プロローグ
一
「我らが皇帝の治めるエルシアに、敗北というものは存在しない。」
鉄道に揺られ戦地へと向かうレーヴェ・ルフトマン中尉は祖国の上官の言葉を反芻した。彼の祖国、エルシア帝国は今現在、地球の陸地の三分の一を支配する大帝国だ。エルシア人には「魔法」と呼ばれるおよそ現代の科学では解明できない未知の力を有している。彼らはその力を使い、人類を恫喝し、殺戮し、栄華を極める大帝国を築いた。そしてまた、新たに植民地を獲得せんと帝国軍は東へと軍を進めた。
列車は帝国の最東端ペテロフスク駅に到着した。日はすでに暮れようとしていた。そこから軍港へ向かい列になり歩き始めた。
「小隊長殿、顔色がよろしくないようでありますが・・・。」部下のエーリヒ・シュテルビルト伍長が言った。
「いや、私は問題ない。初陣なのだろう。貴官こそ大丈夫か?」
「は!我軍が負けるはず無いですしあの破壊者のルフトマン中尉も一緒ですので全く問題はありません!」
「私が破壊者だと知っているのか?」
「もちろんですとも!四年前のモルゴン戦争での出日皇国軍陣地攻撃を知らない人はいませんよ。あんな魔法を使える中尉殿がいれば負けるはずがありません!」エーリヒは語気を強めそう言った。実際にレーヴェも今回の戦いでも負けるはずがないと信じて疑わなかった。相手は極東の猿どもだ。圧倒できるとすら思った。
数分ほど歩くと、エルシア帝国極東軍管区司令部に到着した。
「失礼致します!」レーヴェは極東軍司令のであるモンシア・ニコラエヴィッチ大将のいる司令室のドアをノックした。
「エルシア陸軍戦略魔法大隊第七小隊長レーヴェ・ルフトマン中尉であります!」
「ほう、君があのルフトマン中尉か。中尉殿の活躍は聞いている。特に四年前のモルゴン戦争での陣地攻撃は見事だった。本作戦でも期待しているよ。」
「恐縮でございます。ご期待に添えるよう奮励努力いたします。」そう言いレーヴェは司令官室を出た。庁舎の廊下では明日の出撃の景気付けに酒盛りをする連中もいた。彼らを横目に自室へと戻り着替えてベッドへと飛び込んだ。列車での長旅の疲れからかすぐに泥のように眠った。
翌日、レーヴェはムシュム島攻略部隊として上陸用舟艇に乗っていた。レーヴェにとって上陸作戦は初めてだった。しかし随伴する海軍の艦艇はとても頼もしく見えたし、自分の魔法というものに絶大な信頼を置いていたから緊張はまったくなかった。むしろ早く戦地へ赴き、敵を一人でも多く殺し、祖国のために活躍したいと思っていた。そんなレーヴェを乗せた上陸船団と艦隊が出港した。
船旅はレーヴェにとっては初めての体験だった為、揺れる船がレーヴェの気分を悪くし若干の吐き気をもたらした。少し海風に当たろうとデッキへと赴いた。大きな海と空が広がっていた。するとレーヴェの乗る船のちょうど真上あたりに鳥或いは十字架のようなものが空を駆けていた。
二
出日皇国海軍大尉の源田輝大尉は参謀として第二艦隊旗艦戦艦飛騨の艦上にいた。輝は自分たちの立てた作戦が果たしてうまくいくものかとやきもきしていた。
「味方偵察機より入電!エルシア軍上陸部隊がペテロフスクを出港したとのこと!」
水兵の知らせを聞いた輝は筋書き通りに進んだことに安堵し同時に次の作戦を脳裏で確認した。
大陸での権益や皇国北部で領海、領土問題などで対立する両国の避戦交渉が決裂した今帝国との戦端が開かれるのは自明の理だった。その為皇国では欧州地域でのエルシアの戦いぶりを徹底的に調査した。そして今度の戦争も欧州地域の時の様に奇襲攻撃で目標の地域を占領し併合する方法が取られると予想し、的中した。奇襲をもって奇襲を制する。それが出日皇国軍の戦術だ。その作戦の為、皇国海軍はエルシアが攻めてくるであろうムシュム島の沖合で待ち構えていた。
「先行艦より発光信号。我レ敵艦隊見ユ。」水兵が告げる。
「司令、ここは敵艦隊の接近を待たず、すぐに砲撃へ移りましょう。」輝が進言する。
「だが大尉、この距離での砲戦は前例が無いぞ。それに、敵方へこちらの居場所を伝えることにもなる。」
