025 姉崎邸訪問 お泊り会 中編
二話におさまりきらなかったん・・・
はたして、案内された部屋での料理はとても豪勢だった。
聞いたところによるとついさっきまで近重さんが用意してくれていたらしい。
確かに料理はそのどれもがまだ湯気が立っていた。
食事はマナーを気にしないビュッフェ形式というものらしい。
好きなものを小皿に分けて食べるのだとか。
翔太はちょっと安心する。
テーブルマナーなんて知らないのだから当然と言えば当然。
給仕は珍しく萌絵が行った。
翔太は自分でやろうとしたのだが、お客さまだからと止められた。
大皿から小皿に取り分けられて手渡される。
意外と手際のいい萌絵に、翔太はへぇと感嘆の息を漏らした。
「何もできない奴じゃなかったのな」
意外と失礼な事を吐く翔太。
「花嫁修業なの!」
「・・・・・」
・・・なんだろう。
微笑ましいのだが、どこかしらプレッシャーを感じざるを得ない。
冷や汗をかく翔太を萌絵は嬉しそうにえへへと笑っていた。
二人は仲良く並んで食べた。
料理は暖かく、そしてどれも美味しかった。
そう言えば芽衣と真紀は大丈夫だったろうか。
こういう時、自分にも携帯があればと思わないでもない。
和泉家は携帯所持の解禁が中学入学なので来年までお預けなのだ。
そんなことを考えつつも、終始上機嫌の萌絵とも歓談しながら、やがて食事も終わる。
残った料理はもちろん萌絵が片づけた。
ちゃっかり翔太はそれを明日お土産として貰う約束も取り付ける。
片付けも終わり、ややもして翔太は萌絵の案内のもとリビングへと移動した。
部屋に入り翔太は初めての場所にキョロキョロと辺りを見回す。
そこはモスグリーンの落ち着いた壁紙と木目調の柱が四方に建つ大部屋だった。
一際豪華な照明が二人を出迎える。
立ち入るとふわふわの絨毯が足から伝わってきたのには驚いた。
ちょっと、というかかなり気持ちがいい。
中央には大きなソファとテーブルがあり、
ソファ正面の壁には巨大なスクリーンが設置されていた。
「おお~すげえ」
スクリーンを目にして、子供らしい歓声を上げる翔太。
「なんか、ゲームとかないの?」
「ゲーム?トランプとか?」
「いや、テレビゲーム。せっかくこんな大きなテレビがあるんだからさ。やってみたいじゃん」
「・・・ごめん。知らない」
申し訳なさそうに首を振る萌絵。
「え?知らないの?」
そういうともっと表情を暗くしていく。
ああ、そういえば外で遊ぶたぐいも知らなかったな。
ちょっと配慮が足らなかったかなと反省。
「いいよ。今度持ってきてやるよ。そしたら一緒にやろうな」
翔太がそう言うと、それだけでパァッと表情を明るくする。
チョロすぎるヒロインであった。
萌絵的にはゲームの内容云々より、一緒にというワードに反応したのだが、
翔太はそれに気付かず、現金な奴だなぁと苦笑した。
「あの、今日は映画見る?いろいろあるよ」
それはいいアイディアだと一も二もなく賛同する。
ディスクをセットして、レーベルロゴが大きな画面に映りだされた。
翔太はおお~っとここへ来て何度目かの感動の声を上げた。
そんな姿を嬉しげに見つめた萌絵は、ストンとソファに座って彼を呼ぶ。
「じゃあ、翔太。はい」
そう言って萌絵が提示したのは、彼女の身体の真正面。
「・・・・・・」
いや?
いやいやいや?
それはないよね?
ないんじゃないかなぁ・・・うん。
ポンポンと股の間の空いたスペースを叩く萌絵から視線を外し、
すっと身体を引いて彼女の隣に腰を下ろす。
うん。すごく座り心地が良いねこのソファ。
ほどなくして映画が始まった。
「・・・・・・・」
軽快なBGMが流れだす。
しかし隣からは無言の視線が依然として浴びせられている。
おかしい。
今自分たちは映画を見てるはずなのに、隣の人は別のものを見ているようだった。
つとめてにこやかな笑顔を浮かべる翔太の頬をタラリと汗が伝った。
上映開始後5分に満たなかった。
ついに萌絵は行動を起こす。
じっと画面を見つめたまま動かない少年の腰に手を伸ばす。
「ひゃほぅ!」
その部屋に変な悲鳴が上がった。
次の間には翔太は軽々と持ち上げられ、驚いている内に萌絵の両足の隙間に降ろされた。
「な・な・な!?」
顔を真っ赤にして頭上を仰ぐ翔太。
萌絵はその隙を見逃さない。
すかさず彼の身体を両足で挟み込んで、お腹に両腕を回す。
これで固定完了。
もう逃げられない。というか逃がさない。
思わず彼女の口から安堵の息が漏れた。
どこか熱を帯びたそれが翔太の首元にかかる。
「ひぅっ!」
ぞくりと背筋がざわつき、短い悲鳴が聞こえた。
しかし萌絵の全神経は鼻孔を満たす翔太の匂いに割り振られていた。
感情の赴くまま彼の髪の中に顔を埋める。
この上ない多幸感が萌絵の胸を満たしていった。
まるで天国にいるかのような気分。
喜の限界値を余裕で突破し、プルプルと小刻みに震える萌絵。
「うふふ。うふふふふ。翔太の匂い」
「いや、怖いからお前!っていうか怖い!」
「大丈夫。なにもしない」
「これしてるよね!絶対!」
「翔太、私のこと嫌い?」
「いや、嫌いとかそういう問題じゃなくて!」
「これ嫌い?」
「いや、その、なんかくすぐったい」
「じゃあいいじゃない。ほら映画、始まってるよ」
「・・・お前なぁ」
その後も何度か身じろきしたり、立とうとしたが、がっちりホールドされて無理だった。
もう何を言っても無駄と諦めた翔太は、頭上を睨み付けるのを止めて、
目の前の画面に視線を戻した。
許しが出たと思った萌絵は、翔太の身体を今まで以上にぎゅっと抱きしめて、
彼の首筋にこすりつける様に顔を寄せる。
当然彼女の豊満な胸も彼の背中に押し付けられることになる。
普通の男性なら理性崩壊してもおかしくはない状況ではあったが、
思春期に突入してすらいない翔太にとっては、こそばゆい感じが大勢を占め、
なんとも面はゆい居心地に難儀するのみであった。
まあ萌絵の身体の柔らかさとか、香りとかにやや当てられ気味、逆上せ気味ではあったものの
なんとか耐え忍んだ彼は、本当に紳士の鏡と言えよう。
途中。
「ねえ、翔太」
「なんだよ?」
「噛んでもいい?」
「ダメ!」
「じゃあ舐めるのは?」
「ダメ!!」
「翔太が食べるのでもいいよ?」
「・・・食わねーよ」
なんてこともあったことは追記しておく。
ちょっと暴走気味の萌絵さんですが、ちゃんと翔太の意志は尊重してます。
彼が本当に嫌だと思うことはしません。
だから噛んだりもしませんでした。
本人はすっごくしたいんですけどね・・・
あ、一応翔太君は難聴系主人公ではありません。
ちゃんと相手の話を聞いて応えてくれます。