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断章――電軍《チガエシ》

 都内某所に、自然の景観色濃い田舎然とした区域がある。

 見どころは電波塔と廃工場くらい。土地の無駄使いを揶揄する者もいた。


 だが、近代化の末路と囁かれるこの御時世だ。一国の首都に手付かずの土地など、そうそう残されているはずがない。


 のどかなのは外周ばかり。有刺鉄線で囲われた〝誰か〟の私有地に足を踏み入れると、人工物は一気に数を増す。

 整備済みの道路が、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

 あらゆる場所に隠された監視カメラは、死角の一つも認めない。

 要所には、警備用の機械人形の姿まで。


 近隣住人どころか、国民の大半が知らない。


 そこで、戦争の指揮が執られていることを。 











 時流、人脈、才能、戦果……それら全ての積み重ねが、白波那雲を組織トップの一角にまで担ぎ上げた。現場至上主義の彼にとって、甚だ不本意な人事である。

 しかし三年前の事件以来、那雲の他に適任者がいないことは周知の事実だ。

 本人も理屈の上では理解している。


 が、それでも今日ばかりは嘆かずにいられなかった。


「こんな切羽詰まった状況下で、何で俺は書類作成に精を出してるんだ……?」

「貴方がここの最高責任者だからですよ、白波那雲司令」


 地中深くに建築された、要塞クラスの大規模施設――日本非公式電軍《チガエシ》本拠地。中でも特に警備の厳重な司令室に、死神めいた凄味の滲む壮年男性と、端正な顔立ちを微笑で彩る青年の姿があった。


 前者こそが、白波那雲。

 仄暗い輝きを宿す瞳と義妹に大不評の顎髭が特徴的な、電軍《チガエシ》の司令官だ。豪奢な革張りの椅子に片膝立てて座る彼は、机上のキーボードを乱雑に叩くと、苛立ちを隠そうともせず歯を噛み鳴らした。


「一軍を預かる最高責任者の戦場は、机と椅子と書面の上か? 笑えねぇ冗談だ」

「前線から外され、各部署で飼い殺しの僕たち一期生に比べればマシです」


 那雲とは机を挟んだ対面で、直立不動の青年が嘆息を零す。


 対カクリヨ専門士官学校の主席卒業者で、名前は水無瀬真昼。

 整髪剤で弄られた茶髪や、計算し尽くされた立ち居振る舞いなど、傍目にも軍人らしからぬ男だ。


「一週間前を凌駕する大進攻。《禍異》を祓う術はなく、頼みの綱である司令も現在は戦線を離れています。雪崩れ込む不死の軍勢相手に、陸自上がりや既存の退魔師では分が悪い」


 深刻そうに述べる真昼。

 立場を逸脱した物言いだが、彼の懸念は的を射ていた。


 ――十日前のこと。妖魔に準じる〝テロ組織〟の謀略で、他国の電軍が重要な防衛施設の一つを失った。

 これにより、戦場周辺でネットワーク機能が利用不可能に。

 人類は劣勢に立たされてしまう。おかげで、一週間前は妖魔の電脳空間進出を許す始末だ。


「今こそ、カクリヨ戦の正規訓練を受けた僕たちを参戦させるべきでは?」

「ログアウトや通信が不可能な死地に、新兵を送り出せと? そんな博打に出ずとも、うちの義妹とメイが起死回生の布石を準備してるよ。大人しく果報を待て」

「……IAIが絡む以上、博打という意味では大差ないと思います」


 那雲の冷ややかな視線に気づかず、真昼が吐瀉物を散らすように続ける。


「奴は結局のところイレギュラー。バケモノでなきゃ、制御不能の欠陥兵器だ」

「鬱屈してんなぁ……。願い下げ喰らった分際が、公開自慰のつもりか?」


 過去、メイと萌に真昼と別AIの四人で、チームを組むことが検討された。

 だが、肝心のメイが真昼を拒絶。

 結局、メイと萌は今もコンビで活動している。


「うちは退魔組織寄りの電軍だ。他所みたく通り一辺倒の軍人になることは強要しない。だが、ろくな正当性もなく漫然と私情に流されるようじゃ、軍人どころか単なる邪魔な道化でしかない。せめて、笑われても構わないと思える程度の度量が欲しいね。それすら無理なら大人しくしてろ、見苦しい」

