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雨あがりの空

作者: みあ


 今日は特別な日。美味しいと有名なお店で、可愛いクマの形をした小さいホールケーキを買って、ちょっとお値段が高いけれど美味しいワインを買って、帰路を急ぐ。崩れないよう、割れ物にも気を付けて、出来る限り急ぐ。

 急がなくても良いのは分かっているんだけれども、足の動きが速くなる。

 今日、九月二十七日。誕生日の人もいるかもしれない、何かの記念日の人もいるかもしれない、でも大半の人はなんでもない日。そんな日に、私、今宮のぞみは出会ってしまった。だから、私にとって大切な記念日。


 あれは、二年前。

 でも始まり、もう少し前。


「のぞみ! お願いします!」

 職場の同僚であり、学生時代からの友人りつかに土下座をされている。客観的に見れば、間違いなく怪しい構図。いくら昼休みに入ったばかりとはいえ、まだオフィスには人がいる。そんな中、何のためらいもなく突然土下座をしてきたのだ。

「えぇと……まずは、顔を上げて?」

 原因も分からずに土下座をされても、こちらもどうしたら良いのか分からない。何か起きたようなこともないし、りつかにされたこともない。それとも、何かをするための土下座なのだろうか。

「お願い事が、ありまして」

 顔を上げて彼女の放った一言。それ以上は何も言わなかった。

「とりあえず今日の夜、ご飯行かない? そこで詳しい話を……」

 土下座されておいて、詳しいことを話そうとしないりつかに、提案をした。もしかしたら頼みたいことを考えて後先考えずに土下座をしたのかもしれない。なら、ふたりでゆっくり話しながら“お願い事”を聞いたらよい。

 それで話は、まとまった。


 りつかは、なんでもできるし行動も素早い。仕事でも頼れる存在で、そんな彼女が私に何かを頼むなんて、想像できない。友人も多く、社交的である。私とは、正反対。憧れである彼女からのお願いは、出来る範囲は叶えたい。 


「それで、お願いって?」

 仕事を定時に終わらせ、りつかと近くのファミレスへと向かう。おしゃれなカフェとかではなく、話しやすく長時間居やすいファミレスを選ぶ。平日の夜だが、学生や同じように仕事終わりにやってきた人たちで賑わっていた。だけどタイミングよく、待つことなく席に座れた。

「あたしが、アイドル好きなの知っているよね?」

 突然のカミングアウト、のようだが違う。りつかは、女性アイドルグループを好きなのは職場では知り渡っている。彼女が隠していないのもあるし、休み申請するときに公言しているからだ。

「うん。確か、雨あがりの空、だっけ?」

 女性七人グループ。雨あがり空に架かる虹のような存在をテーマにしている、はず。あくまでもりつかが語ってくれることしか知らない。

 知名度が低いわけでもなく、ホールコンサートもしている、らしい。ただ私があまりテレビを見ないため、詳しくないだけ。先日最新シングルがミリオン達成とニュースでやっていたかな、ぐらい。

「そう、そこで」

 と、二枚の紙を出してきた。どこから、と突っ込みたくなるけれど、これがお願い事なのかもしれない。名義を貸してほしいとか、代わりになにかしてほしいのかもしれない。

「一緒に、行ってくれない? コンサート」

 何を言いだしたのか、分からない。そのタイミングで、料理が運ばれてきた。りつかの前にハンバーグプレート、私の前にオムライスが置かれる。出来立てのようで、湯気が見える。

 りつかは二枚の紙をしまい、ナイフとフォークを手にし、食べ始める。まるでそれは、話す前に冷める前に食べようと言っているかのようだ。だから私もスプーンを手にし、オムライスへスプーンを運ぶ。


「で、一緒に行ってくれない?」

 ドリンクバーでりつかはコーヒー、私はハーブティーを入れてきて、席に着く。

「今人気あるんでしょ? 私より、もっと詳しい人とかと行かないの?」

 欲している人と一緒に行った方が楽しいはず。無知だし、興味もない。何の曲を歌っているの知らない私と行っても、何も楽しめないはず。

「友達みんなチケット持っているし、終わった後に感想言い合いたいから譲渡も考えていないし、それに」

 そこで一度途切れた。言葉を待つと、静かに呼吸しなおしてりつかは口を開く。

「初心者にもおすすめの、座ってみる席だから」

 何故ドヤ顔で言うのだろうか。つまり、最初から誘おうと思っていたかのようで。

「あ、違うからね! 一般の席取れなくて、これなら取れたから!」

 と私の気持ちを察したかのように先に述べられた。やはり一般、立ってみる席のほうが楽しめるのかもしれない。座ってみる席は、私みたいに初めてなら楽しめるけれど、りつかには物足りないのだろう。

