3――ラッキースケベも許されがちな窮地
女性から聞くところによると、人類史上初となる異世界干渉が九年前。
当時のカクリヨは数多の勢力が鎬を削る、戦国時代のような惨状だったらしい。
永きに渡って続いてきた妖怪大戦争は、六年前に幕を下ろす。
機神と名乗る一派が、奇特な人間たちの助力で、他の主勢力を併呑したのだ。
機神はカクリヨ統一後、戦時下の恩を理由に人間と相互不可侵条約を結ぶ。
しかし、機神の決定を受け入れなかった輩も少なくない。
のちに便宜上〝妖魔〟と呼んで区分される連中だ。彼らは、人間に対しての憤怒や自己の優位性を背景に、機神の支配から逃れて徒党を組んだ。
その結果として危難に見舞われたのが、カクリヨと隣り合う世界――電脳空間。
高度な情報生命体であるカクリヨ住人の電脳適応率は、並のAIを大きく凌駕する。妖魔の手にかかればワールドネットの完全制圧まで三日とかかるまい。
そうなれば人類の文明社会はお終いだ。
侵攻は未然に防ぐ必要があった。
人間たちは妖魔に先んじて動き出す。
機神の許可を得て、カクリヨの最果てに専守防衛用の戦力を駐留。国境警備軍ならぬ界境警備軍として、陸海空に次ぐ電子戦域担当の〝電軍〟を設立した。
俺が出会った女性は軍人で、ここは妖魔に奪われた人間の防衛施設ってわけだ。
「この施設の主な役割はネットワーク機能の広域維持よ。カクリヨは情報が全ての性質上、常時ジャミング状態で、普通はログアウトや通信が満足に利用できないの」
追加説明のおかげで、自由にログアウトできない謎が解けた。
人類が死守すべき要所を、無傷で妖魔に占拠された経緯などは、またの機会に聞くとして。
「つまり、今は奪還作戦の真っ最中?」
「……ぅん。まぁ、そういう見解も……なきにしもあらず、かし……ら?」
「あからさまに歯切れが悪くなったな、オイ」
俺の追及に、さっと目を逸らす女性――名前を聞くタイミングは完全に逸した。
「いや、一応は奪還で間違いないのよ? 中枢にアクセスして制御下に置くんだから。……たぶん三十分くらいで、また奪い返されちゃうけど」
「何の意味があるんだ、それ?」
「一時的にでもいいから、ネットワーク機能を復活させたいのよ。
実は少し前、防衛線の深部にまで妖魔の侵攻を許しちゃってさ……。現実世界は人知れず大ピンチの真っ最中なの」
「大ピンチって? もしかして今の俺たちくらい?」
「ぅぐっ。……いや……さすがに、あたしたちほどじゃないわね」
そりゃ重畳、と皮肉を返して俺は立ち上がった。
小休止の時間は終わりだ。
もうすぐ〝奴〟がくる。
女性の攻略宣言から三十分、俺たちは至極普通に追い詰められていた。
場所は東京ドーム二桁分くらいの巨大格納庫。
追っ手の数はたったの一体。されど、量より質の一体だ。骸骨武者が束で登場するより性質が悪い。
「でも! 危機的状況下にあるのは同じことなのよ! 過去にない大規模な襲撃の真っ最中で、現状のままじゃジリ貧。最終防衛戦の突破も時間の問題だから、この施設を――」
「続きは後で聞くよ。そろそろ声が気になる距離だ。今のうちに移動しよう」
言い募る女性の背を押して、無作為に並ぶコンテナの陰から陰へ。
その時、俺は不意に熱を伴う奇妙な重圧を感じた。
半ば反射的に発生源へと首を傾ける。
視線の先、上下逆さで天井に張り付く追っ手の無機質な瞳がギョロリと蠢いた。
都合八つの複眼全てに俺と女性の姿が映り込み、ふっと落下。空中で反転し、器用に足から着地する。
鬼ごっこの再開か!
「……ん?」
歯噛みした直後、追っ手が予想外の行動に出た。
ピラミッド状に積み上がったコンテナの山を、せこせことよじ登っていく。
「見つかったみたいね」女性は振り返らず、着地の轟音で事態を推理した。「なら、こそこそするのは止めよ。最短距離で区画の出入り口を目指しましょ!」
「待て、何かイヤな予感が」
物陰から飛び出した女性に、俺が制止の言葉をかける。
それと、ピラミットの天辺が追っ手の体当たりで突き落とされるのは、ほとんど同時のことであった。
大型トラックサイズのコンテナが、ピラミットを転がり落ちていく。
ガゴンガゴンと轟音を響かせるごとに加速して、どんな奇跡か一直線に跳ねてきたぁっ!?
