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7――獣っ娘×合法ロリ

          ≠          ≠          ≠




 奇妙なアクシデントはあったが、私たちは無事に第三制御室まで辿り着いた。


「それじゃ、急いで施設機能の奪還作業を進めるわね」


 巨大ディスプレイの前に立ち、メイが中枢にアクセスを開始した。


「みぃが何かしたのか、周辺には敵性反応無し。二人は休んでて。特に萌。ジェットコースターに長時間乗ってたようなものなんだから、大人しくしてなさい」

「そうさせてもらいます」


 と頷きはしたものの、腰を落とす気はない。何が起きてもメイを庇える距離をキープして、壁に寄りかかった。


 横目でそれとなく、平坂樹の姿を観察する。


 率直な印象は胡散臭い優男だ。

 顔立ちなどの基本パーツは平凡ながら、言動や表情が作り物めいていた。


 体型は、身長が百七十前後で痩せ気味。ただし、貧弱ではない。長期に渡って満遍なく鍛錬を重ね、筋肉質な痩躯を獲得したのだろう。


 衣装は、下半身が軍靴に似たブーツと平凡なジーパン。腰にはメイ愛用の大型改造ベルトを装着している。

 上半身は緩い印象のシャツと、本格的なタクティカルジャケットだ。

 胸元では見覚えのある物体が、鎖を通され揺れていた。


「その指輪は、もしや……」

「ん? 指輪って……あぁ、ネックレスのか。カクリヨで目覚めたら、首輪と携帯電話の代わりに着用してた。捨てるのもどうかと思って、そのままだ」


 由来を語る平坂さんに、私は「失礼」と告げて手を伸ばした。

 指輪を一通り検分し、大きく肩を落とす。


「…………やはり新型ツールボックス。端末データのコンソール的なものですね」


 あらゆる面で従来の端末を凌駕する新型端末は、情報強度の問題から呪式電脳戦時のツールボックスが仮想体と同化しない。別の物質として常時顕現する。

 姿形は様々で、この指輪タイプは平坂さんが用いた端末の限定品だ。


「コンソールって言われても……どこからどう見ても、単なる指輪だぞ。何で白波には断言できるんだ?」

「この指輪に限っては、姉貴分の指示で私自身がデザインしたものですから」


 軽い頭痛に堪えつつ、平坂さんの疑問に答えた。


 指輪は二つある新型端末の正規品にのみ適用されたはず。先日、予備が紛失したばかりなのに、まさか正規品まで他人の手に渡るだなんて……。

 帰ったら管理責任を追求しないと。


 チラリと意味深に平坂さんを一瞥する。

 彼は粗方を理解した様子で苦笑を浮かべていた。


「持ち主が見つかったなら話は早い。現実世界に帰ったら、すぐ返しに行くよ」

「お願いします」


 無論、平坂さんが新型端末を盗んだ張本人という可能性も、零ではない。

 しかし、澪との邂逅を経た上でそんな難癖を返すほど、私も頑迷じゃなかった。


 それにしても――澪、貴女は《ディエスイレ》で何をしているんですか?


 消えた最愛の妹を思って唇を噛む。

 すると、平坂さんが怪訝そうに双眸を細めた。


「なぁ白波。端末が正規品なら、何で機体の設定が滅茶苦茶だったんだろう?」

「それは……分かりません。ニグレードの設定は、私の以前のデータをコピーしたはず。使い手によって生じる差異など、普通は必要最低限の外観と一部の初期武装くらいなのですが……」


 チューニングにだって限界はある。

 平坂さんとメイの機体は異常だらけだ。


「実を言うと、気になるのは機体の設定だけじゃない。ここで目覚めた直後、尋常じゃない激痛に襲われた。本気で発狂するかと思ったよ。

 普通の端末だったら、そんなこと絶対に起こらないよな?」

「ええ、初めて聞く症例です」


 平坂さんの指摘を受けて、改めて数々の異変に思いを巡らせてみた。


 脳裏に澪の姿がよぎったものの、別れ際の発言からして、異変の全てがあの子の仕業だとは考え難い。そうなると真っ先に思い付く原因は、第三者による干渉だ。


 しかし、誰が何の目的でそんなことを?


