11――……後日弁償しました
続く逃避行の最中、俺はメイに経路選択を迫られた。
選択肢は大通りと入り組んだ細道の二つ。
大通りはギアドールとの遭遇率が高い。入り組んだ細道は速度不足で制限時間が不安。どちらも一長一短なので、好みで決めていいとのことだった。
となると当然、答えは「どっちもイヤ」だ。
二者択一を迫られながら、俺は詐欺師同然の思考で第三の選択肢を捻り出した。
難色を示すメイを説得して、ひたすら道なりに突っ走ること十数分。
『きたきたきたきた、やっぱりきた! 道なり後方六百メートル!』
メイから悲鳴じみた報告が届き、俺はどうしたものかと頬をかいた。
現在、バイクはメイの運転で、大通りでも入り組んだ細道でもない、特殊な場所を走行している。
前後に障害物の類はなく、左右は逃げ道どころか地面がない。
『だから〝高架線上〟なんて目立つ場所を走るのは止めよう、って言ったのに!』
「途中までは会心の策だったのになぁ……。引き際を誤った」
ドールの配置も、線路内は見落とされていた。通行人も危険も皆無。時間短縮にも繋がる。まさに良いこと尽くめだ。
しかし、長々と線路を爆走した挙句、高架線上まで利用したのは失敗だったか。
例のキャンピングカーを肩越しに確認する。メイから詳細な警告が届いた。
『相手は例の回収班が使っていた、元《チガエシ》所有の改造車よ。最高速度じゃ歯が立たない。しかも、搭乗中のギアドールは一機残らず銃火器で武装してる。よーするに、役満クラスの超絶大ピンチね。どーすんの!?』
「まず、ネガティブな思考に歯止めをかけよう。悪いことばかりじゃないさ。例えば、ここなら外野への配慮は必要ない。どんな手段だって使えるぞ。それに合流地点まで、もう目と鼻の先だ。白波さんにフォローを頼めるはず」
この場ならではの利点を示す。
すると早速、メイが何か思い付いたらしい。
『それだ! もしもの場合は萌の十八番で――っと、先にメールを……』
メイが何事か呟く。その後すぐに、バイクは砂利を飛び散らせながら急制動して、百八十度向きを変えた。
『無線接続完了。よし、いける!! イツキ、コードを抜いて今すぐ降りて!』
何故、とは聞かない。
今は一分一秒を争う状況だ。俺はバイクと首輪を繋いだコードを無言で引き抜くと、メイを信じて素早く降車した。
『GO!!』
直後、メイの号令で乗り手不在のバイクが急発進した。
窓からギアドールが顔を出すキャンピングカーに向かって、解き放たれた獣のように疾駆する。
すぐに銃弾のスコールを浴びて蜂の巣となった。
だが、その程度じゃ止まらない。
『イツキ、伏せて!』
使い捨て巡航ミサイルが猛スピードでキャンピングカーに命中。銃火器に引火したのか、凄まじい大爆発を引き起こした。
腹の底に響く轟音が連続して、火炎が猛る。
吹き荒ぶ熱波は、俺の元にまで届くほど。
ここが高架線上でなきゃ大惨事だ。
「~~っ! ……や……やった、か――ッ!?」
『だめ!!』
爆風から身を守って伏せる俺の鼻先で、パンッと砂利が爆ぜた。
銃撃……?
おいおい嘘だろ、今の爆発で無事な機体がいるのかよ!?
『衝突前に飛び降りて、難を逃れたのが一体!』
「冗談キツイぜ……!」
炎の奥、半壊したギアドールが同類の屍を踏み躙り拳銃を構えていた。
損傷のおかげで初弾は外してくれたが、次弾は狙いを修正してくるはず。
このままじゃ撃ち殺される!
一か八か高架線から飛び降りるか? いや、それならまだ戦闘を挑んだ方が――俺が逡巡した次の瞬間、問題のギアドールが不可視の力で真横に吹き飛んだ。
線路上に突っ伏して、起き上がる気配はない。
……機能停止。
え、助かったの?