「まぁ、それなら……っていつなの?」

 一緒に行って、と言われてもいつ行くのか分からない。特に予定が入っているわけではないけれど、行くとなるなら予定を入れないようにしておかないといけない。

「明後日」

「はい?」

 言われた言葉を、理解できなかった。

「だから、明後日」

 今日が木曜日。即ち、土曜日。

「いくらなんでも急すぎるでしょ!」

 思わず叫んでしまった。

 賑やかなファミレス内に響く、ことはなかった。ただ近くの席の人たちは、少し驚いた表情をしてこちらを見ている。

「ギリギリまで誰か誘えないかなって探していたもんで……空席、作りたくないし」

 と多少申し訳なさそうな表情をして言う。そこで、最終候補として私が誘われたわけ、なのね。予定ないし、人気グループのパフォーマンスには興味あるから……いいんだけれど。

「わかった。いいよ、一緒に行く」

 ため息交じりになったけれど、返事をする。

 それからは、彼女が好きなメンバーについてひたすら語ってくれた。りつかが好きなのは、黄色カラーの子で元気な盛り上げタイプらしい。それで知ったのだけど、雨あがりの空のメンバーは本名で活動していないそうで。りつかが好きな子はひまわり、と言うらしい。全員お花の名前から取っているだそうで。そんなグループもあるんだなぁ、とぼんやり聞いていた。



 正直に言って、甘く見ていた。アイドルグループとは、可愛く歌って踊るイメージが強い。というか女性アイドルは、可愛いを売りにしていると思っているから。

「みんなー! 今日は来てくれてありがとー!!」

 リーダーと思われる赤色の衣装を着た子が叫ぶ。盛り上がる会場。男女比率は、同じぐらい。老若男女いる。会場に入って席に着いたときにも思った、本当にアイドルのコンサートなの? と思う客層。私が偏見な目を持っているのかもしれないけれど、若い男性が多いと思っていた。

 だけど、雨あがりの空が違うのか、アイドルグループが違うのかは……分からない。他のアイドルグループを知らないから。可愛いだけじゃない、かっこいいも色っぽいも全部備わっている。曲によってメンバーの雰囲気が変わる。ダンスも、揃えるところは揃って個々のところは個性が出ている。



 私は、こんな世界を知らない。



 こんなに輝いていて、激しくて、全力でアイドルしていますって雰囲気が伝わってくる。数曲置きにあるMCでは、個性豊かに喋っている。この時は年相応だなって思っちゃった。だからこそ、歌っているとき。ダンスをしているとき。目を離せなかった。


 そんななかでも、私はひとりの子に視線を奪われた。

 最初は全体を見ていたんだけれど、途中から紫色の衣装を着た子に視線を持っていかれた。誰よりも歌が上手で、心にまで響くような感覚。と思いきや突然激しいダンス。すごくキレがある。それなのに喋るときはふんわりとした可愛い声。この子は、いったい何パターンの声を持っているのか。

 アイドルなんて、と見下していたわけじゃないんだけれど……想像を絶する光景を、見せられた。

 二時間ほどと言われていたコンサートは、一瞬で終わった。それぐらい、時間経つのが早く感じた。ただただ、じっと舞台上を見ているだけで終わった。


「ね、どうだった?」

 コンサート終わり、駅前のカフェでりつかとお茶をする。

「予想外だった」

 第一声はこれしかでなかった。それからゆっくりと、りつかに感想を伝える。アイドルを甘く見ていたし、歌唱も正直期待していなかった。目の癒しになるかな、としか考えていなかった。

 りつかも語りたいだろうけれど、私の話をじっと聴いてくれた。相槌を打ちながら、聴いてくれた。

「のぞみが良いなって思ったのって、この子?」

 スマートフォンを操作して、画面を見せてくれた。

 その画面にはセミロングの子が、写っていた。歌って踊るだけじゃなく、こういう画像にもなるのね。その子で間違いないけれど、さっきと雰囲気が違った。

「そう、この子」

「のぞみはスキルメン推しかぁ~すみちゃんね」

 残念そうに言いながら、画面を操作した。

「紫色カラーのすみれ、公式の呼び名はすみちゃん。コンサートで気付いたと思うけれど、歌唱はグループで一番。それなのに貪欲? 努力を怠らず、最初から上手いのにレベルがどんどん上がっているの」

