020 萌絵改、抜錨します
まぁちょうどイベント中なんでってわけじゃないんですが
そう思ったんです
あとサブタイトルを全話に入れてみました。
内容と合っているかどうかは保証しませんが
それはそれは清々しい朝だった。
ここのところずっとそんな日が続いている。
昨日は翔太と電話で週末の約束をしたり、本当に最近はいいことづくめ。
いままで感じたことのない活力が後から後から湧き出してくるようだ。
萌絵の起床に合わせて近重が朝食をもって部屋へとやってくる。
ゆっくりと朝食を摂る。
次は入浴だがそれほど時間があるわけでもないので、それは手早く済ませる。
近重に髪を梳かれ、毛先をかるく揃えてもらう。
そして最後に---
そっと指を放す。
鏡に映った自分の姿を見て、自然と微笑みがこぼれた。
萌絵の前髪には翔太から貰った銀色のヘアピンが輝いていた。
あとは手渡された制服に袖を通し、身だしなみを整えて玄関へと向かう。
家を出て足取り軽く萌絵は駅へと向かった。
最近その駅では、とある少女が噂になっていた。
いつも決まった時間にこの駅構内に姿を現す美しい少女。
日本人離れしたすらりとしたスタイルに、漆黒の長い髪を靡かせて、
楚々と歩く姿はまるで大和撫子の如く。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花の言葉がこれほど似合う者はおるまいと誰もが思った。
行き交う皆が彼女の後姿を追っていた。
彼女の制服から、梵天女学院の生徒だということは解っていた。
現れたのはここ数日のうち。
春先でもないこの時期に。
引っ越してきたのかと色々な憶測が飛び交うのであった。
学校へ着くと萌絵は誰に挨拶をするでもなく校門をくぐる。
同じ学校の生徒たちも萌絵に声をかけることはない。
これ自体は以前と変わりはなかったが、決定的に変わったことがある。
それは、決して少なくない生徒が萌絵を潤んだ瞳で見つめているということだ。
その瞳の色は羨望であったり、畏敬であったりとさまざま。
彼女たちの誰もがあの事件の目撃者であり、その後の信奉者であった。
さらに事件のあった翌日の出来事が決め手だったのかもしれない。
それというのも颯爽と現れた萌絵の姿に誰もが瞠目した。
これまでの前髪で表情を隠し、俯いていた姿とはうって変わって、
髪を纏め、その美貌を惜しげもなく晒した彼女。
それは学院の新たな女王誕生の瞬間であった。
が、しかし、外見は変われども内面は今まで通り、
それどころか、より翔太至上主義に傾倒した萌絵は、
まわりの視線も気付きはしたもののどこ吹く風。
かつての翔太との約束も憶えてはいたのだが、
今の彼女の至上命題はただ一つ『翔太の為に』である。
彼の為に自分を磨き、高みへと昇ることこそが最優先事項。
全ては翔太との幸せな生活のために集約してしまっていた。
今までその指向性を持たなかった才能が、
目標を得たことで一気に開花し始める。
彼女の美貌はより美しく、生気は満ちて同性であっても見惚れるほどとなっていた。
教室に着けばクラスメイト達は視線を送らないまでも、誰もが萌絵の行動に意識を向けていた。
その中を萌絵は気にせず闊歩し席に着く。
と、待っていたかのように一人の少女が近寄ってきた。
「あの、姉崎さん!」
名前を呼ばれた萌絵はその人物を見つめる。
「はい」
にこやかに笑顔を向ける。
それに撃ち抜かれた少女は頬を真っ赤に染めながら口を開く。
「あの、今日、あたしと、姉崎さんが日直なので、よろしくお願いしましゅ!」
噛んだ。
噛んだね。
とまわりから無言の圧力を受け、身悶えつつも萌絵からの返答を待つ。
「ああ、そうでしたね。よろしく。・・・えっと?」
「お、大久保理沙です」
