(3)
「貴様、どういうつもりだ……?」
万引きの自覚はある。つまり罪を認識している。その上で、罪の先にある罰をも理解している。理解した上で、その一手を、俺が振り下ろす槌を、先に潰してくるだと?
「ふふ」
不敵な笑み。ただのガキだと思っていたが、整った容姿と乱れた制服が妖艶さすら醸し出している。悪くねえ。
――ふん……どうやら、只者じゃなさそうだ。
そりゃそうだ。そんじょそこらのスチューデントは、おでんを万引きしたりなどしない。したとしても、単独でそれを遂行しようなどとはしない。
イカれてる。クレイジーだ。
「ほら、呼ぶなら呼びなさい。おでんを盗もうとした私を断罪してみなさいよ」
「何を余裕ぶっこいてるか知らねえが、言われずともそうさせてもらう。学生証を出せ。もしくは、自宅の住所か番号を出してもらうか」
「じゃあこれを」
柚葉は自分のスマホを取り出し、自分に差し向ける。画面には「自宅」と表示されている。
「はっ。なんだかんだ言って、最小限の罪には押さえたいらしいな。学校に言われると困るもんな」
初回は万引きをわざと見逃すなんてパターンを使う店もあるらしいが、もちろん俺の店でそんな猶予は与えない。初回だろうが何だろうが、罪は罪だ。しかるべき形で償ってもらう。
大胆な犯行で先制はされたが、結局はお前の負けだ。まあ、もう少し遊んでもいいだろうが、おそらくこいつはあまり深入りすると危ないタイプだ。せめて親にこっぴどく叱られ、反省するが良いわ。
「では、遠慮なく」
俺は彼女のスマホを手に取り、そのまま電話をかける。数回のコール音の後、相手が着信をとったらしく通話に切り替わる。
「はい」
俺は思わずたじろいだ。男だ。そして声は深く、強く、威圧的だ。たった二文字だけでも気圧されるほどのこの圧迫感。急に俺の心臓は鼓動を速めた。
しかし彼女はなぜ笑った。なぜ不敵に、そしてこんなにも悠然としていられる。あ、パンツ見えた。
「あ、あのー、私、フレンドマートの店長の今井といいますけれども」
「はい」
男の声は一声目と全く変わらないもので、また俺はたじろいでしまう。なんなんだこいつの腰の据わり具合は。
「失礼ですが、前崎柚葉さんのお父様でしょうか?」
「はい」
やはりファーザーでしたか。
さて、電話口ですら威圧されてるというのに、果たしてこのまま俺は彼からマウントポジションをとれるのだろうか。いや絶対に柚葉が悪くてこっちには何の非もないのだから、そうでないと困るのだが。
「うちの娘が、何か?」
「あ、はい。えーっとですね。あの、はい。大変申し上げですね、にくいんですがね。そちらの娘さんがですね、ええ。私の店でですね、万引き頂いたという感じでして」
「万引き?」
そう万引き。しかし万引き頂いたってなんだ。万引きを奉ってどうする。
「ええ、はい。で、穏便にいきたい所でございまして、私としてもこのまま娘さんを警察に突き出すのはいかがなもんというか、世知辛いというか、諸行無常と言いますか」
「あんた何が言いたいんですか?」
全くもってですね、お父様。
「つまり、万引きした娘を迎えに来いと、そういうわけですかな?」
おーエクセレント。ザッツライト。話が早くて助かりますファーザー。
「そういうわけでございます」
「なるほど。では、場所を教えてもらえますかね」
「あ、はい。えー申し上げますね」
そして超低姿勢な俺の住所読み上げを確認した前崎お父様は、はぁーっと深く深くため息をつき、「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と神妙に仰られたので、「いやいや、滅相もございません! お待ちしております!」と丁寧にお返しし、通話を終えた。
――あれ、全体的におかしくね?
「ねえ、全てにおいてあんたおかしくない?」
「そうだよね、やっぱり」
なんで俺がこんなに低姿勢で話さねばならんのだ。どうなってんだちくしょうめが。
「まあいいや。これで一件落着ね」
「お前が言うセリフじゃねえ」
ともあれ、柚葉の言う通りこれでオールオーケー。お代を頂いて、お父様にはしっかりと娘さんに教育して頂いて、俺はさっさと仕事に戻るんだ。ウエーイ!
そして5分後
ファーザーが現れたのでした。
――いや、マジファーザーじゃん。
そう。頭の中で軽く呼んでいたファーザーという呼び方は変な意味で当たってしまっていたのだ。そして、電話での俺の姿勢が間違っていなかった事を改めて認識した。本能的に危機を察知しへりくだった俺よ。ナイスだ。
だ、が。しかしだ。
何もオーケーではない。むしろヤバイ。とてもヤバイ。
「お待たせ致しました。柚葉の父、前崎源一郎と申します」
ただの万引きで何故源一郎さんは名刺などお出しになられるのでしょうか。
身分を明確にして頂く姿勢は大変に素晴らしい事ではございますが、この場合、どう私は捉えたらいいんでしょうか?
『前崎組 組長 前崎源一郎』
ただのゴッドファーザーやないか。