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14――前座



 門を踏み越えると、俺の周囲をとり巻く環境は一変した。


 蜘蛛神との激闘が記憶に新しい格納庫に似た、人工物だらけの広大な屋内空間。

 不自然な闇がわだかまる最奥の手前には、奇怪な方陣が浮かんでいた。おそらく例の封印だろう。紋様の所々でほつれが生じており、瘴気とでも表現すべき気色悪い靄が漏れ出ている。タイマーが示すように、猶予は少なそうだ。


 今すぐ手を打ちたいところだが、一人の青年が俺たちの行く手を阻んでいた。


「水無瀬、真昼!!」


 怒気のこもるメイの呼び声に、軍服を着崩した美丈夫が鋭い眼差しを返す。生身で鋼の巨人と相対する姿は、端整な顔立ちも手伝い、華々しく映るが――、


「来たな、バケモノども」


 彼は何の臆面もなく、そう言い放った。


「あんたねぇ! あたしたちがバケモノなら、そっちは生粋の人間でしょ! 急進派みたいな無法者と軽々しく手ぇ組んでんじゃないわよ!」


 たまらず、メイが激昂する。

 穏健派と言えど《ディエスイレ》所属の澪ですら、自機の肩上で声を尖らせた。


「晶さんの身内を誘拐するだけでなく、仲間を裏切るだなんて……。最低だな」

「まったくよ! 仮にも電軍士官学校の主席卒業者が、何でこんな真似を!?」

「知れたこと。在るべき〝リアル〟を取り戻すためだ。今の人世は狂っている!!」


 まるで自らの行いが必要悪であるかのように、水無瀬は胸を張って答えた。


「妖魔を術理に頼らず撃退するのは難しい。隔離被害者は増加の一途を辿っている。情報生命体として第二の人生が保証されるならいい。電脳空間から現実世界に干渉する術はいくらでもある。……なのに彼らの扱いは妖魔のそれと同じ!!」

「そ、そんなの仕方ないじゃない! 創られた存在のAIと違って、隔離対象の情報生命体を取り締まる術は存在しない。異世界データの物質汚染だって、謎がまだ解明されてないんだから!」

「理由になるか、そんなこと!!」


 メイが道理を説いても、水無瀬はとり合おうとしない。《ディエスイレ》急進派に寝返った者として、それっぽい御託を並べ立てる。


「犠牲の上で成り立つ平和に、どれだけの価値がある!? 救えるはずの存在を見捨て続けなきゃいけない現実に、僕はもう堪えられない! 元電軍の者たちに限らず、隔離の脅威に晒された全ての存在を救うには、こうするしかないんだ!!」 

「だからって……!」


 ついには、メイも気勢を削がれた様子で沈黙してしまう。澪も同様だ。二人揃って、水無瀬の言い分には感じ入るところがあったらしい。

 その心根は美点だと思うが……。


「《ディエスイレ》の名の下に、僕は」

「やかましい」


 ありがたみのない御高説を遮って、俺は予備動作を挟まず斬り込んだ。


「え――、ッ!?」


 必殺を期して斬撃を放つも、紙一重で届かない。標的が陽炎のように消え去ったせいで、床を裂くのみに終わった。

 完璧に虚を突いたと思ったのに……。


『惜しい! でもイツキ、仮想体相手に大人気ないって言うか卑怯臭いって言うかスカッとしたって言うか! いきなり何て嬉しいことやってくれてんの!?』

『本音駄々漏れだからな』


 そんなことより、会心の不意打ちを、空間転移めいた離れ業で回避されたのが気になる。タイミング的に本人の仕業だとは思えない。

 ……さては伏兵か。


「貴様ッ、対話の最中に奇襲とは卑怯な真似を!」

「他人事ながら聞いてられなくて、つい」


 軽口を返して振り返る。

 水無瀬は追撃を警戒してか、自機の左斜め後ろに出現した。


 立ち位置は交代、アドバンテージも引っ繰り返った。とはいえ、手を回すのはまだ早いか――算段を立てながら、俺は挑発のために言葉を繋いだ。


「でも、恥の上塗りを止めてあげたんだ。感謝してくれたって罰は当たらないぞ」

「恥……? 不条理な運命を背負った誰かのために闘うことが、恥だと!?」

「ダークヒーロー気取りは止めてくれ、見苦しい。どうせ建前だろ?

