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13――VS腐竜/VSギアドール



「お喋りはここまでね。イツキ、注意して! 相手に捕捉されたわ!」


 丘陵の頂点でうずくまっていた巨大な影が、のそりと胡乱気に首を上げた。

 猫が欠伸をするように四足を立てて身体を伸ばす。爪が荒廃した大地を紙屑のように引き裂き、吐息が衝撃波となって大気をビリビリと震わせた。


 そいつの正体を、俺は誰に教わるまでもなく知っていた。空想の産物でお馴染みの、あの生物で間違いあるまい。

 けれど、何か様子がおかしいような……?


 近付くにつれて、畏怖すべき容貌がまざまざと映り込む。

 ――やはり、ドラゴン。その名を知らぬ者を探す方が難しい、最強の代名詞。


「竜種!? 嘘でしょ。いくら使役術に長けるからって、あんな大物をどこで」

「違うぞ、ポンコツ。あれは単なる使役術なんかじゃない!」


 ただし、目の前のドラゴンは……腐敗していた。


「死霊術!!」


 高名な真紅の鱗が腐って歪み、所々で穴まで開いている。森羅万象を切り裂く爪は罅割れて今にも砕けそう。人間の頭部くらいある金の瞳も、狂気で濁っていた。

 とてもじゃないが、竜に真っ当な理性が残ってるようには見えない。


 ……この状態なら、むしろ幸いだな。


「消滅したはずの存在を、術で復元・呪縛、防衛システムとして改竄したんだ!」

「水無瀬め、反吐の出るような真似をっ!」


 激昂した二人の思いも知らず、腐竜は己が役割に従って動き出す。無数の裂け目が生じた双翼を大きく広げて、問答無用で襲い掛かってきた。


 刃を交えずとも一目で知れる。蜘蛛や鳥獣の変化とは比較にならない難敵だ。


 しかし、俺の心が焦燥や恐怖に蝕まれることはない。むしろ逆。生身なら、冷笑の一つも浮かべていたことだろう。


『メイ。あれが問題の防衛システムで間違いないんだな?』

『え? そ、そうだけど……イツキ?』

『速攻でぶっ壊すぞ』

『……うんっ!』


 両の手甲から刃が伸びる。策を弄す猶予は、時間的にも心境的にも存在しない。

 一刻も早く、邪魔な防衛システムを破壊するために――そして、悼むべき〝死〟を外法の楔から解き放つために!


「ォオオ――ッ!!」


 俺は臆すことなく飛び出して双刃を振るい、腐竜と真っ向から激突した。


 剣と爪、互いの得物が拮抗して火花を散らす。

 すぐに自機の関節が悲鳴を上げ始めた。素の力比べは分が悪いか……!


 腐竜の口元が狂喜に歪み、唾液塗れの牙が覗く。その顎門が完全に開かれるより早く、俺は支援兵装を司るメイに呼びかけた。


『両腕、両脚の順にブースターをフル稼働させろ!!』


 これで瞬間的に出力が跳ね上がる。

 眼前で交差する両の剣を、競り合う爪ごと左右にこじ開けた。生じた空間に機体を滑り込ませて、至近距離から横蹴り!


「吹っ飛べ!!」


 大砲めいた強撃が、腐竜の巨体を間合いの外にまで跳ね飛ばす。

 大したダメージでもあるまいが、本命はここからだ!

 宙を泳ぐ腐竜に向けて、俺は左腕を伸ばした。指示を出さずとも俺の狙いを察したメイが、すかさず剣を射出する。


『さっすが、あたし! 直撃――じゃない!?』


 メイが必中を確信した瞬間、腐竜は片腕を犠牲に剣を迎撃してみせた。


 切れ味抜群の刃を払い除けたことで、腐りかけの腕には深い斬痕が。しかし少々の負傷は策の一環らしい。傷口から、あのミミズもどきが蛆のように噴出した。


「!?」


 驚愕冷めやらぬ中、剣を繋ぐ鎖が引っ手繰られた。自機と腐竜の間に〝橋〟が完成する。そこから、数え切れないほど大量の蟲が這い寄ってきた。

 ……ち、超気色悪ぃーっ!


『どういうことだ? メイ、何で奴は仮想体でも対処できるような雑魚を?』

『ただの雑魚じゃないわ。武装が対ニグレード仕様にカスタマイズされてる!』


 いち早く蟲の脅威を悟ったメイにより、鎖と機体の連結が解除された。これで剣は強度を失い、竜の腕力に負けて鎖ごと砕け散った。


 橋が崩れたことで蟲の大群がぼとぼとと落下する。このまま地中に潜まれては厄介だ。でも、だからって地団太踏んで潰し回るわけにもいかない。

 腕の裂傷から新たな蟲を生み出す腐竜が、こちらの隙を虎視眈々と狙っている。


『……面白くない』とメイに伝えて、俺は瞬時に決断した。『よし突っ込もう』

『うっそぉっ!?』


 本当。だって今のまま腐竜と睨めっこを続けていても、蟲に奇襲の機会をくれてやるようなものじゃないか。

 それなら――。


 自分の判断を信じて、大量の蟲であふれ返った大地に力強く踏み出す。

 一歩で数十匹の蟲を潰すことに成功した。無論、そんなの全体の一握りにすぎない。残りの数百匹は潜地活動を止めて襲ってくる。


『ひぃぃぃいい――――――ッ!! ゾゾゾゾって何か入って、ぁぁああアアア気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! っていうか痛ぁぁぁああああああああああッ!!』


