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0――巨大ロボで鬼退治のち悪魔祓い

 左腕の肘から先が、無骨な手甲ごと緋色の空を舞った。


『い、った……い、痛い痛い、痛いったらいぃぃたぁぁあいいいい――――ッ!!』


 色気も音もない実に残念な悲鳴が、俺の魂に伝播する。

 続けて、ドストレートな罵倒が届いた。


『イツキのバカ! どーして脆い間接部分で爪撃を防ぐのよぅ!?』

『手甲を合わせるつもりが、失敗した。すまん』


 俺は謝罪を返して大きくのけ反り、敵の追撃を回避した。そのまま片腕でバク転を強行する。

 ……ちぇ。置き土産に顎を蹴り上げるつもりが、躱された。

 仕方ない、反撃は諦めだ。バク転を続けて、奴の間合いからの離脱を急ぐ。


 無茶な動作の連続に、身体のあちこちで不満が噴出するのを感じた。

 しかし幸か不幸か、痛覚経由のクレーム処理は俺の担当じゃない。


『ピキって、ピキって聞こえた! あぁっ、全身が! 地味に! 痛い!!』

「アクセス零三」


 担当者の泣き言を聞き流して、音声認証を試みながら、拳で足元を叩く。

 これで仕掛けが起動するはずだが……?


 黄砂舞う無味乾燥の砂地が、硝子細工のように砕け散った。


「よし!」


 カモフラージュが解けて、真の大地に刻まれた巨大な魔法陣が出現。

 特殊なプログラムが起動して、白金に輝く複雑怪奇な文様に紫電が迸る。次の瞬間、魔法陣が無数の防壁を生成した。

 周辺一帯が、墓場のような空間に塗り替えられていく。


 本来の用途は遠距離攻撃対策だが、今回は違う。目眩ましの代わりだ。

 俺は防壁の裏へ裏へと素早く回り込み、敵の前から姿を消した。


『退避成功。もだえるので忙しそうなとこ悪いが、無手の隻腕じゃ話にならない』


 声を発さず、運命共同体限定の意思疎通手段――識閾共鳴で協力を要請する。


『今のうちに武器をくれ、微M』

『誰が微Mよ!?』


 ミス。

 口が滑った、もとい意識が先走った。


 通常の肉声会話なら、嘘八百なんのそのなのに……。

 このテレパシーじみた伝達手段は、どうしても慣れない。以心伝心の上位互換も同然で、頻繁に本音が漏れてしまう。


『いくらイツキが階級暫定の民間協力者で、実戦慣れしてないとしても! 任務真っ最中の上官相手に、告げて良いことと悪いことってあるんじゃないかなぁ!?』

『違うんだ。信じてくれ。今のは本心だけど故意じゃない』 

『言い訳するのか喧嘩売るのか、どっちかにしてくれる……!?』


 識域共鳴を大雑把に説明すると、漫画でよく見る瞬間的な脳内会議だ。あれが超技術と呪術の恩恵で再現されている。

 応酬は文言の多寡を問わず、刹那の出来事に過ぎない。


 だからつまり、その刹那の間に、彼女は作業を進めていたのだろう。

 識閾共鳴が途切れてすぐ、俺の脳裏にシステムメッセージが閃いた。


【MATERIALISE】


 これを合図に、手甲からギロチンのように重厚で鋭利な刃が伸びた。


 俺が要請を出してから、まだ実質三秒と経過していない。聞くところによると、この処理能力は規格外なのだとか。

 さすが元祖イレギュラー。


『不満垂れても仕事が速いのは、間違いなくメイの長所だよ』

『ふふん、まぁね~』


 俺はメイの機嫌をとる一方、出現直後の凶器を眺めて失笑を零していた。


 研ぎ澄まされた刀身は鏡面さながら。

 そこに、多趣味の成果で引き締まった痩躯を誇る、どこか胡散臭い雰囲気の少年――平坂樹の姿は、映り込んでいない。


『これであとは、もうちょっと冷静沈着で艶っぽくて空気が読めたら……』

『どぉーしてわざわざ上げてから落とすの!?』


 普段と同じ戯言を紡ぐ俺の姿は、普段と違う人型の鋼鉄――巨大ロボット。


 ギミック内蔵の手甲やバーニアなどの装備類どころか、各関節部分にまで精密な機構が垣間見える。顔に口や鼻は存在せず、暗紫色の不気味な光が瞳のように瞬いていた。その暗い色合いに歪曲パーツの多さも重なり、全体像の印象は邪悪だ。


