2――障害物競走
もう手を引かれるまでもない。
女性と肩を並べて、迷路じみた施設の廊下を疾走する。
「二、三確認させてくれ。もしかして、この状況って笑いどころ?」
「最初に聞くことがそれ!? 緊迫のドシリアスシーンに決まってんでしょ!」
さっきまで、ダンボール被ってたくせに……。
「なら次の確認。後ろの存在を含めて、一連の出来事はフィクションか何か?」
「NO! ただし、ヴァーチャル的な意味では一部限定でYES!」
女性の返答は意味深だ。
先の『ログアウト』発言も重なり、イヤな予感が増す。
この予感が容を成すより早く、進行方向の床に幾何学模様が浮かび上がった。魔法陣みたいな謎の文様は何度か明滅を繰り返すと、床ごと跡形もなく消え去った。
落とし穴。
クソ。急停止可能なタイミングじゃない。いっそ一か八か――ッ!
「跳ぶぞ!」「跳んで!」
女性と合図を重ねて、走り幅跳びの要領で大跳躍。
空を泳ぐように落とし穴を跳び越えた。
着地の衝撃冷めやらぬ中、疾走を再開する。
「足引っ張られても困るけど、一介の学生名乗るにしては順応力高すぎない!?」
「外面とり繕ってるだけだよ。実態は多趣味で鍛えた身体能力任せの、その場凌ぎ。とてもじゃないが順応してるとは言い難い。
……そんなことより、お互い今は障害物競走に集中した方が良さそうだぞ」
お次は隔壁か。
上から下から左右から、分厚い壁が重苦しい音を立てて動き出す。
行く手を阻まんとする無数の障害を見て、女性が躊躇うように速度を緩めた。全ての隔壁を突破可能か、判断に窮したらしい。
進むか、退くか――。
「こういう場面で迷うべきじゃないだろ」
ほぇ? と惚ける女性の手を掴んで、俺は隔壁だらけの通路に踏み込んだ。
「あんたっ、なんて勝手なことを!!」
「文句は失敗してから聞く」
女性のブーイングを聞き流す。
オーソドックスな隔壁を連続で二枚難なく突破した。
三枚目は少々特殊で、左端と天井から二重に閉じていくタイプだ。右下隅の余白に、女性と仲良く頭から飛び込む。
前回り受身の余勢で立ち上がって、即座に次の隔壁へ。
四枚目、上昇型の隔壁を腕の力で乗り越える。
その先に最後の難関が待っていた。
今まで以上に物々しく分厚い隔壁が左右から、すでに四分の三近く閉じている。
二人肩を並べて走破するのは、不可能。前後に並んだ場合ですら、後ろは圧死の危惧を拭えない微妙なタイミングだ。
「先に行って!」
危険な後方を俺が担当する――その判断は少し遅く、女性に前へ押し出された。
口惜しいが、立ち位置を交代する猶予はない。
俺は最速での隔壁通過に挑んだ。
肩を擦ったものの、セーフ。
開けた視界が隔壁の品切れを教えてくれた。後顧の憂いを捨てて振り返る。刻一刻と狭まっていく隔壁と隔壁の隙間に、女性の姿が。
……距離がある。
彼女の隔壁突破は、独力だと半歩足りそうにない。
「手を!!」
こちらの指示を聞き入れ、女性が腕を伸ばして懸命に跳ぶ。
その小さな掌を、俺は自分のそれと重ねて、全身全霊を振り絞った。倒れ込むような形で、女性の矮躯を引き寄せる。
次の瞬間、無情にも隔壁は異物を潰して閉じてしまった。
「……だから言ったんだ。迷うべきじゃないって」
俺は精神的な疲労に声と足を震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ほら、こっちの方が格好良い」
「結果論でしょ」
応対は嘆息混じり。女性が隔壁に裾を噛まれた上着を脱いで、口を尖らせる。
「失敗した場合、格好悪いじゃ済まなかったのに……変な奴」
彼女がそう言い切ったところで、奥の床に幾何学模様が奔った。
思わず二度目の落とし穴を警戒したが、俺の予想に反して崩落はない。逆に、幾何学模様の中心から紫電を孕む黒煙が噴き出た。