 脚部の機構に無数の蟲が潜り込み、脆い部品がガリガリ齧られるのを感じた。


 だが、俺は斟酌しない。

 乾いた大地に剣を深々と突き立て、フルスイング。多量の土砂と蟲が、心なし唖然とした様子の腐竜に向かって、散弾銃のように飛散した。


 土砂は単なる目晦ましだが、蟲は立派な攻撃だ。

 なにせ、一匹一匹がニグレード対策の特殊な刃を有している。


 完全に不意を突かれた形の腐竜は、逃げることも防ぐこともできない。総身に細かな傷を負って、苦悶の雄叫びを上げた。


「その隙、もらったぁっ!!」


 俺は、まとわりついた蟲を蹴散らすくらいの脚力で、腐竜に肉薄した。

 苦し紛れの翼撃を右の刃で斬り捨てて、開いた左拳を腐竜の胴体に叩き込む。


『肉を切らせて骨を断つだ。放て、パイルバンカー!』

『切られたのは、主にあたしの肉だけどね!!』


 ズガンッ!! と轟音を響かせて杭型の剣が腐竜の腹部を貫く。


 されど、相手は腐ってもドラゴン――あるいは腐っているからこそか。これほどの深手を負っても、即死に至らない。

 とどめは機械仕掛けの退魔師に託された。


『消し飛ばせ、メイ!!』

『うん無理!!』


 ……、……何だと?


『だって、防衛システム本体は純正の電子情報だもん! あたしの《力》は退魔が真髄だから、できるのは蘇った竜の御魂の弔伏まで。魂を失った骸は土に還るのが普通だけど、防衛システムが健在である以上は違う。

 つまり……操縦者を交代して、第二ラウンドよ!!』


 知るかよ、そんなとんでも理論。

 そういう大事な注意事項は先に言っておけ!!


【DOWN LOAD】


 聞き慣れないシステムメッセージが。次いで、金の眼から竜本来の狂気が失われた。メイの退魔の《力》が働いたようだ。


 安らかに眠れ――などと、感傷に浸ってる場合じゃない。


 腐竜の骸が、真の意味で防衛システムの化身と成り果て、再起動する。重度の損傷が癒えたわけじゃないにせよ、反撃するくらいなら問題なさそうだ。


 一方、腐竜の懐で動きを止めた俺は隙だらけ。

 爪も牙も蟲も躱せないッ!


