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優秀な武器

 それから先、何度か若手ゴブリン達と遭遇することはあったが、基本何かしらのコントを始めようとするので、その隙に叩けば結構簡単に倒すことができた。

 もちろん、ゴブリンが勝手に始める茶番劇に付き合うことはしない。

 腰布を脱ぐヒマすら与えない。

 僕だって、直接的な被害がないとは言え、覇王に変身したひーちゃんはあまり見たくないのだ。


「……げ、また変なのでてきたよ」


 次に出現したのは、白鳥パンツを履いたゴブリン一体だった。

 ご丁寧に白いタイツまで履いて、両手で頭上に大きく丸を描いたままぴょこぴょこと歩いている。

 バレリーナのつもりだろうか。

 芸人と言うかもはや宴会芸の域だ。


「ピンゴブリンは奇抜な格好をしてることが多いんだって」

 

 ぼんやりとなにもないところを眺めながらゴブリンの豆知識を披露するひーちゃん。

 なんでも、単体で行動するゴブリンをピンゴブリンと呼ぶらしい。

 この呼称がひーちゃんオリジナルなのか一般的なのかは分からないが、ピン芸人にあやかってそう呼ばれているのだろう。


 そんなことを考えていると、ゴブリンが前後に腰を振り始めた。

 腰の動きにあわせて首を上下する白鳥。

 なんともまぁ下衆い光景だが、ゴブリンの表情は至って真剣である。

 

 ちらりとひーちゃんの様子を確認すると、目のハイライトが消えていた。


 あ、これあかんやつや。


「てぇぇぇい!!」


 ひーちゃんが覇王になる前に、慌てて鉄パイプを振り上げて、ゴブリンに殴りかかる。

 初撃は頭上で構えていた腕にガードされたが、気にせず滅多打ちにすると、例のごとくグゲェと甲高い声を上げながら、光に包まれて消えていった。

 

「……ふぅ、あぶなかった」


 なんとか、ひーちゃんが奇声を上げ始める前に倒すことができた。

 ここまで、戦闘というよりは一方的に鉄パイプで殴打しているだけのような気もするが、なんとかダメージを負うことなく順調に進んでいる。

 ゴブリンを倒すうちに、最初のように躊躇うこともなく、思いっきり鉄パイプを振り下ろすことができるようになってきた。


 これが成長なのだろうか。いやな成長の仕方だ。

 

 調子の方も、なんとなく上がってきている気もするが、これは多分気のせい――ではなく気分のせいだろう。

 おそらく、緊張のせいで入っていた無駄な力が抜け、体を動かしやすくなったのだ。


「あ、上がってる」


 すると不意に、ひーちゃんのおっとりした声が聞えた。

 目を向けると、相も変わらずどこを見ているのかわからない、ぼんやりとした表情をしている。

 

「上がってるって、何が?」

「あ、もーちゃんもーちゃん見て見て!! 宝箱!!」


 今日も今日とてマイペースなひーちゃんである。

 自分で提供した話題なんだから、せめてちゃんと最後まで処理して次の話題に進んで欲しいところだ。


 ため息をこぼしながら、パタパタと走るひーちゃんを追いかける。

 彼女の目的地は、寝かせた直方体の上にかまぼこを乗せたような形の、実に宝箱らしい宝箱だ。

 

 最初の宝箱――装備品が入っていたあれだ――にどことなく似ているが、これもおばさんが用意アイテムなのだろうか。

 あるいは、このダンジョンを管理する何者かが空気を読んで設置してくれたのかもしれない。

 

「宝箱、オープン!!」

「だからなんなのそのテンション」


 ノリノリで声を張り上げるひーちゃんに軽く引きながら、開けられた宝箱の中を覗き込むと。


「おぉ、剣だ!」

「銅の剣みたいだよー」


 宝箱の中に入っていた剣――ひーちゃん曰く銅の剣は、大体八十センチほど。金色というには少し赤茶けたソレは、なるほど、確かに鉄と言うよりは銅製と言われた方がしっくりくる。