 場所柄、現実味は薄口仕立てがデフォルト。

 とは言え、それも身形にまで及ぶと調子が狂う。

 一般常識との落差に眩暈を覚えた。心の安定が、外面と一緒に崩れていく。自分が人世の安寧を死守している事実まで、失念してしまいそう。


 だが、空気を読むのが苦手なメイは、そんな俺の不調に気付かない。


『しかも二つ目から早速おかしい! 三つ目なんて、イツキが言えた義理!?』

『言えるとも。俺、空気読むのは得意だぞ。読んだ上での行動が伴わないだけで。今さっきのみたいに、つい余計な一言を重ねたくなるんだよね』

『自覚があるなら直しなさいよ。それで何度あたしが調子を崩されたことか!』

『そう怒るな。おかげで俺の調子は元通りだ』


 漫談でメイの存在に意識が傾くと、瓦解間近の外面は急速に修繕されていった。

 中身までは変化しないが、それは俺にとって毎度のことだ。

 支障ない。


『ほぇ……? き、急に何の話? どういう意味なの?』

『やっぱりメイは空気読めないままでいいや、って意味』


 そこで俺は、お約束の余計な一言。


『ほら、よく言うだろ。――バカな子ほど可愛い』

『……知ってる? それ褒め言葉じゃないのよ!?』


 返答とは裏腹にメイから怒気は感じられない。こういう天邪鬼な点こそ、本気で愛らしく思う。

 でも、口に出すのは自重しておいた。


『素直に褒めるのは、仕事が終わってからのお楽しみ』


 代わりに、俺は自分たちの任務を反芻することにした。


『今は〝鬼退治〟に集中しないと』

『うっわ、珍しい……。イツキが真面目だ』

『失敬な。俺は常に大真面目だぞ。ちゃんとバイト代以上の働きもしてる』


 隠れてばかりもいられない。

 愚痴を吐きながら、敵の前に躍り出る。


『桃太郎に遠く及ばない、苦学生の分際で……我ながら本当によくやるぜ』

「グォォォォォオオオオォォォォァァァアアアアアアアアアアアア――――ッ!!」


 俗に『鬼』と謳われる御伽噺の住人が、咆哮を発して俺を出迎えた。


 妖怪変化もハイブリッドが流行の昨今、珍しくオーソドックスなタイプだ。

 赤銅色の偉躯は、分厚い筋肉の鎧に守られている。巨大ロボットの我が身と比べても、何ら遜色ない。

 さらに、五指の先からは鋭利な爪が、額の中心からは歪な角が伸びていた。


 武器は切れ味抜群の爪牙と、外見を裏切らない怪力。その脅威は、左腕の喪失で実証済みだ。

 接近戦は遠慮したい。中距離でのクレバーな闘いを心がけよう。


 俺は次を最後の一歩と決めて踏み出した。

 同時に、メイから意念が届く。


『……そうね。イツキの不足分は上官のあたしが補わなきゃ』


 はぃ? と話の雲行きを怪しんで、空隙を挟んだのが失敗だった。


『ちょこっと加速そぉーち!』


 メイの妙なかけ声で脚甲付属ブースターが起動し、多量の蒸気を散らした。さらに、背中のバーニアが猛火を噴き出す。

 結果、最後の一歩は俺の意に反する大跳躍となった。


 ……散歩途中に、背後からジェット機で突き飛ばされたような気分だ。


 自機の刃は届いても、鬼の爪は届かない絶妙な位置に着地した。

 理解に心が追いつかない。間抜けなことに、鬼と近距離で睨めっこ。


 すぐにメイが疑問を発した。


『何ボケてるのイツキ!? あとは剣を突き出すだけ。大チャンスじゃない!』

『白波さんじゃあるまいし、こんな阿吽の呼吸で合わせられるか!』


「っ、ガァア!」


 やっとのことで攻勢を意識した俺だが、動き出しは鬼の方が早い。踏み込みと同時に、豪腕が振り下ろされた。


「ええい……ッ!」


 こんな筋肉だるまと相討ちは御免だ。

 俺は攻撃を諦めて、防御に専念した。


 刀身を盾代わりに、爪撃を辛くも受け流す。

 が、一息吐くにはまだ早い。鬼は両腕が健在なのだ。先刻の攻防でも、即座に逆の拳が飛んできた。タイミング的に今回は躱せない。


 どう防ぎ、どう反撃するべきか?

