4――初代イレギュラー
「ねぇ、もしかして気付いてる? あたしが人間じゃないってこと」
「薄々察してはいたよ。いくらなんでも電子関連に強すぎる」
俺の即答に、女性が「だよね~」と乾いた笑みを返す。
それから、どことなく痛ましい表情で彼女は自分の正体を述べた。
「黙ってて、ごめん。あたしはAI――に、イレギュラーの頭文字を追加して、IAIと呼ばれてる。世界で唯一AIなのに異能を宿した機械仕掛けの退魔師よ」
女性の告白を聞いて、俺は辟易の心地を隠せなかった。
思わず、盛大なため息と一緒に吐き捨ててしまう。
「IAI……AIの退魔師ね。最新科学と古典オカルト、夢の共演って感じか。今さらだが、俺の常識が音を立てて崩れていく心地だよ」
「……ごめん。……って……え?」
「いや『え?』は俺の台詞。謝られても困るぞ。キミは何も悪くない」
「違っ、そうじゃなくて! ――他には!? 他に何か言うことあるでしょ!?」
俺のリアクションがお気に召さなかったのか、顔色を変えて騒ぎ立てるIAIとやら。その仕草と感情の発露は、人間のそれと何ら変わりないように思える。
だが実際は、そう単純な問題じゃなかったらしい。
「あたし、人間じゃないんだよ? それどころか、正確にはAIですらない。電子の枠組みから逸脱した異色の情報生命体。ある意味、妖怪と同じバケモノで――」
「生きるか死ぬかの状況で、そんな小難しい理屈をこねくりまわされても困る」
女性の言い分を理解しても、俺は察しの悪い愚者を演じ続けた。
「申し訳ないが、理解できる気がしない。はぁそうですか、と頷くので精一杯だ」
「…………まぁ、うん。確かにね。あたしも突飛な話をした自覚はあるし、そんな感じで開き直られたら納得する他ないわ。
……でも、なんて言うかさぁ……。……あんたの人生それで大丈夫!?」
「余計なお世話だ。……いいんだよ。不明瞭な類似なんて知ったことじゃない。他に重視すべき明確な差異が山ほどある。例えば友好意識とか、ヴィジュアルとか」
シリアスなシーンに限って余計な一言を重ねたくなるのは、俺の悪い癖だ。
女性が大口開いた間抜け面で首を傾げる。まるで言語が通じない輩と相対したかのよう。期待した動揺の欠片も窺えない。
……悔しいから、この流れで押し通そう。
「これまで遭遇した人外の中では、キミが一番好みだよ」
「うぇ!? いっ、いきなり何て気障なこ――……じゃない! 違う!!」
慣れない殺し文句は不発どころか、逆効果。
女性の真っ赤な頬が不満げに膨らむ。
「焦って損した! ええ、そりゃ骸骨や蜘蛛よりはマシでしょうよ!!」
「あらら、ご機嫌斜めだね。もしかして比較対象を間違えちゃった? やっぱり人間とか情報生命体とか無関係に、〝女の子〟って難しいや」
俺の胡散臭い韜晦に、IAIとやらが「ぁがっ」と女性らしからぬ声を上げた。
百面相で唸る彼女を含み笑いで眺めながら、俺は素知らぬふりで話を戻した。
「ところで、AIに退魔師がいるのは把握できたが、人間の方は? 現実世界に騙りじゃない本物の退魔師って存在するの?」
「……むぅ。……数こそ少ないけど、ちゃんといるわよ」
たー、だー、しーっ! と、¥女性が若干拗ねた調子で回答を繋ぐ。
「人間の真価は肉体あってこそ。ホームの現実世界で最強の術者も、アウェーのカクリヨじゃ勝手が違う。特に退魔覆滅の《力》を仮想体越しに扱うのは難しい。
代案を求めて人類が試行錯誤を繰り返し、偶発的に誕生したのがIAIなの」