 隔離被害の問題を案じて《ディエスイレ》急進派を支持する輩が、メイや澪をバケモノと呼んで見下すはずがない」

「――……っ」


 やっと自らの愚行に思い至ったか、水無瀬が口を噤む。

 メイと澪も揃って息を呑んだ。


 黙る三人に代わって、俺は矢継ぎ早に舌鋒を振るった。


「開口一番に失言かました大根役者が、自分の道化ぶりに気付かず悦にひたって……聞いてるこっちが恥ずかしかったよ。そりゃ力尽くでも止めたくなるさ」

「…………」

「本音は完璧に隠すか、それが無理なら、せめて開き直るべきだったな。例えば、自分の人外嫌いを吐露した上で急進派の正義を肯定するとかだ。格好を付けるなら、もう少し上手にやらないとね」

「……、……黙れ」


 水無瀬が眼を剥いて舌打ち、好青年の薄皮を剥いで三流小悪党に豹変した。


「ああそうだとも。生れ落ちてのバケモノに慈悲を与える気はない。さっきのは建前。だが、建前だろうと何だろうと、それで救われる連中がいるのは事実だ。僕の行動には、必要最低限の正当性がある。文句を言われる筋合いはない!」

「文句を言う気はないが、急進派のやり口は気に食わなくてね。手を貸してるお前も同罪だ。企みは意地でも阻止してみせる。奪われたものも絶対に奪い返す」


 本音を言うと、参戦理由のメインは他にあるのだが……あえて相手に合わせて、建前を述べておく。本題は、ここからだ。


「ちなみに、俺の行動の正当性は、電軍と今回の事件の被害者たちが保障してくれる。必要最低限以上の正当性だ。文句を言われる筋合いはないぞ?」

「ぐ……。犠牲に気付かず安寧を貪る愚者どもは、無知の罪を償うべきだ!」

「それなら、犠牲から目を逸らして改革に逸る早漏どもは、法を犯した罪を償うべきだな。……そろそろ下手な時間稼ぎは止めて、潔く勝負したらどうだ? 上辺ばかり整えた薄っぺらな舌戦は、お互い虚しさが募る一方だろ?」

「――ふ、はは。面白いじゃないか。いいだろう……望み通り殺してやる!」


 俺の挑発を受け止めた水無瀬の背後に、奇妙な波紋が。揺らぐ景色の奥から多色が滲む。やがて、一人の女性を浮かび上がらせた。


 リボン絡まる編み込みの長髪と同じく、ぼろ布をかぶった総身も帯状に連なる呪詛で雁字搦め。隠蔽を解いて現れた伏兵は、その姿で立場を声高に訴えていた。


「あの子、あたしと同じ反応が……」

「例の誘拐された子だ。IAIの素養を秘めていて、名前はネイエン」


 今にも飛び出しそうな様子の澪が、メイの言葉を補足した。


 話題の当人であるネイエンは、沈痛な面持ちの姉貴分に見向きもしない。

 顔色からは生気が感じられず、虚ろな瞳をボゥと揺らしている。事前に聞かされていた通り、マインドコントロールの影響下にあるようだ。


「樹さま、予定通りボクは封印の維持に専念します」


 ネイエンとの再会で吹っ切れたらしく、澪が硬い声で続ける。


 視界端のタイマーは、いつの間にか一分台に突入していた。このままでは戦う前に勝負が決してしまう。選択の余地はない。


 理解しながら、それでも俺は聞かずにいられなかった。


「大切な妹分を、俺みたいな輩に任せちまっていいのか?」

「はい。ボクは樹さまを信じていますから」


 どうして出会ったばかりの澪が、ここまで俺を慕ってくれるのか?

