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1――首輪と平坂樹とダンボール女

 よく晴れた休日の昼下がり。

 駅近くのコンビニ前で、現代ならではの事件が発生した。


 自走システム搭載車の違法改造による暴走。

 道交法を無視して走る自動車など兵器と大差ない。

 周辺は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、多くの尊い命が無残に散った。


 たまたま現場に居合わせた俺は、そこで愛用の携帯電話を失ってしまう。

 ショックではあったが、無傷で生き延びた奇跡の代償と思えば安いもの。俺はすぐに気持ちを切り替え、ネット経由で新しい携帯電話を購入した。






 一週間後、指定外の商品が首輪同梱で届いた。






 手続き完了の確認メールには、何の瑕疵もない。

 となると、携帯電話会社側の手配ミスか。英数字の焼印が目立つ木箱を、配達員から受けとった時点で、嫌な予感はしていたが。


「こんなことなら、店に出向く手間を惜しむんじゃなかった……」


 俺は愚痴を吐きながら、自室のベッドに座り込んだ。


 木箱の中身を改めて検分する。


 鈍色に輝く携帯電話本体は、大昔に廃れたはずの二つ折りタイプ。握りやすい反面、分厚く重い。縁は材質不明の合金でガチガチ。

 頑丈さを追求したような、洗練に遠いデザインだ。

 他は仕様書などの代わりに、合金製の首輪が一つ。

 ストラップじゃあるまいし――。


「……いや」


 待て。

 よく見ると変だぞ。

 これ、本当にただの首輪なのか?


 携帯電話との連結道具は、鎖や紐の類とは一線を画す頑丈なケーブル。首輪本体も、留め金や接続部分などに機械式ギミックが散見される。

 無意味なイミテーションだとは思えない。

 拘束具にしたって、手が込みすぎだ。


 ……もしかして新型のインターフェイスだったりするのかな?