『――申し訳ありません。射線の確保に手間取り、援護が少々遅れました』
携帯電話から第三者の声が響く。どこかと通信が繋がっているらしい。
『平坂さんから見て、二時方向です』
言われるがままに視線を移す。
数百メートル離れた道路脇、一際高い民家の屋根瓦の上。
凶悪なフォルムの近代兵器が映える、小さな狙撃首の姿があった。
髪型や服装は別れ際から変わっているものの、抱けば折れそうな華奢な体躯と、一瞥くれて踵を返すあの素っ気ない態度は、間違いない。
「白波さんか。ありがとう、命拾いしたよ」
『……よしてください。平坂さんに感謝されると、私たちの立つ瀬がない』
硬い声を残して通信が途切れる。
その意味深な発言に疑念を懐きはしたが、今は悩む時間も惜しい。
メイの誘導で、しばらく線路を進んだ。
緊急用の昇降口を発見。古式ゆかしい螺旋階段を駆け下り、地上で待ち構えていた白波さんと合流する。
『萌しかいないの?』と、再会早々にメイが確認した。
「はい。下士官のスリーマンセルを一チーム率いてはいたのですが、途中ドールの襲撃に遭って一人が負傷。他の二人には、負傷者の保護と殿の役目を任せました」
『ふぅん。ま、仕方ないか。精鋭はカクリヨや別任務に駆り出されてるし。そういうことだから、イツキ……イツキ? どうしたの? 急に硬直して』
どうもこうもあるか。
「……白波さん。それ、何?」
最新鋭の大型バイクに搭乗する白波さんは、小脇に男性の生首を抱えていた。
「道中で機能を停止させた、指揮官級ギアドールの頭部ですが?」
言われてみれば、確かに。首筋にはプラグ挿入口が備わっている。あと、斬首痕からは血の一滴も零れていない。
猟奇殺人事件じゃなさそうだ。
「何だってそんな趣味の悪い代物を後生大事に……?」
見た目の悪さから俺が苦言を呈すと、白波さんではなくメイから返答があった。
『《パンドラ》の封印解呪は、電脳空間に接続することで進む。そこにハッキングを仕掛けて解呪を妨害するのが、あたしたちの仕事よ。ギアドールの頭部は、その足掛かりに必要なの』
防戦一方で鬱憤が溜まっていたのか、画面上のメイは犬歯を剥き出しにして、不敵な笑みを浮かべていた。
……相変わらずデフォルメ調なので、迫力皆無だが。
『イツキも協力してね。《パンドラ》を奪取した《チガエシ》の裏切り者――水無瀬真昼っていうんだけど。そいつ、あたしの産みの親でもある穏健派筆頭の研究所を、急進派の協力で襲撃したみたいなの』
「急進派と穏健派って一応は同じ組織だろ? 意外と複雑なんだな」
『晶ちゃんって、元々は《チガエシ》の有名人だからね。それで、第二のIAI候補と、可能性の塊みたいな無色の魂が誘拐されたわ。あたしは、その二人を救いたいの。でも、どちらの子も呪術でマインドコントロールを受けた可能性が高くて』
「メイに匹敵する子と、何ができても不思議じゃない子が敵ってこと?」
『うん。だから、きっと単純な電脳戦じゃ終わらない。ニグレードが必要になる』
「合点がいったよ。それで白波さんとの合流を急いだわけだ」
電脳空間やカクリヨに魂を繋いで仮想体を操る間、実体は木偶人形も同然となる。護衛役は必要不可欠だ。
それが白波さんなら、俺も文句ない。
「……すみません」
なのに、彼女は痛切な面持ちで謝罪の言葉を口にした。
「いや、あの……白波さん? いきなり謝られても、困るんだが……」
突然の謝罪ほど不吉なものはない。
俺の表情も、自然と渋面に近付く。
それの何を、どう勘違いしたのやら。白波さんが、親の叱責を待つ幼子みたいな様子で、悄然と肩を落とし謝罪を続けた。
「民間人に参戦を要請する現状は、我ら《チガエシ》の落ち度です。なのに電脳空間で平坂さんが戦闘中、リアルの安全を保障するどころか、護衛は私単独で……」
「ありがたいね」
「ですが、平坂さんの実体は私が必ず――……は、ぇ……?」
「何の縁もない有象無象に自分の無防備な肉体を任せるだなんて、ゾッとしなかったところだ。見ず知らずの軍人百人より、白波萌個人の方が安心できるよ」
ホッと胸を撫で下ろす。
すると、白波さんが痛ましい表情で目を逸らした。
「度重なるストレスが原因でしょうか? もしくは頭部に強い衝撃を……」
『諦めなさい、萌。気持ちはよく分かるけど、イツキは〝これ〟がデフォよ』
失礼極まりない会話を聞いた気がする。
なぜだ……?
