021 姉崎邸訪問 パン作り編
カステラとかは今もたまに作りますね。
へったくそですが(笑)
姉崎家のインターホンを押す。
『はい』
応えたのは萌絵の声じゃなかった。
「あ、翔太です。和泉翔太。萌絵いますか?」
『少々お待ちください』
そこまで聞いて近重さんの存在を思い出した。
果たして翔太を出迎えに来てくれたのは近重さんだった。
彼女を追うように萌絵が現れる。
約束の土曜日。
今日、翔太は姉崎邸を訪れていた。
「和泉様、そちらお持ちします」
翔太の大きなバッグを見て、近重が手を差し出してくる。
「あ、ありがとう」
ホッと安堵の息が漏れる。
自宅から担いで持ってきていたせいで、翔太の肩は結構限界に来ていた。
存外、近重の申し出は嬉しかった。
バッグを持った近重が少し目を見張った。
「思ったより重いですね。大丈夫でしたか?」
「ああ、うん」
言われて、出掛け際のことを思い出す。
「ちゃんと持った?」
聞いてきたのは母親の皐月。
「それ何回目さ?持ったよ。大丈夫」
しつこいくらい繰り返された応答に、幾分げんなりしつつ答えた。
「やっぱり菓子折りとか持っていった方が良いんじゃないの?」
「いや。そういうの気にする奴じゃないから、いらないよ」
それを見ていた父が店の奥から何やら大きな包みを持ち出してきた。
「じゃあ、今朝焼いたばかりのパンを--」
「だから!今日はそのパンを作るんだって、聞いてよ。人の話」
なんてことがあったのだ。
もしかしたらもっと重くなってたかもしれない。
そう考えると、途中でダウンしていた可能性もある。
翔太が若干息を切らしていることに気づいた二人。
まず一息つくことになり、以前来たことのある応接室に通された。
隣で寄り添うように座る萌絵も大概であったが、
それより後ろに控える近重さんが微妙に気になる。
この前と同じようにじっと見つめているのだ。
「そういえば萌絵の親とかってどうしてんの?」
近重からの視線に耐えかねて、なんとなく思いついたことを聞いてみる。
そういえば今まで見たことなかったなと思い出したからだ。
しかし、当人の答えは素っ気ないものだった。
「私の親?・・・さあ?」
「さあって・・・」
翔太の呆れ声を追うように、近重が口を開いた。
「旦那様は本日は本社の方で、この時間は会議中だと思われます。
奥さまはフランス支社に出向中ですので今月中は戻らないかと」
「だって」
とにこりと萌絵が微笑む。
・・・うん。まぁ忙しそうな人たちであることは解った。
詳しく聞くのはやめておこう。
それだけで尻込みしそうだしと己の胸中で結論を下す翔太。
やがて紅茶も飲み終えて立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ始めようぜ。せっかくなら焼きたてをお昼に食べたいし」
「うん!じゃあ私着替えてくるね。翔太は先に行ってて」
そういって萌絵は応接室を出て行った。
これはちょっと想定外。
まさか着替えに行くとは思わなかった。
後に残されたのは翔太と、傍らで静かに佇む近重のみ。
どうしよう・・・と途方に暮れる。
言ってしまうが翔太は未だ彼女には慣れていない。
それは萌絵とは違う明らかな大人の女性ゆえかもしれなかった。
なんて声をかけようか考えていると、
隣でクスリと笑う声が聞こえた。
「では、和泉様はこちらへ」
ドアを開いて応接室の外へと誘う。
「先ほどお預かりしたものは、すでにもう置いてありますので」
「あ、ありがとうございます」
近重に先導されて通路を進んだ。
長い廊下を歩いて辿り着いたのは、広々としたシステムキッチンだった。
「オーブンはあちらに。荷物はこの中に入っております。
一応、必要と思われる道具も出しておきましたが、
他に必要なものがあれば言ってください」
見れば一般家庭には十分すぎるほどの大きさのオーブンが鎮座していた。
「うん---あ、はい」
荷物を開けてエプロンと三角頭巾を取り出す。
それらを身につけたあと、手早く材料を並べていく。
強力粉にドライイースト、牛乳、卵、バターなどetc
「・・・・・・・」
やっぱ見てる。
めっちゃ見てる。
この前と同じ、背筋がぞわぞわっとする感じ。
さすがに後ろに目はついていないが、近重がじっと自分を見ているのは何故かわかった。
「・・・な、なに?」
思い切って聞いてみた。
「いえ、なんでもありません。気に障られましたか?」
「そんなことないけど」
と愛想笑いを浮かべる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
また無言の注視が続く。
「あ、あのさ。萌絵からなんて聞いてるの?俺のこと」
「和泉様のことでございますか?」
「うん」
「・・・いえ、特には」
そう言われてちょっとホッとした。
そうだよな。
こんな小学生とつき合ってるなんて、さすがの萌絵も言わないよな、と。
近所で知り合った子とでもいってるのだろうか。
そんなことを考えていたら
「未来の旦那様とは、聞いておりますが」
「おぉい!!」
との爆弾発言に翔太は声を張り上げた。
「ひゃっ!?び、びっくりしたぁ」
翔太の叫びと同時。
キッチンに入ってきた萌絵が悲鳴を上げる。
それに反応し萌絵の姿を確認した翔太は、じろりと彼女を睨み付けると、
こいこいと手招きをして、近くの椅子を指差しそこに座らせる。
座って高さを無くした彼女を屈みこんで睨む。
すると何を思ったのか、萌絵はポッと頬を桜色に染めると、そっと目を閉じた。
そしてなにかを心待ちにするかのように、桜色の唇を小さく尖らせる。
「・・・・・」
振り抜くように打つべし!