「赤より朱くなお紅く――」


 自機の肩上で呪が紡がれる。

 次の瞬間、杭剣の埋まる腐竜の傷口から神炎が迸った。


 澪。

 メイの退魔の《力》とは似て非なる、覆滅目的の攻勢術か? 真紅の業火が瞬く間に腐竜の全身を呑み込み、攻撃の予備動作を悶え苦しむ動きに変えた。


 もはや腐竜に抵抗の余地は残されていない。

 このまま放置しても、勝手に消滅するだろうが……。


「……ばいばい」


 澪が別れの挨拶を口にする。

 俺はそれを無視して、炎の発生源である左の杭剣を引き抜いた。


「終われ」


 冷酷無比にそう命じ、右の直刀を奔らせて死体に引導を渡す。


 刎ねた首が墜落を待たずして、消し飛ぶ。首から上を失った腐竜の肉体と、地面や機体の隙間を這い回る蟲も、時を同じくして完全に消滅した。


『わざわざ最期を請け負って……。萌のこと言えないわね、イツキの過保護』

『いいや、白波さんのそれとは違う。俺の行動原理に家族愛はない。高感度上昇狙いの男女あ――……子供相手の純粋な保護欲だ』

『男女愛って言おうとした? 今小学生相手に男女愛って言おうとしなかった?』


 メイの追求を無心で躱す。

 幸運にも、すぐに事態が推移した。


 腐竜が居座っていた丘陵の頂に、前触れなく重厚長大な両開きの門が出現した。


「ようやく〝道〟が繋がったわね。門の奥が《パンドラ》の接続地点よ」

「あれか……」


 残り時間は五分弱。

 躊躇している場合ではないのだが、俺は門を見据えて足を止めた。


「どうしたの、イツキ? もう猶予は少ない。急いで再封印を施しに行かなきゃ」

「分かってる。でも、必要最低限の段取りくらいは、先に決めておきたくて」


 この先に〝何か〟が待ち構えている気がした。

 可能性的に一番ありそうなのは無論、黒幕が仕掛けた罠だ。


「敵の待ち伏せがあった場合は、二手に分かれよう。澪は封印対策を頼む」

「封印は今の時点で九割解けてます。ボク単独じゃ維持が限界。それでいいなら」

「問題なし。手早く掃除を済ませて、メイを合流させるよ」


 澪の援護が失われるのは痛いが、背に腹は変えられない。


「手筈はそういうことで。

 それじゃ、行くぞ」


 簡易の作戦会議をまとめて、俺はついに最終決戦の地へと踏み込んだ。






          ≠          ≠          ≠






 二十六。

 私が門番を務めてから、ジャンク屋送りにしたギアドールの総数だ。


 すでに反対側の廊下は爆破済み。

 改装途中の講堂は派手に崩れ、半身を瓦礫の山と化している。当然、平坂さんの実体が安置されたホールは無事だが、鼠一匹通す気はない。


 今また新たな侵入者の存在を結界が探知した。

 この結界は〝生ける伝説〟仕込みの、源果術式――人外の因子を要に発動する特殊な術理で張られたものだ。発動条件は厳しいが、術者に対する負担が極限まで抑えられている。効果も絶大。おかげで、私は一方的に先手を奪うことができた。


 講堂に忍び込んだギアドールの集団を待ち伏せて、廊下の角に顔を出した瞬間を狙い撃つ。一体撃破。直後、次鋒が機能停止の先鋒を盾代わりに抱えて、特攻してきた。三体目も続き、両手の包丁を投擲する。

 と同時に伏兵が窓を砕いて登場し、私の背後を奪った。


「四十点」


 戦術の組み立ては悪くないが、各々の行動が稚拙すぎる。これくらいの連係なら、源果術式の結界で動きを把握せずとも、余裕で対処していただろう。


 挟撃に動じず、私は半身を捻って廊下の左右に腕を広げた。愛用の二丁拳銃が火を噴く。左で飛来する包丁を、右で廊下に侵入したばかりの伏兵を撃ち抜いた。


 後顧の憂いを排除して、次鋒に狙いを定める。

 上半身の急所を護って下半身ががら空き。両膝を撃ち抜いて、ヘッドスライディング気味に転倒させる。後続も巻き添えだ。

 無論、両機とも二度と起き上がれない。


「……ふぅ」 


 これで三十体。

 AI制御下ならいざ知らず、ウイルス紛いの粗雑な呪式プログラムで制御された木偶人形如き、〝同族殺しの魔弾〟の二つ名で知られる私の敵じゃない。

 この調子なら、切り札を温存したままでも何とかなりそうだ。


 平坂さんとメイは、無事に《パンドラ》の接続地点まで辿り着けただろうか?


 ハッキング開始から、すでに十分以上経過している。

 作戦の成否が判明するまで、残りわずか。


 不意に、左腕に固定したPDAが震えた。メイから作戦成功の通達が届いたのかと期待したが、画面に表示された名は姉貴分のものだった。

 無線型インカムを装着して通信を繋ぐ。


『萌、戦況の推移はどうなっておる?』

「プランAから変更なし。現在は、改装途中の講堂に篭城。IAIメイ大尉が民間協力者の平坂樹を連れてハッキング中。私は彼の護衛に。同行したα小隊の早期前線離脱以外は順調です」

『童が健闘しておるというに、離脱連中は不甲斐ないのぅ』


 菊理さんの辛辣な感想に苦笑しつつ、私は首を傾げた。


「童って、まさか私のことですか? こう見えて二十歳間近なんですけど」

『よーく知っておるよ。今のは萌ではなく、平坂樹のことじゃ。中々どうして面白い。十五やそこらの現代人にしては、感心の胆力ではないか』

「そ――、……そう……です、ね」


 なぜか菊理さんの賛辞を肯定することに、強烈な違和感を覚えた。私だって平坂さんのことは認めている。異を唱える理由など、何もないはずなのに……。


 戸惑う私の心境を知ってか知らずか、菊理さんは話を進めた。


『此方の方は静かなものよ。予想されていた施設襲撃もない。既定の時刻を迎え次第、作戦成功の是非を問わず、《ディエスイレ》急進派と接触する手はずじゃ』

「接触って、菊理さんが直々にですか?」


 苦い声色で否定的に確認するが、菊理さんは『無論』と告げて憚らない。


「……賛成できません。義兄直属の者に任せては?」

『椎名は隠れ蓑として連れてゆく予定じゃよ。

 萌の心配は嬉しいが世代交代の近い今、わしもそろそろ故郷に足を運ばんと。立場を変えてなお闘い続ける斑蛾に、合わす顔がない』


 斑蛾晶。

 メイの産みの親にして、カクリヨにおける澪の保護者。義兄とは腐れ縁の戦友で、菊理さんにとっては恩人だ。当然、私も面識がある。恩師のようなものだ。


「斑蛾さんがどうかしたんですか?」

『ふむ、悟れぬか。……これは那雲の言うよう、荒療治が必要かもしれぬ』


 新兵で階級も高くない私は、そう多くの情報を与えられていない。穏健派筆頭の斑蛾さんは立場上、静観を決め込むものと考えていたのだが、見当違いか?


『何はともあれ、報告の続きじゃ。すまぬ萌。別の場所で問題が発覚した』

「厄介事なら間に合っているのですが。これ以上、まだ何かが起きると?」


 不吉な前置きに警戒心を高めるが、当然そんなの何の役にも立たなかった。




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