不気味すぎる見た目に、物騒な考えが浮かぶ。
「毒ガスとかじゃないよな?」
「システムエフェクトみたいなもので、すぐ消えるわ。本命は、この後よ」
女性の言うとおり、煙は不自然な速度で薄れていった。
そして――真新しい太刀を手に、かび臭い和風の鎧を着込んで、そいつは忽然と姿を現した。
胴体に頭部と四肢を繋ぐシルエットは、それだけなら人間と見紛うばかり。羽や角などの付属品を持たず、だが足らないモノが多すぎた。
口腔に舌は見当たらず、眼孔にはぽっかりと大穴が開いている。
皮膚が筋肉が血管が神経が臓器が、無い。
骸骨武者とでも呼ぶべき〝バケモノ〟が、顎の骨を揺らしてケタケタと笑いながら、堂に入った所作で太刀を構える。
「…………」
「転移陣。いくら元重要拠点だからってトラップ多すぎるでしょ!」
愕然とする俺を他所に、女性が焦燥感漂う様子で舌打ちした。
「後ろは隔壁が閉じちゃってるし、やるしかないかぁ。――呪式プログラム・アジャスト/アーキタイプ……マテリアライズ!」
早口で囁く女性。その手中に、白木ごしらえの小太刀が二振り、まるで魔法か何かのように顕現した。
女性は骸骨武者を見据えると、なぜか二刀を俺目掛けて放り投げた。
「ちょ、っ!?」
「パス。十秒でいい。あたしが出入り口を塞ぐまで、あれの足止めをお願い!」
条件反射で二刀をキャッチした俺を置き去りに、女性が駆け出す。
唸りを上げて迫る太刀に臆すことなく、疾走の勢いを利用して飛び込み前転。紙一重で斬閃を躱した。
そのまま骸骨武者の足元を転がり抜けて、床に奔る幾何学模様に手を触れた。
骸骨武者が肩越しに振り返る。
だが、女性は無防備に背中を晒して、ぴくりとも動かない。
なぜか?
そんなの決まってる。
俺に足止めを頼んだからだ。
「思い切りが良すぎるのも考えもんだなっ!」
愚痴を吐き捨てながら、俺はヤケクソ気味に踏み出した。
……正直なところ、理解し難い超常現象の連続に内心ノックダウン寸前。混乱と動揺は、かなり前の時点でピークに達している。
思考が普段の半分も働かず、今にも理性を手放してしまいそう。
もちろん、足止めの具体策なんて何一つ定まっちゃいない。
無謀と断じて然るべき前進だ。
しかし、無駄ではなかった。
骸骨武者が前後の敵を見比べて、次手を躊躇う。
頼むから、そのまま逡巡を続けてくれ――歩速を緩めて切に祈った。
だが、これは全くの無駄に終わる。
骸骨武者は女性が動かないと判断してか、俺の方に向き直った。
「……、っ」
異形と正面きって相対した途端、全身が強張った。足も完全に止まってしまう。
いくら常識が『作り物』と訴えても、理性や本能とは別の〝何か〟がそれを否定するのだ。白骨が不思議と生々しく思えて、吐きそうなくらい気色悪い。
激しい恐怖が俺の精神と肉体に支配の手を伸ばす。
もはや我慢云々の次元じゃなかった。
必死で維持していた外面に、大きな罅が入る。感情が意思の手綱を引き千切り、分相応の醜態を――
――不意に、走馬灯さながら記憶が蘇った。
一週間前、産まれて初めて死の淵を覗き込んだ日のこと。
鳥のように宙を舞う人がいた。
打ち上げられた魚みたく、地面を跳ねる人がいた。
獣の如き暴徒と化した人がいた。
生物であることを止めた人もいた。
そして、尻餅をつく幼子がいた。
気付くと、俺はその幼子に駆け寄っていた。
邪魔な携帯電話を手放して、子供の矮躯を両手で抱え上げる。そこに、悪意を秘めて加速する暴走車が……ッ!
幸い、衝突前に暴走車の進路が逸れて、子供ともども無傷で生き延びた。しかし、当時の俺が数秒後に起きる奇跡を予見できたはずがない。
今と同じく、ただただ不条理な現実から目を逸らして自暴自棄に――。
【■■■■同調率九十五%・数値変動確認――……REALLY?】
……、……いや……待て、違う。
違うぞ!
