100/0/0.行方
今から数時間前。
「中枢に近い宿がお客さんを取れずに文字通り火の車になったのさ。」
そう告げたのは、桃色の髪をした中年の女性。
何故、中枢の宿が客を取れないのか、それは外壁に近い安い宿の利用客が多いからである。
この国、紅大帝国-エル=ピ=シャトレ-には宿泊街があり、外壁に近い程小さいが安く、中枢に近い程高級感があり高くなっている。
高い宿を取る者は、ほんの観光しにきた富豪や中枢に聳え立つ赤い城へ赴いたお偉いさんくらいである。
金銭を豪快に扱えない行商人や旅人にとっては、安い宿を取る方を選ぶに越したことは無い。
しかし、それが原因で経営難に陥り、宿泊街が危機にさらされている。
疑問なのは、何故利用客を取れて繁盛していた外壁に近い安い宿が畳まれていくのかだ。
その疑問にメテルは答えを導き出していた。
「安く小さな宿より、高く高級感のある見栄えの良い宿を存命させるという対応をこの国の富豪がさせた、とかですかね?」
「…正解さ。富豪ってのは薄汚い連中でね、お小遣い稼ぎ程度に宿屋を建て始めて、結果赤字になると知ったら弱い者を押さえ付けはじめるのさ。」
あんな楽な生き方をしている奴らが、繁盛したって心良い対応をもてなせる訳が無いってのにさ、そう言葉を続かせ言う女性に、メテルは聞いた。
「ちなみに、権力者はどのような方達ですか?」
「アイツらも駄目だね。何せ、富豪のごますりを前にして追い払いもしないでニコニコ対応してるんだ。結局は人より金を取る奴らだよ。」
「それでは、皇帝は?」
そうメテルが聞くと女性は困った顔をした。
「…三年前程から姿を見せていないんだよ。」
「三年前から?」
「この紅大帝国、昔は帝国なんかじゃなくて王国だったんだよ。」
「王が変わってしまったと言う事ですか?」
「…それはどうだろう。最後に王様の事を聞いたのは、病いで衰弱しているという事だけで、息を引き取った等という話は聞かされていないのよ。あの王様は住民想いで、とっても優しい王様だったわ。」
「なるほど。つまりは、心が変わってしまった可能性もあるという事ですね。」
「考えたくも無いけれどもね。人は何れ変わってしまう、良い方にも悪い方にもね。」
人とは変わってしまう生物である。
それは良かれ悪かれ知能の高い人間という種族であるが故のステータスであり、足枷である。
人間は発展と衰退を繰り返し、改善を行ってきた。
そして、それらの統括を統べる人物が王である。
長い間姿を見せない赤の国の王は果たしてどのような思想の持ち主に変わってしまったというのだろうか。
今後の〝目的〟の為にも知っておかなければならない。
「王様の事は、それ以外に知っている事はありますか?例えば、家族構成とか。」
「…そういえば、娘が一人居たわ。お披露目の日に女王様の横に居るのを見たのを覚えているよ。女王様は生まれつき身体が弱かったらしくてね、子にあまり恵まれなかったという話を聞いたことがあったかしら。まだ子供で、女の子だから血縁で世代交代は不可能だろうと言う話も上がっていたわ。」
王の家族構成は王を除くと女王と王女の二人のみということか。
話の内容で考えると、かなり深刻な問題である。
次世代を告ぐ為の王子が居ないのだ。
王女が継ぐケースもあるが、歳はまだ幼く一人では国を抱えるのは不可能だろう。
「この国が帝国に変わってから街並みもガラリと変わってしまってね。この宿泊街だけじゃなくて商品の単価も上がっていってるわ。」
「商品…、食品とか?」
「それだけじゃあないわ。家賃や国の納税まで、まるで金銭を巻き上げるかのように大幅に上がっていってしまってるのよ。」
なるほど、そういう事か。
こう簡単に繁盛していた宿のみが畳んでいくのは、金銭の使用させる額を上げ無理矢理に潰していこうと企んでいるのかもしれない。
恐らく、火の車を味わう富豪達は権力者を味方にして税率を軽減させているのだろう。
己の味わった苦味を、弱者に擦り付けているのだ。
