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002 きっと、それは彼女にとって・・・

気付いているとは思いますが

オネ=姉崎 アネザキ

ショタ=翔太 ショウタ

ボン=梵天町 ボンテンマチ

という安直な構成で成り立っております


実在の人物・組織などには全く関係性はございません


「春にぃいる?」

「・・・おぅ」

酷く不機嫌そうな声をあげながら、扉の奥から現れたのは背の高い人相の悪い青年だった。

この店「フラワーショップ安岐」の長男で翔太の幼い頃からの兄貴分で幼馴染。

名を安岐 はるという。

よく使いこまれたジーパンに白のタンクトップ。

服の上からでもわかる盛り上がった筋肉と引き締まった体躯は程よく日に焼けている。

黒髪ツンツン頭に鋭角的な顎のラインは整った顔立ちだが、

常に人を射殺すような三白眼がそれをマイナスの方面へと傾かせている。

しかしこれでいて人の面倒見はよく、週末はこの地区の少年野球クラブの臨時コーチを引き受けてくれたりもする青年だ。

「どうした。こんな朝早く」

あくびを噛み殺しながら春

「春にぃってお守り持ってない?」

「あん?」

「いやさ、家にはあんまりなくって、もしあればなんだけど」

「なに?肝試しでもやるの?にしたって、まだ時期早くねえか?」

「そういうんじゃないんだけど」

と言葉を濁す。

「ふーん。・・・ちょっとまってろ」

そういって春は部屋の奥へと姿を消した。




交通安全・招福等など、集めたお守り総数12個を手提げ袋に押し込んで、

翔太は梵天公園に足を踏み入れる。

今の自分には悪魔だって怖くない・・・はず!と鼓舞する。

はたして探し人ならぬ探し妖怪は---

「いた」

見つけた。

まさか本当に見つかるとは思ってなかったけど。

そこには昨日見たのと同じ濡れ女がいた。

少しおかしかったのは、奴は人目を避けるように道から外れ、

立ち入り禁止の木々の中を歩いていた。

昨日は普通に道を歩いていたのに。

・・・まあいいか。

些細なことだと翔太は思い直し、足音を立てないように、濡れ女に近づいていく。


「気づいてないよな?」

ひとり呟いて、乱立する木に隠れながら翔太は濡れ女の背後にまわる。

黒ずくめの服に真っ黒な髪を張り付かせ、俯きながら歩くその姿は、

まさに昨日の見たままだった。

あらためて見ると、かすかに震えているようにも見えた。

つばを飲み込み、意を決す。

木の影から飛び出して、声を張り上げる。

「おい!」

その声に反応し、濡れ女がその歩みを止めた。

「おい、こっちだ!」

もう一度叫ぶと、ついに濡れ女が翔太の方に振り向いた。

張り付いた黒髪の隙間から、白い肌の口元が見えた。

ぶるりと身体が震えるのがわかる。

だが、右手の手提げ袋をにぎりしめ前に突き出す。

勇気を振り絞って声を出した。

「お前、濡れ女か!」

「・・・・・」

しかし濡れ女からの反応は乏しく、肯定の言葉どころか身動きすらやめていた。

「濡れ女かって、妖怪かって聞いてるんだよ!」

「・・・・ち」

すると小さな声が聞こえた。

「ち?」

「ち・・・ちがう」

それは震えた声だった。

まるで泣くのを必死にこらえているようなそんな声。

「違うって、お前、濡れ女なんだろ!?」

「ち、違うよぅ。わたし・・・そんな名前じゃないよ。萌絵っていうの」

「モエ? モエって妖怪なのか?」

ヌエなら知ってるんだけど。

「よ、妖怪じゃないよぅ。人間だよ」

「はぁ?人間??」

翔太はことここに至って、目の前の人間?をよく確かめた。

襲い掛かってくるかもしれないから、十分に距離をとりつつ、ぐるり萌絵のまわりを歩く。

まず、足はちゃんとあった。

黒のローファーに白のハイソックス。

背は高く、身体は細身。

少なくとも身長は姉の芽衣よりはあった。

丈の長い紺色のスカートに同じ色のセーラー服が黒髪の合間から見えた。

その服装は見覚えのある服装で、翔太の家の近くにある学校の制服だった。

「えぇ?に、人間なの?人間が何でびしょ濡れなんだよ」

幾分拍子抜けした声で問う。

