016 銀の星は夜空に輝く
もう少しで一区切りです。
よろしくお願いします。
公園を出てた翔太たちは足早に萌絵の家へ向かう。
その間は周囲に気を配りながれではあったが、萌絵は翔太の手を握りしめたままにいた。
息も上がりかけたころ、ようやく姉崎と表札のかかった門が視界に入る。
門の目前まで来てようやく安堵した。
身体をくの字に折り曲げ、汗をぬぐいながらながら、一人あの場に残った春を思う。
大丈夫だろうかと、最後に見た春の背中が翔太の脳裏を過る。
しかしその背中は自信に満ち溢れ微かな不安を拭い去って行った。
そうだ、春を信頼して任せたのだから、と。
なら自分は家に帰って、春の帰りを待てばいい。
「じゃあ、俺帰るから」
そう萌絵に告げる。
しかし、萌絵は翔太の手を放そうとはしない。
「萌絵?」
「・・・寄って、行かない?」
「え?」
突然の誘いに翔太は戸惑う。
そんな彼に萌絵は言い募る。
「もう少し、翔太といたい」
「・・・・うーん」
「ダメ?」
陽はまだ傾いたばかり、日暮れまでまだあった。
少しくらいならいいかなと翔太は首肯する。
「やた!」
喜色満面といった様子で萌絵は翔太の手を引いていく。
門をくぐり、敷地内に足を踏み入れた。
そういえば何度か来たけど中に入るのは初めてだなぁ、なんてことを考えていた。
しかしそれはすぐに暢気な考えだったと実感することになった。
カチャリ
小さく澄んだ音を立てて、紅茶のカップが置かれる。
高そうなケーキと紅茶のセットが目の前に揃った。
そして翔太の前で恭しく頭を下げた人は、彼の顔を見てほほ笑んだ。
ホワイトブリムにエプロンドレス。
紅い縁の眼鏡をかけた綺麗な女性。
彼女はまごうことなきメイドさんであった。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言いながら、翔太はついさっきのことを思い出していた。
萌絵の案内で玄関を入ると、彼女が出迎えてくれた。
突然の来訪でも驚くことなく対応してくれた。
逆に驚いたのは翔太の方。
初めてみたメイドさんにさすがの翔太もたじろく。
その翔太を彼女に任せ、萌絵は早々にどこかへ向かってしまった。
「和泉さまこちらへ」
突然話しかけられ、思い切り肩を震わせる翔太。
振り向くとすまし顔の美女が一歩足を引いて、廊下の奥へ誘う。
メイドさんはその後も丁寧に対応してくれてた。
席を勧められ、目の前には紅茶セットが置かれた。
それとなく周りを見回す。
翔太の部屋が4つは余裕で入りそうな部屋だった。
壁にはいろいろな装飾品や絵画がしつこくない程度に飾られており、
異様なほど座り心地の良いソファにさらに驚いた。
メイドさんと二人、無言のまま時間が過ぎていく。
しかもこの人すごい翔太を見ているのだ。
なぜだろう。
落ち着かないことこの上ない。
「そ、そういえばよく俺の名前知ってましたね」
萌絵が教えていたのだろうか。
そう思って聞いてみた。
「はい。メイドですので」
そういうものなの!?
ちょうどその時、カチャリとドアの開く音が鳴った。
ドアの方を見ると部屋着に着替えた萌絵が入ってきたところだった。
丈が長めの桜色のトップスと灰色のフレアスカート姿で良く似合っている。
「翔太、おまたせ」
「いや、大丈夫」
正直助かった、とは言わない。
しかし解せん。
萌絵がこんなにも安心させる存在になるとは、ここはいったいどんな魔境なのだろう。
「近重さん。ありがとう。もう大丈夫だから」
「はい。それでは失礼いたします」
近重と呼ばれた女性はそういうと、静かに部屋を出て行った。
「翔太どうしたの?」
メイドさんが出て行ったドアを凝視する翔太に、小首を傾げる萌絵。
「いや、メイドさんて初めて見たから」
あれを普通のメイドと思っていいかどうかは疑問だったが。
「あはは。やっぱり驚くよね。あの人は近重氷華さん。本当はお父さんの秘書をやってる人」
メイドで秘書?有能そうだ!
「あの服は近重さんの趣味なんだって」
・・・あれ?
