男前と小娘
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女中の人が用意してくれた暖かいお茶を飲みながら、まおはぼんやりと部屋を眺めた。
(なんか、時代劇にでてくる部屋みたい)
見慣れているはずの造りの部屋を、真新しい気持ちで見る。
目覚めてからずっとまとわりついてくる、居心地の悪い感覚だ。
「とも…どこにいるのかな。ケガとかしてないかな。………体、丈夫そうだし、それは心配ないかな」
そんな独り言を言いながらも、自分が"まさ"という名前である事、ここ京の都が地元であるという事、それらが押し寄せる誰かの記憶によって確信にかわり、それがさらにまおを混乱させていた。
「…私、一体どうしたんだろ…今は平成じゃなくて、文久の年…て、なんで分かるのかな。変な感じ…どうして…」
「難しいこと考えんと、今は静養しとかなあきまへんよ?」
「…っ!!!」
突然返ってきた返事に驚いて、危うくお茶をこぼしそうになる。
振り返ると、先程助けてくれた桝屋というこの店の主人らしい男性が障子を開けてそこに寄りかかるように立っていた。
改めてみると、彼の容姿は絵に書いたように端麗で、程よく高い背丈に華奢に見えるけれど、幅のある肩幅から男らしさが滲む。
おまけに小顔で、切れ長の垂れ目が色っぽくて、おまけに声が低いのに鼻から抜けるような嫌味のない男らしい声で・・・着物を着た佇まいと、京言葉がさらに色気を出している。
(うわぁ・・・いちいち、絵になる人だぁ)
まおは見惚れてしまいそうになっった自分から、はっと我に返りあわてて頭を下げた。
「す、すいません!この度は、お気遣い頂きありがとうございます」
「……。…いえ、かましまへん」
そう言うと桝屋さんは静かに部屋に中に入り障子を閉めた。
まおの前に少し距離を置いて座ると、またも綺麗な微笑を浮かべる。
「せや、おまさはんが先刻言わはりました、お友達の名前…もっぺん教えてくらはりますか?」
「あ…。とも、ともみです!背が割と高くて目鼻立ちがハッキリしてて、男勝りな笑い方をする友人なんですが…あ、でも、女の子なんですけど!」
「……」
「あっ、いや、いないかもしれないのでやっぱり大丈夫です!なんか、夢…かもしれないし…なんだか自分でも訳が分からなくて…気にしないで下さい」
そうまおが笑って誤魔化すと、突然、先ほどまでの桝屋さんの綺麗な笑顔が火を消したようになくなり、冷えた目でまおをじっと見据えて、口を開いた。
「…女、何者だ?おまさと顔立ちは似ているが、偽物であろう」
「…へ…?」
急変した枡屋さんの様子と、ガラリと変わった口調にあわせて、刺々しいまでに冷たい目で睨まれると、まおは言葉を失った。
(なに?なんかマズイ事言った!?)
「…何者なのかと聞いている」
「何者って…ま、まさですよ?」
「京言葉はどうした?彼女は産まれも育ちも京のはずだが」
「それは…その、なんというか…。色々複雑な事情がありまして…。忘れたというか、なんというか…」
なにせ、まお自身が今の状況をまだ飲み込めていない。
むしろ聞きたいことがあるのはこっちだと思いつつもそれを口に出すことは出来ずに、ただ、うやむやな返事をすることしか出来ないでいた。
「では、質問を変えよう。お前、小十郎の正体を知っているな?…ともとは、どういう関係だ」
ポカンと阿呆面をしているだけの彼女の耳に、友人の名前が飛び込んで来る。
「…っ!!!桝屋さん!ともの事、知ってるんですか!?」
わらにもすがるような気持ちで、その時のまおはただその言葉に食らいつくほか術がなかったのだ。