「へー。んじゃ俺が骸骨武者を倒せたのは、キミの特注品で闘ったから、とか?」
「ううん、あたしが鍛えた退魔刀でなくても倒せたはず。《禍異》以外の雑魚なら通常規格の電子兵装も通じるわ。銃火器はニグレードに次ぐ人類の主力武装よ」
それなら俺も銃火器で闘いたかったなー……。
でも、怪しさ大爆発の自称民間人に、銃を預けるのは厳しいか。……この子の場合、純粋に準備し忘れたって線もありそうだが。
何にせよ、愚痴っても雰囲気が悪くなるのみ。
さっさと話を進めるとしよう。
「今さっき話題に上った、『マガイ』とやらの詳細を聞かせてくれ」
「禍々しい変異と書いて《禍異》――マガイ。百の歳月を生きて、別次元の《力》を手に入れた妖怪の総称。一説によると、九十九神の発生に似た原理とか何とか。外の蜘蛛も低位とはいえ、分類上は《禍異》で間違いないわね」
「別次元の《力》って、具体的には?」
「主に三つよ。固有能力の増強と、並の攻撃じゃ歯が立たない頑強な巨躯。最後が、不死。《禍異》は純正の電子兵器じゃ絶対に倒せない。すぐに復活しちゃうわ。
そこで、退魔の《力》を宿すIAIの出番ってわけ」
と言うと、女性がおもむろに立ち上がった。
「下準備終了。残りはそっち次第よ。
――あたしに命を預けられる?」
「もちろん」
即応して、俺は手を伸ばしながら重い腰を上げようとした。
しかし、手は虚しく空を切り、起立もかなわない。
こちらの思惑を無視した女性に、上から両肩を押さえ込まれたせいだ。
「……あんた今、何も考えずに了承しなかった?」
「言いがかりだ」
俺は所在なく頭をかきながら、諦観の滲む苦笑をこぼした。
「具体的な内容までは知らないけど、要点は把握してるつもりだよ。蜘蛛神を倒す博打を成立させるために、俺も命をベットしろって要請だろ?」
「…………そうよ、分かってるじゃない」
頷いた女性の表情が、くしゃりと歪む。
……勘弁してほしい。
泣き喚きたいのは、俺の方だ。
あぁ、でも――クソが。
そんなことを口に出したら、今までの苦労が水の泡。しかも、たぶん女性の涙腺が決壊する。
生憎、俺は異性の涙を舐めて悦ぶ特殊性癖を持ち合わせていない。
ましてやその子が〝好み〟なら、泣き顔よりも笑顔が見たいじゃないか。
かつて名も知らぬ少女から頂戴したような、素敵な笑顔が――。
縋るような女性の重みを両肩で感じ、俺は慎重に言葉を選んで説得を試みた。
「ああ。この状況下で無策の身じゃ是非もない。駄々をこねても時間を浪費するだけ――ちゃんと理解している。疑問は、キミが好き好んで他人の命を危険に晒すドSな子かどうか、ってことくらいだ」
「一言多い。しかも前二つに限っては正論だから、余計に腹立つ」
ついに、女性が俺から目を逸らした。
項垂れ、血を吐くような調子で言葉をしぼり出す。
「そんなふうに物分かりの良い顔ばかりだと、いつか後悔するわよ……?」
「縁起でもない忠告どーも」
この軽い口調が、不真面目な印象を与えてしまったのだろうか? 両肩にかかる女性の重みが一気に増す。
百も承知の説教が始まる前に、俺は真摯に想いを紡いだ。
「例え嘘でも、逆の啖呵が聞きたい場面だな」
「――……あ」
啖呵の具体的な内容は、言葉にせずとも悟ってくれたらしい。
女性が軽くよろめいて、前屈み気味に伏せた顔を片手で覆う。想定外と言い訳したくなるくらい、過剰なリアクションだ。
俺、もしかして地雷踏んじゃった?