「伏せろ!!」
「ひぅ!?」
咄嗟に女性を押し倒す。
直後、コンテナが頭上数センチを跳び越えていった。
「ちょっ、あんたどこを触って……!?」
「命が助かったんだ、パイタッチくらいの事故は笑って許せ」
「事故を主張するなら指を動かすな!!」
弾力に富みながら、掌が埋まるような柔らかさ。肉感溢れる好ましい感触は、とてもヴァーチャルとは思えないオーバーテクノロジー万歳ひゃっほう!!
などという阿呆な思考を欠片も表に出さず、俺は女性を抱えて起き上がった。
名残惜しさを振り切って身体を離し、一も二もなく走り出す。
三歩と続かず女性が転倒した。
「遊んでる場合か?」
「どの口でそれを!」
足を止めて振り返ると、真っ赤な鼻を押えた女性から涙目の猛抗議が。
その転倒理由は一目瞭然。鳥もちの如く粘着質な白糸が彼女の片足を床に張り付けている。
「と言うか、助けてー!!」
しかも不用意に素手で糸を引き剥がそうと試みた結果、両手までベッタベタ。
地味に世話の焼ける子だなぁ……。
俺は急いで駆け寄り、例の小太刀で糸を切断した。糸の断面図に端を発して波紋が生じ、骸骨武者と同じ過程を経て消滅する。
小太刀に宿る、何らかの特殊機能が働いたらしい。
おかげで、タイムロスも極わずか。
しかし、今はそのわずかが命取り。
立ち上がった女性の背後に、巨大な影が差し込む。
耳障りな擦過音を合唱させて、八目八脚の蜘蛛神が現れた。
突撃槍じみた多脚を持つ、見上げるほどの巨躯。表皮は不吉な暗色をベースに、所々で怖気を誘う紫の斑点が浮かんでいる。
多眼の直下で裂けた口蓋の両端には、俺の腕くらいありそうな太い牙が生え、鉛色の毒液を滴り落としていた。
「ったく。こんなデカブツを相手にするだなんて、聞いてないぞ!」
小心者なら一目で卒倒しそうなゲテモノ、しかもドアップだ。さすがに口の端が引きつったのを自覚する。
それでも、俺は懸命に小太刀を投擲して牽制を試みた。
「あっ、ダメ! その刃はあたしの傍から遠く離れると――」
女性の発言を他所に、小太刀は狙い違わず蜘蛛神に命中した。
そして、自壊するかの如く木っ端微塵に砕け散った……、……えぇ?
破片の消滅を俺が忘我の体で見送る中、女性が申し訳なさそうに言葉を繋いだ。
「……離れると、構成強度を維持できなくなるのよ」
「そういう生死左右しかねない注意事項は先に言っとけ!!」
怒鳴りながらも、俺は女性と肩を並べて決死の逃走劇を再開した。
無駄な投擲を挑発行為と受けとったのか、蜘蛛神はますます猛り狂った。八脚を振り乱しては壁や床を凹ませ、糸を吐いては擬似巣を形成し、やりたい放題だ。
三次元を縦横無尽に利用した襲撃は、どうしても対処が遅れてしまう。
区画からの脱出口は、もう目と鼻の先なのに絶望的に遠く感じられた。
間に合わない――直感を疑わず、俺は女性の胸もとい体を押さえて急停止した。
「どーしてあんたは一々セクハラかますの!?」
クレーム直後、真正面に滝の如く粘糸が降り注いだ。
女性と一緒に反転して口を開く。
「他に言うことは?」
「たすけてくれてありがとーございますぅ!!」
「よろしい」
だが、戦況はちっともよろしくない。振り出しに戻るより悪い。
区画脱出の狙いを蜘蛛神に悟られた。
最寄の出入り口が次々と糸で封鎖されていく。
こうなっては区画脱出を諦めて、別の策を講じた方が賢いか。
俺は馬車馬の如く両足を酷使しながら、無茶と承知で自称専門家を頼ってみた。
「そろそろ、専門家ならではの活躍を見せてくれると嬉しい」
「この状況で期待されてもね……。まず、ネットワーク機能は利用不可能でしょ。一応、通常の施機能は生きてるから、直に触れさえすればコントロールを奪える」
女性の発言を記憶に刻む。
今のは貴重な手札だ。
「でも、ここは廃棄場紛いの倉庫区画。役に立ちそうな機能は見当たらない。八方塞がりよ。こうなったら、手持ちの呪式プログラムで出し抜くか……でなきゃ、あたしの刃で倒すしか……でも――」