「それは・・・」

翔太の疑問の声に彼女は言いよどむ。

昨日の池の近くの水たまりが思い浮かぶ。

「池に落ちたのかよ?」

「・・・・うん」

「昨日も落ちて、今日も?」

「・・・・・・・あ、昨日の子?」

どうやら萌絵の方も翔太のことを覚えていたようだ。

少し警戒を解いた声で呟く。

その間も萌絵の服の袖からはしとどに水滴がこぼれ落ちていた。

それを見た翔太は、ふと思いついたように手提げ袋を開いて、

お守り群の奥から一枚の白い布を取り出す。

大きなネームに和泉翔太と名前が書かれた、彼の体操服だった。

今日は午後体育があったのだ。

「とりあえず、これ」

「・・・?」

「ふかなきゃだろ。そのままだと風邪ひくじゃん」

暦は初夏を過ぎ、暑さを増しては来ていたが、

今はもう夕方でここは木陰、徐々に涼しい風が吹き込んできていた。

さっきと同様に動きを止めた萌絵に、翔太はしびれを切らし、そのびしょ濡れの腕をつかむ。

びくりと萌絵の身体が震えた。

それに翔太は気付くことはなく

「ほら、こっちこいよ」

と言って、木陰から道へと連れ出して手ごろな椅子に座らせる。

切り株を模した低めの椅子で、これなら翔太でも萌絵の頭に手が届く。

そして被せた体操服で萌絵の頭をごしごしと力任せに拭いていく。

しばらくは為されるがままだった萌絵だが、いつしか鼻をすする音が聞こえてきた。

「な、なんだよ。痛かったか。ごめん」

髪でも引っかかってしまったかと、びっくりして手を放すがその手を萌絵は必死に掴みとる。

掴み取って、何を思ったのか自分の胸に掻き抱くようにして、抱きしめる。

柔らかい感触に翔太の胸がどきりと跳ねた。

二度びっくりしたことで目を白黒させる翔太を尻目に萌絵は声を大きくして泣くのだった。

「なあ、悪かったよ。ちゃんと優しくやるから」

途方に暮れた翔太の声と萌絵の泣き声がその場をゆっくりと流れていった。


それからしばらくして水も大方拭き終わり、これなら風邪も引くことはないだろうと手を止める。

張り付いていた黒髪も初夏の風に吹かれたおかげでだいぶ乾いてきていた。

思ったより艶のある髪だった。

萌絵は元々前髪が長く、それが目元まで隠れていた上に、

腰まで伸びた黒髪と水を吸って色を濃くした紺のセーラー服のせいで妖怪に見えていた。

今はだいぶ有様も改善され、ちゃんとその肌は人間らしく赤みを帯びていた。

それでも肌の色は一日中外を駆け巡る翔太よりはるかに白く、

水を拭いている間に見えた彼女の首元の白さには、翔太も少しドギマギしてしまった。

「落ち着いた?」

「・・・うん」

「いい大人がさぁ、人前で泣くなよな」

「うん・・・」

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・なんだよ」

なんとなくこちらを見ている気がして声をかける。

「もう・・・やだ」

「は?」

「だって、君にも迷惑かけちゃって、ほんと・・・何やってんだろ私」

と、またぐずりだした。

また泣くの?と幾分嫌気がさしてきた翔太はうへぇと呟いてから

「そんな愚痴を俺に言われても困るんだけど。せめてお前の友達に言えよ」

とたんにぐずりが酷くなる。

何かと思ったら「友達・・・いない」と、のたまった。

本格的に嫌気がさしてきた。

そしてああ、と思い出す。

こんなの何処かで見たことあると思ったら、

春にぃに誕生日を忘れられて落ち込んだ、幼い頃の芽衣姉に似ているのだ。

いじけにいじけた芽衣は一日中部屋に引きこもってしまった。

あれには本当に参った。

その頃同じ部屋で寝起きしていた翔太にとってはたまったものではなく、

春にぃが謝り倒してなんとかなった思い出がトラウマとしてある。

「あー・・・ほら、だったら好きなことして遊ぶとか、楽しいことでもやって---」

「好きなことも、楽しいこともない」

被せるように言ってくる萌絵。

「もう・・・やだ・・・死にたい」

「はぁ?バカじゃねえの?なんだよ死にたいって、どういう意味?」

「君に言ってもしょうがないよ」

カチンときた。

「ああ、そうかい。じゃあ最初から言うなっての。小学生になに期待してんだよ」