 他に可能性があるとしたら……いや……そうか。

 もしかして、無自覚に――。


「あとで端末本体を調べてみます。

 それはさて置き――平坂さん、指輪の内側をなぞってみてください。プリセットされた円環状のシステムメニューが、視界端に表示されるはずです」

「こんな感じ? お、何か変なアイコンが浮かんで……へぇ。こりゃ面白い」


 虚空を見入る平坂さんの瞳が、好奇心で無邪気に輝く。その様子は、物珍しい玩具を弄る少年以外の何者でもない。


 それを見て私は、微笑ましくも申し訳ない複雑な気持ちを懐いた。


「端末は認識による意識操作が可能です。また、各種アイコンの意味ですが――」


 初めて申告年齢相応の姿を見せた平坂さんに、ツール操作の手解きを行う。

 ログアウトをするためには必要な処置だ。

 彼が端末を悪用するとは、今さら考え難い。


 一通り教え終えたところで、メイが近寄ってきた。


「二人で何やってんの?」

「ログアウトの手順確認です。メイの方こそ、作業は終わったんですか?」

「手動の作業はね。今は処理待ち。どうやら《ディエスイレ》が、いろいろ弄ったみたいでさ。ちょっと時間がかかっちゃうかも」


 私の確認に応じつつも、メイの視線は平坂さんの指輪に吸い寄せられていく。


「……それ、イツキのツールボックス? ねっ、お願い。先に調べさせて!」


 メイの直裁なおねだりに、平坂さんが苦笑を浮かべて頷く。


「やった! じゃ、早速……ん? あ、セーフモードか。それなら――」


 メイがお預けを解かれた子犬の如く指輪に跳びつき、一心不乱に調査を始めた。

 異性に密着した自覚はなさそうだ。

 相変わらず、いろいろと粗忽な子である。


「役得ですね、平坂さん」

「何のことやら」


 私の指摘にも、平坂さんは表情一つ変えない。

 無論、メイは無反応。


「それより、何度か話題に上った《ディエスイレ》のことを教えてくれ。聞きかじりの知識だと、怒りの日を意味するラテン語で、有名宗教の終末論だが」


 平坂さんが平然と話題を変え、手櫛でメイの髪を梳く。

 ある意味驚きの度胸だ。


 そして、やっぱりメイは気付かない。

 それどころか心地良さ気に表情を緩めて口を開いた。


「そーよ。よく知ってるわね、イツキ」

「ゲームや漫画で頻出する単語は自然とね。確か、死人が蘇って生者と共に審判を受ける日、とか何とか。無宗教の身からすると縁起のいい響きじゃないが」

「まぁ、テロ組織の通り名だし~……っ、ひみゃぁ!」


 何気なく顔を上げたメイが、奇声を発して飛び退いた。

 一方の平坂さんは「どうした?」と小首を傾げて、微笑まで浮かべている。


 ……役者が違うとはこのことか。


「な、何でもない! 今から《ディエスイレ》について教えてあげる!」


 自分ばかり意識したのが照れ臭いのか、メイが誤魔化すように説明を再開した。


「《ディエスイレ》。前言通りテロ組織の通り名よ。連中に宗教的な思想はない。ただ、怒りの日には琴線に触れる〝何か〟があったんでしょうね。メンバーの大半は、カクリヨに隔離された元人間、もしくは隔離の可能性が高い人間だから」


 少々迂遠な説明を区切って、メイがこちらの様子を窺うように視線を寄越す。

 相棒の気遣いに、私は説明を継ぐことで応じた。


「大昔、どこかの誰かが現実世界全域に強力無比な結界を敷きました。

 既存法則を超越する存在を物質の枷から解き放ち、情報生命体として問答無用で異世界に隔離する――通称、隔世結界」

「それがまた神経質な結界でさぁ。融通が利かない上に、判定厳しいのよ」


 メイがそう補足すると、平坂さんが表情を険しくした。


「人間が鬼に堕ちる伝承は枚挙に暇がない。隔世結界はその類以下ですら……」

「ご名答。悪鬼羅刹に至らずとも、隔世結界は発動するわ。人間の異能者が表舞台から姿を消した理由もそれ。魔法や呪術を代表とする超常の《力》やその因子は、隔世結界の呼び水なの。扱う《力》の質と量に比例し、発動率は高まっていくわ」