「……はい。肝に銘じておきます……」


 メイには敵意剥き出しの真昼だが、那雲に対しては明確な敬意を感じさせる。殊勝に俯いて、ろくに反論しない。

一方の那雲も、これ以上は柄じゃないと遠回しの指南を打ち切った。


「そろそろ報告を再開してくれ」

「了解。最後はケース八七三、初動調査の最終報告です」


 真昼が顔を上げ、声色から抑揚を消して事務的に応じる。


「問題の新型端末は依然、行方不明のまま。手掛かり皆無。諜報部の見解は異能者の関与で一致しました。内部犯の可能性も考えられます。本格的なトレースには規格B(-)相当の術式が必須。規定により、規格変更の可否を司令に委ねると」


 これが通常兵器の規格変更なら、わざわざ那雲の裁量を待つ必要はない。

 しかし、術式が絡むとなれば、話は別だ。

 とある事情から、電軍は超常の《力》の乱用を固く禁じている。


「仔細情報は菊理女史経由の書面にて、ご確認ください」

「分かった。あとは俺の方でやっとく」


 那雲は机上の羊皮紙に判を押すと、別の書類一式と重ねて真昼に手渡した。


「那雲司令、こちらは……?」

「指令書。指定要員以外の同期十人は、お前が主席としての裁量で見繕え。くれぐれも慎重に選べよ。単純な回収作業だが、万が一もあっちゃ困る」


 回収対象は、郊外の社に安置された特殊規格のノートPCだ。呪的処理が施されてはいるものの、現時点では空っぽの〝箱〟にすぎない。


 ただし、那雲の目論見が一定以上の成果を収めた場合、その価値は一変する。


 フリーランスの術者やテロ組織の構成員が、ノートPCの強奪に動くことも考えられた。運び屋は術理に通じ、銃撃戦にも対応可能な専門兵が望ましい。


「伊達や酔狂で待機させてたわけじゃない。相応の理由あってのことさ」

「……自分が浅はかでした。申し訳ありません」

「謝罪なんぞ要らん。そんなことより絶対しくじるな」

「了解しました。では、自分はこれで」


 真昼が敬礼して踵を返す。

 同時に、部屋の扉が叩かれた。


「失礼します」と施設唯一の非正規職員が、真昼と入れ替わりに入室する。


 カラスの濡れ羽に似た艶やかな長髪と左の泣き黒子が特徴的な、今時珍しい純和風イメージの長身女性だ。

 那雲の専属秘書で、名前を菊理という。

 謎の多い来歴と、事務的なスーツ姿にもかかわらず退廃的な色香漂う容姿。これらの要素が重なり、良い意味でも悪い意味でも有名人である。


「那雲司令、餌と釣り針の設置が確認されました。次は回収班の配置を急がせるべきかと」菊理の声に、扉の閉まる音が重なった。「思ったのじゃが……。どうやら余計なお世話だったらしいのぅ」


 真昼が退室して人目が消えた途端、今時ありえない年寄り口調に早変わり。やり手の美人秘書はどこへやら。菊理が欠伸を噛み殺し、机上に腰を落ち着かせる。


 態度が悪いを通り越して無礼千万だが、那雲は気にせず返答した。


「ちょうど指令書を出したとこだ。俺の子飼いからも何人か護衛に寄越す予定」

「古巣の二代目対ホルダー部隊か。随分と念の入ったことをする」


 菊理が後頭部で結った後ろ髪に手櫛を通す。薄い香の匂いが広がった。

 那雲の好みの匂いだ。


「確かに今の小童は、やましい気配を秘めておったが……」

「杞憂に終わることは覚悟の上さ。それと、あのガキ――水無瀬真昼っつーんだが、あれで萌を制した一期生主席だ。分不相応な代物に手を出してるんだろ」


 出涸らしが過ぎて一度は売られた身なれど、那雲は退魔の名門白波の出身。その程度のことなら、問題なく察せる。


 菊理は興味薄そうに頷くと、小脇に抱えていた紙の束を机上に放り投げた。


「ま、備えあれば憂いなしか。それよりも……ほれ、追加の報告書じゃ。カクリヨにて《ディエスイレ》急進派の参戦を確認。やはり上位妖魔と結託しておったらしい。急進派の介入で戦況は泥沼状態じゃ。こちらの援軍は?」

