009 翔太の戦い
予約投稿というのを初めてしてみました。
暴力表現があります。注意してください。
「あれぇ姉崎?」
二人の食事の時間を蓮っ葉な声が割り込んだ。
そこには男女のグループが居た。
男の方はわからない。
が、女の方はその面影には見覚えがある。
梵天公園で翔太の体操服を池に投げ入れた奴等だ。
「やっぱり、姉崎じゃん。マジウケル」
中央のピアスをつけた女が楽しそうな声を出しながら近寄ってくる。
「うわぁ休みの日に嫌な奴に会っちゃった。マジなえるんだけどぉ」
ピアス女の隣でそういう女はそういいながらも、その眼は笑っていた。
ピアス女は翔太を見て
「弟?」
「・・・ち、ちがう」
「だよね。似てないもん」
何が楽しいのか甲高い笑い声をあげた。
それがとても耳障りで、翔太は口元を引き締める。
「じゃあこいつが和泉翔太なん?」
傍らで萌絵が固唾をのんだのがわかった。
「なんであんたが俺の名前を知ってんのさ」
翔太の言葉に一瞬だけ煩わしそうに目線を送ったが、それを無視して女は萌絵に近づく。
「やっぱりそうなんだ。姉崎さぁ、それってどうなのさ?」
「どうして知ってるのかって聞いてるんだけど」
再度の翔太の問いかけにようやくピアス女が答える。
「だって、こいつのカバンの中にあんたの名前の入った体操服があったし。こんな日に一緒にいるし」
そういうことか成程と納得する。
しかし、その答えに驚いたのは傍らにいた男の一人だった。
「はぁ?こいつ小学生くらいだろ?なんでそいつの服を彼女が持ってるわけ?」
その問いにピアス女は嗤って答えた。
「知らない。そういう趣味なんじゃないの。マジキモイ」
「うげ。そらキモイわ」
嘲笑がその場に満ちた。
「ねえ。翔太君て、こいつと付き合ってるの?」
「別にそういうんじゃない」
「へえ。でもさぁこいつと付き合うの、考え直した方が良いんじゃない?
あんたの体操服を持ち歩いてる変態だよ?」
「うわぁそれはキモイ。マジでキモイ」
まわりの男たちは腹を抱えて笑い出す。
「あんたに言われることじゃないんだけど」
「口が悪いなぁ。年長者として心配していってるんだけどなぁ。
友達いないからって年下に手を出すような奴だよ。マジヤバでしょ」
「もう、いいだろ。ほっといてくれないかな」
翔太の歯牙にもかけない言い方に、チッと舌を打つ音が聞こえた。
「なんだよ。生意気なガキだな」
それまで笑っていた金髪の男が額に青筋を浮かばせて翔太に近づく。
気圧されるように翔太は立ち上がるが、その瞬間大きな手が彼の頭を掴んで退路を塞ぐ。
手荒く髪の毛を鷲掴みにして、翔太の姿を見下ろす---と、大きく噴き出した。
「なんだ、こいつ。かっこいいこと言いながら足が震えてやんの」
「え?マジで?どれどれ?」
翔太も気が付かなったが、見ればわかるほどにガクガクと震えていた。
カッと頬が赤く染まる。
「わっ、マジだ!」
「ごめんなぁ。怖がらせちゃってぇ」
「おしっこ洩らしちゃうところだったかねぇ」
「あ、あの!」
高校生たちの嘲笑を切り裂いて、萌絵の声が響く。
静まる中、萌絵がつっかえながらも言葉を紡ぐ。
「もう、止めて、ください」
少し驚く。
小さくともしっかりとした萌絵の意志の込められた声だった。
そして、そんな彼女にかばわれてる自分を情けなく思う。
しかしそれを快く思わなかった高校生たちは口々に非難を浴びせはじめた。
「はぁ?なにそれ?私たちがなにか悪いことやった?ちょっとからかっただけじゃん」
「いるよなぁ。そうやって被害妄想するやつ」
非道く耳障りな声。
足は震え、口は開かない。
さっきまで萌絵にあれほど偉そうなことを言っていたというのに。