今度は噛まないようにと『す』の部分を若干強めに。
「大久保さん?そう、ごめんなさいね」
同じクラスになってもう二か月が経っているというのに、萌絵は彼女の名を覚えていなかった。
薄情なクラスメイトである。
まぁそれが生来よりの萌絵の萌絵たる所以。
今の彼女にとって翔太以外は皆等しく木端なのである。
本来なら責められかねない案件ではあるが、忘れられた本人は嬉しそうであった。
これでちゃんと覚えてもらえたと思っているのかもしれない。
その後の授業での活躍も女王の面目躍如。
今までのように、ぼそぼそと俯き加減で答えることはなくなり、
問題を投げかければ完璧に回答し、教師達を絶賛させた。
中にはひねくれた教師により明らかに高校レベルを超えたものもあったが、
それすら難なく答える始末。
結果、さらに信奉者が増えることとなった。
そして時は過ぎ放課後。
萌絵と同じ日直であった少女は席からゆらりと立ち上がる。
特に仲のいい友人と視線をかわし、互いに頷き合う。
計画はこうだ。
まずは今日の数学でわからないことがあると言って、それとなく聞いてみる。
ここじゃなんだからと、やはりそれとなく図書館に誘う。
表情が芳しくなかったら最悪ここでもいい。
それだと他の塵芥が参入しかねないが、それはあえて妥協する。
ここで萌絵に悪印象を与えてはいけないからだ。
そして、誘った張本人として次の日にお礼と言って
手作りのクッキーなんかを手渡し、
このプロセスを経て萌絵の友人としての立場を確立させようという魂胆であった。
さあ勝負!
が、しかし少女が振り返ったその先に萌絵の姿はすでになく。
彼女は早々に学校を去って行った後であった。
そして誰よりも早く下校した萌絵。
足早に歩く彼女の向かう先はというと、意外や意外この日は翔太のもとではなかった。
出会った当初は下校中の翔太の姿を探し、
後ろから眺めるだけというガチストーカーなことしていたりするのだが今日は違う。
断腸の思いでそれを諦め、別の場所へと向かう。
梵天町商店街、アクセサリーショップ『ファムファタル』
その店が萌絵の今日の最終目的地。
何故そこへ向かっているかというと、原因はもちろん・・・というか大抵彼がらみなのだが。
翔太から貰ったあのヘアピンにある。
星の意匠が凝らされた銀のヘアピン。
翔太は安物だと言っていたが、萌絵にとっては翔太にもらったというだけで万金に値する。
いつも身に着けていたいが、使い続ければ摩耗するのは必定。
もしかしたら何かの拍子で失くしてしまうかもしれない。
そうなってしまっては翔太に逢わせる顔もない。
と考えた萌絵は、同じヘアピンを自費で購入することを考え付いた。
いつも身に着けていたいが、無くしたくもない。
どうしようもない二律背反を打開する苦肉の策であった。
翔太には伝えていない。
そしてオリジナル(?)のヘアピンは、宝石箱に保管するつもりであった。
実を言うと近重女史経由で、すでにオーダーメイドで発注済みだったりもする。
これも勿論翔太には伝えていない。
気取られぬように細心の注意を払いつつ、先日の電話でヘアピンの購入先を教えてもらっていた。
その眼を爛々と輝かせ、萌絵は目的地の前に至る。
ショーウインドーからは店内が見渡すことができ、何人かの買い物客がいる。
しかし今の萌絵は臆さない。
全身に気合を漲らせ、ファムファタルのドアをくぐった。
いらっしゃいませと萌絵より少し年下の少女が出迎える。
ダメ、何度書き直してもこれ以上クオリティが上がらない。
萌絵って誰かといることで面白くなるタイプのようです。
まぁ書き手である私のせいなんですけどね。ごめんよ萌絵。
とりあえず明日もう1話アップします。
20.5 side真紀 です