「湿っぽい話をごめんなさいね、せっかく来たばかりの場所で嫌な思いさせちゃったわね。」
「いえ、国の現状を知っていくのも勉強のうちですから。お話を聞かせていただきありがとうございます。」
長居してしまった、退散して別の宿を探さなくてはならない。
〝目的〟の情報を聞き出し、在り処を探るまではこの国から出るわけにはいかない。
金銭に余裕もあまりない、なるべく安い宿を見つけなくては。
「それでは」と言い残し宿を出ようとすると、女性に呼び止められた。
「旅人さん、宿はもう畳んでしまったけど料理は振る舞えるんだ、良ければこの店最後のお客になってくれないかい?」
最後の客。仕方の無い事とは理解しているが、やはり寂しいのかもしれない。
恐らく数十年と経営していた宿、共に歩んだ人生なのだ。
「…それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」
メテルは出口に向いた足を戻し、女性の案内でテーブルに腰掛けることにした。
=====
…ふと目覚めると、赤い石畳の上に横たわっていた。
目覚めは悪い、頭にも鈍痛が走る。
何故こんな場所で寝ていたのだろう。
一体何をしていたのかすらも思い出せない。
…――――――――、――――。
そうだ、授業の合間に気を失ったんだ。
それから、どの位の時間が流れたのか。
…――――――――、――――。
あの悪魔が!
随分と舐めた真似をしやがって!!
…悪魔?悪魔って誰だ?
…――――――――、――――。
そうだ、すべてアイツ…。
全ては白い獣人のせいだ。
あの悪魔の手下に決まっている。
罰を与えないと。
罰を!この!俺が!!
…――――――――、―――――。
…―――――――――――――、――――――――――。
…――――――――――――――――――――――――――――――――。
=====
…魔女の呪い?
食事を取っていたメテルが、気配を感じ取った。
とても深い呪いだ。
〝目的〟の物を見つけたかもしれない。
魔女の呪い。
それは、この世界の患う呪いである。
世界に散りばめられた単色の色がそれぞれの呪いをもたらした。
赤の色は怒りに身を駆られ、自我をも消失させる。
争いを孕む始まりの色だ。
実はこの呪いには心核がある。
原点たる色と呼ばれる媒体が呪いを発現させ、世界を侵食し呪いに染まっていくのだ。
原点たる色はど誰かが所有しているのか、それとも忘れ去られ何処かで眠っているのか。
それすらもわからない。
それは魔力を持たず、感知する事はできない。
唯一感知出来るのは、強力な呪いに侵された者がいた時だけである。
メテル達の〝目的〟は、その原点たる色の回収だ。
「…すみません、ご馳走様でした。」
「おや、行ってしまうのかい?」
「えぇ、長居しても申し訳ないですから。」
食事を食べきり、メテルは金銭をテーブルに置き荷物を纏める。
「あら、お代は結構だよ。」
「いえ、とっても美味しかったので私からの気持ちです、受け取ってください。」
椅子から立ち上がり、宿屋から出ようとした時にそれは起きた。
メテルがドアを開けようと手を伸ばした瞬間、ドアが開いた。
現れたのは赤い鎧を纏った男。
「帝国戦士…。」
その姿を見て、宿屋の女性が呟いた。
帝国戦士、この国の治安維持の役割を担う団体だ。
目が合うと、帝国戦士は強ばった顔を浮かべ、メテルに話しかけてきた。
「お前が白き獣人の旅人だな?」
白き獣人の旅人。
ある人物が思い浮かび、頭が痛くなった。
あの子が何かやらかしたのかもしれない。
「いえ、それは恐らく私の連れ添いです。何か御迷惑をおかけ致しましたか?」
「この国の者に恐喝を行ったという声が上がった。ナイフで脅し、暴力行為を働いたとな。」
…なるほど、何か面倒事に巻き込まれているようだ。
今現在、ミミズはナイフを所持していない。
野営用のナイフは宿屋に預けるために荷物を纏めてメテルが所有している。
それにミミズはトラブルをよく起こすが、善意があっての行動だ。