 俺は人並み外れた趣味人だ。有名どころのスポーツ網羅は当然のこと、最近じゃサブカルチャーにまで食指を伸ばし始めた。

 趣味に興じる時間確保のため、世俗へのアンテナ感度を犠牲とした節がある。

 もし、この首輪が最先端技術の結晶だとしたら、知らなくても不思議じゃない。


 試す価値はあるかも――そんな軽い好奇心で、俺は携帯電話の電源を入れた。


 画面表示に従い、首輪を装着する。手元で電子音が鳴り響いた。首輪から携帯電話に情報が送信されているらしい。

 意味不明な英数字と記号の羅列が、凄まじい速度で画面を埋め尽くしていく。

 最終的には、ふっとブラックアウト。

 一転して緩やかにメッセージが刻まれた。


【IAIコネクションの緊急要請を確認・許可しますか? YES/NO】


 意味不明。

 深く考えるのも面倒で、適当に【YES】を選択した。


「ん?」


 身体の中からザァッと不気味なノイズが奔り、俺の意識は断線した。











 夢を見た。

 小学校の高学年に上がった頃の夢を。




【FAKE ISOLATE……縛√虜M※E〇≒×♂θ+♯……FUMBLE】




 俺より一つ二つ年上らしき少女に、大学生くらいの優男が難癖をつけていた。


 元々人気が乏しい路地裏の、逢魔ヶ刻の出来事だ。

 目撃者は俺しかいない。

 優男は誰憚ることなく、居丈高な態度で一方的にまくしたてる。


 その姿を見て、その声を聞いて、その雰囲気を感じて――当時の俺は激昂した。


 子供特有の青臭い正義感に目覚めたわけではない。

 もっと単純で愚かしい話。

 自分の嗜好から逸脱した言動を見聞きして、気分を害したのだ。




【ERROR――■■■■検出・セーフモード強制起動……RE START】




 苛立ちの赴くまま、俺は二人の間に割って入って優男を止めようとした。

 当然、この蛮勇は優男の嘲笑を買う。


『格好付けてんじゃねーよ、ガキ』


 それが悔しくて悲しくて腹立たしくて、俺は苦し紛れにうそぶいた。


『格好付けなきゃ、格好良くなれないだろ!』


 いつ思い返しても笑ってしまう。

 薄っぺらい自虐だ。


 結局その後、女の子は自力で優男を追い払い、俺の前から消えた。


『ありがとう。……格好良かったですよ』


 感謝と賛辞と、微笑みを置き土産に――。




【FAKE ISOLATE……セーフモード起動中……COMPLETE】




 五年近い歳月を経て記憶は色褪せ、今では女の子の面影すら思い出せない。

 でも、最後の微笑みが見惚れるくらい綺麗だった事実は、きっと生涯忘れない。




 これが〝格好の良し悪し〟という主観的で曖昧な呪縛に囚われた、理想嗜好のリアリスト――平坂樹のルーツ。











 目を覚ます。

 と同時に、俺は我慢を強いられた。


「う、ぁ……!」


 酩酊感が意識を蝕む。せり上がる吐き気に、口元を押えた。悲鳴じみた耳鳴りが三半規管を狂わせる。視界の裏で、不可解なコードが浮かんでは消えていく。


【ERROR――■■■■削除失敗・同調率三十七%】


 視聴覚を超越して、謎のアラートが脳裏に叩き込まれた。


 ■■■■? な、何だ……? 何が起きている? どういう意味が、っ!


「ぐっ!!」


 突如、痛覚を直に刺激されたかのような激痛が。

 神経がスパークし、脳細胞が吹き飛び、魂に疵が生じる。

 痛い……痛い、痛い痛い痛いッ!! 


【同調率五十一%――呪式プログラム干渉確認・上位コマンド/NEIEN】

「ぎ、ぃず……! ぐっ、ぅあ――ッ!!」


 吐き気や耳鳴りも止まらず、度合いが増す一方。

 塗炭の苦しみという表現すら生温い。


 気分はクラッシュ寸前のポンコツPCだ。

 チカチカガリガリと、身体の裏で何かが明滅し何かが刻まれる。頭の天辺から指の一本一本に至るまで、未知の存在に蹂躙されていく。


「が、ひぃ、いッ! げぁ……ぅ、っ、は、ぁぁぁあ…………あ、っ」


 全身を掻き毟りながらのた打ち回る。

 すでに苦痛以外の感覚は定かじゃない。

 精神はボロボロ。

 発狂の半歩手前で、俺は必死に自我を守り続けた。


「あ、ぁ、ぁあ、ぁああああああアアアアアアアアア――――――――――ッ!!」

【同調率九十九%――セキュリティー緊急停止/負荷限界値突破・異常脳波検出】

「――――――ァ、……ぁ、あ? あれ?」


 がばっ、と上体を起こして瞬きを繰り返す。


 ……痛くない、苦しくない、辛くない。


 あれだけ多彩で重篤な変調が、嘘のように綺麗さっぱり消えてなくなっている。


「えー……と……」


 拳の開閉を繰り返してみたが、やはり何の痛痒も感じられない。


 ……どうやら俺は〝また〟生き延びたようだ。


 与り知らない理由で命を拾ったのは、これで二度目。

 特に今回は先週の件と違って、命の危機に瀕した理由すら分からず終いだ。据わりの悪さは、筆舌にし難いものがあった。

 でも、今はそれどころじゃなかった。


「ここは、どこだ……?」


 周辺は薄暗く、見渡しても判然としない。

 確かなのは、自室以外の屋内ってことぐらいだ。


 頭の中で警鐘が鳴り響く。

 整息もそこそこに、俺は竦む足を叱咤して立ち上がった。


 一歩踏み出すや否やピッと電子音が。正面の壁がスライドして白光が差し込む。


 部屋の外で俺を待っていたのは、無機質なリノリウムの床と壁。天井付属の照明が柔らかな光を放つ、研究所めいた印象の近代的な施設だ。

 ちなみに全く見覚えがない。


「…………」

 しばし途方に暮れた。


 経緯を整理しようにも、苦痛にのた打ち回る前の記憶が曖昧だ。自室で携帯電話を弄っていた場面で、途切れている。

 それ以上、思い出せる気がしない。


 記憶喪失?