なんか最後でおかしな人になった。
そんな考えがよぎったが翔太はすぐさま頭の隅に追いやり、
気分を落ち着かせるために、目の前の紅茶に口をつけた。
そう、落ち着かなければならない。
ちらりと、萌絵に視線を送る。
制服姿とがまた違った雰囲気の萌絵を見て、なんとなくだが胸がざわめいたのだ。
「・・・・・・・」
カップを口から離して、そっと身をすくめた。
すぐそばどころか翔太の肩に直接伝わる熱ととても柔らかい感触。
あえて訂正するがソファの背もたれでは決してない。
柔らかく弾力を持つそれは、花のような香りをも有していた。
ぶっちゃけると萌絵がその豊満な胸を、身体全体をぴったりと翔太に寄せてきたのだ。
なんだこれ。
なんだこれ!?
もう一度横目で見る。
今度は微笑みを浮かべる萌絵と視線が重なった。
「なに?」
「・・・いや・・・ち、近くない?」
なんというか身体をゆだねてる感じでちょっとまずい。
その、色々と。
翔太の言葉に萌絵は過敏に反応する。
「ご、ごめんなさい」
平謝ると今度はソファの端まで逃げてしまう。
あ、いつものあいつだとどこかで安心した。
「いや、そこまでじゃなくてもいいんだけど」
「う、うん。・・・じゃあ、これくらい?」
ともすれば触れかねない距離だが、先ほどよりはマシなので頷いておく。
「まぁいいんじゃない」
「えへへへ。なんか不思議。翔太が家にいるのって、すごい不思議」
「そうか?」
「うん。そう」
・・・ホントなんだこれ。
そんなことを思いつつも、翔太は会話が続かないことに焦りを感じていた。
続かないから翔太はケーキを食べるしかなく、それもすぐに食べ終わってしまった。
使い終わったフォークを皿に置く。
「・・・・・・」
とにかくこの沈黙がつらい。
だが、萌香の方はそうでもないらしく、さっきから緩みきった顔を翔太に向けていた。
話題。
二人が話せる話題。
何かないかと必死になって考えるが全く出てこない。
焦りが極限にまで達しかけたその時、ふと翔太は思い出す。
傍らに置いたランドセル手元に引き寄せ、中から小さな包みを取り出す。
ピンクの花柄の袋。
包装を解いて、こちらを見ている萌絵の方を向く。
「ちょっと、いい?」
「うん」
ソファの上で膝立ちになり、萌絵の前髪に触れる。
引っ張らないようにと気を付ける。
慎重に髪を整えてから纏めて固定する。
そっと手を放した。
ほぅと感嘆のため息が自然と漏れた。
「うん。思った通り。こっちの方がいいや」
いままで萌絵を隠していた長い前髪は、
二本の銀のヘアピンに纏められ、その奥から万人を惹きつける瞳が現れた。
ヘアピンは造り自体は簡素。
銀色のめっきとU字の部分に小さな星がつけられている。
しかし萌絵の黒髪には、その銀の星がよく映えた。
慣れない手でやったせいで、若干の弛みがあったが、
それでも萌絵は輝いて見えた。
呆然とした体で、萌絵は恐る恐る前髪を留めるピンに触れた。
固く冷たい感触。
鏡のように反射するテーブルで自分の姿を見つめた。
「これ・・・」
「ヘアピン。この前しつこく売りつけられてさ。
あんなことがあったあとで、渡せないかと思ってたけど。
渡せてよかった」
そういいながら翔太は笑った。
どことなく得意げなひまわりのような。
その時の翔太が浮かべた笑顔は、萌絵のこれまでの人生の中で一番の美しかった。
同時に心の奥底でしまわれていた感情が堰を切って溢れ出す。
堪え切れずに涙が浮かぶ。
気が付いた時には彼の身体を押し倒していた。
翔太の短い悲鳴が聞こえた。
しかし萌絵の口は謝罪よりも、まったく別のことを口にしていた。
「好き!大好き!愛してる!」
前髪枠は美少女!これは王道ですね。
鈴さんとか、本屋ちゃんとか、撫子とか
しかしここへ来て新キャラとか
ちなみにこの家は萌絵が来るために、急きょ購入したセカンドハウスです。
週に1回本家の本職メイドさんたちが、清掃してくれてます。