「音沙汰なし。大国の牽制もあるんだろうが、どこもかしこも危機感薄すぎるぜ」

「どうする那雲? このままでは萌とメイが仕事を果たすまで、戦線が保たんぞ」

「保たせるよ。俺も他国宛の要請書……つーか、脅迫文を書き次第出陣だ」


 防衛線を突破されて困るのは、日本の《チガエシ》に限った話ではない。

 だというのに他国の動きが鈍いのは、より良いパフォーマンスを示すための演出待ち――もっと露骨に表現するなら、損益計算の結果だ。

 連中を引っ張り出すには、那雲自ら動く必要があった。


 舞台を力尽くで整える気の那雲に、菊理が呆れ果てた様子で皮肉を吐く。


「主演、監督、演出家と一人で何役こなす気じゃ?」

「知るか、クソ」


 舌打つ那雲としても、そろそろ主演くらいは他所に譲りたかった。

 しかし、肝心の候補が大根役者ばかりでは如何ともし難い。


 ――いい加減、世代交代の頃合いだっつーのに……。


 超常の《力》を宿す者たちを狩る、特殊な組織に身売りされた那雲が、初仕事で稀代の天才と出会い、所属組織に反旗を翻してから早十数年。今や二人はカクリヨの短い人類史に名を残す〝生ける伝説〟だ。

 おかげで那雲の仕事と責任とストレスは倍増した。

 このままでは生涯独身の恐れもある。






          ≠          ≠          ≠






『御伽噺のような結末に手段を選ばず辿り着く。……それが、あんたの本性よ。自分はいつか報われると信じて疑わない、おめでたい男。

 さしずめ〝大逆無道のロマンチスト〟ね』


 IAIメイが、水無瀬真昼とチームを組むことを拒絶した際の発言だ。

 真昼はメイに対して、敵愾心にも似た感情を懐いている。しかし、この指摘に関しては、正鵠を射ていると素直に認めていた。


 ――……僕は、何一つ間違えていない。


 成果を放棄した努力は自傷行為と同じ。それで自己満足に浸るような、惨めな思いは御免だった。

 逆に結果として報われるのなら、どんな苦労も厭うまい。

 例え、惚れた女から『格好悪い』と罵倒されるとしても、水無瀬真昼はハッピーエンドを求めて手を尽くす。


 不自然に薄暗い《チガエシ》地下拠点の一角で、真昼は重く分厚い携帯電話の電源を入れた。 

 呪詛で雁字搦めの奴隷じみた女性が、画面の中央に映し出された。


「軍事用アンドロイド一機の最優先コードは、ちゃんと書き換えただろうな?」

『……はい。《ディエスイレ》に悟られた可能性、は……一パーセント未満……』


 女性が夢見心地な様子で述べた成果に満足し、真昼は獰猛な笑みを浮かべた。


「よし。次は《チガエシ》の監視網を抜けて、《ディエスイレ》Aグループの上位三名に伝えろ。内容は――僕のカクリヨ参戦は許可されず、それどころか回収班に任命された。カクリヨの戦線を乱して白波那雲を足止めすることも、《チガエシ》地下拠点の内部崩壊を招くことも不可能だ。プランはCに変更。《パンドラ》奪取後は襲撃犯と一緒に隠れ家を目指す」


 命令を受けた女性が、すぐさま画面から姿を消す。


 これで下準備は完了だ。

 真昼は炯々と輝く瞳で司令室の方向を睨みながら、小さく呟いた。


「正当性ならありますよ、那雲司令。漫然と私情に流されたわけでもない。僕は僕の意思で、尊敬するあなたと別の道を行く。

 大丈夫……何もかも上手くやってみせますから」


 テロ組織を隠れ蓑に、大逆無道のロマンチストが暗躍を進める――。




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