※
プラウナ王立学園高等部。
一仕事を終えた彼女は、学園を後にして家に帰ろうとしていた。すると、その視界の端に、どこか見覚えのある服がチラッと映った。
不思議に思った彼女が考えながら歩いていると、
「お嬢様」
横合いから声を掛けたのは、彼女の家の侍女のお仕着せを着た少女。
長めの前髪に黒縁眼鏡。こんなメイドいたかしら? と、彼女がまた考えたとき、
「モニカお嬢様へ、重要なお話が」
少女が言った。
自分の名前を知っているのだから、自分の家か、または係累の家の使用人なのだと彼女は思った。
「あら、どうかしたの?」
「はい。その・・・」
少女は、言い難そうに声を潜める。
「では、歩きながら話しましょう」
「はい」
彼女は今、密命をやり遂げたばかり。
親族が公爵家の嫡男へ嫁いだのだが、なにかしらの陰謀があり、その公爵嫡男が失脚させられたのだとか。それで、その嫡男失脚へ関与している疑いのある三男と、明らかに怪しい友人へ嫌がらせをしろと言われたのだ。
彼女にはよくわからないし、さして興味も無いが、指定の人物をターゲットへ誘導するだけでいいと言われ、それを少し前にやり遂げたばかりだ。
また、別の指令でも出たのだろうか?
この子も、その関係なのかもしれない。
高等部の校門へ向かって歩く。
「それで、なんの話なの?」
「グレイスフィールド家は、わたし達に喧嘩を売りたいのでしょうか?」
「え?」
メイドに言われたことの意味がわからなくて、モニカ・グレイスフィールドはきょとんとして、後ろを歩くメイドを振り返った。すると、
「まあ、わたし達二人だけの邪魔をしたところで、あまり意味は無いのですけどね?」
今度は背後から、また声がした。それに振り返ると、そこにはメイドがいた。長めの前髪に黒縁眼鏡。モニカの後ろにいる筈のメイドと、そっくり同じメイドが立っていた。
「え?」
モニカは驚いて、背後を振り返る。
そして、そこにはまた、同じメイド。
「な、なにっ!? なんなのこれはっ!?」
驚きの声を上げるモニカに、そっくりな二人のメイドの口が、ニヤニヤと弧を描く。
「なんだろうね? アウル」
ニヤニヤと、
「さあ? なんだと思う? アウル」
交互に掛け合う二人のメイド服。
「喧嘩を売られたから、買いに来た?」
「まあ、そんな感じかもねー?」
「だ、誰よアンタ達っ!?」
モニカはメイド服二人へ声を荒げる。
「あれ? まだ判らないのかな?」
「判ってないみたいだよ? 仕方ないなぁ」
「「ねえ、モニカ・グレイスフィールド嬢」」
「っ!?」
自分の屋敷のメイド服を着た、全く知らない二人に名前を呼ばれ、モニカは怯む。
「「わたし達を嵌めたと思ってる?」」
「でもさ、それってどうなのかな?」
「わたし達は、沢山いるうちの二人だよ?」
「わたし達の代わりは沢山いる」
「別に、ミカエル・グラノワール公爵令息と接触するのは、わたし達じゃなくてもいいからね」
「ねえ、みんな」
メイド服の片方が楽しげに呼び掛けた。
瞬間、モニカの近くを歩いていた通行人の全てが、一斉にモニカの方へ視線を向けた。
「ヒィっ!?」
学生服を着た令嬢や令息、教員、どこかの家の使用人風の男性、通行人達・・・それらが、一斉に立ち止まってモニカをじっと見詰める。
「「さて、ここで問題ですっ!」」
メイド服の二人が仲良さげに手を繋ぎ、ニヤニヤとモニカへ言った。
「このメイド服はどこで手に入れたでしょうか!」
「え?」
「一、その辺で買った。二、どこかの屋敷で入手した。さあ、どっちでしょうか!」
どこかの屋敷に思い至ったモニカは、顔面蒼白になってカタカタと小さく震える。
「あれ?どうかしましたか?モニカ・グレイスフィールド侯爵令嬢。顔色が凄く悪いですよ?」
「お帰りになられるのでしたら、お送り致しましょうか?屋敷までの道なら、ちゃんと知っていますから安心してくださいね?」
ニヤニヤと笑い、手を差し伸べる二人。
「こ、来ないでっ!?」
蒼白なモニカは、自分がなにに手を出してしまったのかをわからないまま、自分を見詰める視線を振り切ろうと、一目散に学園を走り去った。
読んでくださり、ありがとうございました。
実はそういう繋りがありました。