 ……答えは事件を片付けてから、ゆっくり聞かせてもらうとしよう。今はただ、この無垢な信頼に応えたい。


「心配なのはお前だ、ポンコツ」機上で踵を返す澪が、今度はメイに語りかけた。「一年前の件。誰が悪かったのか、ちゃんと理解してるんだろうな?」

「萌とみぃと、あたしでしょ。何でポンコツ呼ばわり許してると思ってんのよ」

「……フン」


 メイの返答に澪は正否を唱えず、ただ鼻を鳴らして自機の肩から跳び下りた。


 この展開を待ち望んでいたらしい水無瀬が、口角を醜悪に歪ませた。


「厄介なバケモノは、やはり結界の維持に回ったか……重畳重畳。どうせアレの処遇は決めかねていたんだ。

 まずは忌々しいIAIと小生意気なガキに、僕の力を思い知らせてやる!」

「……ニグレードシステム……起動」


 水無瀬が気障な仕草で指を鳴らし、ネイエンが機械的にコマンドを囁く。周辺の空間がアメーバ状に溶けて、二人を包んだ。システムエフェクトの一種か?

 アメーバは瞬く間に範囲を広げて巨大な繭と化し、内側から破られた。 


 清廉かつ優美な白金の甲冑と、相反する逆しまの道化仮面。自機と似て非なる正騎士風のニグレードが、装飾過多な大剣を翳してその武威を示す。


【機体識別名/《HIRUKO》……敵機指定】


 視界に投影されたサークルが水無瀬の機体と重なり、メッセージが表示された。


 ひるこ――正確には〝水蛭子〟だと思われる。古事記に曰く、伊邪那岐と伊邪那美の間に産まれた最初の子。葦の舟に乗せて海に流された。


 基本的に縁起の良い名前ではない。

 あえて指摘せず、俺は別の話題を振った。


『澪に預けられた手前、ネイエンって子は絶対に助けたい。メイ、何か方法は?』

『あの子に仕掛けられた縛鎖は、上位の使役術。しかも現実世界でプログラム化された特殊な術式よ。自我の大半を封じられ、術者の意向に同調させられるの。外からの解呪は難しくないけど、それには対象の動きを押さえ込む必要があるわね』

『気絶させろってことか。ニグレードでどうやって?』

『普通に打倒して。ニグレードは破損率の超過でシステムを維持できなくなる。手順を踏まないシャットアウトの負荷が、仮想体の機能をフリーズさせるわ』


 生身で言うところの麻痺状態に陥ると。それなら遠慮はいらないな。ジャスト一分で停止中のタイマーを一瞥して、俺は心置きなく両腕の剣を構えた。


 それを見て、機体の操縦権を掌握してるらしい水無瀬が、大袈裟に肩を竦めた。


「おいおい、そんなので構えのつもりかよ。子供のごっこ遊びじゃないか」

「素人なのは事実だよ。――あ、そう言えば自己紹介がまだだっけ。俺の名前は」

「平坂樹」


 名乗ろうしたところ、水無瀬に先回りされてしまう。

 ネットで情報を集めたのか?


「都内の私立高校に通う十五歳で、部活動には参加せず、成績は下から数えた方が早い。当然、今日まで電軍や《ディエスイレ》との接点は皆無。

 その正体は、平凡以下の憐れな民間人だ」


 よく調べてらっしゃる。

 呆れ半分感心半分で俺が黙っていると、メイから意念が届いた。


『イツキ。多趣味とか言ってたのに、帰宅部なんだ。しかも地味にバカなのね』

『部活は掛け持ち禁止で一つにしぼれず、勉学は運動能力との二者択一で諦めがち。ちなみに多趣味の弊害で社交性も低いぞ。……失望させちゃったかな?』


 どんな奇跡か、今日は醜態を晒す場面が少ないけれど、平坂樹の真実は誰かに誇れるような代物じゃない。

 文武両道の完璧超人に遠く及ばず、外面に中身の伴わない未熟者だ。


 それを察したであろうメイは、しかし態度を変えずに笑い飛ばした。


『IAI相手に何言ってんの? どれも、あたしの知らないリアルの話でしょ?』

『……ごもっとも』


 この子は普段ちょろいのに、時折ふらっとイイ女の側面を見せるから侮れない。


 識閾共鳴が途切れる。


 何が気に喰わないのか、水無瀬が震える声で言葉を続けた。


「お前みたいなガキに僕の計画が狂わされたのかと思うと、怒りでどうにかなりそうだよ……。どんな経緯で、その新型端末を入手したのかは知らないが……おかげで肝心な部分がパァだ」


 肝心な部分、だと?

 ……腑に落ちないな。民間人の参戦が、急進派のマイナスに転ぶはずがない。それとも自覚がないだけで、俺は何か重大な妨害活動をしていたのか?


