014 そして二人は再び出会う
おかしい・・・5キロバイトを基準にしてるのに、倍になってしまった・・・
人物の心情描写とか本当に難しいです。
二人は言葉を交わすこともなく、道を歩いていく。
聞こえるのは隣を歩く萌絵の足音と、先ほどから痛いほど弾む心臓の鼓動だけ。
つないだ手は火のように暑くて、たぶん自分の顔も赤くなっている気がした。
けれど萌絵の手は冷たくて、それがとても心地よかった。
欲を言えばいつまでもつないでいたい気持ちだった。
「・・・悪かったな」
そして沈黙に耐え切れず紡ぎだしたのは、謝罪の言葉だった。
「え?・・・え?」
それまで上の空だった萌絵だが、翔太の声にようやく現実に引き戻され、
目を白黒させながらも翔太を見下ろす。
そう、見下ろしてるんだ。
萌絵は姉の芽衣より背が高い。
翔太の背は彼女の胸元までしかなかった。
なのに・・・と。
「彼女って言っちゃってさ」
「ひゅ・・・ううん。ぜんぜん。ぜんっぜん、へいき!」
つないだ手が一層強く握られたことで、翔太の心臓の鼓動がさらに高鳴る。
「ああ言えば抜け出しても、あいつら追いかけてこないと思ったんだ」
少しだけ他意はあったかもしれないけど、だまっておく。
目論見は成功し、遠巻きに見ている生徒はいれど、必要以上に近づいてはこないから。
すると今度は萌絵の方が口を開く。
「あの後、ちゃんと帰れたんだ」
「・・・ああ」
翔太が手を引く形で、二人は目を合わせることなく、言葉だけを少しずつ交わしていく。
「怪我は平気?」
「腹がまだ痛えけど。そんだけ」
「あんまり痣、目立たないね」
「まぁな」
さすがに化粧品で誤魔化してるなんて言えない。
心配しそうなのと、男としてという理由で。
「翔太の手・・・熱いね」
「・・・逆に萌絵の手は冷たいよな」
「うん・・・あと、ごめんね」
「別に悪いわけじゃねえよ」
「そうじゃなくて・・・」
「そうじゃない?」
「・・・うん、だから、ごめん」
何についての謝罪なのか。しばらく考えたが、それでも。
「・・・別に謝ることでもねえよ」
やがて二人はは梵天公園に辿り着いた。
示し合わせたわけでもなく、あの日と同じ切り株の椅子に腰を下ろした。
翔太は両足に肘を乗せて、手を合わせる。
ふうっと息を吐いて、目の前の砂利道を見ながらつぶやいた。
「その・・・俺も、ごめんな」
「翔太は悪くない、よ?」
「んー。まぁお前はそういうけど。一応さ、ケジメって奴」
「ふぅん」
「それでさ、色々考えたんだ。昨日、ずっと一人でいた時に」
「・・・うん」
ひとつ呼吸をして、昨日考えた言葉を吐き出した。
「やっぱりさ。俺たちは始まりからして間違ってたんだ」
「・・・・・・」
萌絵はゆっくりと翔太から視線を外し、無表情のまま足元の砂利を蹴った。
「だったら、なんて理由で友達になっちゃいけなかったと、思う」
萌絵の横顔を見ながら翔太は続ける。
「俺も簡単にいいよなんて言ったのがそもそもの間違いなんだけどさ」
その間、萌絵は口を挟まなかった。
「いや、そうじゃないか。これが間違ってるとか正しいとか関係ないんだ」
「俺が、嫌なんだ。これ以上こんなことを続けるのが」
「自分勝手でごめんな」
そう、はっきりと拒絶の言葉を口にした。
「・・・うん」
それが翔太の決めたことなら仕方ないと萌絵は思う。
少なくとも自分のせいで翔太は傷を負った。
それは拭いようのない事実なのだから。
これでもう自分は翔太の隣にいられない。
そう思うだけで身体が弛緩し、ここから立ち去ることも出来なかった。
情けない自分をこれ以上晒したくないというのに。
そんな萌絵の隣で翔太は立ち上がる。
ゆっくりとした足取りで俯く萌絵の前に立った。
そしてはっきりとした声で告げた。
「だから、全部やり直しだ」
その言葉に萌絵が顔を上げた。
萌絵の瞳に映るのは、初夏の陽の光を浴びた少年の笑顔。
「俺、和泉翔太です。あなたの名前を教えてください」
小さな手が萌絵に差し出された。
不意に視界がゆがんだ。