ビシッ
結構いい音がした。
「ったぁ!?何するのぉ?」
「なにするじゃねーよ。何してんだよ」
「え?キスじゃないの?」
「え?じゃねーから」
その翔太の言葉に、控えていた近重がハッとなって告げた。
「もし私の存在が憚れるのでしたら、後ろを向いていましょうか?」
「ああそっか。じゃ近重さんそうしてくれる?」
「いや、そーゆーわけでもなくてね?ちょっと萌絵は黙ってろ!」
むしろ出てくって選択はないですか?
・・・そうですか。
なんだこれ?
翔太は小学生らしからぬ苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、
萌絵に説教と近重に訂正を同時につづけるのであった。
それでも世界は廻っていくわけで。
その後悪戦苦闘の末、パン生地ができるところまではたどり着けた。
あとは形を整え、パンに具材を練りこんだり、
包んだりと、ひと手間加えたりするだけなのだが・・・
「なにこれ・・・」
そう呟く翔太の前に並べられた素材たち。
萌絵がひとつひとつ指差しながら説明していく。
「えっとキャビアでしょ?こっちはフォアグラ、トリュフ、ツバメの巣に山伏茸とフカヒレ、
あとはコノワタ、ウニ、いくら・・・」
「はい、ちょっと待って!っていうかちょっと待てコラ」
どうしたの?そんな顔で萌絵がこちらを見下ろしているがこの際無視する。
それよりもなによりも、明らかに作るのにさらにひと手間必要な具材がラインナップされているこの現状。
途中からはかなりセンスを要する、素人は混ぜるな危険なものすら出てきている始末。
パン作りなめてんのかお前、とばかりにじとっと睨む。
キャビアとかはまだ乗せるだけでもいいので、まぁわからないでもない・・・。
というか、食べたことのない食材が多い翔太にはその味すら想像がつかない。
さすがにこれらの調理の仕方などわからなかった。
今回翔太が考えていたパン作りは、そんなフランス料理フルコース的なものではないのだ。
翔太の家が作っているような総菜パンや菓子パンを念頭に置いていた。
こめかみを揉みほぐしながら、あえて隣にいる近重さんに尋ねた。
「えっと、もしかして萌絵って」
「はい。お嬢様はお料理をしたことがございません」
さすが敏腕メイド兼秘書さんだ。
聞きたいことを先んじて答えてくれる。
だが、いまはその有能さが恨めしい。
きっと料理とか掃除とか、その他諸々の日常生活を、
全部貴方が作ってたんでしょうね。
そんな翔太の視線からすべてを読み取り、
近重は無言の肯定とばかりに微笑みをくれた。
「あのなぁ、パン作りつったっていろいろレベルがあるんだぞ?」
「そうなの?パンて挟めばなんでも合うって聞いたから」
「・・・わかった。お前はパンの何もわかっていない」
なんでもかんでも挟むつもりか貴様。
あれぇ?と萌絵は納得がいかないと首をかしげる。
「近重さん。チョコチップとかレーズンとか、パンに合いそうなのある?」
「はい。ございますよ」
「じゃあこれはしまって、そっち貰える?」
そういって出てきたのはイチゴジャムにチョコ、レーズン、あんことチーズクリーム。
「まぁこれだけあれば十分か」
見慣れた食材が所狭しと並べられ、ようやく安堵の息を漏らす。
そして三人は思い思いの食材を使い、形を整えていった。
あとはオーブンに入れて焼くだけ。
オーブンに火を入れ、じっと待つ。
「あれ?萌絵、行かないの?」
待つ時間、応接室に向かおうとしたが萌絵がオーブンの中をじっと見つめたまま動かない。
「あ、うん。私もうちょっとここで見てる」
「では和泉様だけでも。お茶をご用意いたしますので」
「あ、はい」
背中をやんわりと押され、キッチンを出る。
応接室につくと近重は翔太に手慣れた様子で紅茶を淹れてくれた。
一口飲んでホッとため息をついた。
すると翔太の目の前で近重がおもむろに頭を下げる。
「近重さん?どうしたの?」
「本日はどうもありがとうございました」
「何が?」
「あれほど楽しそうなお嬢様は初めてみます」
「そうなんだ?」
「はい。ですから、和泉様には心からの感謝を」
なんとなくむず痒くなってしまう翔太。
なら頑張った甲斐もあったかなと思う。
しかしそれからしばらくしても戻ってこない萌絵。
「なにやってんだろ?」
少し心配になった翔太は、近重を連れてキッチンへと戻った。
辿り着くとやはりというか、予想通り萌絵はさっきのまま飽きることなく、
オーブンの中を見つめていた。
近づいて翔太もオーブンの中をのぞき込む。
ちょうど今、パンが膨れてきた所だった。
色々な形のパンがふっくらと焼きあがっていく。
「すごいね」
萌絵がポツリとつぶやいた。
「な、面白いだろ?」
得意げに自慢げに語る翔太と目を合わせ、楽しそうに微笑み合う二人。
それを後ろから眺める近重の瞳は、どこか嬉しそうであった。
結局焼きあがるまで、二人はそこに寄り添って眺めていた。
出来上がったパンは、とても美味しかったとだけ記しておこう。
調べてウニパンなるものがあったのには驚きました。
萌絵の発言もあながち間違ってない??
まぁくさやとかはあわなそうだけど