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彼岸桜  作者: 卯天太郎
一幕 文久三年
3/6

浪士と友と男女

_________


_____________


________________




ともはズキズキと痛む背中と頭に、意識を朦朧とさせていた。







「…いっ!おいっ!大丈夫か!?」





「…は…え、…えっ!?」






薄暗くなり始めた空に、誰かがともの身体を支えながら彼女を見下ろしている。


目を覚ましたのを確認すると、その少年はどこか安心した様にホッと息をつく。





「大丈夫なんだな。あ〜っ…よかった…お前、どこの藩のやつだ。何があったんだよ?」





「あ、あぁ。…私は、楠と言います。京の出で…」





そこまで自然に口が動いた時、ともはこの不可思議な返事にはっとした。





(…え!?私、今何て言った?楠って?京?…は?)





混乱したまま黙り込んでいると、座り込むともにいつの間に用意したのか、竹筒に水を入れてきた先程の少年がそれを差し出す。





「京の奴なんだなっ!俺らこれから京に登るんだ。盗賊にでもあったのか?…何にしても、命があってよかったじゃねーか」





「え、あ…はい…。ありがとうございます」





そう言って、その水を口に含むと竹のいい香りが鼻につき、少し落ち着いた。





「…まぁ、分かるよ。その…お前の気持ち。盗賊にあって負けちまってさ、おまけに倒れてたなんて…男としては、情けない、よな」





(…え…?)





「…うん。いや、でもさっ、命あってのものだろっ!ケガもないみたいだし。…そうだ!あてがないなら俺らと一緒に京に行けばいい。これも何かの縁だしな、家に送ってってやるよ」





(…え?え?え?)





もはや話の展開について行けず、ただただ呆然とその少年の明るくハキハキとした物言いに聞き入ってしまっていた。





「は、はぁ…」





そんな間抜けな返事しか出てこない。





「あっ!まだ名乗ってなかったよな。俺は藤堂平助ってんだ。浪士組としてこれから京に向かってる。よろしくな!」





そう言って、ともの肩を少し手荒にバンバンと叩いてみせた。





「いや、あの…私は…」





"私は女です"


そう言おうと口を開きかけた時、なぜかそれは言ってはいけないと感じて口を閉じた。


気持ちが悪い。


どうして、今の自分がこんなところにいるのかが分からない。




(なんだろう。この、変な感じ…)


ところが、心とは裏腹に、口から出るのはなんとも落ち着いた返事だけであった。



「…。…よろしく、お願いします」





「おうっ!任せとけ!その代わり、京についたら色々案内してくれよな?それにしてもお前、華奢だし、女みてーな顔してんのなぁ。そんなだから盗賊になんてあうんだよ!」


悪びれなく笑う藤堂という男の言葉が、まったく的外れなのと、さっきまで電車に乗っていたはずの自分の記憶との大きな状況の違いに頭が混乱した。



___



わけも分からぬままに、


その後、藤堂に連れられて、その他の浪士組という団体の人達に混ざって長い時間歩き続けた。





その間、この状況を少しでも整理しようと思考を巡らす。





_私は、私であって私じゃない





記憶が混雑するなか、この自分ではない自分が"楠小十郎"と名乗る男装をした"女性"である事は分かった。


(だって、体とかどこ触っても女だし)



あの時代と、今自分が踏みしめるこの時代は別物だ。文明の違いに戸惑いつつも、なぜか知らないものではない。不思議と、どちらの時代の風景も馴染みのあるものに感じる。





女子高生だった自分と、男の名前をなのる女の自分、

その二人が存在するということだけ。

それことが、唯一はっきりとわかることであった。





そしてもうひとつ、

この瞬間の今は、文久三年のまだ肌寒い如月…二月頃であることも。




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