まるで水の中に沈んだかのように。
息も苦しい。
胸が張りつめたように痛い。
泣きたいのか、それとも笑いたいのかわからなくて。
自分の心なのに全部ぐちゃぐちゃで、わからないままそれでも手を伸ばす。
震える指先が少年の手に触れた。
とても暖かい自分よりも小さな手。
それをもう離さないように、しっかりと握りしめる。
「わた、わたし、萌絵って、姉崎、萌絵っていって、いいましゅ」
震える声と続く嗚咽。
「萌絵さん。よかったら、俺と友達になってくれませんか」
萌絵の名乗りを待って、翔太は言葉を紡いでいく。
「俺、萌絵さんと友達になりたいです」
もうじっとしてなんかいられなかった。
力が入らないけど。
ガクガクと震える膝でも、翔太の前に歩み寄る。
服が汚れるのをかまわずに、砂利の上に膝をついて、
そこにいる翔太の胸に萌絵は顔を埋めた。
「私も、私もなりたい。しょ、翔太とずっと、ずっと一緒に」
震える感情が大きすぎて、うまく言葉にできない。
それでも少年には伝わったのか、そっと彼女の背に腕を回す。
大きな友達の震える背中を、幼子をあやすように優しくなでる。
「友達になってくれてありがとうな。萌絵。これからよろしく」
「うん」
萌絵の涙でビチョビチョになった胸元に渋い視線を落としつつ
「そういえば、そっちは大丈夫だった?」
と、問うた。
「ん?」
「高校。あのピアス女とか」
ようやく落ち着いた萌絵は、再び切り株椅子に腰を下ろして、ご満悦の表情。
先程までと違い明確に感情を発露させて、口元には笑みがこぼれている。
「ピアス女?よくわからないけど、大丈夫だよ?」
その言葉もどこかはきはきとした物言いになっている。
「・・・本当に?」
「うん。もう二度と翔太に近寄らせないようにしたから」
「・・・?いや、俺のことじゃなくて萌絵の方を聞いたんだけど」
「私?私は大丈夫だよ。翔太がいるもん」
膝を抱いて笑顔を見せた。
いまいち要領を得ないが、にへへと笑う萌絵は見た感じでは大丈夫そうだ。
遠視などの超能力を持ちえない翔太にとっては、今朝彼女が大立ち回りした挙句、
ピアス女たちにトラウマを植え付けた事実など知りえるはずもなかった。
「つか吃驚した。いきなり校門前にいるし、何かあったかと思った」
「ゴメンね。翔太が心配で来ちゃったんだ」
よほど楽しいのか身体を前後に揺らしながら告げる萌絵。
傍目で見ても落ち着きがない。
俗にいうハイテンションに陥っているようだった。
随分雰囲気の変わった彼女に翔太は驚きを隠せないが、その前にふと気づいた疑問を口にする。
「は?心配ってどういうことさ」
「ん?なんか翔太が高校生に狙われてるらしくて、今日から。だから守りに来たの」
「・・・ん?え?どういうこと?」
「一昨日の高校生が翔太を狙ってるんだって」
「・・・へえ。それはまた・・・」
ヒマなことで・・・ではないな。
タラリと冷や汗がしたたり落ちる。
初夏の暑さのせいではないのが悲しい。
さっきまでの雰囲気をぶち壊す衝撃の事実を聞かされた気がする。
そんな翔太の視界の端に、見覚えのある制服を着た人影が映る。
公園の入り口付近。
その人物は片手をあげて、誰かを呼ぶ仕草をする。
「萌絵・・・・立って」
「翔太?」
「行こう」
「う、うん」
何もわかっていない萌絵の手を引いて、出口を目指す。
それに気付いた奴らが走り出した。
「萌絵」
「なに?」
「頼むから、次からは、そういうことは、もっと早く言ってくれ!」
背後から迫る怒号を聞きながら、翔太は駆け出す。
梵天池の沿道を走る。
舗装された道で走りにくいことはないのだが、それは小学生と高校生の機動力の違いは歴然。
だんだんと距離を詰められていく。
もともとこの道は人通りがそこまで少なくはないのだが、この日に限っては助けを呼ぼうにも人影はなかった。
焦燥感が募る。
ならばと、手をつないだままの萌絵を見る。
「萌絵、お前はこのまま逃げて、誰かを---」
「嫌!翔太と、居る」