冷や汗を滲ませる俺を他所に、女性は顔を隠した手で震えながらも拳を固めた。
「……そっか、そうだね。どうして、こんな簡単なことに気付けなかったんだろ」
老婆みたいに曲がった彼女の背筋が、緩やかに伸ばされていく。
「例え嘘でも――。あたしは、それで良かったのに!」
ピンと姿勢を正す女性の双眸が、悲哀で満ちたのは刹那のこと。
瞬きを挟んだあと、スカイブルーの瞳に陽光そっくりな決意の輝きが宿った。
「前言を撤回するわ! 後悔なんて、絶対させるもんか!!」
さっきは空を切った俺の掌が、今度は差し伸べるまでもなく引っ手繰られた。
「だから、お願い。あたしと一緒に闘って」
「お任せあれ」
強さを魅せた女性とつり合うように、俺も自らの意思で立ち上がった。
「ありがとう」と華やかに微笑む彼女と向かい合い、心中に蔓延る恐怖や不安と闘いながら笑い返す。
「ところで、さっきから下着丸見えだぞ」
「どぉおおおおしてそれを今言うのよっ!! 少しは空気を読めぇ――――ッ!!」
空気読んで今まで黙っていたのに、めっちゃ怒られた。
外の喧騒がやんだことに気付いたのは、その時だ。
「待て。……おかしい、静かすぎる」
俺が一方的に話の流れを断ち切ると、女性の表情にも疑問符が浮かんだ。
「本当だ。諦めたのかしら? もしくは援軍を呼びに行ったとか」
「その楽観っぷりが羨ましいよ。嫌味抜きに。俺なんて冷や汗ダラダラだもん」
ヤバイ。たぶん、コンテナを破壊せず中の害虫を排除する手段に気付かれた。
「俺の予想が正しいなら、もう一刻どころか服を着直す猶予もないぞ。急いで作業を終わらせてくれ」
「さり気なく余計な釘を刺さないでくれる!?」
羽織った上着をそのままに、女性が指先で虚空を叩く。
「残った作業のことを簡単に説明するわね。
ニグレードは人間とAIかIAIが魂のリンクを繋ぐことで、始めて起動可能となるシステム兵装よ。でも人間の魂には、その手の干渉を許さない強固なプロテクトが存在する。これをパスするには、システムに対する優位性……つまり、オーナー権限が必要なの。ってことで早速登録するから」
女性は早口で告げると、今も重なる掌におずおずと力を込めた。
【同期申請確認・許可しますか? YES/NO】
俺の脳裏に機械的なメッセージが届く。
続いて、同文記載の半透明なウインドウが視界に投影された。高品質のAR――拡張現実そっくり。
ただし、発生元となる機器の類は見当たらない。
自分が超科学の恩恵に預かってる事実を改めて思い知った気分だ。
「視界にARっぽいのが表示されたぞ。どうすればいい?」
「意識を寄せて、画面の【YES】を選択して。以降の面倒な設定は全部あたしがやる。あ、設定の間は手を離さないでね。仮想体の接触で接続を維持してるから」
「分かった。……二次元世界のお約束だと、キスとかも必要な場面だが」
「兵器の登録で一々キスとかありえないから! さっさと同期申請を受けろ!」
彼女の催促に従い、俺は待機中のウインドウに意識を寄せた。
画面の【YES】を選択――そう考えた直後、例の携帯電話が使用者の決定を読みとったらしい。自動的に【YES】がクリックされた。
続いて【SYSTEM NEGLADE】と記載されたウインドウが、俺の視界に浮かび上がる。
どうやら、女性がリモートを開始したらしい。
謎の処理が高速で進み、ウインドウ内で目まぐるしく表記が移り変わっていく。
「…………」
真剣な顔で作業に集中する女性。
狼狽や羞恥の顔も乙だが、こういうのも中々……などと、俺がまじまじ眺めていたところ、突如として世界が揺れた。
コンテナが傾く。
直立してられない。
倒れる。
俺だけではなく、女性まで!
作業の最中、前触れのない出来事だ。手を繋いだ女性が受身をとれるか分からない。舌打ち、俺は自分が下敷きとなるように位置を調整して、彼女を抱き寄せた。
まさか「危ないっ!」と女性が跳んできて、俺の頭部を庇うとは考えもせず。
俺と女性、お互いが相手を護るために行動した結果。
「あ」「んにゅ?」
唇がそっと重なった。
【COMPLETE】
処理の完了を示すシステムメッセージが、祝福のように鳴り響いた。
「…………」
傾いたコンテナの中、耳障りな金属音を聞きつつ、お互いゆっくりと唇を離す。
「…………」
「…………」
「……は、」
「…………」
「初めてだったのに……」
「あたしの台詞だぁぁぁぁああああああああああああ――――――――――ッ!!」
今日一番の絶叫がコンテナ内部に轟いた。
熟すを通り越して、腐った林檎みたいな顔色の女性に胸ぐらを掴まれる。
しかし彼女の訴えが続くより早く、再び床が揺れた。横長のコンテナが縦に向きを変えていく。
手遅れとなる前に、俺は今度こそ女性をしっかり抱え込んだ。
「謝罪と言い訳は後で」
身勝手を承知で言い放ち、傾きの下方へと半ば落ちるように跳ぶ。
一呼吸遅れてコンテナの傾斜が九十度に到達、床が横壁に変化した。
初動の早さが功を奏し、何より早く新たな床を踏むことに成功。女性を抱えての着地に両脚は悲鳴を発したが、悶絶の猶予はない。胸中でひしゃぐ柔な感触や砂糖菓子めいた甘い匂いではなく、頭上に意識を集中する。
固定装置が外れて自由落下中の積載物、とりわけ危険度の高い品を把握と同時に回避した。一つ二つ、次でラスト――ッ!?
