012 狂華乱舞
最初は分割して投稿しようと思ったんですけど、途中で区切る場所が無くてこうなりました。なのでちょっと長いです。
ギリギリまで推敲してたんですが、今回も難航しました・・・
読み辛かったらすみません。
暴力表現あります。注意してください。
こうして思い返してみると、間違いばかりの半生だった。
私はいつもここぞというときに間違える。
それでも小さい頃はまだ良かったように思う。
私は両親のすすめるまま、家が出資する幼稚舎からの一貫校に通っていた。
今でも覚えている。
入学式の自己紹介、姉崎と名乗るだけで、その場の誰もが息を飲んだこと。
その直後から、教師達は私を腫れものを扱うような、
慎重に、そしてぎこちない接し方をするようになった。
それがクラスメイトにも伝播していくのには、
そう長くはかからなかった。
おそらく親からも言い聞かせられていたのだと思う。
それを知ったのはずいぶん後になってからだったけれど。
せめて私から声をかければ、少しは改善も望めたのかもしれないけれど、
元から人見知りの私が声をかけることはなく、結果、孤立していった。
少しは声をかけてくれる人はいた。
でもそれは業務上であったり、学校生活上の必要最低限の報告程度。
ならばと、勉学に、修練に励んだ。
自分を磨けば人は自然と集まるもの、と母から教えてもらったから。
しかし、学校で結果を出せば出すほど、一番をとればとるほど、人は遠巻きになっていった。
それ以後、私は他人に望むことを捨てた。
ただ自分だけを信じ邁進する。
そして私は中学卒業を機に、別の学校への編入を両親に願い出た。
誰も私を理解しようとしない場所。
私を受け入れない学校に未練などなかった。
そして私はひとり、姉崎を知らない街へとやってきた。
高校入学初日の自己紹介で、誰も姉崎に反応しないことに感動した。
ここならやっていける。
初日から声をかけてくれる人もいた。
まだ名前を教えあっただけだけれど、ここは私を受け入れてくれている。
やはり問題はまわりにあったのだ。私は悪くない。
そう思った。
本当に、私は甘い。
きっかけは何だったのか。
学校生活にも慣れ、冬服が夏のそれにかわる頃。
ある日学校へ行くと、私の上履きが消えていた。
仕方なく訳を話し、教師にスリッパを借りて教室へ向かう。
そして教室のドアを開けると、そこはもう私の存在を許さない場所になっていた。
昨日まで話していた人たちが、私を居ないものとして扱う。
そこかしこから聞こえてくるのは、煩わしい嘲笑。
体の芯から凍えるような・・・
その日から悪夢のような日々が続くことになる。
私はここでも間違えてしまっていた。
自分で選んだ結果の末路。
両親に相談することも憚られた。
間違い続けた私は間違いを起こす可能性に臆病になり、
諦念が私を動けなくしていった。
誰にも相談できぬまま一年が過ぎた。
そして---
高校2年の夏の日、私は翔太に出会った。
最初、私を妖怪と決めつけた人。
汚れた私の手を、躊躇わずに握ってくれた人。
泣いている私に、ずっと優しい言葉をかけてくれた人。
そして、こんな私と友達になってくれた人。
その日あったことを、私は絶対に忘れない。
死んでも、忘れない。
彼の名前は、和泉翔太君。
少し乱暴な言葉使いの、笑顔の素敵な小学6年生。
けれど乱暴でも彼の言葉はどれも心地よくて、触れた手は凄く柔らかくて、
私はすぐに彼の虜になった。
逢うたびに、私の願望はとめどなく膨れ上がっていく。
いつもそばにいたい。寄り添って居たい。
もっと触れて、そして抱きしめてほしい。
もっと、もっと、もっと、もっと・・・
翔太は私のすべて。
そう思うたび、
アンタの触れたものなんか、汚くて使えないから---
わかってるよ。
そんなのよくわかってるから。
望まないから。
分際を弁えるから。
翔太が欲しいなんて思わないから。
代わりに私の全てを捧げるから。
翔太の側にだけは居させてほしい。
けれど、けれど、けれど、けれど、
何度も、何度も、何度も、何度も。
刷り込まれたあの言葉が私を戒める。
私は汚い。もう救いようがないほどに。
自分から動くことはせず、相手の気持ちも理解せず、