翔太の提案に被せるように拒否の声を告げる。
「大丈夫。私が守るから」
揺るがない決意の言葉。
そうは言ってくれるが、確認できるだけで高校生の数は五人。
明らかに昨日よりも多くなっていた。
小学生一人にムキになりすぎだろう。
ドン
そう思っていた時、翔太の進行方向で何かにぶつかった。
それは驚いたことに話しかけてきた。
「よう。鬼ごっこか?」
ぞくりとする悪寒。
ついこの前、翔太に恐怖と敗北を植え付けた者の声。
にやついた笑みを張り付かせて、あの金髪がそこにいた。
回り込まれたと、気が付いた時にはもう遅い。
金髪の後ろには一昨日見た二人の高校生。
今になって悔やむ。
追ってきている人間をもっとよく観察すべきだった。
後ろから追いついてきた奴等は見覚えのない者ばかりだった。
合計八人。
荒く息を吐く高校生たちは二人を取り囲むように広がっていく。
誰もが翔太を嘲りを含んだ目で見下ろしている。
翔太は萌絵を後ろに庇い、高校生の前に立ち塞がる。
不思議とこの前の様な震えはなかった。
その様子を見ていた高校生たち。
「ホントに年上の女連れてるぜ、このガキ」
「おいおい。マジでコイツなの?こんなのにやられたって、ダサ過ぎでしょ?」
「うるせえよ!だったらてめえも噛みつかれてみろや。マジでキレるぜ」
金髪はそう叫ぶと包帯の巻かれた右手を翔太に見せた。
「憶えてるか?お前がやったんだ。忘れるわけねえよなぁ?」
何も言わない翔太に金髪はさらに続ける。
「とりあえず治療費だ。今すぐ3万。それをこの傷が治るまで毎週もってこい」
馬鹿じゃないの?という言葉を何とか飲み込んで、翔太は言い返す。
「・・・そんな金、小学生が持ってるわけないじゃん」
「はぁ?頭使えよ。親の金盗むとか、万引きでもなんでもして金作ればいいんだよ。
まぁ待たせてる間、お前は俺たちのサンドバッグだけどなぁ」
本当に馬鹿だった。
万引きがどう頭を使うことだというのか。
本気でそう思っている表情なのがさらに呆れさせる。
「翔太」
萌絵の手が翔太の右肩に触れた。
「大丈夫だから」
落ち着いた声で萌絵が囁く。
それを見ていたひとりが嘆くように叫んだ。
「え?マジで彼女持ち?小学生が?羨ましーー!!俺なんかずっと独り身なのにぃ!」
「ホントホント。羨ましすぎて、心が痛いわ!あ、こっちの彼女に慰めてもらうってどうよ?」
「はぁ?お前マジかよ?ブス専?」
「いやいや、別に顔なんかどうでもいいじゃん。こいつ、胸大きそうだし」
一人が萌絵の胸に手を伸ばす。
刹那---
バチン
鋭い音を立てて、その手がはじかれた。
一様に驚いた表情を浮かべる彼らたち。
そこには決然と萌絵の前に立ち、睨み付ける翔太の姿があった。
翔太のビンタが的確に、男の手をはじいたのだ。
裂帛の気合を込めて叫ぶ。
「萌絵に手を出すな!」
あっけにとられていた男がその眉を歪ませて叫ぶ。
「・・・つ!このガキぃ!!」
高校生たちの怒りが翔太を突き刺す。
その害意に反応し、萌絵の瞳がそっと細まる。
翔太は手提げ袋を振りかぶり、最初に向かってきた奴にぶち当てようとかまえをとった。
その時---
「はいは~い。そこまでな」
緊張感のかけらもない、それでいて無視できない朗々とした男の声。
誰もが声の発信源に視線を走らせた。
合計二十の瞳を真っ向から受け止めて、なお自然体でたたずむ人物。
その登場人物に男たちは疑問の表情を浮かべ、互いに視線を躱し合う。
誰かの知り合いかと。
当然、誰もがその知己ではない。
対してまったく虚をつかれた体の翔太は、驚きの声で彼の名を呼んだ。
「春にぃ!?」
古今東西、天下御免の確定事項
そう、いつだって---
「カカカ。おうよ。もしかして、タイミングばっちりか?」
ヒーローは遅れてやってくる。
萌絵が無双するといつから勘違いしていた・・・残念!春さんでした!!
萌絵無双を期待していた方、もしいたらすみません。
だって萌絵さんにはこの後、翔太無双してもらわないといけないんで、
モブに構ってられないのです。