諜報員見習いアウル達の場合。上
またまた長くなったので分割です。
プラウナ王立学園。
そこは、プラウナ王国の貴族令息、令嬢達が様々なことを学ぶ学園で、生徒それぞれに応じたカリキュラムが与えられる制度となっている。
なので、学びたい生徒はより高度な授業を受け、深い智識が与えられる。
けれど、そうでもない生徒は、それなりの授業をこなして学園を社交の場とし、将来のコネ作りに勤しむという二分化現象が昔から起きていて・・・
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プラウナ王立学園中等部生徒の、プリシラ・セラミレア侯爵令嬢は非常に怒っていた。
なぜなら、両親がプリシラの婚約を勝手に決めたらしいからだ。しかも、その相手というのが、素行と評判が良くない高等部の生徒だという。
親切な友人が、わざわざプリシラの為に調べてくれて、こっそりと教えてくれた。
特に身体が悪いワケでもないのに普段から授業をサボり、学園自体に来ないことも多いという。
オマケに登校して来ても、学園のあちこちをフラフラして怪しい行動を取っているという。
そんな輩と婚約しなくてはいけないなど、プリシラには我慢できない。
王子様…とまでは言わないが、素敵な殿方と恋愛結婚をするのがプリシラの夢だ。
ラブロマンスを愛読しているプリシラとしては、あまり贅沢は言わないが、自分と結ばれる(予定の)相手は自分の王子様なのだから、それなりに整った顔をしていて、とても優しくて頼り甲斐があって、なるべく身分の高い人がいい。
プリシラの容姿はそれなりに整っている方だし、十分に可愛いと自分で思っている。
そしてこの学園には、この国の王族が幾名か在籍していて、近隣国の王子も数名程が極秘で留学に来ているのだという噂がある。
セラミレア家は侯爵位なので、もし王子に見初められたとしても、身分的に問題は無い。
無論、プリシラは王子様達がどうしてもプリシラを望むというのならOKするつもりだ。
あまり遠くの国の貴族だと少し迷うかもしれないが、隣国くらいの近さなら大丈夫だ。
だというのに、プリシラの相手というのは、素行と評判の良くない、しかも格下の男爵だという。
そういうワケでプリシラは、両親とその未だ見ぬ婚約者予定の者へと非常に怒っていた。
「確か…名前が……ジャックで、ファミリーネームが…スマイス…でしたかしら? それにしても平凡、というか随分陳腐な名前ね? ありふれているわ」
そんな陳腐な名前の輩は、名前からして既に、プリシラには相応しくないと思う。
だからプリシラは、そのジャック・スマイスとかいう輩へ、セラミレア侯爵家のプリシラと婚約をしたからと言って、調子に乗るなと直接告げに行こうとしている途中だ。
高等部入口付近をうろうろしていたプリシラは、中等部をスキップして高等部へ通っている同級生を見掛けたので、高等部を案内させることにした。
「そこのあなたっ、このプリシラ・セラミレアを案内させてあげますわ!」
「え?あの、わたし」
「さあっ、案内なさい!」
こうしてプリシラは、元同級生の案内を得て高等部へと足を踏み入れた。そして・・・
「あら、なにをしているの? あなた達」
途中で出会った親切な高等部の女子生徒に拠って、件のジャック某のいる場所を教えてもらった。
「あそこにいる方がジャックさんですわ。それじゃあ、わたくしはこれで失礼します」
「ええ。ありがとうございました」
親切な女子生徒へ礼を述べ、プリシラは教えてもらった方へと突き進む。
中庭のベンチに腰掛け、中心で楽しげに談笑している男子生徒。を、囲む取り巻きの内の…おそらく、ジャック某と思われる少年へ向かい、プリシラはビシッ! と宣言した。
「そこのジャック某!」
きょとんとプリシラを見やるその顔は、少しチャラめの髪型と雰囲気をした、平凡そうな少年の顔。
ロマンス小説なら、ヒロインに絡むチンピラの取り巻きと言ったところ。明らかにモブだ。
こんな男と婚約など、冗談じゃない。
「このプリシラ・セラミレアの婚約者候補になったからと言って、調子に乗らないことね!」
「え?」