それは良い所であり、悪い所でもある。
行った善意によって、今回のように己に災いが被る事だってあるのだ。
「お言葉ですが、あの子は今そのような物は携帯していないと存じていますが…。」
「しかし実際に住民よりそう告げられている。もしかしたら先程購入した可能性だってあるんだ。」
どうやら堅苦しい者のようだ。
さて、どうしようか、そう考え始めた時外に待機していたであろう帝国戦士が一人乱暴にドアを開け入ってきた。
…この気配は。
「何してる!話の有無などどうでもいい、同胞ならば拘束しろ!」
この帝国戦士はリーダー格なのだろうか、その指示と同時に再び外から三人の帝国戦士が増える。
「白き獣人の同胞よ!貴様を拘束する!!」
その言葉に対して、メテルは行動を起こした。
「…わかりました、大人しく従います。」
そう言って両手を上にあげる。
争う意思はない、降伏の行動だ。
寧ろ、これでいい。
何故なら、魔女の呪いの懐に入れる可能性を見出したからである。
このリーダー格の帝国戦士、微量ながらも呪いを感じる。
心核ではないが、繋がりがある。
原点たる色の呪いはまるで蜘蛛の巣のように繋がっている。
呪いを持った者が接触をし、伝染した者に糸が巡らされるのだ。
その際に、呪いの関係性が生じて微弱ながらも見えない糸同士で繋がってしまう。
その繋がりが先程感じた強力な呪いとこの帝国戦士にあるのだ。
つまりは、この帝国戦士に着いていけば原点たる色に辿りつけるはずだ。
「ふん、それでいい。弱者は大人しく強者に従うものだ。荷物は預からせてもらう。」
そう言って、帝国戦士はメテルの荷物に手を伸ばす。
その前に。
「…あ、すみません。」
「…なんだ。無駄な抵抗なら許さんぞ。」
「いえ、まだ食事の代金を払っていないのでそちらだけ済ませてもいいですか?」
「…早く済ませろ。」
代金を支払いたいとメテルは確認を取り、帝国戦士は苛立ちながらも了承した。
それを見計らい、金銭を入れた袋を手にして宿屋の女性に近付く。
「…あんた、大丈夫なのかい?」
「大丈夫です、御迷惑をお掛けしてすみません。こちらが代金です、とても美味しかったですよ。」
「代金はさっき――――」
「お願いがあります。」
困惑する宿屋の女性の言葉を遮り、メテルはあるお願いをした。
伝言である。
「恐らくこの宿屋に白い獣人が訪れます。現れたら伝言をお願いしたいのです。」
「…わかったわ、何だい?」
「見つけたかもしれない。」
=====
「――――と伝えて欲しい、そう言っていたわ。」
伝言を聞いたミミズは険しい顔になり、手を顎にかざし考えるポーズを取り始めた。
「この国で誰か探しているのかい?」
「え?あぁえっと、そんなところかなぁ?」
メテルと名乗る旅人が伝言を残した程だ、きっとこの子達にとって重要な意味を持つのだろう。
つられてしまい、宿屋の女性も険しい顔になる。
その頃、ミミズはとても困惑していた。
…見つけたかもしれない。その言葉を意味するもの、それはつまり。
(…なんのことだっけ?)
ミミズは理解できないでいた。
見つけた?何を見つけたのだろう。
やばい、すごくわからない、怒られる。
せめてもの情報を探る為、ミミズは女性に問いかけることにした。
「えっと、メテルが連れていかれたのは何処?」
「帝国戦士が連れていったんだ、シャトレッド城に違いないわ。」
「しゃとれっどじょー?」
「ほら、この国の中枢に建つ大きな城さ。」
あの赤い城の事か、ミミズでもわかりやすい目印だ。
とりあえず、メテルを助ける為にもお城に向かおう。
「おばちゃんありがとう!」
「あ、あんたどうする気だい?まさか助ける気?」
「う?そうだよ?」
「凄く危険だよ、いくら旅人でも帝国戦士の軍勢が相手じゃ難しいんじゃ…。」
「だいじょび!ミミズに不可能はないんだよ!」
ミミズはそう言って自信満々に言って店を出ていった。
宿屋の女性はその後ろ姿を見て、ただ心配することしかできなかった。