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031 その言葉に特に意味はない

注意:百合子の言葉に意味を求めないでください。

彼女の言動は半分が嘘で、残りの半分が冗談です。

そーゆー人なんです。

時は放課後。

場所は地学準備室に移っていた。

萌絵は勧められた席に腰をおろし、何もない机の上に視線を落としている。

傍らでは件の少女百合子が鼻歌交じりにお茶の準備をしていた。

ケトルに水を注ぎ、自分はコーヒーミルを持ち出して、豆を挽き始める。

それをなんとなく見ていると、彼女と視線がかち合った。

「ん?これかい?私物だよ。ここはボクの牙城なのさ」

程なくして挽いた豆から芳醇な香りが立ち昇る。


目の前に珈琲が差し出された。

百合子がそのまま対面に座る。

「砂糖とミルクは?」

「結構よ」

「そうかい?ならボクも」


萌絵は珈琲には口をつけず、百合子は一口含んだ。

「うん。苦いね。やはり」

笑顔とともに感想を一言。

そして角砂糖を二つとミルクを足した。

「珈琲はね。人生のように苦い。だから砂糖二つにミルクはたっぷり。

それくらいがちょうどいいとボクは思うよ。フロイライン」

「どうでもいいことね。それより貴女のそのいちいち鼻につく物言いは何?」

「癖みたいなものさ。習性と言い換えてみてもいい」

睨み付ける萌絵を尻目に、百合子はゆったりと珈琲を飲む。

それでもギスギスした空気は拭われることはなかった。

それもそのはず、あの直後、口を開きかけた萌絵を聞いた百合子が制したのだから。


「ああすまない。もう始業の時間が迫っている。話は放課後、そうだね。地学準備室でにしよう」


そう言って、彼女は萌絵を置き去りにした。

さっきまでの構いようとは打って変わった放置に萌絵の不機嫌メーターは軽々と限界点を突破した。

無視してもよかったが、あそこまで言った手間を今更捨てるのも癪であったし、

何より翔太のご褒美が欲しかったというのが大きい。


地学準備室と書かれた札を確認して、部屋へと入ると、

果たして部屋の奥に窓ガラスからの斜陽を背に受けて彼女がいた。

部屋を見渡しても彼女以外には誰もいなかった。

それからは勧められた席について今に至る。


「なぜここだったの?」

百合子の珈琲が飲み終わるのを待たずに、萌絵が尋ねた。

彼女はゆっくりとカップを置いてから朝と同じ気に障る笑みを浮かべた。

そして指を一つ立てる。


「フフン。ひとつは話なら静かな場所が好ましい」

すぐさまもうひとつの指を立てた。

「そして二つ目は此処がボクのテリトリーだからだよ」

「テリトリー?」

「察してくれよ。我が校の女王と相対するなら、せめてホームグラウンドでありたいという弱者の要望だよ」

「どこでも変わらないわ。それで?返答は?」

「おいおい待ってくれ。憶えているかい?勿論ボクは覚えているよ。

あの時はボクのターンだったじゃないか。

君が忘れっぽいというのなら再度言って見せようか?

それくらいの手間はやぶさかではないからね。

さて、まずは訳を聞かせてくれ」


萌絵はしばし熟考する。

が、途中で考えるほどのことでもないと思い直す。


「訳、というほどのものは無いのだけど。友達を作れと言われたから、としか言えないわ」

「フフン。その言い方からすると、君はソレを必要としていないみたいだけど?」

「そうね。私には必要ない。けど、心配はさせたくないし、ガッカリもさせたくないのよ」

「・・・・・・へぇ」



キラりと百合子のメガネのレンズが光った気がした。

彼女はおもむろに立ち上がる。

そして二人を分かつ長机をゆっくりと周回しながら、ふんふんと頷いた。


「なるほど。つまり君は仮初の友人が必要なんだね。仮面夫婦ならぬ仮面友人と言ったところかな?」

「そういうことね」

「そこでボクを選んだ。都合よく寄って来たボクを。光栄だと君にいうべきか、はたまな幸運だったと自分にいうべきか。

だがそれは君にばかりメリットがあって、ボクにはない気がするね?」

「1億までならすぐ用意できるわ」

すぐの返答。

その声に気負いはなく、さらりと当然のように告げられた。

百合子の歩みが止まる。

「ハッ」

そして、嘲笑うかのような吐息が漏れた。

「好きな額を言ってくれても構わないけど?」

それまでどこか楽しげな表情を浮かべていた百合子が初めて眦を釣り上げた。

「フフン。さすが姉崎・・・か。姉乃宮あねのみやのナレハテとなっても、

その本質は変わらないと見える。この黒羽を金で釣ろうとするなんてね」

「姉乃宮?」

「・・・いや、独り言だよ。気にしないでいい。だが、そうだな。今の問答でのボクの心情は、

君を殴りつけて、その高慢な面の皮に唾を吐きたくなるくらいには、印象が変わったと言っておこう」

張りつめた空気が漂う。

萌絵はふっと息を吐いて、目の前に立つ女に尋ねた。

「では、交渉は決裂かしら?」

その女はまさかと首を左右に振った。

「いやいや。それは早計さ。話は最後まで聞かないとね。

それで失敗したことも多々あるし」

「話?これ以上なにを話せというの?」

元々萌絵は会話を好まない。

生来より一人での静寂を好む性質だ。

今の会話にもすでに意味を見出していなかった。

早々に切り上げてしまいたい。

もっとも翔太との憩いの時間は、超えられない壁のさらにその向こう側にあるのだが。

すると萌絵の前で百合子は大仰に両手を広げて言った。

「君のことを、すべて、余すことなく---とまで言わないよ。

翔太くん?だったかな。聞いているよ。君の想い人らしいね?」


その一言で明らかに教室内の空気が変わった。

先程までですら温室と思えたほどに。

チリチリと焼き付くような視線が百合子を射抜く。

極寒の女王が絶対零度の吐息を伴い彼女に告げた。


「もし、翔太に手を出すつもりなら、殺す」


その言葉に百合子は引きつった笑顔を浮かべた。

しかし、そこに恐怖は無い。

あるのは知的欲求により限界を突破した喜びの感情だけであった。

「あはははは。凄いな!凄い殺気だ!!

