90/0/0.行方
-エル=ピ=シャトレ-の狭い路地。
宿泊街より離れた、辺りを見回しても店の無い場所。
この国の者が生活する為の家の立ち並ぶ住宅街。
宿泊街より、何処か薄暗さがあった。
その道を、ミミズは走っていた。
「うっひゃー、困ったなぁ。」
まさかこんな事になるとは思いもしていなかった。
よくメテルが言っていた「他国ではトラブルを起こさないように」という躾を破ってしまった。
どうしよう、怒られるだろうなぁ。
頭の中がメテルのお叱りの言葉で埋め尽くされそうになるが、とりあえずメテルと合流しなくてはならない。
今現在、ミミズは正反対にある宿泊街を目指している。
後ろを確認してみたが、赤い鎧の姿は見えない。
いっそ広い道に出て近道をしてもいいかもしれない。
それにしても。
「アイラちゃん、大丈夫かなぁ…。」
捕まると尚のことメテルのお怒りを受けてしまうと思い、思わず逃げてしまった。
その時に共に行動していたアイラという紫色の少女。
赤い鎧の標的はミミズだった。
アイラは捕まらない筈だが、案内をした人間という事で、色々と尋問されているかもしれない。
ミミズの言葉は伝わっただろうか。
今は、無事何事も無く立ち去っていてくれることを願うしかない。
ミミズが考え事をしながら走っていると、曲がり角から人が出てきた。
その人物の姿は、赤い鎧を着た――――
「うわっ。」
「居たぞ!白き獣人だ!!」
帝国戦士だ。
先程の五組の者達ではない。
曲がり角からぞろぞろと数人出てきた。
数は同じく五組。
五組の編成で巡回をするのが帝国戦士の決まりなのかもしれない。
面食らった顔のミミズは、前が塞がれた事により、元着た道を戻る。
「おい待て!反逆と見なすぞ!!」
「救援を呼べ!」
その時、一人の帝国戦士が呪文を唱え始めた。
数秒で詠唱を終え、赤い炎の玉が生成される。
その炎の玉は、ミミズではなく空へと発射された。
何をしているんだろうか、ミミズは呆気に取られたが、すぐにその意図を知る。
建物より高く浮かび上がった炎の玉は、徐々に減速し、そして。
甲高い音を響かせ壮大に破裂した。
あれはまさか――――!?
その炎の玉は、救援要請だ。
空高く飛んだ炎の玉は、煙の軌跡を残し、破裂すると同時に音を鳴らし、かつ赤い煙を噴射させて現在地を知らせる。
それから間もなく、金属の擦れる音が辺りから聞こえてきた。
やばい、やばいやばいやばい。
これはまずいぞ。
引き返した道からも赤い鎧が現れた。
これはまさに、挟み撃ち。
「白き獣人!お前を拘束せよとの命令が出されている!!」
「既に包囲されているぞ!諦めて投降しろ!!」
じりじりと追い詰められ、思わず後ずさりをしてしまう。
こうなったらやむを得まい。
ミミズはマントの下をまさぐり始めた。
「貴様!何をする気だ!!」
「迎撃の許可も下されている、無駄な抵抗はよせ!!」
その言葉を無視し、ミミズの取り出したのは一本のスプーン。
そのスプーンの柄尻はキセルのような形をしており、空洞があった。
アイラに見せた手品に用いた小道具だ。
「スプーンだと…?」
ミミズは呆気に取られる帝国戦士達を見てドヤ顔を浮かべ、大きく息を吸う。
「赤の国の皆様!只今よりミミズちゃんの手品ショーが始まりマース!!」
「貴様、ふざけて――――」
「今、ミミズちゃんの手に一本のスプーンがありますねー!まずは最初の手品、このスプーンを大きくしまーす!」
帝国戦士の言葉を遮り、ミミズは右手で持ったティースプーン程の大きさのスプーンを左手で隠す。
「はーい、いきますよー!大きくなぁーれ!」
その掛け声をあげた瞬間、左手からスプーンが覗く。
正確には、隠しきれず、露わにした。
「な、に…?」
先程までティースプーン程だったスプーンは、ミミズの背丈くらいまで巨大化していた。
よしよし、皆釘付けになっているな!