 公式のホームページと思われる画面を見せながら、説明をしてくれた。

 ひーちゃんにはハマらなかったかぁ、残念だなぁ。と小さく呟いている。ハマるなら同じ子にハマってほしかったのかな……きっと語りたいんだろうなぁ。

「ちなみにあたしの推しは~」

 そこからは、りつかがひたすら語っていた。りつかの好きな子だけでなく、メンバーのこと、今回のコンサートのこと、ひたすら話してくれた。今回のコンサートのことは、私も思ったことはあった。それも、話し合っていたら時間がかなり過ぎていた。


 次の日も休みだから、私はスマートフォンで雨あがりの空について調べる。

 人気があるらしく公式サイトだけでなくファンサイトもたくさんある。公式からの無料配信動画も、片っ端から目を通していく。

 デビュー当時の動画を観ると、全体的に初々しいのにひとり歌唱力が飛び抜けていた。あの子、すみれちゃんだった。でも昨日聴いた声と比べて、劣っている。努力を怠らなく、本当にただ上だけを見ているのが分かる。

「あれ……」

 いつの日だったか、りつかが言っていた。

『あたしも推しメンみたいに輝きたいし、もしサボったりして推しの印象悪くなるようなことはしたくない』

 確かに雨あがりの空には、悪い話は聞かない。ファンが~とか待ち伏せが~みたいな情報は一切ない。たまにコンサートで迷惑行為はあるらしいけれど、それ以外は本当に少ない。もしかしたら、表立たないことはあるのかもしれないけれど……マナーも非常に良いのかもしれない。

 ファンを通してメンバーを見る、と言われるのも納得だ。りつかみたいに公言していると、やはりりつかのイメージでグループをどこか見てしまう。だからりつかは、常に努力している。それが結果として、表れている。そのため休み申請も通りやすいし、突然のイベントも可能な限り調整してくれる。なので、職場で雨あがりの空は評判良い。

 私も、そんな風になりたい。すみれちゃんみたいに、上に上に目指して、彼女のことを誇りになってもらえるように……私も、なりたい。


 それからは、意識して動くようにした。最初から上手くいくわけはもちろんないし、失敗することもあった。でも少しずつ、本当に少しずつ生活にメリハリが出てきた気がする。

 前までは休みの日は本当にダラダラしていたし、仕事終わりにも怠けていた。すべてにおいて、一直線そんな感じだった。でも仕事の時は仕事、休みの時は休み、そう切り替えがはっきりと出来るようになってきた。仕事終わりも早く帰って家の用事をしたり、資格の勉強をしたり……少し前の自分でも、考えられないぐらいになっていた。

「今宮さん、最近すごいね」

 上司に認められ、後輩からは相談され頼りにされるようになる。

 私自身はわからないけれど、憧れだったりつかに近付けたような気がする。でも、すみれちゃんみたいにもっと努力したい。どこを目指しているのかはっきりと明確にして、それに向けてどうすれば良いのかを、真剣に考えるようになった。

 とりあえず働いて、とりあえず稼いで、なんとなく生きていた自分が少し恥ずかしいと思ってしまう。

 でも、そんな私だったから雨あがりの空に影響を受けて、今が輝けるのかもしれない。私の心に咲く小さな花。そんな花みたいに、誰かの心に架かる虹のように、少しずつ、それでも成長していきたい。




 家に着き、部屋に入る。テレビの前にあるローテーブルにケーキを置く。その隣にワインを置いて、グラスを取りに台所へ。部屋着には着替えない。グラスを片手にソファに腰を沈める。テレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。同時にレコーダーの電源も入れ昨日から入れっぱなしのディスクが、動き出す。リモコンで操作して、最初から流す。

 今年の春にしたツアーの映像だ。しかもソロアングル。もちろん全体のもあるけれど、今日はソロで。


 この出会えた日に感謝を。


「アイドルになってくれて、アイドルでいてくれて、ありがとう」


 画面で歌う彼女に、呟く。これからも、応援させてほしいという気持ちを込めて。





別のサイトで載せていたものです。

推しメンは可愛いですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アイドルが活力を与える。いいお話でよかったと思います。
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