「今現在の距離は我が方の戦艦の有効射程範囲ギリギリです。敵方へ居場所が補足されたとしても彼らには即反撃できる戦艦を有していないので我が方が一方的に敵艦隊を叩くことが出来ます。よって、今すぐに砲撃戦に入るべきだと進言いたします。」
「なるほど...。ツキは我々にあるな...。この戦、勝てる。」
「旗艦飛騨より各艦へ伝達。針路維持。第二戦速。砲戦用意。」艦隊司令の峯本統大将が指示を出す。
「第一から第四砲塔砲弾装填完了!射撃準備良し!」砲術長が報告する。
「てぇ!」峯本の指示と共に轟音が鳴り響き、艦体がビリビリと振動する。その瞬間敵艦隊付近に無数の水柱が上がる。「弾着確認!しかし射撃の効果を認めず。」観測員が告げる。その後、何度も主砲が発射されそのたびに艦体が見えなくなるほど水柱が上がる。戦艦六隻による砲撃は凄まじく、瞬く間に被弾、炎上する船が現れる。輝は敵ながら彼らが気の毒だとさえ思った。
三
海風に当たるためにデッキにいたレーヴェは雷のような音を耳にした。と同時に無数の水柱が上がり海水が雨のように降り注ぐ。至近弾の衝撃が艦を襲いレーヴェは尻餅をついた。「中尉殿!大丈夫ですか!」外の轟音を聞きつけ、船内から様子を見に来たエーリヒがレーヴェに駆け寄る。
「一体何事なのでしょうか...。」
「恐らく、敵艦隊による攻撃に違いない。」
「そんな...。奇襲作戦は失敗ってことですか。」
「おそらくな。だがこのまま強行上陸するんだろう。敵艦隊は海軍がなんとかしてくれるさ。」
レーヴェが言う。その時だった。金属と金属のぶつかる音があたりに響く。その数秒後、先行する戦艦に大爆発が起き、ものの数秒で沈没した。辺りには先の爆発で吹き飛んだ艦体の破片や主砲塔、乗組員が降り注ぐ。レーヴェは目の前の光景が信じられなかった。それでも敵艦隊の攻撃が止むことはなかった。一隻また一隻と被弾や炎上、沈没する船が増えていった。上陸船団はパニック状態になった。怖くなって海に飛び込み、元いた港へ泳ぎ始める者や所持している拳銃で自殺する者もいた。
「中尉殿!我々も脱出しましょう!」エーリヒが言う。しかし、レーヴェは逃げ出すことはせずじっと敵艦隊を睨みつけていた。彼が右手を掲げると青白く光る魔法陣が現れた。「中尉殿...。まさか!」「ああそうだ。今から奴らに一発かましてやる。」そう言うとレーヴェは魔法陣を集約し、光の弾のようにして敵めがけて発射した。前から二番目を航行する艦に直撃する。敵戦艦が大爆発を起こし炎に包まれゆっくり傾斜始めたのを確認した。その瞬間、レーヴェの乗る船が爆発した。その衝撃で床に勢い良く叩きつけられ、レーヴェは気を失った。
四
敵エルシア艦隊を圧倒しその戦力の三分の一を海中に叩き込んだ出日艦隊には勝利を確信したかのような空気が蔓延していた。敵戦艦部隊は既に全艦戦闘不能に陥り反撃されるとは考えられなかったから無理もなかった。そんな時だった。輝は残存する敵船の一隻が青白く光ったのを目にした。次の瞬間、輝の乗る戦艦飛騨が爆発を起こす。数メートルほど輝は吹き飛ばされた。
「機関部火災発生!」「後部艦橋連絡途絶!」艦橋部の伝声管から各部の被害状況が悲鳴の様に伝えられる。
「いかが致しましょう、司令!」輝は立ち上がりながら峯本に訊ねる。返事はない。輝の目の前には赤い池のようなものが広がっていた。峯本大将以下将官及び佐官七名が殉職した。しかし彼らが殉職したことを知らない艦内随所の者が艦橋部に指示を求めていた。その時、副砲弾薬庫が爆発し、大規模な火災が発生した。伝声管が火災か爆発かで潰れたのであろうか、各部署からの連絡は聞こえなくなった。味方駆逐艦からの放水も効果はなく、飛騨は激しく黒煙を上げながら炎上している。この艦での戦闘続行は不可能だと思った。浸水しているのだろうか。艦の傾斜が増し始めた。輝は機密文書を持ち、脱出するため燃え盛る炎の中、ラッタルを駆け下りた。上甲板に貼られた木の板が激しく燃えている。意を決して炎の上を駆け抜け海へと飛び込み、艦から離れるべく泳いだ。
「大尉殿!こちらへ!」近くのカッターボートに乗った水兵に声をかけられ、船上へと引き上げられる。輝は戦艦飛騨の方へと目を向ける。すでに傾斜は九十度近くになっていた。戦艦飛騨の轟沈とともに海戦は終了した。