 見た感じ新品と言う訳ではなさそうだ。誰かが使っていた名残だろうか、柄には滑り止めに布が巻かれている。


「ねぇひーちゃん、この剣、僕が装備してもいい?」


 銅の剣といえば、超大作シリーズの古典RPGではおなじみの武器だ。

 最初のダンジョンの目前の町で購入する事が可能な一番攻撃力が高い武器、といった立ち位置だった覚えがある。

 初期装備として王から与えられた木製の棒きれでなんとかモンスターを倒しながらあくせくとはした金を集め、ようやく買ったは良いものの、その後のダンジョンであっさり手に入れてしまい、微妙な徒労感に襲われたのは懐かしい思い出だ。


 そう考えると、鉄パイプという名の棒きれでここまで頑張った僕には、この銅の剣はお似合いの武器なのかもしれない。

 ゲームの中では、序盤も序盤で手に入ることもあり、長い目で見ればそれほど良い武器とは言えないのだが、それでも一気にダンジョン攻略が楽になる程度には、優秀な武器だったはずだ。


「別にいいけど、うーん……多分ね、もーちゃんにはウロちゃんの方がいいと思うよ?」


 しかし、ひーちゃんからは否定的な反応。

 どうやらウロちゃん――つまりウロボロス推しらしい。


 何故なのだろうか。

 もちろん、ひーちゃんが銅の剣を装備したいから、と言う訳ではない、はず。

 

「なんで?」


 素直に尋ねてみる。

 あるいは冗談かとも思ったが、ひーちゃんは至って真剣な表情だ。

 これで剣よりも鉄パイプの方が似合う、なんて理由だったら泣く。


「だって、ウロちゃんの方が……うーん、なんて言ったらいいのかな……ウロちゃんの方がね、銅の剣より強いもん」

「いやいや強いもん、って。剣と鉄パイプだったらどう考えても剣の方が強いって」

「鉄パイプじゃなくて、ウロちゃんは杖だよ?」

「まぁ、確かに台座にも『聖杖ウロボロス』って書いてあったけど……」


 字面だけみれば、そりゃあこの聖なる鉄パイプの方が銅の剣よりは圧倒的に強そうだが、どんなにカッコよくて如何にもな名前をしていても、鉄パイプは鉄パイプだ。

 専用に鍛えられた武器と建材じゃあ、武器の方に分があるのは目に見えている。


「それにさ、やっぱり剣ってかっこいいじゃん?」

「そうかなぁ……ウロちゃんで戦うもーちゃんもかっこいいよ?」


 正直なところ、僕だって剣を装備したい。

 現代日本ではまずお目にかかれないような本物の武器を、武器として振るうことのできるせっかくの機会なのだ。

 男としてテンションが上がるのは当然というか、ある種仕方のないことだと言えよう。

 

「一回でいいから、剣で戦ってみたかったんだよなぁ……」

 

 欲を言えばひーちゃんみたいに強そうな武器を扱ってみたいのだが、無い物ねだりしても仕方がない。

 せっかく武器っぽい武器を手に入れたのだから、今はこれで我慢しよう。


「もーちゃんがそこまで言うなら、良いと思うけど……」


 僕から迸る剣に対する熱意を感じ取った、かどうかは定かではないが、ひとまず表面上は納得してくれたらしいひーちゃんの顔は、やはりどこか不満顔――否、不安そうな顔だ。


 何がそこまで気になっているのかよく分からないが、ともかく、しばらくはこの銅の剣を使わせてもらおう。

 そしてこれから先見つかるであろう宝箱から次の武器を手に入れつつ、徐々にグレードアップしていけばいいのだ。

 

 やはり、ダンジョンの醍醐味は段階的に強くなっていく装備品だと思うんだよなぁ。

 ひーちゃんみたいに初っ端から伝説級の武器、というのもそれはそれでいいのかもしれないが、僕としてはやはりこちらの方が性に合っている。

 

 上機嫌で不思議リュックにウロボロスを収納する僕とは対象的に、こちらを見つめるひーちゃんの瞳は、やはりどこか心配そうに揺れていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 意気揚々と足を進める僕の前に、ついにゴブリンが現れた。