ただ自分には合わないからと切って捨てた過去。
だから人は近寄ってこないし、いたとしてもあんな奴等だけ。
まわりからも捨てられた私。
私が汚してしまった体操服。
弁償することでしか償えないと思っていた。
でもその汚れを、彼は洗えば落ちると言ってくれた。
お前は汚くないと言ってくれているような気がした。
だから私は念入りに洗って、アイロンをかけて、返す日を待ち望む。
けれど、いざ返そうとしたら惜しむようになった。
また汚い私が顔を出す。
学校帰りに翔太の姿を見た。
何人かの友達と笑ってた。
声をかけて、ありがとうの言葉と一緒に渡せばいいだけなのに。
翔太とのつながりが消えてしまいそうで、私は先延ばしにした。
私はここでも間違えた。
結果は、酷いものだった。
彼に怪我を負わせることになった。
もう私は彼に会うべきではないのかもしれない。
なのに翌日には厚かましくも、翔太の家にまで行ってしまった。
汚い私はそれでも彼に会いたかった。
本当に、どうしようもなく浅ましい女。
会ってどうするとか。
どんな話をするのとか。
まったくわからないままに。
あの時の公園で、何かを聞きたかったはずなのに。
それも酷くあやふやで。
そもそも会わせる顔すらないはずなのに、
それでも一目会えたらと思って行ってみたけれど、結果は会えずじまい。
翔太のお母様らしい人には会えたけれど、何も言えずに帰ってきてしまった。
怪我の具合はどう?
熱は出てない?
お母さんに心配されなかった?
もしかしたら、そんなことを聞きたかったのかもしれない。
でも、きっと違う。
それよりもなによりも、もっと聞きたいことがあって、
でもうまく言葉にできない。
もう一度翔太に逢えば思い出せる気がする。
翔太---最後に見たのは震える背中。
あの時の翔太の声が私を傷む。
鋭い刃となって私の心を切り裂く。
これならどれだけ殴られた方がましだったことか。
どの口が『死にたい』などと言えるのだろう。
暴力よりもなによりも、もっと苦しいことがここにはあったのに。
それを今になって痛感する。
本当に、私はどうしようもない。
それでも朝は毎日やってくる。
鬱々とした私を滑稽だとあざ笑うかのように、きっちりと。
忌々しい思いで身を起こす。
いつものように学校へ行くために。
学校へなんか行きたくなかったけれど、たぶん行かないと翔太が怒る気がするから。
私は制服に袖を通し、靴を履き、電車に乗って学校へと登校する。
正面玄関を抜けて、昇降口へ。
周囲では互いに朝の挨拶をかわす人たちが行き交う。
だけど私に声をかける人はいない。
それは仕方のない、いつものこと。
私はこの学校で一番まずい連中に目をつけられてるから。
誰だって、あの女には関わりたくない。
靴を脱いで、上履きに履き替える。
すると横から伸びてきた手が、靴を入れようとした扉を叩きつけるように閉じた。
シン--と静まり返る昇降口。
振り返り見れば、大勢の生徒たちが私を見ている。
そしてあの女がいた。
名前は・・・忘れた。
憶えておく必要がないから。
後ろに控えている女二人も同じ。
正直、見かけが同じでわからない。
昨日までの私なら振るわれる暴力に怯えるだけだったけれど、今はそれどころじゃない。
この程度のことで怖がっている場合じゃない。
私にはもっと考えるべきことがあるのだから。
翔太のこととか。
翔太のけがの具合とか。
翔太の、翔太の、翔太の・・・いけない。
はやく授業を受けて、帰らないと。
そして今日こそ、絶対に翔太に会う。
どうしたらいいのかなんて、まだわからない。
なら会ってから考えればいいだけのこと。
だから私は閉められた扉をもう一度開けて、靴を入れて教室に向かう。
すると静まり返った昇降口が騒然となる。
五月蠅い。
騒ぐ意味が解らない。
「姉崎ぃ!」
誰かが私の名前を呼んだ。
あの女だった。
呼ばれた意味が解らない。
「なに?」
本当に煩わしいのに。
「あたしを無視すんじゃねえよ!」
「してないわ」
「してただろうが!今!!」
「そう。ごめんなさい。じゃあ、もういい?」
謝ったのにその女は私の胸ぐらをつかみ上げ、廊下の壁に突き飛ばす。