並走する女性の瞳から諦観の色は読みとれない。
それなら俺も弱音は無しだ。
独白にシフトしつつある彼女の発言から意識を外して、頭上を仰ぎ見た。
蜘蛛神が天井に張り付いて、飽きもせずに糸を噴き出し続けている。脱出口の封鎖を最優先としたらしい。
その分、俺たちに対する注意は疎かになってそう。
「こっちだ」
民間人の俺には理解し難い、謎の思索を巡らせる女性の手を引っ張って、コンテナの密集地点を目指す。
「ち、ちょっと、あんた! また勝手に!」
「俯瞰視点で捕捉されてちゃ、何をするにも不利だろ。いいから急げ」
蜘蛛神暴走の爪痕が特に深い場所だ。
大小無数のコンテナが乱雑に重なり、無数の小山を形成している。屋根代わりの障害物には事欠かない。
この辺りなら、少しは時間を稼げるはず。
「……何だかこの短時間で、あたしに対しての扱いが雑になった気がする!」
「すまん、俺も見た目ほど余裕はない。一応、細心の注意を払ってるつもりだが」
「二度もセクハラかましたくせに!」
女性が嫌味を吐きながら、コンテナの残骸でできた屑山の隙間に潜り込んだ。
俺も彼女に先導を任せ、四つん這いになって這い進む。
「……出会いの不可抗力を含めると、これで四度目だけどな」
「何か言ったー?」
俺の懺悔を聞きとがめて、ふりふりと扇情的に揺れる尻が疑問を発した。
絶景。
目と鼻の先という近距離のおかげで、薄暗さも苦にならない。ミニスカートの奥にちらちら覗く下着の皺まで確認できる。
このまま、しばらく目の保養をさせてもらおう。
「何でもない。それより今後の方針は? 逃げてばかりもいられないんだろ?」
「うん。いつ新手が到着しても不思議じゃない。それに……さっきの話の続きになるけど、今この瞬間も現実世界は大ピンチなの。最終防衛線を突破されたら、妖魔が電脳空間に進出しちゃう。……甚大な被害が出るわ。先週も一匹抜けただけで大騒ぎになったんだから」
先週――女性の発言で、暴走車が俺の脳裏をよぎった。
もしかして、あの事件の原因は自走システムの違法改造なんかじゃなく……。
「不利な戦況を覆すには、この施設を一時でも奪還する必要があった。ネットワーク機能の復活が、現実世界を護るための〝鍵〟なのよ。……猶予は残り少ない。低位の変化如きに苦戦してる場合じゃないのにっ! あぁ~もぉどうしよう!?」
「俺に聞かれても困る。真っ向勝負は遠慮としか答えられない」
「だよねー。那雲や晶ちゃんじゃあるまいし、ニグレード抜きじゃ厳しいわ」
天井の低い小型コンテナに侵入した女性の口から、意味不明な単語が飛び出す。
俺は彼女の臀部を追って、歪んだ搬入口の隙間を通り抜けながら首を傾げた。
「那雲と晶が人の名前だとして、ニグレードってのは?」
「巨躯の妖魔にも対抗可能なシステム兵装よ。あたし、そのエキスパートなの。相方の萌と合流してシステムの起動条件が揃ったら、真っ向勝負を挑むのに……」
「システム兵装……」
内蔵ライトが明滅を繰り返す、コンテナの中でのこと。
積荷の山を崩して対面の搬入口を目指す女性を、俺はじっと見つめて熟考した。
さっきから尻が強がってるみたいで、とてもシュール――じゃなくて。
「どうしても、その萌って子が一緒じゃないと無理なのか?」
「ニグレードの起動条件?」
「ああ。エキスパートと豪語するくらいだ。システム本体は保持してるはず。考えよう。何か緊急避難的な起動手段は? この際、コード書き換えとかの裏技でもいいぞ。とにかく何とかして条件を誤魔化せないのか?」
「無理よ。そう単純な問題じゃない。必ず相棒が――っ、……ん? ……いや……ちょ、ちょっと待って!」
藁にも縋る気持ちが功を奏した。
俺の問いに端を発し、女性が何か気付いたらしい。
「もし本当に例の新型なら、プリセットで……《カドゥケウス》とかも……――うん。集中して作業する時間と環境と、あんたの協力があれば何とかなるかも!」
「オッケー、それなら話は早い。条件を満たす場所に心当たりがある」