 あるいは不意打ちで気絶し、その後に拉致監禁でもされたのか?


 後者なら、親切な誘拐犯もいたものだ。

 安全靴並に頑丈なブーツを履かせて、ベルトとポケットの多い奇抜なジャケットまで新調してくれるだなんて――って。


「そんなバカな」


 明るい場所で自分の身形を確認し、思わず頭を抱えてしまう。


 上着のポケットを漁っても糸屑一つ発見できない。

 舌打ちして、今度は首に指を伸ばす。最後の記憶と繋がってるなら、携帯電話と連結した首輪を装着中のはず。


「……何だこれ?」


 指先から硬質な感触が伝わってきたものの、首輪とは思えない細さだった。

 鎖――正確にはネックレスか。

 肩口に流れていたのを手繰ると、鎖を伝って白金の指輪が現れた。

 宝石類の代わりなのか、奇妙な文様が刻まれている。好みのデザインだ。

 しかし、今の俺に必要なものは携帯電話で装飾品じゃない。


 指輪に触れることなく、鎖から手を放す。


 ……参った。

 悶絶中、システムメッセージ臭い謎のコマンド群に触れた記憶があったので、割と期待してたのに。

 あれは、極限状態での幻聴か何かだったのか?


 答えは出ない。

 数秒の沈思黙考の末、俺は真相解明を諦めることにした。


 下手な考え休むに似たり。

 座して待つことで事態が好転するとも思えない。

 疑問は山積みだが、今は頭より身体を動かすとしよう。


 ため息一つで気持ちを切り替えて、室外に踏み出す。


 通路は左右に伸びていた。

 どちらも人気はないが、右奥の曲がり角からは音が聞こえた。ズリズリと肉塊を引きずるような、不気味な音が。


 ……すぐそこに、得体の知れない〝何か〟がいる。


 受験勉強の息抜きに見たホラー映画が、記憶の奥から掘り起こされた。

 序盤の山場に、現状とよく似た展開があった。

 名もなき端役の一発退場イベントだ。


 不吉な連想を拭えないまま、誘蛾灯に魅せられた蟲の如く音源に忍び寄る。理性はもっと慎重な行動を命じていたのに、不思議と足が止まらない。


 右に進んだ先で、俺は――――ズリズリと床を這う〝ダンボール〟を目撃した。


 とりあえず後ろから蹴飛ばしておいた。


「ひにゃぁっ!?」


 猫のような可愛い女子の悲鳴も何のその。どこのバカだよ脅かしやがって――と内心で毒づきながら、底の抜けたダンボールを苛立ち任せに引っぺがす。

 ふわっ、と奇跡的な柔らかさで中の人のスカートがめくれ上がった。


「……、……怪我はないか?」

「ふぇ? あ、あぁうん。大丈夫。驚いただけ」


 そそくさと真横に移動して紳士的に気遣うと、ダンボールの中身――スカートがめくれたままの女性が、目を白黒させながら顔を上げた。態度の端々から、多大な困惑が推し量られる。でも、俺から進んで助け舟を出すことはない。


 ……この位置からでも、よく見える。


 細かな刺繍が愛らしい純白の下着越しに知れる、芸術的な丸みと若さあふれる瑞々しい張り。何時間眺めていても飽きる気がしない、素晴らしい美尻だ。


「いや、でも……待って。……ねえ。あたし今、あんたに蹴られなかった?」

「すまない、躓いた」

「なんだ、そういうことか。……偶然。うん、当然よね」


 しれっと嘘を吐くと、女性は疑いもせずに立ち上がった。

 スカートが鉄壁の要塞に戻ってしまう。しかしそれを惜しむ気持ちは、彼女の顔を正面から見ることで吹き飛んだ。


 スカイブルーの瞳が印象的な、常人離れした美貌だ。

 歳は俺と同じくらい。可愛いと綺麗の似て非なる賛辞が、両方とも相応しく思える。首から下も申し分なし。紅白の陣羽織が映える、女性らしいスタイルだ。シックな髪飾りの揺れる横髪が、男の目を惹く豊かな胸部を毛先でくすぐっていた。