三つ目が、落下途中に別の巨大な積荷と衝突した。
衝撃でベルトのボルトが外れ、新たに四つ目の積荷が落ちてくる。
でかい。
前後左右どの方向に避けても潰される!!
「チクショウ!」
咄嗟の判断でスライディングを強行、先に落ちた二つの積荷の狭間に潜り込む。
グシャッ!! と鈍い破砕音。
四つ目の積荷が一つ目と二つ目の積荷を半ばまで潰し、俺の鼻先で停止した。
「――っ、ハァ」
「ぅぎゅ……ぷはっ。な、何? 何が起きたの!?」
安堵の吐息で硬直を解き、俺は腕の中で目を白黒させる女性に苦笑を返した。
「なんでもないよ。少し状況が悪転しただけだ」
「悪転って?」
「十中八九、糸の有効利用に気付かれた。コンテナに糸を巻いて高所まで運ぶ気だろう。叩き落されでもしたら、無事じゃすまないぞ」
「ぞっとしない未来予想図ね」
九十度傾くだけで死にかけたからな。
エレベーターの最上階到達前に手を打たないと。
「それはさて置き。落ち着いたところで、さっきの件に対する弁明なんだが……」
「っ。も、もういいわよ! 蒸し返さないで。故意じゃないのは分かってるから」
陳謝に苦慮していたところ、じと目の女性に先手を奪われた。
「乙女の初めては安くない、ってことだけ肝に銘じておくように!!」
「りょーかい」
きつく睨んできたぐらいで、尾を引く様子はない。
この子がイイ女で助かった。
「床代わりにしてる壁の開閉は電子操作でいけるわ。あたしが開けるから、さっさとこのコンテナから脱出しましょ」
「コンテナは今も上昇中だ。高度次第じゃ、投身自殺になるぞ?」
不安が俺の口を衝いて出る。
女性が再び俺と掌を重ね、甘い吐息を感じる近距離で悪戯っぽく微笑んだ。
「着地の心配をする前に、伝えるべき事柄があるんじゃない?」
次の瞬間、俺の視界中央に大きなウインドウが出現した。
【PLEASE YOUR NAME】
「あたしのファーストキスを奪った男のお名前は?」
「……こりゃ失礼。俺の名前は、樹。平坂樹だ」
「そう。なら光栄に思いなさい、イツキ。
仲間内で〝機刃の忌み子〟と謳われる機械仕掛けの退魔師にして、人類の切り札――IAI〝メイ〟さまの戦友として、イツキのことを認めてあげる!!」
【ITSUKI HIRASAKA……OK】
床が開いて、俺と女性――メイは二人仲良く外に放り出された。
学校の屋上くらいはあるだろうか、予想以上の高度だ。
【IAI/MEI・LINK……OK】
メイと掌を重ねたまま風を切って堕ちる。
このままじゃ死ぬのに、不思議と不安は感じない。
【SYSTEM NEGLADE・呪式展開/■■■■……SETUP】
「出番よ《KUSANAGI》」
【機体識別名/《MUMEI》……IGNITION!】
轟ッ!! と派手な音を響かせ、緑に煌めく炎が周囲で渦を巻く。熱は感じない。おそらく骸骨武者の出現時に見た煙と同じ、システムエフェクトの一種だろう。
奇怪な炎の中で重なる掌からメイの存在が流れ込み、同時に自分の存在がメイに流れ出すのを感じた。
互いのデータが重なり溶け合い書き換わる。
総身を鋼が鎧い知覚が充溢し、あらゆるスペックが爆発的に向上していく――!
圧倒的なまでの覚醒感と万能感に、魂が歓喜で打ち震えた。
瞬きの後、生まれ変わった俺たちを畏れるかのように、炎陣風が四散した。
下から上へ流れる景色は、自分が落下中であることを思い出させた。でも、やはり不安は全く感じない。
『? 何か普段と違うような……』
メイの意識を発言に変換処理したものが、意識下へと直接入力される。聴覚を用いない意思疎通に違和感を覚えながらも、俺は自身の新たな姿を確かめた。
要所で複雑怪奇な機構が覗き、柔な人肌など一片もない。頭の天辺から爪先まで無機物オンリーだ。流線と鋭角が混在し、全体像は歪。特に四肢を形作るシャフトの先、光を孕む夜色の手甲と脚部鎧は、歪曲パーツが多く悪目立ちしていた。
単純なシルエットなら、機械で鎧った黒騎士と呼んでも差し支えあるまい。
だが、蜘蛛神にも見劣りしない偉躯は、初見の印象を別の単語に決定付ける。
巨大ロボット。
色褪せぬ少年時代の夢ではあるが……。
『似非リアルの極めつけだ』
おや? 今度は俺の感想を言語化したものが入力されたぞ。
んー……こんな感じ?