中型コンテナを通り抜け、さらに這って進むこと十数秒。
ついに天井が開けた。
作業用の安全な場所を求めるなら、蜘蛛神の捕捉を逃れた今しかない。
「頑丈、接地、非破損、巨大。この四つの条件を満たすコンテナを探してくれ!」
「サーチくらいなら、今すぐっ、――見つけた!! 二時方向、二百メートル先!」
彼女の報告に従って駆け出した直後、斜め後方で豪快な崩落音が鳴り響いた。蜘蛛神が焦れて天井から落っこちてきたらしい。
コンテナ山の頂で、奴はニタリと口の端を三日月状に歪めた。
物陰に隠れる暇もない即座の発見に、女性が半泣きで愚痴を叫ぶ。
「こ、こんな偶然ある!? 八十四パーの確率で三分は安全が保証されてたはずなのに! いろいろ演算した上で呪式プログラムを展開して、マルチタスク全開で超苦労して逃げたのにぃーっ!!」
「適当に進んでるのかと思ったら、地味に手間暇かかってたんだな……」
ちなみに俺はそんな彼女の苦労を知らず、暢気に尻を眺めて悦に浸ってました。
罰が当たったのかは定かでないが、中々の窮地である。
距離こそ離れていたものの、よりにもよって真正面だ。
蜘蛛神も余裕綽々の態度で動き出す。
「ど、ど、どどどどどどどどどーしよぅ!?」
「例のコンテナだ、急げ!!」
レーザーみたく奔る糸を回避しながら駆け抜ける。
不意に、女性が鋭く息を呑んだ。
「っ、だめ! 蜘蛛の登場で、別の大型コンテナに道を塞がれた。迂回路は」
「いらない」
「え――、ぅひゃ!?」
女性の走路に足を出すと、上手い具合に引っ掛かってくれた。
彼女が完全に転倒する間際、両手を伸ばして抱え上げる。ちょうどお姫様抱っこを〝うつ伏せ〟でやった格好だ。
「って、逆逆逆逆ッ!! これ普通は仰向けでやるもんでしょうが!」
「いや、俺はこっちが新時代のスタンダードになると思う」
主に女性の上半身を支える右腕の触感が、とてもとても良い具合であった。
とはいえ、このままじゃ不都合が生じるのも事実。
お姫様の不興を買う前に、軽く揉みしだいてから引っ繰り返す。
「今どう考えても不必要な動作があったわよねえ!?」
「気のせい気のせい。それより下手に喋ると舌噛むぞ」
お姫さま抱っこを継続しながら、糸を回避ついでに斜め横へと走路を変更した。
進行方向に転がるコンテナや積荷の残骸を小さい順に駆け上る。
頃合いを見計らって、女性の背中と尻を鷲掴みに。重量挙げの如く持ち上げた。
「こ、こんな体勢で黙ってられるわけがあるかぁっ! あんた、まさかあたしをにゃげ!? ぃ……~~っ!」
「だから注意したのに」
呆れながらも、俺は中型コンテナの天板を踏み切って跳躍した。
――道を塞ぐ大型コンテナの残骸に対して、足場の中型コンテナは高さも角度も問題なし。
ただし、距離は問題大あり。
単純な跳躍での障害物突破は不可能だ。
故に不足を埋めるべく、俺は空中で女性を放り投げた。
「っ、きゃぁぁぁぁぁあああああああああああああ―――――――――ッ!?」
狙い通り。女性が下着を惜しげもなく晒して、障害物の上に辿り着く。
一拍遅れて俺も着地した。
足の痺れに顔をしかめつつ、ガッツポーズを決める。
「よし」
「よくなぁぁぁああああああ――――――――い!」頭上から、女性が顔を出して叫ぶ。「障害物越えるにしたって、他に方法あったでしょーが!?」
そこはそれ、好みの問題である。
恨みがましい視線を寄越す女性の手を借り、俺も同じ場所まで這い上がった。
「急ごう。今が一番狙われやすい」
「ごめん、手遅れ」
青ざめた顔で謝罪する女性の背中周りを中心に、粘糸が付着した。糸は今も出処と繋がっており――次の瞬間、女性が衣服ごと背後に引き寄せられた。
「くっ、そ!」
俺は咄嗟に彼女の手首を掴んで移動を食い止めた。
引き戻そうと試みるが、女性と俺の二人がかりでも力不足は否めない。逆に、じりじりとコンテナの端に運ばれていく。
足場が消えたら最後、蜘蛛神の元までひとっ飛びだ。
急いで何とかしないと!