「何ということでしょう!先程まで小さかったスプーンが大きくなりましたー!はい拍手!!」
パチパチと巨大なスプーンを片手に叩くミミズ。
帝国戦士は誰一人として拍手を起こさなかったが、皆目を見開きスプーンを眺めている。
「それでは最大のクライマックス!果たして何が起こるでしょう!皆想像してみてねー!!」
そう言ったミミズは、ヴン!と音をたてながら巨大なスプーンで目の前の空を薙いだ。
「さて、準備完了ー!いきますよー!!」
そして、スプーンの柄尻を地面にコツンと当てた。
その瞬間、ボンッと音が鳴りミミズの周囲に大量の葉が生成された。
ミミズの用いた技は遥か過去に廃れた魔法、古式錬金魔法。
火は土を遺し、土は金と成り、金は水を抱き、水は木を孕み、木は火を産む。
近代の魔法は魔力と情報を用いて創造を具現化するのに対して、古式錬金魔法は魔力を必要としない代わりに媒体が求められる。
今回の魔法では、空気中に漂う微量の水分を媒体とし葉を生成させた。
ちなみに古式錬金魔法は使い方を理解すれば誰でも使用出来る。
しかし、媒体を必要とするという点に対して、燃費の悪さがあり誰も使用しなくなり、歴史より忘れられた遺術である。
そんな魔法を何故使用するのか、それはミミズの愛用するスプーンにある。
そのスプーンは、媒体を〝掬う〟のに適しており、通常よりも濃厚で多くの媒体を摂取する事ができる。
そして、その媒体はスプーンにより高速処理され、キセルのような形の柄尻より生成させる。
これがミミズの武器、色素操匙である。
どんな物で作られていたか、名前は覚えていないが、錆びることの無い鉄製の素材らしい。
その鉄製の素材は、使用者の精神と融合し、形状を変化させる事が可能である。
古式錬金魔法で生成された葉は生きているかのように宙を泳ぐ。
風が吹き荒れ、葉を巻き上げる。
視界が遮られ帝国戦士は思わず目を覆ってしまいそうになる。
「おい!白き獣人が消えたぞ!!」
「なに!?」
一人の帝国戦士が挙げた声に、辺りを見回すが白き獣人の姿は無かった。
その時、一人の帝国戦士の視界にちらりと白い物体が動いた。
「上だ!屋根の上に逃げたぞ!!」
「クソっ!全帝国戦士に告ぐ!今より迎撃の許可を許す!何としてでも捕らえろ!!」
こうしてミミズと帝国戦士の争いの火蓋が切って下ろされた。
=====
どうしよう、どうしよう!!
全速力で走る白い獣人が、冷汗を垂らしながら動揺していた。
ミミズである。
ミミズには、何故こうなってしまったのか、理解できない。
逃げた先、逃げた先に赤い鎧を纏った帝国戦士が居るのだ。
一体、どれ程の数の帝国戦士が動員されているの!?
そして、会うたび、会うたびに魔法でミミズを攻撃してくる。
その魔法は躊躇の無いほどに威力が凄い高い、当たったら怪我では済まなそうである。
あぁ!あぁもう!!
一体ミミズが何をしたというのだ!?
なんで、何でこんな!!
「なぁあんでこぉおんなってるのぉー!?」
思わず叫んでしまった声は赤い国に響いた。
結局、宿泊街に辿り着いたのは空が暗くなる時だった。
ミミズは遮蔽物に身を隠しながら周囲を警戒する。
帝国戦士の姿は見えないが、遠くから怒声が聞こえる。
一体何時になったら諦めてくれるのだろうか。
とりあえず、メテルと合流して一時退避しなくては。
まだ赤の国で目的を果たすどころか目処も立っていないのだ、国外逃亡はできない。
それからすぐに最初の宿に辿り着いた。
しかし、おかしな事に明かりが付いていない。
困り果てるミミズだったが、その時宿のドアが開いた。
「…こっちだよ。」
ドアから現れたのは桃色の髪の中年の女性、宿に着いた時にメテルが対応していた人だ。
ミミズはよく分からなかったが、帝国戦士の怒声が近付いている事に焦り、言われるがままに宿に入った。
「大丈夫かい?」
「ありがとうございますー…」
差し出された桃色の水を差し出され、一気飲みする。
この国に来て初めて水を見たが、完全な赤色でなくてよかった。
それにしても、この女性の対応は素晴らしい程にタイミングが良かった。
まるで、事情を知っているかのように。
「もう一人の子から伝言を預かっているよ。」
「ほぇ?メテルはここにいないの?」
どうやらメテルは居ないらしい。
緊急事態なのに何処に行ったのだろうか。
ミミズの問いに、女性は首を横に振り答えた。
「帝国戦士に連れていかれてしまったわ…。」
メテルが帝国戦士に?何故?
「白き獣人の旅人を探している帝国戦士の方達が来て、その仲間として連れていかれてしまったの。」
「ぐ、私のせい…?」
これはメテルに凄く怒られてしまう。
この宿にすんなりと迎え入れられたのは、事情を知ったメテルからの助力があったからだろう。
そういえば、伝言があると言っていた。
ミミズが女性を見つめると、悟ったのか頷く。
「伝言を伝えるわね、あの子からの伝言は――――」