「むしろ、今すぐあなたの方からわたくしの婚約者候補を辞退なさいっ!」
「えー・・・」
ジャック某は、とても困った顔をする。そして、談笑していた少年達も、驚いた顔でプリシラとジャック某とを交互に見やる。
まあ、プリシラの婚約者候補に選ばれたのだ。それで、この少年の一生分の幸運を使い果たしたと言っても過言ではない。その幸運を逃したくないという気持ちもわからなくはない。
しかし、プリシラがこの少年を嫌だと思っているのだから、ここは彼が潔く身を引くのが道理というものだろう。
未練がましいのは、男らしくない。
「返事はどうしたのです? ジャック某」
「その、失礼ですが、セラミレア嬢?僕はあなたの婚約者候補ではありませんよ? そんな話、全く知りませんから」
「え?」
今、プリシラはジャック某になにを言われたのかを、全く理解できなかった。
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高等部生徒のジェラルド・クリストファー伯爵令息は、とてもくさくさした気分だった。
なぜなら、両親がジェラルドを商人風情へ婿入れすると話していたからだ。
友人から聞いた話に拠ると、最近子爵位をもらった新興の家で、成金だそうだ。
とてもではないが、そんな家へ自分を婿入りさせようとしている家が気に食わない。
確かに、自分は一応四男だが・・・
上の兄達になにかあれば、自分に伯爵位が転がり込んで来る可能性だってある・・・筈だ。
凄く、物凄く確率は低いが・・・ゼロでは無い。
伯爵位と言えば、王族と婚姻できる身分だ。
それを、裕福なだけで大して平民と変わらない程度の家に婿入りなど、冗談じゃない。
しかも、友人に拠ると、自分の相手という娘は大して美人でもないという話だ。
これで相手がかなりの美女というのなら考えてやらないでもないが、美女でもない上に、高位貴族でもない格下の家に婿入りなど、有り得ない。
自慢ではないが、ジェラルドはクリストファー伯爵家の中で、一番容姿が優れているのだ。
だから、ジェラルドは確かめようと思う。
確か、その女の名前は・・・
「ハンナ・ジョンソン…だったか?」
「あら、ハンナさんへなにかご用でしょうか?」
どうやら口に出したのを聞かれたようだ。見知らぬ女子生徒が、ジェラルドへ話かけて来た。
「ハンナさんなら、丁度銀杏並木のベンチへ座っていましたから、急げばまだそこにいるかもしれませんわ」
「そうか、助かる」
「いえいえ、それでは、わたくしはこれで」
親切な女子生徒が教えてくれた銀杏並木のベンチへ行くと、一人の地味な女が読書をしていた。
黒縁の眼鏡を掛け、制服の上から野暮ったいカーディガンを羽織った、如何にもダサい女子生徒だ。
ジェラルドは、その女をじっと観察する。
しかし、長めの前髪と眼鏡で顔がハッキリせず、そして読んでいるのは哲学書。
有り得ない。こんな、ダサくて地味で明らかに暗そうな女など、ジェラルドは願い下げだ。
ジェラルドは、賢しげな女は好かない。
女は美しく、そして従順であればいいのだ。
そんなジェラルドが、ダサい地味女など連れて歩ける筈がない。ジェラルドにブスは相応しくない。
すると、
「……あの、わたしに…なにか?」
おどおどとジェラルドへ声をかけるハンナ・ジョンソン。声までも気弱そうだ。
「ハンナ・ジョンソンだな? 俺はジェラルド。クリストファー伯爵家の者だ。婚約相手の顔も知らないとは、なんて失礼な女だ。まあ、所詮は新興の子爵。金で爵位を買った成金だな? 程度が知れる。お前のように地味でダサくて無礼な女は、俺に相応しくない。拠って、貴様の方から速やかに婚約を取り下げろ!」
ジェラルドは、ビシッ! と言ってやった。
すると、その地味女が口を開いた。
「・・・その、失礼ですがクリストファー様。わたしは、ハンナと言いますが、ジョンソンではありませんよ? ハンナ・ジェーファーソンです。ハンナ・ジョンソン嬢とわたしを、誤解されているのではありませんか?」
「・・・へ?」
ジェラルドは、その地味女になにを言われたのか理解するのに、少々の時間を要した。
読んでくださり、ありがとうございました。