まず、粘糸の切断は不可能。手元に小太刀がない。彼女自身は蜘蛛の引力に抗うので精一杯みたいだし……。
……こうなったら仕方ないよね。
うん、仕方ない。
「先に謝っておくぞ」
女性の手首から片手を離して、一歩前に踏み出す。それから素早く彼女の襟元に指をひっかけて、力尽くで真下に裂いた。
シャツを留めるボタンが上から順に弾け飛んだ。
「今回は本当に緊急処置だ」
「え――っ、っ、ッ!?」
パンツとお揃いの洒落たブラが丸見えに。
唖然とする女性の顔が瞬く間に茹で上がった。
「ぁ……あんたっ、あとで覚えておきなさいよぉっ!!」
大丈夫、意地でも忘れない。
女性は憤懣やる方ない様子であったが、すぐさま俺の意図を察してくれた。
粘糸のへばりついた服の袖から、腕を引き抜く。上着を身代わりに自由をとり戻すと、俺と一緒にコンテナから飛び降りた。
あ、胸が軽く弾んだ。
「ブラのサイズが合ってないんじゃないか?」
「心底余計なお世話だ!!」
半裸女性が小声で何事か呟くと、小太刀同様に上着が出現した。さすがに袖を通す余裕はないと判断したのか、羽織るだけ。
これはこれで扇情的な格好である。
「そ・れ・で! 到着したけど、どうすんの!?」
女性が指差す先に目当ての物体が。
新幹線数車両分はありそうな、超巨大コンテナだ。側面中央部の搬入口近くには、認証装置らしき機構が備わっていた。
「当然中に入るのさ。搬入口の扉は電子ロックだろ。解除は?」
「楽勝!」
到着後、女性の掌が認証装置に触れるや否や、扉が開く。
専用のパスを用いるのと変わらない早さだ。
この子って言動に反して優秀……いや、ここまでくると〝異常〟か。
疑念が芽生えるのを感じながら、コンテナの中に転がり込む。
すぐに扉が自動で閉鎖、錠がかけられた。
直後、鈍い衝撃音が扉の外から伝わり、思わずたじろぐ。だが、女性の制御下にある扉は堅く閉ざされたまま。破られるような予兆もない。
「ふぅ……」
「って、一息吐いている場合!? このままだと袋のネズミじゃない!」
光の差し込まないコンテナ内部で、女性が詰め寄ってくるのを感じた。
「急いで通り抜けなきゃ! 今、壁越しに攻撃されたりしたらっ」
「心配せずとも。観察した限り、蜘蛛に分厚いコンテナを破る膂力はないよ」
実のところ、女性の懸念は杞憂とは言い難い。蜘蛛には特殊な攻撃方法がある。
でも、わざわざ不安を煽る必要もあるまい。
ここは嘘も方便ってことで、一つ。
俺は安全を行動でも示すべく、その場で腰を落とした。
天井のライトに光が灯り、コンテナが微振動した。何かが衝突したらしい。
その後も音と衝撃が連続する。
ただし、壁面が少し凹むくらいで貫通には至らない。
「……確かに、大丈夫そうね。うん、急いでニグレードの準備に移るわ」
俺の対面に座り、女性が両の指先で虚空を叩く。
不規則ながら、ピアノを奏でるように滑らかなタッチ。仮想のキーボードを操作しているのか。
邪魔しちゃ悪い。
陣羽織の胸元が開放されて可愛い下着が丸見えなのは、いろんな意味で教えない方が良いだろう。
「システムニグレード・リンク№1/MOE SIRANAMI……記録終了」
軽やかに踊る十指とは別に、澄んだ美声でもコマンドが進む。
「リンク新規作成――システムニグレード・呪式プログラム/紅/蒼/黒/白・システムエンチャント・セーフリミッター……チャンネルC全工程一時待機」
女性は操作の手を休めずに、そこで音声認証を一区切り。
唐突に問いを発した。
「ねぇ、もしかして気付いてる? あたしが人間じゃないってこと」