そりゃ確かに、白波さんとは出会って半日と経過してないよ。でも、顔合わせ直後の不審を乗り越え、少しはマシな関係に近付いたはず。
事件の黒幕が《チガエシ》の離反者と知れた今、俺の反応はむしろ順当だろ?
「可哀想な人扱いは納得しかねるんだが……。俺、そんなに変なこと言ったか?」
「……、……いえ……すみません。貶めるつもりじゃなかったんです」
白波さんはどこか優しい雰囲気でため息を吐くと、小さく微笑んだ。
「ただ――平坂さんは損な性分だと思いまして」
「……あぁ、うん。それは否定できない」
愛想にだって価値がある白波さんの笑顔は、筆舌し難い破壊力を秘めていた。
俺は他に気の利いた返答も用意できず、我を忘れて見惚れてしまう。
そこへ、微妙に硬い笑顔のメイが割って入った。
『逆に、萌は得な性分かもね。――さぁ、立ち話はここまでよ。線路のショートカットで予定より余裕があるけど、それでも残り三十分くらいしかないわ』
「では、急いで移動しましょう」
頷く白波さんの表情から、和らぎが消えた。ちょっと残念。
「すぐ近くにある、改装途中の講堂が目的地です。平坂さん、こちらのバイクの後部座席に――……申し訳ありませんが、やはり運転席の方にお願いします」
「そりゃ構わないけど、どうして?」
「…………念のためです」
白波さんの言い分は謎だったが、追求の必要も見出せない。
俺は大人しく運転席に腰かけた。さっきまでと同様、コードをバイク本体と繋ぐことで、メイに運転を託す。
「平坂さん、後ろを失礼しますね」
白波さんがバイクの後部座席に陣取る。ニグレードの時のように安全第一で全身を寄せたりはしない。遠慮がちに、ちょこんと俺の衣服を掴んだ。
やっぱり機体と生身じゃ違うのかな?
俺たちの合流地点周辺は、交通規制と民間人の避難が最優先で進められたらしい。道路には延々と空白地帯が続いて、人っ子一人見当たらない。
ゴーストタウンさながら、サイレンと緊急警報ばかりが空しく反響していた。
幸運にも、ギアドールと遭遇することなく篭城先の講堂に到着した。
町の小劇場にしては大規模な建物だ。改装工事の真っ最中だったのだろう。鉄筋の檻に囲われて、そこかしこに資材が投棄されている。
「メイ、このまま突入してください。左奥のホールが篭城場所の最有力候補です」
正面出入り口は開け放たれていた。
白波さんの誘導で、バイクが建物に侵入する。受付用のエントランスを素通り。廊下を左に曲がると、重厚な防音扉に行き当たった。
『扉は左右で二つ。構造上、物理封鎖が可能なのはこっち側だけ。解析を送るわ』
「爆薬の他に手榴弾もありましたが、温存できそうですね。では、ここを最後の砦としましょう。バイクも爆破材料に使い、出入り口の片側を完全封鎖します」
腕に装着したPDAを眺めて、白波さんが素早く戦術を組み立てた。
「平坂さんは先にホールの中へどうぞ。
ギアドールの後頭部やや下に、統一規格の挿入口があります。そこに首輪のコードを差し込んで、メイの仕事が一段落するのをお待ちください」
「分かった。任せきりで申し訳ないが、お言葉に甘えさせてもらうよ」
爆薬の設置作業は手伝えそうにない。
俺は素直に、ギアドールの頭部を抱えて降車した。
「……見れば見るほど気味が悪いな。せめて可愛い女性型なら良かったのに」
『文句言わないの』
メイと与太話を交わしつつコードを差し替え、人気のないホールに踏み入る。
工事の手が及んでいたらしく、照明の大半がついたままだ。どん帳を半ばまで上げた舞台は空っぽ。座席の後ろ半分も撤去されており、寒々しく感じた。