それは違う!!
フラッシュバックした記憶を糧に、まずは精神が恐怖の呪縛を打ち砕く。
「――……ッ!」
続いて肉体が。歯を食い縛り、真っ直ぐ前を見据えた。歩み寄る骸骨武者の異様は先刻までと何一つ変わらない。
再燃する恐怖。
だが――今度は屈しない!
骸骨武者が何一つ変わらなくても、俺自身は何かが変わっていた。
骸骨武者の懐く殺意が、刻一刻と迫る死神の気配が、不思議と色濃く感じる。
未知に対する曖昧な恐怖など、死を厭う暴力的な衝動の前では餌も同然。疑問や常識は忘れて覚悟を決める。
このまま立ち尽くすのはリアリストとして論外だ。
でも、尻尾巻いて逃げ出すのも理想嗜好として許せない。
自分の代わりに女性が死ぬ未来など、許容できるものか!
足掻くべきだ。
一週間前、轢死の可能性を認めた上で諦めなかったように――ッ!!
「正体はともかく、お前は危険だ。――ぶっ壊す!!」
俺は全身全霊で格好を付けて、骸骨武者の間合いに滑り込んだ。
こちらの豹変に不意を突かれたのか、迎撃は単調かつ遅い。狙いも見え見えだ。
袈裟に振り下ろされた太刀を、俺は冷静に右の小太刀で防ぐ。
耳障りな衝突音が響き渡り、火花が散った。
二つの凶器が拮抗する。
が、俺は止まらない。
「チェックメイト」
接近の勢いものせて、今度は左の小太刀で打ち込む。
何かに導かれたかの如く自然で鋭い一撃が、骸骨武者の頭蓋骨を粉砕した。
「クラック完了・リンク封鎖!」
背後の決着を知らない女性が威勢よく跳ね起きる。
同時に、頭部を失った骸骨武者が、ガラガラと音を立てて自壊。ポリゴンの屑となって消滅した。
「待たせたわね! ――って、あれ? 終わってる……?」
「あ、ごめん。足止め頼まれてたのに倒しちゃった。何かマズかったかな?」
「……ううん。あたしが斬り捨てる気でいただけで、何一つマズくない。マズくはないよ、マズくはないけど……でも、あんたどの面下げて民間人名乗ってんの!?」
女性が茫然自失の状態から急変して喚く。
その剣幕に、俺は思わずたじろいだ。
「そんな意味不明な責め方をされても困る。骸骨武者を倒したのは事実だが、勝因は技巧を凝らす余地がない不意打ち気味の力押しだ。実力なんかじゃない」
実際、俺はスポーツこそ手広く嗜んでいるが、格闘技の類は全くの未経験。刃物の扱いなど、包丁すら覚束ない。
異形と向かい合うだけで膝を折る寸前だった。
「俺は多趣味多芸が自慢の高校一年生。それ以上でも以下でもない、はず」
「絶ッ対、嘘! あんた、言動が変に大人びてるって言うか、ぶっちゃけ何から何まで胡散臭いもん!」
「……悪かったな、胡散臭くて」
それが〝平坂樹の限界〟だ。
「こっちからしたら、落ち武者の幽霊に襲われて平静保ってるキミも大概だぞ」
「自称迷子の民間人と比べたら、あんなの可愛いものじゃない」
「俺は悪霊以上の招かれざる客かよ……」
皮肉にしたって無茶苦茶すぎ――などと、言い返してやりたいのは山々だった。
しかし、俺は石を呑む気分で、文句の続きを喉奥に押し留めた。
女性の言動は終始一貫しており、よって立つ知識があるとしか思えない。
頭ごなしの否定は止めよう。募る苛立ちを抑えて柔軟に対応するべきだ。
きっと、そっちの方が格好良い。
「……そうだ。改めて思い返してみると、他にも不可解な発言は結構あったな。ログアウトやら、ヴァーチャル的な意味合いでのフィクションやら」
女性との会話で得た数少ないヒントから、自分なりに現状を推理してみる。
「まさか……この世界全てがフェイクってこと? 例えば、情報媒体に対する意識接続と仮想現実の両技術を併用した、最新式VRゲームの中……とか?」
最新式VRゲームと、専用インターフェイスのテストプレイに巻き込まれた?