 答えは自問するまでもない単純明快なものだった。


 機体の動作が俺の意思なら、機械式ギミックの操作はメイの仕事。二心同体の現状、相互扶助の精神なくして勝利はない。

 どんな窮地も彼女と協力して乗り越えるべきだ。


『――ってのは建前で』


 頭部を狙う鬼の正拳突きを、失われた左腕の切れ目に迎え入れる。


『メイもたまには反省しろ』


 耳障りな異音の大合唱を引き連れて、数多の金属パーツが豆腐のように圧壊。火花散る肘の破損箇所を入り口に、肩口付近まで深々と抉られてしまう。


 まぁ、頭部が吹っ飛ぶよりは幾分マシか。


「っ、いィ――――――った――――――――い――――――――――ッ!!」


 しかし、機体の損傷を痛覚で把握するメイは、派手に泣き叫んだ。


『いきなり何てことしてくれてんのよ、イツキ!? 今のは、メイさま万歳って褒め称える場面じゃん! せっかく中距離からの不意打ち作戦が成功したのに!』

『俺の不意まで打ってどうするんだよ。自業自得だ』


 平坂樹は〝理想嗜好〟であると同時に〝リアリスト〟でもある。

 例え、痛覚配分の偏りに忸怩たる思いを抱えていても、必要と判断した以上は悲鳴が聞こえたぐらいじゃ、小揺るぎもしない。


 識域共鳴を打ち切り、今から刺突を放つと言わんばかりに右腕を引き絞る。


 刹那、鬼が超反応を見せた。

 斬撃の届かない距離まで、一息で後退。

 ――無駄なことを。


『そこは間合いの外だが、射程の内だ。やれ、メイ! 今こそお前の出番だぞ!!』

『うぎぎぎぎ……毎度毎度、あたしが激痛で苦しんでるときに限って!』


 不満垂れても仕事は速いのが、メイの長所だ。

 手甲内蔵のシリンダー型機構が、即座に駆動する。撃鉄が落ち、手甲と鎖で繋がる剣が弾丸のように撃ち出された。


 着地直後の鬼に許した反応は、顔面を驚愕で彩ることのみ。


 飛翔した剣が、鬼の強靭な胸板を貫通して、奥の防壁に深々と突き刺さる。

 次の瞬間、メイの――〝機械仕掛けの退魔師〟の真価が発揮された。


「デリート」


 心臓部という人魔共通の急所を破壊された鬼は、彼女の言霊に抗えない。退魔の《力》を宿す上位コマンドに屈服して、花火の如く爆散した。


 ポリゴンの欠片に還った鬼の消滅を見送り、俺はホッと安堵の息を吐く。


「これでようやく一段落か」

「まだよ!!」


 メイが注意喚起を寄越す。


 しかし、一度緩んだ緊張の糸は易々と戻らない。

 視界端に、矢印と並んで【WARNING】の表示が。なのに、俺は首を傾けることしかできなかった。

 直後、四方で火柱が吹き荒れた。


『っ!? 今度は何事だよ!?』

『油断しないで、イツキ! 新手よ。上空、四時方向!』


 後続は仲間が足止め中だったはずなのにっ、鬼に手間取りすぎたか!


 緋色に染まった不気味な空を仰ぎ見る。

 巨大な蝙蝠羽根を生やし、両手を紅蓮の焔でかたどる異形の悪魔が、癪に障る嘲笑を零して滞空していた。


 斬り込める高さじゃない。

 剣射なら届くが、不意打ち以外の命中は期待薄だ。


 形勢不利を悟って歯噛みする俺に、メイが挑発的な意念を送ってきた。


『ピンチに次ぐピンチって感じね。一応、あたしたちには敵前逃亡が許されてるけど……どうする、イツキ?』

『戦略的撤退か。魅力的な選択肢だな。どうせ悪魔一匹見逃したとこで、犠牲者が百を上回るような大事にはならない。

 でも、それって俺たちの外面的にどうなの?』

『控え目に言って、超格好悪いわ』


 メイが、鎖で繋がった剣を戻す。

 そこに再び火炎の洗礼が。

 悪魔の両腕から生じた火種がスコールの如く降り注いだ。大地が融解し、余波で生じた火炎が周囲を喰らう。


『……残念、格好悪いなら撤退はなしだ!!』


 火の海の真っ只中で、俺は装甲を緋色に炙られながら威風堂々と剣を構えた。











 とある識者が揶揄して曰く、現代は『夢見る大人の期待に応えた時代』らしい。


 例えば自動車だ。

 宙に浮かず、しかし運転支援システムの面で飛躍的な進歩を遂げた。十年近く前に完全な自動走行の域に至り、その国内普及率は半年前に六割を突破したと聞く。


 他にも人工知能やアンドロイドなど、数世代前まで夢物語だった技術が、実働可能レベルにまで到達していた。


 とはいえ、自走システムほど気軽に利用されてる技術は稀だ。

 新しいものに貪欲かつ寛容な国民性を誇る日本ですら、例外ではない。

 諸般の事情から、新技術の恩恵は華やかな都心部の公共施設や、逆に人が嫌厭する地味で汚い仕事場に集中している。


 庶民の日常風景は二十一世紀頃から大きく変化せず、巨大ロボットが我が物顔で闊歩するような事態など、断じてありえない。

 なるほど『夢見る〝大人〟の期待に応えた時代』とは言い得て妙だ。




 でも、俺が巨大ロボットとなり、人外化生と争っているのも真実で……。




 そこには論理仕立てじゃ説明し難い、複雑怪奇な事情があった。






 始点は時を遡ること一ヶ月と一週間――。




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