『メイ……? もしかして、そこにいるのか?』
『いるわよー。これぞ人機一体のシステム兵装――通称ニグレード。《禍異》相手だって臆すことなく闘えるわ』
メイの自信も納得だ。
機械の鎧に包まれた今、蜘蛛の変化如きに負ける気がしない。
『体格差が消えたのは大きいな。しかも不思議と時間の流れが遅く感じる。特に、この変な通信もどきの会話中』
『知覚拡大と思考速度向上の恩恵が四分の一くらい。あとは意思疎通の方法が発声会話とは別物だから。電軍の間で識閾共鳴と呼ばれる、ニグレード同乗者限定の特殊通信ね。魄同魂異のリンクを利用して、以心伝心を擬似的に再現してるの』
『説明の言葉面と体感から察するに、脳内会議モード?』
『身も蓋もない表現ねぇ。慣れると便利なのよ? 本来不確かな意念をリンクシステムが自動調律、擬似的な共鳴現象で伝達してくれるから、こんな長文の応酬でも所要時間が刹那で足りる。……隠し事が難しいのは注意が必要だけど』
『注意……。この状態だと合法セクハラが難しい、とか考えるのもアウトか』
『聞こえてる聞こえてる、聞こえまくってる!!』
今のはさすがに故意だが、油断するとすぐに素が漏れそうだ。
『イツキは物怖じしないって言うか……まったくもぅ! 大人しく見てなさい!』
メイのお叱り直後、姿勢制御用スラスターが作動して体勢が正された。続いてバーニアが火を吹き、落下速度を大幅に減衰させる。
今は沈黙しているが、他にもブースターや高感度レーダーなど、機械特有の利点が無数に内臓されてるみたいだ。
『俺は何もしなくていいってこと?』
『うん。って言うか、できないよ。入力がカットされてるはずだから』
機構も勝手に作動したし、主体はメイの方にあるらしい。
ちょっと残念。
『本当のことを言うと、ニグレードの真価を発揮するには、相方の補助が必要不可欠なんだけどね。でも、だからって素人のイツキに機体制御や、機械式武装の操作なんて任せられるはずないでしょ?』
『そりゃそうだ。ロボットの操作法なんて知らない』
自機は重厚な異音を発して着地する。
う~ん、男の子の血が騒ぐなぁ。
『んっ、ぃたたた。やっぱり変な感じが――って、うわぁ何これ!?』
総身が奏でる駆動音に聞き惚れていたところ、メイから驚愕の意念が響いた。
『信じらんない! 瞬発力と再生力ばっかり突出して……どこのバカよ、こんなピーキーなチューニングしたのは! しかも、機体識別名《MUMEI》だぁ!? このあたしに喧嘩売ってんの!?』
視界隅に、棒グラフが表記されたウインドウが浮かぶ。馬力や耐久力などの自機スペックが、別の機体と比較されているようだ。
……こりゃ酷い。
大半が比較対象より下じゃないか。
『メイ。想定外の事態が起きてるみたいだけど、本当に大丈夫か?』
『だ、大丈夫よ、任せておきなさいって! こんなのハンデにもならないから!!』
大言壮語を重ねるメイ。
しかし、その意念からは確かな動揺が伝わってくる。
機械仕掛けの退魔師というより、騎士を夢見て初陣に挑んだお姫さまみたい。
何とも噛み合わない歪な歯車の俺は、肩を竦めする他になく――カチリ。
両肩から、歯車が噛み合うような駆動音が聞こえた。
『…………』
『普段と違う偏った数値に驚いただけ。支援武装縛りも《カドゥケウス》の訓練で、萌の挑戦を見てるから問題ない。うん大丈夫楽勝余裕あたしならできる!!』
肩の動きに気付かず、依然として強がりを――自己暗示を続けるメイ。
彼女が半泣きで前言を撤回するまで、あと三分……。