これだけで本当に殺されてしまいそうだ!」

言葉とは裏腹に百合子はそれでも余裕たっぷりに嗤う。

そして両手を左右に振って萌絵の問いを否定する。

「いや、いや、いや。誤解はしないでくれ。

今のボクに誰かを傷つけるほどの力も意欲もない」

そして本棚に寄りかかり、見下ろすように萌絵に告げる。


「言ったじゃないか。興味があるって。君とその翔太君のことを教えてほしいのさ」

「なぜ?」

「それはボクの創作意欲がそうさせるのさ」

「創作意欲?」


萌絵の疑問の声に、百合子は手近な本に指をそえる。

「これでも副業に物書きをしていてね」

「・・・小説家ってこと?」

「ん?まぁ・・・そうだね。しがない官能小説家さ」

「官能・・・?」

「エッチな奴さ」


「・・・・・・・・・」

「エッチな奴だよ」


何故か二度言った。


「これでも糊口をしのぐくらいには活動していてね。次の作品の題材を探していた」

「・・・・・・」

激しく席を辞したくなってきた。

呆れかけていると言ってもいい。

しかし目の前の女はそんな萌絵の様子に気づかず、朗々と語りかけてくる。

「そんな折に君のことを知った。

正直スランプ中でね、藁にも縋る思いなんだ。

良質なネタならば、わが身すら銀貨三十枚で君に売り渡そう。

だから教えてくれないか?君と翔太君とはどういう関係なんだい?

ああ、個人情報とまではいわないよ?

姿かたち、年齢、どういう趣向の持ち主だとか。

君といったいどんなプレイをしているのかとか、赤裸々に教えてくれたまえ。

幸いボクたちは女同士、腹を割って話そうじゃないか」


俗物。

それが萌絵が彼女に対して下した評価。

己の敵にすらなりえない、ただの愚者か、と。

ならば彼女を弑するのに労力は不要。


「それならきっと貴女の期待には添えないわ」

「なぜ?」

「だって、翔太はまだ12歳だもの」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


ゴホンと咳払い。


「えっと、つまり君の想い人は中学生?」

「小学生よ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


百合子はついっとメガネのフレームを指先で押し上げる。


ツカツカツカ


無言で萌絵にまで歩み寄り、その手を両肩に延ばす。

そして握りつぶさんばかりに掴む。


「オッケーだ!マドモアゼル!!」

その瞳には星が輝いていた。

「は?」

「来た!来た来た来た!み・な・ぎ・っ・て・き・たーーーー!

マジかマジですかマジなんですねリアルオネショタキタコレ!!

こんな近くでレアキャラゲット!!やったぜ百合子!!

んん?湧いてきた!湧いてきたぞ!沸々と創作意欲が!!」


狂乱。

まさにそれが目の前で発生していた。

奇声を発し、くるくると回る百合子はどこか黒い百合を連想させる。

キュッとシューズが鳴って制動をかけて、回転を止めた百合子は萌絵に手を差し伸べた。


「さあ!我々の契約は成った!ボクの友情は今より君に全て捧げよう!

真友!親友!心友!好きに呼んでくれたまえよ姉崎萌絵!」


ぐいぐいと押し寄せる百合子を両手で押し返しながら萌絵は思う。

やはり友人など不要だと。

鼻息荒くにじり寄る友人など欲しくはなかった。


「友となったからには、色々なことを相談せねばならんよ!

友達とはきっとそういうものだからね!ボクは知らないけど!

彼氏との馴れ初めとか、性生活とか、エッチなこととか、特殊な性癖とか!!

ハリー・ハリー・ハリー!!」


くるくる。

くるくると、百合子は一人ダンスを踊る。

歓喜に溢れた彼女と違い、沈痛な表情を浮かべる萌絵の顔が印象的であった。


翔太に褒めて貰うには、とりあえず誰かと友誼を結ぶ必要がある。

だが、困ったことに萌絵と会話が成り立つ人間などそうそういない。

珍しく居たと思ったらこれだ。

『頭痛が痛い』と、意識して言ってしまいそうなほどの痛みが彼女を襲う。

嗚呼なんと人生はままならぬものなのか・・・。









それとも、やっぱりこの女、殺しとこうかな。

姉乃宮・・・それは父嶽院、大兄宮と並ぶ、古から日本を裏で牛耳っていた六家姓のひとつ。その中でもとりわけ財力が抜きん出ていた。

現代ではすでに二つが断絶し、純粋な血統を残すのは先の二家のみ。

姉崎は戦後になって妹尾とともに宮堕ちした一族。

しかしその権勢はより強大なものになっており・・・


なんてことはまったくありませんのでご安心ください。


次回で百合子編終了です。

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