母と兄と妹
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藤堂たちと出会い、ひたすらに歩き続けてから二日が経った。
この日、とうとう彼等とともは京の市中に脚を踏み入れる。
見慣れた町並み、見慣れた故郷のはずのその光景は、同時に始めて見るような新鮮さがある。
(この感じ…本当、厄介なんだけど)
この二日間で、同じような感覚に何度も襲われた。
京に近づく中山道の道中、立ち寄ったお茶屋、電柱ひとつない街道…どれを取っても見慣れていて真新しい光景。
こんな体験をするのは生まれて始めてのことで、ただただ長い夢を見ているだけなのかもと思うようにすらなってた。
数時間前、藤堂達とは京の外れの壬生という町で別れた。
彼らの宿泊先となるその町は、ともの故郷からは少し離れていたからだ。お礼を言って別れると、また会おうと彼は大きく手を振ってくれて、その仲間の試衛館の人達も、彼女を快く見送ってくれた。
数ヶ月後、また彼らと生活をともにするなんて、その時の誰もが想像すらしていない。
(いい人達だったなぁ〜)
そんな事を思いながら、自宅までの歩き慣れた道を、初めての新鮮さも感じながらぼんやりと歩き進んでいった。
その家は、長屋が立ち並ぶ一角にひっそりと建っていた。
「…た、ただいま戻りました」
そう、戸口から声をかけると、中からバタバタと人が出てくる。
「……っっ!ともやっ!ともが帰りはったで!」
ともの顔をみるなり、出迎えた初老の男性が家の奥に声をかける。
すると、決してな長くはない廊下の先から慌しく女性の声が返ってきた。
「ほんまに!?んもうっあの子は!!」
飛び出して来た人のその顔を見た瞬間、ともは驚きと安堵にその場に座りこんだ。
「……っつ、お母さんっ……」
「あら、いややわ。ちょっと、なんやの?怖いめにでもおうたん?」
「…ううん」
「せやから言うとるやないの…もう、こない格好してお侍さんの真似事するんはやめ?…小十郎は…あの子は、もうおらへんのよ…」
そう寂しそうに呟くと、お母さんはうずくまるともの背中を優しく撫でてくれた。
現代のお母さんとそっくりで、雰囲気も、その手つきも、その眼差しも、京訛りなところと格好以外、みんな同じだった。
不安に押しつぶされそうになりながら、歩いてきたこの二日間の疲れが一気に出た瞬間だった。
(…どこに行っても私のお母さんは、やっぱりお母さんだけなんだなぁ)
そんな風に思うと嬉しくて、子供みたいに母に抱きついて、全部を吐き出すように泣いていた。
「…とも?…なんや、今日はえらいおなごらしいやないの」
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その後、風呂に行って着替えまで終えたともはフゥっと息をついてから、奥の部屋にある仏壇の前に膝をついた。
そこには、
一年前に亡くなった兄が眠っている。
この家に帰ってきて、分かった事がいくつかある。
この時代の、元の女子高生ではないもう1人の自分も、同じく「とも」と言う名の女の子であるということ。
そして、その彼女の亡き双子の兄こそがこの間、自分がずっと名乗り続けていた
『楠小十郎』
その人であるということ。
「兄様…か。なんか、変な感じ…」
手を合わせながら、小さくつぶやく。
その時、ふっと沸いて出てくるかのように沢山の記憶と思い出が頭に広がった。
そこに、
幼い頃から侍になりたいと夢見ていて、生まれつき病弱な体で真似事すらすることが出来なかった兄の思い出が蘇る。
それでも、それはともの物ではなくもう一人の「とも」の記憶である事は分かっていた。
それなのに、やけにリアルで生々しくて、とても暖かい大切な思い出なのだと感じて涙が出た。
そこでやっと、あの時一緒にいた友人のことを考えた。
自分のことで精一杯なとき、人はどうにも他人のことを忘れてしまうらしい。
「…まおちゃんも、こっちに来てるのかな。どうして、こんな事になっちゃったんだろう」