少し痛かったけど、翔太の受けた痛みほどじゃない。
「なんだよ。昨日までと違ってずいぶん強気じゃん」
「・・・・」
本当に、意味が、解らない。
「あれか?翔太君のおかげかなぁ?」
醜悪で汚らしいケツの穴が翔太の名前を口にした。
すごく、すごくイラつく。
勝手に翔太の名前を呼ばないでほしい。
翔太が汚された気がする。
「でもさ。残念。あんたの愛しの翔太君。あたしらが潰すから」
「そうそう。今日から追い込みかけるって、あーしの彼がマジギレで言ってたし、小坊なんて一発でしょ」
「ひゃははは。ざーんねん。あんたと関わったばかりにねぇ。あの時もブルブル震えて、マジ情けねえガキで笑えたし」
ああ・・・ようやく分かった。
私の聞きたかったこと。
同時に答えもこの女のおかげで、わかってしまったけれど。
『なんで翔太は怒ったの?』
そう聞きたかった。
今は解るよ。
とても。とてもよくわかる。
大切な人が馬鹿にされたら、危害を加えられたら、それはきっと、怒っていいことなんだ。
なら、私がこれからするべきことは決まった。
私は今、怒ろうと思う。
翔太のために。私の大切な人のために。
間違えることに恐怖して、歩みを止めるのも今日限り。
「ほら、どうするぅ?今すぐ、ここであたしの靴を舐めたら、考えてあげてもいいけどぉ?」
「必要ないわ」
「ハハハ。うわぁコイツ彼氏見捨てやがった」
「違う。そんなの私が守ればいいだけのことだもの」
まずは目の前の女。
胸元を掴む手を、身体の回転を利用して剥がす。
掴んだ手をそのままに重心を移動、腰を起点に投げた。
ふわりと人形のように大の字で空中を独楽のように舞う女。
何も理解していない呆けた顔が可笑しかった。
鈍い音がリノリウムの廊下に響き渡る。
誰もが驚愕する中、私はもう一人の腕を掴んで床にたたきつける。
もちろん受け身なんて取らせない。
死なないように落下地点は気にするけど、痛みだけは存分に。
残り一人。
逃げようとしていたけれど、そうはさせない。
一気に間合いをつめて投げる。
彼女は無様な悲鳴を廊下中に響かせて空を舞った。
それで終わった。
あっけない。
ほんとうにあっけない終わりだった。
佇む私と床に這いつくばる肉が三つ。
ああ、忘れるところだった。
しっかりとトドメだけは刺しておかないと。
禍根を残しては後々面倒になる。
翔太に危害が及ぶといけない。
私はいまだ痛みに呻く女に近寄り、背中を踏みしめる。
腕をとり、関節を極めれば、ほらもう逃げられない。
受け身をとらないから、次の行動ができないのよ?
一番最初に投げたのにね。
本当に鈍い女。
少し深く捩じるだけで、豚の様な悲鳴を上げてくれた。
もう五月蠅いなぁ。
それに涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃじゃない。
人に見せるものじゃないわよ?その表情。
ああ、でも豚なら仕方ないのかな?
正直、顔を近づけるのも嫌だったけれど、
背に腹は代えられないと、私は我慢して豚の耳元でそっと囁く。
これ以上怯えられてもいけないから優しく、そして丁寧に。
「もう私達には関わらないで。煩わしいの。
吠えるのは豚小屋だけにしておいて?
次は潰すから」
そうしたら、すごく大袈裟に頷いてくれた。
そんなに何度もしなくてもいいのに。
ちょっと馬鹿みたいよ?
でも、やっぱり誠意って大切だと思う。
誠意と真心を尽くせば、豚にもちゃんと通じるのよ。
その点、翔太は凄く紳士で誠意の塊みたいな人だった。
私も翔太みたいになれればいいのだけれど、まだまだだと思う。
戒めを解いてあげたら、その豚は怯えた悲鳴を上げて私から逃げた。
残りの二匹も私を悪魔を見るような目で見ると、あっという間に教室の方へ走って行った。
ちょっと傷つく。
馬鹿ねぇ。
教室でもまた会うのに。
ああ、でもちょうどいいかな。
お礼を言い忘れたから。
「おかげで全部わかったわ。感謝してる。よくも、ありがとう」
萌絵ははっきり言って黒いです。もう真っ黒。
翔太以外はカスだと思ってます。
今回、萌絵の黒さとか弱さとか黒さとか、ちゃんと表現できてるか自信ないです。本当に