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掌編 竜は蝶を追う

掌編 竜は蝶を追う


 蝶の飛ぶ夢を見た。

 久しぶりだなと思い、竜軌は寝返りを打つ。浴衣がはだけるのも気にしない。

 彼はどうにも浴衣でなければ落ち着いて寝付けない性分だった。

 先だって呼びつけた荒太は、竜軌の浴衣姿に一顧だにしなかった。

 自分の価値観においてどうでも良いと思う事柄は目に入らないのだ。

(あやつは昔からそうだ)

 有能で身軽で、小回りが利く。先を読む目を持ち、おまけに勘が良い。

 どこぞの領主などでなくて幸いだと、何度も思った。

 下手に身分があれば、いずれは殺すことも視野に入れなければならず、厄介だ。

 忍術、陰陽術など諸芸を修めた嵐は、自分の地位の低さを見事に逆手に取り、優位性を勝ち得ることに成功していた。

 そんな彼の眼には彼女がどう映っているか気になり、一度訊いてみたことがある。


〝嵐。お前、あれをどう見る〟

 信長が顎をしゃくった先には、彼らのいる部屋の斜め向かい、濡れ縁に端座する一人の女子がいた。

〝…お美しゅういはりますね。まるで、玻璃細工(はりざいく)で出来た蝶みたいや〟


 玻璃細工で出来た蝶。

 繊細で美しく、ふわふわと舞えば壊れてしまいそうな。

 言い得て妙だった。そしてそれを聞いた竜軌は、内心驚いていた。

 自分もまた、彼女を初めて見た時、同じ感想を抱いたからだ。自分で訊いておきながら、彼女の本質に近いものを嵐が見抜いたことが、少しだけ面白くなかった。

 ゴロリ、と再び寝返りを打つ。今度は傷が痛んだ。アオハとの闘いによる負傷は、まだ癒えていない。シナリオを完成させる為とは言え、随分と気前の良いことをしてしまった。

 だがその甲斐はあった。

 竜軌の耳はあらゆる音を捉えていた。

 真白の嘆き。

 荒太の怒声。

 ギレンの独白は、自分の耳を意識してのものだったが。

(…門倉剣護)

 惜しい男だ、と思う。

 あの甘ささえ捨てれば、十分に自分の対抗馬にも成り得る器だった。

(緑の目の加護を失い、当分は悲嘆に暮れよう――――――白雪)

 そこにつけ入るのも一興ではあるが。

(荒太がうるさかろうな)

 番犬のように吠え立てて来るだろうことは、目に見えている。

 このように、あらゆる声が、事象が、望めば自分の耳には届くのに。

「おい、いつまで待たせる気だ、お前」

 誰もいない部屋の天井に声を放つ。

 彼女の声だけが聴こえない。

 竜軌は聴くことは出来ても、声を届けることは出来ない。

 一方通行だ。

「…浮気しても不平は聴かんぞ」

(暑い――――――)

 オゾン層、温暖化、云々の言葉など知ったことかと、竜軌は勝手気儘に冷房を入れまくっている。

 だが。

(熱い)

 玻璃細工の蝶が、空を舞う夢を見ただけで。

(熱いぞ、帰蝶。何とかしろ)

 水はいらない。

 蝶が欲しい。

 孤独な竜はずっと、蝶を追い飛び続けている。



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