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一話 始まりのブルー

 

  ソフィア=ブランシュは困っていた。


 いや、もっと正確に言うならば、今すぐここから走って逃げ出したいくらいに居心地が悪かった。


「では、ディルマン男爵家の令息との婚姻を進めます」


  嫌に断定的な義叔母の口振りに、ソフィアは頷く以外の術を知らない。


「お姉さま、おめでとう!羨ましいわ」


  間髪入れずに祝福の言葉を述べたのは従妹のアンナ。


  どうも本当に嬉しいようで、ブラウンの瞳は爛々と輝き、口角はきゅっと上がっている。


  ぱっと見ると満面の笑みのようだが、ソフィアはアンナのこの表情が苦手だった。


「貰い手がいて良かったじゃないか、俺ならこんな辛気臭いのはお断りだが」


  従兄のセルジュが蔑みを隠そうともせず告げると、アンナはくすっと声を漏らす。


  ソフィアは俯いて目の前の皿を見つめながら唇を引き結んだ。


「感謝なさい、あなたの様な厄介者に手間をかけてやるのだから」


  義叔母が吐き捨てると、場はしんと静まり返る。


  数秒、痛いほどの静寂の後、アンナがこの場に似つかわしくない程明るい調子で話し出す。


「ねえ、お父さま。私の結婚相手も考えてくれているのよね?」

「ああ。お前にはとびきり上等な男性を見つけてこなくてはな」


  アンナが聞くと、叔父は目を細めながら上機嫌で口髭を撫でる。


  がらりと変わった空気に、ソフィアはため息を押し殺す。


  この地獄のようなディナーが終わる事だけを考えて、飛び交う会話から意識を逸らした。



  ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧ ✧



  ブランシュ伯爵家の長女として生まれたソフィアは、何不自由なく幸せな幼少期を過ごした。


  艶やかに波打つブロンドのヘアに、大粒のブルーダイヤモンドのように光の加減で煌めく魅惑的な瞳、薔薇色にほんのりと色付いた唇は愛らしく、手足はすらりとして美しい。


  優しい両親と優秀な兄に惜しみない愛情を注がれながら過ごす時間は夢のように幸福で、ずっと続くものだと思っていた。


  しかしそれは突如として終わりを告げる。


  六歳になったばかりのある日、ソフィアは両親と兄を亡くした。


  家族四人で乗っていた馬車に他の馬車が衝突したのだ。


  ソフィアの席だけ被害を免れ、幸か不幸か軽傷で済んだ。

 ソフィアはわけも分からずひとりぼっちになってしまった。


 あまりにも絶望が大きすぎて、上手く泣くことも出来なかった。


  しんと静まり返った屋敷から一転、家族を亡くした数日後に嵐は訪れた。


  昼近くに起きて居間を覗くと、叔父家族が居座っていた。


  叔父は父の弟で、父に対抗心を燃やしていた人。

 いつもピリピリしている義叔母。

 そして嫌味ばかり言う従兄のセルジュと、嫌がらせをしては醜悪な笑みを浮かべる従妹のアンナ。

 苦手な顔触れが揃っていた。


  しかも叔父は今日からここで暮らすと言う。


 あの娘も一緒に死ねば伯爵の地位は俺のものだったのにと不満を漏らしていた。


  父も兄も死んだ今、爵位はソフィアのもの。ソフィアは女伯爵なのだ。


 しかしソフィアはまだ幼い。叔父はこれを機に家を自分のものにしようと画策していた。


  それからソフィアは地獄のような日々を過ごした。


 日当たりの良い広い私室は当然のようにアンナのものになり、ソフィアはそれまで物置として使っていたかび臭い空き部屋に押し込められた。


  ご飯は一応与えては貰えるが、使用人達と同じもの。


 大好きだった甘いお菓子も、ミルクたっぷりの紅茶も口にできることはなくなった。


  セルジュは会う度にお前は死に損ないだと、一番弱い所を付いて虐めてくる。


 アンナと遊ぶと、彼女が必ず悪いイタズラをする。

 

 叔父家族は皆アンナを贔屓するので、それで怒られるのは決まってソフィアだ。


 最中もアンナはあの笑みを浮かべている。


  次第に部屋の中に閉じこもるか、隙を狙って屋敷の外に出るようになった。



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