だが萌絵はそんな翔太を見ても見損なったりはしていなかった。
逆に守らねばならないと、くじけそうな心を叱咤して、震える声でなおも懇願を繰り返す。
今は翔太を無事に帰すことが最優先事項なのだから。
「・・・それで、いいから、もう私たちに、構わないで」
「姉崎さ。マジムカつくんだけど。いつからそんな偉そうなこと言える身分になったん?」
ピアス女が双眸を怒らせ、萌絵の髪の毛を引っ張る。
よほど強く引っ張ったのだろう。
それで萌絵は苦痛の声をあげ、体勢が傾く。
「ちょっと教育が必要じゃない?」
後ろに控えていた女が言う。
「それ。いいんじゃない?この前みたいにしてやれば?」
また別の女が言った。
この前というキーワードに翔太は血が沸騰する感覚を自覚した。
足の震えはこの時、止まった。
変わりに今まで持ったこともない大きな怒りが身の内を焦がしていく。
落ち込んでいた眉は徐々に吊り上がり、両手は白くなるほど強く握りしめていく。
歯を軋ませるほどに噛みしめた。
そんな変化に気づかない高校生たちは構わずに萌絵を嘲笑う。
「ああ、そうだね。頭冷やさせてやるよ。もう一回、池にダイブすれば、自分の立場も---」
それが着火点だった。
ピアス女の得意げな口上もそれまで。
咆哮が上がる。
誰もが顔をしかめ、辺りを確認する。
それは翔太の発したもの。
「このクソ馬鹿がぁ!」
翔太の怒号にそれまで悲嘆を浮かべていた萌絵の表情が驚愕に彩られる。
ピアス女めがけて、手近にあったスポーツバックを投げつける。
女の悲鳴。
「馬鹿野郎!馬鹿野郎!」
翔太の罵声を聞いて金髪の男が、翔太めがけて拳を振り下ろす。
「お前らみんな馬鹿や---」
翔太の叫びを潰す肉と骨が軋む音、身体がくの字に折れ曲がる。
歪む視界、襲い来る痛み。
華の奥がツンっとなって呼吸が乱れた。
それでも翔太の心は折れない。
「ここにいる奴等、みんな馬鹿野郎だ!」
再度罵声を吐き出す。
崩れた体勢を立て直し、目の前の金髪に殴りかかった。
「馬鹿はてめえだ、このガキ!」
金髪はその獰猛な本性を現し、翔太の顔面めがけて拳をふるう。
一発、二発と的確に目標をとらえ、打音が響く。
どこか遠くで萌絵の悲鳴が聞こえたが、翔太の目には拳しか映っていない。
そして、三発目。
狙いの甘くなった攻撃をギリギリで躱し、懐に飛び込む。
通り過ぎが無防備な腕めがけて翔太は思い切り歯を突き立てた。
気持ちの悪い悲鳴が轟く。
よろめいたところにさらに今度は手のひらに歯を突き立てる。
それは肉にまで食い込み、赤い血が流れ落ちた。
それまで軽薄な笑いを浮かべていた残りの二人の男が血相を変えて加勢に加わる。
もみくちゃにされ、殴られて、それでもなお放さない翔太。
それを一際体躯のいい男が助走をつけて蹴りを放つ。
子供という配慮すらない全力のそれ、胃の中が爆発したような痛みに、思わず口を放してしまう。
なんとか手を開放された金髪は深く歯型のついた手を抱え込む。
そして血走った眼をふらつきながらも立ち上がった翔太に向けた。
理性を無くし、罵詈雑言とつばを吐き出しながら、金髪の渾身の拳が振り下ろされた。
衝撃と浮遊感。
空気を切り裂くような悲鳴。
それは翔太と呼ぶ声と、彼女の泣く声だった。
泣くなよ。
泣くんじゃねえよ。
お前が泣くとさ、なんでかなぁ・・・俺が痛えんだよ・・・
どこからか別の大人の声。
慌ただしく去っていく集団の足音。
冷たい地面に投げ出された翔太は、誰かに抱き起されるのを感じながら意識を手放した。
少年の、助けようと、伸ばした手は、彼女に届かない。
ヒーローになりきれなかった男の子が、それでも敵に立ち向かって、そして負けた話