翔太の怒声にびくりと肩を震わせる萌絵。

「でもな、お前だって、俺のことなんにも知らねえだろ!それなのに俺の目の前で死にたいとか簡単に言うんじゃねえよ!」

「ご、ごめんなさい。」

「あ?・・・ああ、うん」

しまった。言い過ぎたと思った。

なんだこれ。本当にやりづらい。

切り株の上で膝を抱え空を見る。

初夏の空は思いのほか蒼かった。

「あーでもさぁ。これからさ、見つければいいじゃん」

元々交友関係は縦にも横にも広い翔太はなんとかフォローをしようと口を開く。

「友達も楽しいことも。人生って長いんだし、いつかできるよ」

「・・・・・」

じとっとした目が翔太を見る。

「いつかっていつ?」

「・・・・・・・・・」

ですよねー。自分としても無責任なことを言ってしまった。

だけど自分だってまだ12歳になったばかり、そんなことわかるわけがない。

「・・・・じゃあ・・・・ってよ」

頭を抱えていた翔太の横で萌絵が呟く。

「あん?なんだって?」

あまりにも小さくてぼそぼそとした声で聞こえなかった。

今度はこちらに視線を向け(まぁ前髪で隠れてはいたがこちらを向いてはいた)

「君が友達になってよ」

といった。

「は?はああ?そ、そうなんの?」

あまりにも突拍子もないことを言われ、翔太は素っ頓狂な声を上げる。

「やっぱり・・・いやなんだ・・・」

またぐずりだす萌絵。

そうやって俯くと髪の毛が泣いているようで、髪の毛お化けに見える。

もうこれずっと続きそうな感じがした。

「いや、その、あー、わかった。わかったよ」

「・・・ホント?」

俯いた髪の毛お化けがばっと宙を舞った。

「友達だろ?別にいいよ。お前がそれでいいんならさ」

「うん」

えらく元気になったな。嘘泣きだった?と訝しい目で萌絵を見る翔太。

「で?どうすんの?」

「え?」

「友達になって何するのって話。俺、そんなに金ないから高校生が遊ぶとこなんていけないぜ?」

財布には300円くらいしかないしと翔太。

毎月の小遣い500円の身の上なのだ。

「私も知らない」

「ダメじゃん」

しょぼんと肩を落とす萌絵が面白くて翔太は笑った。

「じゃあいいや。今度までに俺が考えといてやるよ」

「君が?」

「まぁお前よりは友達いるし、遊び方も知ってるし」

と得意げに言う翔太を見て、萌絵は少し頬を膨らませた。

「じゃあ、今度っていつ?」

「うーん。明後日、土曜だっけ?お前、明後日は?」

「だ、大丈夫」

「なら明後日な。十時にここ。決まり」

「う、うん。うん!」

翔太の体操服を抱きかかえながら、萌絵は大きく頷いた。

それを見て、萌絵が握る体操服に手を伸ばす。

「じゃ、帰るわ」

体操服を手に持つと引っ掛かりを覚えた。

「・・・おい。返せよ」

「べ、弁償する」

さっきの萌絵の身体には池の泥やら何やらもついていたようで、

翔太の体操服は土色に汚れてしまっていた。

「別にいいよ。洗えばいいんだし」

「じゃあ、洗って返す」

「だからいいって」

「わ、私が使ったのは汚れてるから」

「何言ってんのお前?元々俺が使って汚れてんだよ」

そう言っても萌絵は手を放さなかった。

「・・・はぁ、わかったよ。でも、ちゃんと返せよな。体操服そんなにねーんだから」

「う、うん。い・・・ずみしょうたくん?」

「ん?ああ俺な。そう。それが俺の名前。梵天商店街の梵ジュールって知ってる?」

「・・・うん」

「そこ俺んちな」


その日はそれで別れた。

濡れ女ではなかったが、なんか変な女と知り合った。

萌絵という名前の黒髪の背の高いくせに猫背でうっとおしい歩き方をする女。

妖怪を手下にしたよりかは幾分下がるが、高校生と友達になったと言ったらクラスの奴等は何というだろう。

すこしワクワクした。


帰り際翔太が振り返るたび、じっとこちらを見ていた姿が印象的だった。

この時、萌絵には重度のインプリンティングが施されています。

だからかなり甘えてます。

という感じでお願いします。

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