半信半疑で下した俺の結論は――やはりと言うべきか、女性の肯定を得られず。
「とぼけてるんだとしたら、下手な演技ね」彼女は皮肉を叩いて俺を睨んだ。「本当に民間人を自称する気なら、この施設に訪れた経緯を説明してみなさいよ」
「誤配達の携帯電話を弄ってた」
気絶や記憶喪失以外で経緯を説明するとしたら、これしかない。
「こっちで目を覚ます前の記憶は、そこで唐突に途切れている。新型のインターフェイスにしたって妙な代物でさ。携帯電話に首輪が」
「首輪付きの携帯電話!?」
説明途中、女性が慄然と息を呑んだ。
それから神妙な面持ちで押し黙り、何事か思案を始める。
こうなると、俺も空気を読んで黙るしかない。
殺人事件の容疑者にでもなったような気分で、沙汰を待つ。
しばらくして、ついに判決が下った。
「ありえない……とは断言できないわ。その携帯電話らしき品が、紛失した新型端末の予備なら――うん、辻褄も合う。でも、そうだとしたら天文学的な不運ね」
「何だその不吉極まりない感想!?」
「すぐに嫌ってくらい理解できるわよ。まずは臨時ブリーフィングといきましょ」
思わせぶりな台詞を吐いて、女性が再び走り出す。
俺も慌てて並走した。
「さっき言ってたVRゲームの中って推理、悪くなかったわよ。あたしの好み。事実、ここは現実世界と一線を画している。電子情報で構築された新世界って見方も、あながち間違いじゃないわ」
女性が足を休めず指を鳴らす。
俺の握る二刀が陽炎のように消え去った。
「けど、あんたは根本的な部分を勘違いしてる」
眉間に皺を寄せて空の両手を開閉させる俺に、女性が驚天動地の真実を告げた。
「ここは人類の英知の結晶じゃない」
「いやいや、人類でなきゃ誰が創ったんだよ。宇宙人? それとも神さまか?」
「知らない。少なくとも、科学技術の発達以前から存在していたのは事実よ」
皮肉に真顔が返ってきて、俺は発作的に頭をかきむしった。
普段なら一笑に付す与太話だ。でも、オーバーテクノロジーを目の当たりとした今、否定の言葉は出が悪い。
「非物質が神羅万象を紡ぐ文字通りの異世界で、呼称は〝カクリヨ〟。民間人には内緒で、十年くらい前から本格的な研究が行われているわ。でも、根源部分の解析は全く進んでない。もしかすると、永遠に解析不能のままかもね」
「…………非物質って、ようはデータのことだろ? ここが電脳空間に類似した世界なら、解析程度で手間取るとは思えない。現にキミは適応したプログラムを扱って見せたじゃないか」
「あたしはイレギュラーだから……。それだって、普通の人間やAIと比べたら少し互換性に優れてる程度の話よ。できることは限られているわ」
AI――いわゆる人工知能は、科学分野の期待の星だ。
一部カルトが廃絶を訴えてはいるものの、AI受け入れの土台作りは世界各地で着々と進んでいる。特に、宗教色が薄く治安も良好な日本は、試運転の場として理想的。多くのAIが機械人形を操縦して働いていた。
「人類が熟知し、武器として扱えるのは主に電子情報。でも電子情報なんて、カクリヨの一要素にすぎない。例えば〝ああいうの〟は対象外よ」
女性が顎で廊下の奥を示す。
そこには、焔を撒き散らす木製の巨大車輪が転がっていた。
「日本で『妖怪』とか畏怖されてた輩のなれの果て。人間相手の生存競争に敗北して現実世界から隔離され、今じゃ立派な情報生命体ね」
「よりにもよって妖怪ときたか。いきなり非科学的に、っ!?」
突然、女性に真横へ突き飛ばされた。
離れた二人の間を、車輪が猛烈な勢いで駆け抜けていく。
すれ違い際、俺は車輪の中央で憤怒に歪む鬼面をバッチリ直視してしまった。
――科学? 何それ、お前より美味しいの?――
そんな声が聞こえた気がして、俺は一先ず妖怪の実在に疑念を懐くのを止めた。
床を焦がして急停止する車輪から視線を外さず、女性の説明に耳を傾ける。
「こいつらは十数年前からネットを介して現実世界に干渉を始めた。でも、人類だって厄災の種を見過ごすほど甘くない。本格侵攻の憂き目に遭うより早く、物質の枷に囚われた状態でのカクリヨ干渉技術を編み出したわ。
その技術こそが〝呪式電脳戦〟よ」
「つまり――俺の現状?」
「正解。あんたは今、呪式電脳戦用の新型端末――首輪と携帯電話で、カクリヨに魂を接続し、VRゲームを体験するのと同じ調子で特殊な仮想体を操ってるの」
「正直なとこ理解し難いが、今は一先ず納得しておくよ。……悩む暇も惜しい!!」
車輪の帰還だ。
バカの一つ覚えの突撃と思いきや、途中で九十度向きを変更。廊下を擦りつつ慣性の法則を利用して側面部で迫る。
すり抜けられそうな隙間がない!