 隔世結界の功罪は他に類を見ないほど大きい。

 おかげで人々は幻想の脅威を知らず、平穏無事に日々を過ごしている。だがその一方、隔世結界のせいで、日々を怯えて過ごす者がいることも事実なのだ。

 例えば私のように。


「平坂さん、こちらをご覧ください」


 躊躇を振り切って、頭を隠していたフードを剥ぐ。

 くすんだ銀毛の狐耳が表に出た。


「…………それ、本物?」

「ええ。私も隔離の危険性を強く秘めた者の一人です。義兄や師の尽力で《力》は封じられていますが、妖怪の因子を色濃く宿す証は消えませんでした。魂の情報がダイレクトに反映される呪式電脳戦の仮想体限定で、耳と尻尾が生えます」

「尻尾まで!?」


 カッと両の瞳を見開いて、平坂さんが仰々しくのけぞった。


 真偽がどうあれ、彼は自称民間人として当然の反応を示したにすぎない。

 なのに、それを見たメイはムッと顔色を変え、噛みつくような調子で指摘した。


「ちょっと、イツキ。あたしの正体を知った時と比べて、随分な差じゃない?」

「そんなの当たり前だろ! 狐のような耳と尻尾……例え仮想体と言えど、正真正銘真性の獣っ娘が目の前にいるんだぞ!! これが騒がずにいられるか!!」

「はぁ? んー……あ、そっか。イツキって、そういう男だったわね」


 肩を落とすメイの皮肉も、平坂さんには届いていないようだ。彼はじっと穴が開くほどに私の全体像を見つめ、慄きながら大きく息を吸った。 


 ……おそらく、次は痛罵か恐慌。

 胆力次第では、そのまま失神の可能性もある。至極真っ当な反応と言えよう。何一つ不自然ではなく、仕方のないことだ。


 だから、意地でも落胆なんてしない。


 そう決意を固めた私の耳に、平坂さんが本音をぶちまける。


「ちょぉ可愛いな!!」


 はいはい可愛くてすいませ――……ん?

 ん?

 ……、……えぇ?


「言うと思った、言うと思った、絶っ対に言うと思った。こういう時のイツキって、本当に期待を裏切らないわよね」

「期待も糞も……。メイ、常識的に考えろ。

 他の感想なんて、ありえない」

「常識って言葉を辞書で引いてから出直してきなさい」


 まったくだ。常識的に考えて――妖怪変化に散々追い回されて死の恐怖を味わった今、あんな感想はありえないでしょう。

 この人、本気で民間人を通す気があるのか?


「……、……それ以前に」


 あ、マズイ。

 平坂さんに負けず劣らず、私も大分混乱している。

 頭の中の冷静な部分が制止を促がすものの、口の動きが止まらない。


「年上の女性相手に、可愛いはどうかと思います」

「へ? と、年上……?」


 疑惑や警戒心で塗り固めた〝仮面〟ではない、素の白波萌が顔を出す。

 瞬きを繰り返す年下の可愛い男の子を見上げて、私は意地悪く言葉を重ねた。


「私、今年で二十歳です」

「!?」


 先刻の可愛い発言で私がそうだったように、驚愕あるいは別の何かが、平坂さんの中で許容量を超えてしまったらしい。

 ふわふわと夢見心地な足取りで、こちらに近寄ってきた。

 そして手が届く寸前に「待て」と、メイに襟首を引っ掴まれた。


「は、離せメイ……! 獣っ娘×合法ロリが……二次元でしか見られないと思っていた奇跡の産物が、手の届く場所にいるんだぞ!」

「誰が離すかナチュラルに血迷うな! イツキがそれじゃ話が進まないでしょ!」

「正直もうテロ組織とかどうでもいいんで、白波さんと交友を深めたい」

「ふっざけんなぁ――――――――――――ッ!!」


 その後しばらく、メイと平坂さんの間で押し問答が続いた。




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