「ところであんた、どう見ても単独よね。何できたの?」


 女性の容姿に見惚れて、機先を制されてしまう。

 真顔で首を傾げる彼女に、俺は「それをこっちに聞かれても……」と、不明瞭な態度でお茶を濁すしかできない。


 どう説明すりゃ、今の自分の境遇が正しく伝わるんだよ……。


 俺が苦慮していると、再び女性が口を開いた。 


「何も知らされてない……? いくら人手不足だからって、那雲らしからぬ援軍だこと。もしかして、また他所さまの嫌がらせ? ……まぁ、きちゃった以上は仕方ないか。最低でもログアウトを可能とするまでは、しっかり働いてもらうからね」


 ログアウトといったら、接続切断を意味するPC用語だ。

 何かの暗喩かな?


「あんたは敵勢力を撹乱しつつ、白波萌少尉と合流して。あたしのことなら心配無用よ。呪式プログラムの迷彩装備があるから。単騎の方が都合がいいくらいなの」

「ま、待った。自己完結したところ申し訳ないが、まずは俺の話を聞いてくれ」


 状況が把握できないまま、成り行きで妙な仕事を押し付けられてはたまらない。

 俺は会話の主導権を強引に奪いとり、単刀直入な説明で誤解を解くことにした。


「俺は『援軍』なんかじゃない。むしろ、逆。助けを求める側だ。気付いたら、そこの部屋で倒れていた」

「……は?」

「包み隠さず端的に表現すると、迷子だ」

「はぁっ!?」


 喫驚の後、女性が戦慄くように震えながら俺を指差す。


「白波那雲司令官に派遣されたんじゃ……ない、の? それなら所属は?」

「所属って、在校名でも教えればいいのか? 都内の私立高校だけど」

「民間人!?」


 まだ高校の正式名称も出してないのに、女性が血相を変えて詰め寄ってきた。


「性質の悪い冗談はやめて! 隔離直後でもなきゃその立ち位置はありえ――!?」


 詰問の途中で、女性が背後を鋭く睨んだ。

 俺もつられて眺めてみたが、特に何も見当たらない。


 代わりに、音が届いた。


 ダンボールを引きずるような、謎めいた音ではない。

 もっと生々しい、獣の唸り声のような音が。


「気付かれた……。どうしよぅ!? 迷彩用のダンボールは一人分しかないのに!」


 とても深刻そうな顔と声で、彼女はダンボールを迷彩用と言い張りました。


「あぁーもうっ! とにかく走って!!」


 呆れる俺の腕を引っ掴み、そのままスポーツ選手顔負けの健脚で駆け出す女性。


「うーん……」


 自分より事情通らしき彼女が、質疑応答を中断してまで移動を急ぐ事態だ。俺としても、追従するに吝かではなかった。

 だが、五里霧中の状態じゃ駆け足にも身が入らない。

 どうしても背後が気になって気になって……。


 止せばいいのに、俺は走りながら首を曲げて、様子を確認してしまった。




 無機質な廊下は人気が途絶えたまま――


「え……?」


 ――それでいて有象無象で大賑わいだった。




 羽の生えた黄緑色の小人が軽やかに宙を舞い、真下では下半身が蛇の艶めかしい美女が床を這って進む。横を膝下サイズの子鬼の大群が競うように走り、遅れた数匹が動植物の合成獣に呆気なく捕食された。続いて、石造りの人形が廊下の壁を紙のように裂いて登場し、隙間から二股尻尾の黒猫が飛び出す。

 その他にも、多彩な空想の生物――日本では古来から『妖怪』と畏れられてきた類のモンスターが、百鬼夜行さながらに行列を成して襲ってきた。




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