俺は咄嗟に後方へ跳び退くことで、鬼面の不揃いな牙を躱した。
だが、舞い踊る焔までは対処できない。
肌を炙られてしまう。ヒリつく痛みに顔をしかめた。
ヴァーチャルとは思えない鮮烈な感覚。
これで重症を負ったらどうなるんだ?
「過度な刺激をカットする安全装置とかは」
「皆無よ」
女性は俺同様に牙を回避し、カウンター気味に鬼の鼻面へ前蹴りを叩き込んだ。
元から強度不足だったのか。あるいは彼女が何かしたのか、車輪の鬼は呆気なく砕け散った。
木片の消滅過程に目もくれず、女性が教鞭を振るうが如くに俺を指差す。
「さっき『魂を接続』って言ったでしょ? VRゲームの仮想体と呪式電脳戦の仮想体は似て非なるものなの。五感のナノ単位同調どころか、些細な傷も生身にフィードバックされるわ」
例え理屈が謎だらけでも、俺の心胆を冷やしめるには十分な情報だった。
女性が説明を一区切りして、呪文のようなコマンドを紡ぐ。
先刻の小太刀が鞘とベルトのおまけ付きで、彼女の手中に顕現した。
「消えた新型端末が、あんたの手に渡った理由は分からない。でも一度アクセスに成功しちゃった以上、泣き言を喚くばかりじゃ、ログアウト条件を満たす前に死ぬわ。それが嫌なら現実を認めた上で足掻きなさい。自ら道を切り拓いて進む意思があるのなら、あたしが力を貸してあげる」
真剣な眼差しの女性から、小太刀という名の〝足掻く力〟が差し出された。
それを、俺は盛大なため息を吐いて受けとった。
「ふぅん。騒ぎ立てて拒絶するかと思ったのに、意外と素直ね」
「無抵抗で痛い目にあうのは御免だよ」
女性の説明を鵜呑みにするかは別問題だ。
痛覚が生じる以上は、危難に抗わない理由がない。
「泣き言を喚くのも趣味じゃないしね。こう見えて、体面を気にする性質なんだ」
「難儀な性質だこと。でも、それが日頃の行いに繋がったのなら、バカにできたものじゃないか。あんたの不運は天文学的なレベルだけど、悪運だって負けてないわ。事故同然の経緯でカクリヨにアクセスしながら、無傷であたしと遭遇するだなんて、ちょっとした奇跡よ?」
「作為を感じなくも――いや、キミのおかげで命拾いしたのは事実だな。ありがとう。このまま一緒にいさせてもらえると、本当に心強いんだが……」
俺の下手なおべっかも無駄ではなく、女性が気を良くした様子で微笑んだ。
「見捨てたりしないわよ。あたしにも任務があるから、あんたを最優先に考えて動くことはできない。でも、三から五番目くらいの間には置いてあげる。あたしに協力してくれれば、小一時間足らずで現実世界に帰れるわ」
「分かった。全面的な協力を約束する。それで、具体的に何をしたらいい?」
「ん~……臨機応変にいろいろ?」
……アバウトだ。
早速イヤな予感を懐いた俺を他所に、女性が意気揚々と告げた。
「さぁ、一緒にこの施設を攻略しましょ!!」