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彼岸桜  作者: 卯天太郎
一幕 文久三年
2/6

事故と京とまお

___ガタンッ_キキィィィィッッ!!!!!

___グラッ…










「きゃぁっっ!!」





「うわぁあっっ」



激しい衝撃とブレーキ音と共に、二人を乗せた車体は大きく揺れた。それと同時に車内には無数の悲鳴や驚きの声が上がる。


さらに、そのまま車体は傾き、立っていた二人は足場を失い壁に身体を激しく打ち付けた。



「…いったぁ…」

「まおちゃん?大丈夫〜?」

「…ともは?…って、うっわっっ」



傾いていた車体は、ギギギギッと不気味な音を立ててさらに状態を変える。


その傾度に合わせて、人が倒れ込み、転がり落ち、もはや何か別次元の出来事の様な光景が二人の前に広がった。



ガガガッッガガッッッ



最後の衝撃に、さらに二人は身体を転がされることになる。

まおは、今まで天井だった部分に頭を打ち、ともは手すりだった場所に背中を打ち付けた。


霞んでいくまおの視界と薄れていく意識の中、耳に残るのは子供の泣き声と、女性の叫び声、助けを求める誰かの声だった…。



(あぁ、このまま死んじゃうのかな…期間限定特別展示、見に行きたかったな)



閉ざされる瞼と失われていく意識の中で、彼女はそんなことを考えていた。




___


___




「…さはんっ、おまさはん!」



(誰かが、私を呼んでる…とも、かな?違う、男の人…?あれ?あたし、まさじゃないのに…なんで呼ばれるって思うんだろ、それにしてもこの人の声…)



ハッキリとしない意識の中で、だんだんと近づくその声は、低いけど澄んだとても男前な声。



「…う…声、すっごい…イケメン…」


つい、思った事が口から漏れた。

蚊の鳴くようなその声を聞き取ったのか、相手の声は安堵したものへと変わった。



「…なんや、おかしな事言うとる。頭でも打ったんとちがいますか?」

「そないなはずありまへん。わてが支えとりましたさかい。桝屋はん、堪忍しておくれやす」


もう一人の声の主は、初めて聞く声の筈なのにどこか聞き慣れたような、家族のように安心感を覚える声であった。まおは重い瞼をどうにか持ち上げようと意識を集中させたが、それがうまく出来ずに眉間に皺を寄せた。



「ははは、存じてます。小助はんは、ちゃんと支えとりました。そちらの女将はんがなんや言わはりましたら、わても説明しときますよって」

「あぁ、ほんまおおきにどす。桝屋はんと一緒で、えらい助かりましたわ」

「それにしても、おまさはんは一体どないしたんどすか?」

「それが…わかりまへんのや。お使いに来とったら急に転ばはって…」



聞きなれない関西弁がまおの耳元で交わされている。

不思議と違和感はないが、あの電車の事故後には不釣り合いな会話に疑問だけが頭をよぎる。

しかし、考えれば考えるほど頭は重くなり、電車にぶつけた高等部がじんじんと痛む気がした。


「…うぅ…」

「あぁ!お嬢さん!なんともないどすか?」


まおの声に小助(こすけと呼ばれていた男が慌てたように呼びかける。

肩と背中に触れる暖かな感触と、耳に届く声の距離から彼が体を支えているようであることが分かった。



「…う、…う、ん…」

「ここはわてが…。おまさはん?…てんごしはっても、ええどすか?」



まおの耳元で色っぽい声がゆっくり囁くと、フッと耳に温かい息が吹きかかる。

瞬間、背筋が何かを走らせたようにゾクゾクとして、彼女の意識は完全に覚醒した。




「…うっわぁぁぁぁあっっ!!!!」




「…!そない大声ださんでも…」


「…はっ…」



突然のまおの大声に辺りが静まり返った。

思いがけずあっさりと開いた両目で辺りを見回せば、まおの身体を支える人の良さそうな小柄な男性と、困ったような微笑をその横で浮かべる色男がいる。


その人は、今まで会った事が無いくらい大人の色気をまとっていて、小奇麗な着物がよく似合っている。そして、切れ長の目と筋の通った高い鼻、薄い唇を少しだけ開くと、なんとも綺麗に微笑んだ。



「すんまへん。なんや、おまさはんの寝顔見とったらたまらんくなってもうて」


「えっ…いや、あの…」


寝起きに突然の艶やかな言葉をかけられて、まおは混乱した。

言いようのない違和感に、頭も体もなかなか対応が出来ず口ごもる。


「ちょっ、桝屋はん!往生させんといて下さい。気ぃついたばかりやさかいに」


小柄な男性が困ったようにそう言うと、立てますか?とまおの顔を伺い見る。

桝屋と呼ばれた色男とは対照的に、柄の擦り切れてしまった生地の着物を着た彼はオロオロとまおの様子を伺っている。今にも泣き出しそうな頼りない表情から心底心配していたのだろう事だけは伝わってきた。



「あ、大丈夫…です。ありがとうございます。…あの、ともは?私、友達と一緒じゃなかったですか?」



慌てて立ち上がり、着物についた汚れを払いながら咄嗟にでたまおの質問に二人は驚いたように口を噤んだ。


「…え、あれ?知りませんか?」


言いながらまおは、先ほどよりも違和感を強く感じる。

なんだか記憶がチグハグしていて、電車で出来事と彼らの顔が頭で交錯する。



「…お、お嬢はん?どないしました?」

「え?小助、私なんか変な事言った?」


(あれ?私、この人と初対面じゃなかったっけ?…いや、そんなわけない。彼はうちの…)


「おまさはん、いつから江戸言葉話すようになったんどすか?なんや、わての知らんうちにあちらに奉公にでも行かはったんで?」

「滅相もない!お嬢はんはずっと都におりました!桝屋はん、けったいな事言わんといてください!



困惑するまおを挟んで、小助が桝屋さんに食ってかかる。そんな小助をなだめるように桝屋さんは戯れやと笑った後に、再びまおの顔を覗き込んだ。



「熱に浮かされとるのかもしれまへんな。今日のところは早うお帰りにならはった方がええ」



そこまで言うと、まおのおでこに彼の大きな手がすっと触れた。

熱をはかるためのその仕草がなんだか気恥ずかしくて、本当にそこから熱が上がりそうになる。



「…あきまへんな。菅原様のお宅へは、確か、一里以上ありましたな?」

「…え、あ、はい。さいです」

「ほんなら、うちの店で休んでいかはってから、籠でお帰りになったらええよ。歩かせるんは気の毒や。小助はんは先に帰って皆さんにそう伝えなはれ」



なんだか分からないうちに話は進み、小助に支えられながら、まおは桝屋という男の店の奥で休ませてもらう事になった。

行きがけに小助が何度も桝屋さんに「何もせんといてくださいよ」と繰り返し釘を刺してから出て行ったのが、逆にまおを不安にさせていた。

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