「ただ殺すだけじゃ飽き足りない」


 間合いの遥か外で、《HIRUKO》が大剣を背負うように構えた。


 ……何のパフォーマンスだ?


 胸騒ぎを覚えて首を捻る俺目掛け、《HIRUKO》が大仰な動作で大剣を振り下ろす。刹那、その斬線から不気味な死霊が噴出した。


「いっ!?」


 声なき声で怨恨を訴える半透明の動物や妖魔が、衝撃波の如く殺到する。

 俺は咄嗟に横転して回避を試みたが、それを確認して死霊の大半は進路を変更しやがった。追尾してくんのかよっ!? 


 振り切れない。肩を掠めた。ジュゥと生物の焦げるような音に『ぅあ……ッ!』というメイの苦悶の意念が続く。

 見ると、死霊の被弾箇所が酸でも浴びたみたく溶解していた。


『ごめん、メイ。想定外の攻撃に反応が遅れた』

『だ、大丈夫。損傷は軽微よ。……それにしては痛いけど! 超痛いけど!!』

『分かったよ、悪かったって』


 見た目は完全なロボットでも、ニグレードの実体はオカルトの領分にある。一般常識に従う理由はない。妙な動きを見せた時点で、警戒するべきだった。


 俺は自分の認識の甘さを悔いながら、素早く起き上がった。

 追撃を警戒してのことだが、これは杞憂に終わる。


 余裕のつもりなのか、水無瀬は立ち位置を変えずにタネ明かしを始めた。


「雑魂の味はどうだい? 下級の使役獣や式神が源にしては中々乙なものだろ?」

「そうね……。こんな忌々しい呪式プログラムは初めて」応じるメイの声は、暗く重い。「自分の配下を生贄に、怨恨を垂れ流す兵器を創造するだなんて……!!」

「生贄とは人聞きが悪いな。役立たずを、有効活用しているだけなのに」


 嘲笑を返す水無瀬に、悪びれた様子は一切ない。

 いっそ清々しいまでの下種っぷりである。


「同類相憐れむのも結構だが……そろそろ身の程を知るべき頃合いじゃないか、被造物。貴様らが扱いを選り好みできる立場かよ。しょせんは奴隷以下の道具だろ」

「相も変わらず身勝手なことをっ!」


 初見の俺とは違い、元同僚のメイにとっては心奮わせて然るべき場面らしい。

 今にも沸騰しそうな彼女に、俺は冷や水をぶっかける気分で意念を送った。


『無駄だ、メイ。ああいう輩は視野狭窄に陥ってるから、半端な言は通じない』

『でも! あそこまで好き放題に言われちゃ、黙ってられないわよ!』

『どうしても言い返すなら、せめて俺のテンションが上がるエロい感じで頼む』

『いきなりどんな無茶ぶりだぁぁぁあああああ――――――――――――ッ!?』


 冷や水のつもりで、ガソリンをぶちまけてしまった。


『タンマ。今のは識域共鳴の副作用。結論の前に言い訳を聞いてくれ』

『言い訳とか白状してる時点でアウトだし、それ以前に今の発言を正当化するのは、どんな天才弁護士にだって不可能じゃないかしら!?』


 メイがツッコミを入れる一方、いよいよ水無瀬の語りが佳境に突入した。


「貴様も大人しくしていれば、こうして上手に使ってあげたのに……。立場も弁えず僕に恥を掻かせて……調子に乗ってんじゃねェぞ!!」


 識閾共鳴で、どんな漫談が繰り広げられていたかも知らず、無駄にシリアスな雰囲気の《HIRUKO》が跳び出す。

 滑稽以外の何でもないね。


『下手したら――つーか、俺が下手を打ったらか。歴史に刻まれかねない大事件なのに、こんな如何にもな〝やられ役A〟が黒幕かと思うと、萎えちゃってさ』

『――……いやいやいや。だからってエロい感じはないでしょ、調子狂うなぁ』


 メイが毒気を抜かれた様子で、大きなため息を零した。


『……ま、イツキはそれでいいのかもね。ただし! 戦闘は真面目にやること!!』


 相手は腐っても元職業軍人だしな……。

 メイの意念も、後半は真剣そのもの。俺は彼女の忠告を『了解』と謙虚に受け止めて、通信を切断。総身に戦意を漲らせた。




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