 試し切りにはちょうどいい相手だ、なんて物騒なことが頭をよぎるくらいには、今の僕は浮かれている。

 

「ひーちゃん、こいつらの相手は僕がするよ」


 言いながら、不思議リュックをひーちゃんに渡す。


「うん……気をつけてね?」


 そう言うひーちゃんはこれまでにないくらい不安げな表情だ。


 さっきから、何をそんなに気にしているのだろうか。

 まるで、やる気に満ち満ちている僕とは違う世界を見ているような、そんな違和感がある。


 まあその不安も、僕の活躍を見たら忘れるに違いない。

 大げさに胸を叩いて「任せてよ」と自信満々に頷いて見せつつ、剣を構えてゴブリンの方に向き直る。

 

 相手は二体。格好はオーソドックスな腰巻にこん棒の蛮族スタイルだ。

 ちなみに彼らがデフォルトで装備しているこん棒はスポンジ製だ。

 なんでも小道具なんだとか。

 

 要は、二体とも丸腰、と言う事だ。

 

 たしか、二体で行動するゴブリンをコンビゴブリン、と呼ぶんだったか。

 なんでもお互いの立ち位置に並みならぬこだわりを持っているらしく――つまりどっちが右に立つか、と言ったポジション取りの話だ――、そこを崩せば簡単に倒せる、とひーちゃんが言っていたのを思い出す。

 どこ情報かははっきりしない辺り信憑性は定かではないが、攻略法のようなものがあるのなら、教えてくれるに越したことはない。

 これから先、必ずそういったアシストが必要になってくるような敵に出会うことになるだろう。

 

「それじゃ、ひーちゃんは危なくないところで見といてよ」

「ほんとにほんとに、気をつけてね……?」

 

 とは言え正直なところ、今回はその攻略法も出番はないだろうな、とは思っている。

 これまでの戦いではほぼ一撃で倒せていたこともあり、攻略法に頼るような状況に陥ったことはない。

 ましてや今回は武器らしい武器を手に入れた後だ。

 ゴブリン程度なら、小細工を弄する必要もなく、あっさりと勝利を勝ち取ることができるだろう。

 

 ――これまでの戦闘で順調すぎたこと、そして晴らされることのなかった一つの大きな勘違いは、一介の男子高校生を調子づかせるには充分すぎた。

 後の方ろでひーちゃんが今にも泣きそうにしている姿が一瞬目に映るが、戦闘態勢に入ると同時に頭の隅に追いやられた。

 

 油断と慢心を栄養にすくすくと育った鼻っ柱は、しかし数十秒もしないうちにあっさりと折られてしまうことになる。


「おりゃぁぁあああ!」


 掛け声とともに地面を蹴る。

 一体目は大上段からのから竹割り、二体目は胴を横なぎに真っ二つに。

 そんなイメージを頭に浮かべながら、銅の剣を振り上げて飛びかかった。

 

 渾身の一撃は、イメージ通り一体目のゴブリンの頭頂部に吸い込まれる。

 しかし、現実とイメージがシンクロしていたのは、胴の剣がゴブリンの頭に当たるまでだった。

 

「ギャァッ……ガ!! ガァ、ギャ、ガアァ!?」

「…………は?」


 ――無傷。

 しかし痛みはあったようで、怒りの籠った目に一睨みされる。


「嘘……だろ……?」

 

 頭にクリーンヒットした胴の剣は、そのままゴブリンの頭をかち割る、なんてことはなく、それどころか彼の禿頭に傷がついた様子さえない。

 せめて、ウロボロスで殴ったときのように目を回して倒れてくれるのなら救いもあったが、痛みに顔をしかめさせたのがせいぜいだ。


 想定との大きなギャップに、思考に空白ができる。

 慌てて距離を取り直すのがやっと。安全圏に入った訳でもないのに、一瞬とは呼べない時間、動きが止まる。


 ――そんなこと、あるはずない。

 だって、銅製の剣で思いっきり頭を殴ったんだぞ。

 例え切れなかったとしても、骨折は避けられない衝撃が、確かにあったはずだ。

 

 混乱する僕を余所に、目つきを変えたゴブリンが戦闘態勢に入る。

 

「もーちゃん、構えて!」


 ひーちゃんの叫び声に押されるように、慌てて銅の剣を構える。

 同時に駆けだす二体のゴブリン。


 腕を大きく広げ、牙をむき出しに――この姿こそが、彼らの本気の表れなのだろう。

 つい先ほどまでのコミカルな姿を置き去りに猛然と向かってくる様は、まさしく怪物(モンスター)だ。


 ――こいつら、こんなに怖かったか?


