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三話 約束のブルー

 

 花々が咲き乱れる中を進み、四方をつるばらの茂みに囲まれた空間を見つけ、ドレスが汚れるのも構わずに中でうずくまる。


 孤独に、不安に、悲しみに押し潰されそうだけれど、それでいて涙は出てこない。


 そのままどのくらいたっただろう。


 近くで草を踏む音が聞こえてはっと我に返る。


 顔を上げると、視界に入ったのは同い年くらいの男の子だった。


 どこかの貴族の令息だろう、品の良い上等な仕立ての衣装を身に纏い、さらさらの黒髪は綺麗に整えられている。


 仮面をしている為顔は分からないが、佇まいから洗練された印象を受けた。


「……泣いてるの?」

「泣いてないわ、だって泣けないんだもの」


  ぷいっと顔を背けると、男の子がソフィアの頬をふんわり包みこむ。


 心の底まで暴かれるような深いヘーゼルの瞳を吸い込まれるように見つめると、不意に景色が滲んだ。


 一度緩んでしまうともう止まらなくて、次から次へと溢れてくる。


 男の子は腕をそっとソフィアに回して、あやす様に背中を撫でてくれた。


 その手があまりにも優しくて、更に熱いものがこみ上げる。


 久しぶりに触れた人の暖かさに、身体の芯から熱が灯るようだった。


 ソフィアが落ち着いたのを見ると彼は安堵したように笑って、彼女の手を引いた。


「ここの花はとても綺麗だから、一緒に見て回らない?」


  色とりどりの花々が咲き誇る庭園は、むせかえるほどの甘い香りに包まれて、ソフィアは一瞬くらりとする。


「これはガリカ、オールドローズの元祖と言われているんだ」

「素敵ね、いい香り」

「香りならこっちの白薔薇も良いと思う、アルバ系統は爽やかで微かにレモンの香りがするから」

「博識なのね」


  ソフィアはすっかり機嫌が良くなって、庭園を歩き回っては彼の話を聞きたがった。


 男の子はソフィアとそう変わらない年に見えるのに、知識が豊富で聞けば何でも答えてくれた。


 ソフィアは家族を亡くしてから初めて笑うことが出来た。


 彼と一緒にいると、強ばっていたものがほぐれて消えていくようで。


 心地よいそれはソフィアが今まで家族と一緒にいる時に感じていた安心に似ているようで、少し違う気もした。


 二人で並んでゆったり歩いていると、彼がふと足を止めて膝を折った。


「この薔薇、花の重みで折れそうだ」


  見ると、大輪の赤い薔薇が二本、俯いてほとんど折れかかっている。


 彼は少し考えた後、二本とも優しく手折った。


「ここまで枝が折れたらもうおしまいだから、可哀想だけど」


  彼は棘を全て取り払ってから、その薔薇をソフィアの髪にそっと飾ってくれた。


 もうひとつは彼の胸ポケットに収まった。


「二本の薔薇には、この世界は二人だけっていう花言葉があるんだって」

「二人だけ」


  口に出すと本当にそう感じられて、ソフィアはなんだか胸が軽くなった。


 彼と二人だけならどんなに楽しいだろう。


「こんなに笑ったのは久しぶり、ずっとあなたと居られたらいいのに……」


  どちらともなく手を握りあって、視線を合わせる。星明かりが柔らかく降り注いで、彼の瞳が淡く照り返す。


 ヘーゼルの双眸に見つめられると、とくとくと胸が鳴って甘い熱が籠るようだった。


「大きくなったら、君と結婚したい」

「……私も。あなたと結婚したい」


  心から自然にそう思った。

 この人と一緒になったらきっと私は幸せになれる。このまま彼と離れたくなかった。


「大人になったら迎えに行くよ、約束する」


  それは密かに交わされた小さな契り。


 何の意味も持たない子供の遊びの延長かもしれない。

 それでもソフィアにとって辛い現実を忘れられた一瞬の幸せとして、深く心に刻まれた。


次話は十年後のソフィア。冒頭部分の続きとなります。

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