『さて、まずはハッキングね。ウイルスを洗って痕跡の調査を……あ、戦場が下地不足の電脳空間なら、呪式電脳戦用の調整も並行しなきゃ。
ごめん、イツキ。三分くらい待ってて』
謝罪を残して、携帯電話のディスプレイからメイの姿が消える。
……急に手持ち無沙汰となってしまった。
締め切られたホールの中央で、ぽつんと立ち尽くす。
静寂が耳に痛く、何だか落ち着かない。
ふと、道中で負傷したことを思い出した。
指で触れて確認すると、眼球の真下に横一文字の裂傷が。ガラスの飛散具合や顔の傾きなど、わずか数センチの誤差を考えてゾッとした。
この件を皮切りに心臓が早鐘を打ち、疲労感と恐怖が押し寄せてきた。
視界が涙で滲む。寒くもないのに自然と吐息が震える。膝が盛大に笑い出して、今にも崩れ落ちそう。
クソ……他人の視線が消えると、すぐこれだよ。
「格好悪い」
魔法の呪文を唱えて大きく深呼吸。荒れ模様の内面は放置で、外面を取り繕う。
真実と事実の軋轢は平坂樹の魂を苛むが、止める気はない。
根本的な問題が未解決である以上、負荷が生じるのは当然だ。どんな不利益を被ろうと、俺はこの外面を貫き通す。
……こうして考えてみると、損な性分ってのは言い得て妙かもしれないな。
でも、これが俺の選んだ生き方だから――。
やがて、背後で扉が開く。
「平坂さん、お待たせしました」
「全然。早かったな」
俺は何事もなかったかのように飄然と肩を竦めて、白波さんを出迎えた。
「爆薬の設置ってそんなに簡単なの?」
「細かい計算はメイがやってくれましたので。私は本当に設置だけでしたから」
ジェラルミンケースを手に、白波さんが軽い身のこなしで舞台上に跳び乗る。
「ギアドールが侵入次第、爆薬を起動させます。計算上、こちらの出入り口は完全に封鎖されるはずです。逆側の扉は私が門番に。一体たりとて通しません」
説明の最中、彼女はホール全体を見回すと眉を寄せて、舞台袖に足を運んだ。
俺も急いで後を追う。
舞台袖は薄暗く埃っぽい上に、ゴミだか資材だか判別付かない品々であふれていた。綺麗好きには地獄と大差あるまい。
でも、隠れ場にはうってつけだ。
「平坂さん。申し訳ありませんが、座席で行儀良くともいかないので……」
「大丈夫。ここで文句ないよ」
ギアドールの頭部を抱えて、積み重なった資材の影に座る。
直後、携帯電話がチープな電子音を奏でた。開いてみると、ディスプレイに見覚えのあるシステムメッセージが。
【IAIコネクションの緊急要請を確認・許可しますか? YES/NO】
これがメイの呼び出しで間違いないと思う、が……。
……妙だな。この文面、初回起動時にも見たぞ。あの時点でメイが俺を呼び出すとか、絶対ありえないのに――。
「メイからの要請ですか?」
「ん……あぁ、早く来いってさ」
疑念を保留にして、白波さんに首肯を返す。
悠長に考え込んでる場合じゃなかった。
今は急いで心構えを改めないと。また、あの謎の変調に襲われないとも限らない。メイの前で無様に泣き叫ぶのは御免だ。
深呼吸を一つ。訪れる苦悶の時を覚悟して、俺は新型端末を操作した。
「それじゃ行ってくる。白波さん、〝俺〟の面倒をよろしく」
「お任せを。平坂さんの実体は、私が必ず護ります」
身体の中からノイズが響き、平坂樹の魂が人工の新世界――電脳空間に繋がる。
「その時は……澪、私を許してくれますか?」
【FAKE ISORATE……■■■■同調率四十%……COMPLETE】