「あぁぁあああああ!!!」


 脳裏を過った弱音をかき消すように、大声を張り上げながら、構えていた銅の剣を思いっきり振る。

 右から左へ――胴狙いの一撃だ。

 

 ゴブリンの胴体を確かに捉えるはずだった横薙ぎは、しかし、その大して太くもない腕にあっさりとガードされる。

 その光景に驚く間もなく、こちらの隙をついたゴブリンに足元を刈るようなタックルが見舞われた。

 

 宙に浮く体は、あっという間に地面に叩きつけられる。

 同時に、胸元から鈍い衝撃が抜けた。ゴブリンにのしかかられ、手の動きを封じられたのだ。

 

 思いのほか強い当たりに、言葉にならないうめき声が空気と一緒に口から押し出される。

 

 次いで、硬質な金属音。視界の端に映るのは、地面に転がる銅の剣。

 

 両手に持っていたはずの、僕の、剣。


 僕の上でマウントポジションを取るゴブリンの背後で、もう一体のゴブリンが、銅の剣を拾い上げる。

 感触を確かめるように振り回す姿は、そのみすぼらしい見た目に合わず、嫌に様になっている。

 

 そんなどうでもいいことを考えていた僕は、この期に及んで自分の状況を理解できていなかった。

 

 武器を手に入れた、敵も組み伏せた。なら、やることは一つだ。

 それこそゴブリンにでもわかる簡単なことに、僕は今になってようやく思い至る。

 

「あ……」


 あれだけ頼もしく見えた銅の剣の切っ先が、今は僕の方に向けられている。

 恐怖をあおるようにわざとらしく揺れる刃こぼれ一つない剣先は、どうも現実味に欠けたまま僕の網膜に映る。

 

 あれ、これってつまり、僕が銅の剣に攻撃されるってこと?

 あれって一発でどれくらいダメージ入るんだっけ。


 ――何を悠長にしてるんだ! あれは殺傷能力を持った武器だぞ!


 切羽詰まった僕が叫ぶ。

 

 ――でも、ゴブリンは無傷だったし。意外と大丈夫なんじゃない?


 楽観的な僕が現実から逃げる。


 ――そんなわけないじゃないか! 僕は人間だぞ!


 リアリストな僕が悲鳴を上げる。


 僕を見降ろすように立ったゴブリンが、剣を振りかぶる。


 ――ああ僕、死にそうなのか。


 ようやく現実に思考が追いついたところで、僕にはもうみっともなく泣き喚く時間すら残されていなかった。


 振り下ろされる剣。

 反射的に硬く目をつむる僕。


 次に僕が知覚したのは、痛み――ではなく、頬にかかる液体の生温かさと、何者かのうめき声だ。


「だから気をつけてねって言ったのに」


 そして、耳朶をくすぐるひーちゃんの声。


 恐る恐る目を開けると、剣を鞘に納めるひーちゃんの姿があった。

 僕にマウンティングしていたゴブリンと、剣を振り上げていたゴブリンはどこにもいない。

 おそらく、否、確実に、ひーちゃんが倒したのだろう。


 とすると、顔にかかった生温かい何かは、血だったのだろうか。

 右手で頬を撫でても、何も付いていない。

 あの血っぽい何かはもしかしたら、ゴブリンと一緒に消えたのかもしれない。

 

「大丈夫、もーちゃん? 怪我とか、してない?」

「うん、大丈夫、だと思う」

 

 仰向けに寝っ転がったまま、機械的にひーちゃんの質問に答える。

  

 身じろぎすると、剣なんかよりよっぽど小さな小石が背中をチクっと刺した。


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