表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/102

幕間 明(あけ)の再会

亡き許嫁(いいなずけ)の生まれ変わりを、ずっと探し続けていた明臣のお話です。

あいかわらず、初見の方に優しくないストーリーですみません。

「吹雪となれば」の「桜屋敷」と「幕間 火の記憶」にも登場した明臣の後日談です。

幕間 (あけ)の再会


 琵山(びざん)高校に通う和久井琴美(わくいことみ)には最近気になることがあった。

 より正確に言うなら、気になる人がいた。

(いや、でもあれって人って言うのかな)

 思いながらそっと教室の後ろを振り向くと、こちらを見ていた彼とばっちり目が合ってしまった。

 にこ、と笑いかけられ、思わずパッと顔を戻す。

 ――――――――問題は、彼がこのクラスに以前からいた、という記憶が、琴美にだけ無いことだった。燃えるような赤い髪に端整な顔立ちの、彼のような存在がいたら忘れる筈は無いのだが。

 クラスメートの誰に訊いても、彼は確かに前からこの二年三組に在籍していた、と答える。そして決まってなぜそんなことを訊くのか、と言う顔をする。

 気さくで人懐こい笑顔の彼、渡辺定行(わたなべさだゆき)は男女を問わず誰からも人気があった。

 そして定行は、琴美にはとりわけ親しみのある笑顔で接した。

「渡辺君って絶対、琴美に気があるよ」

 クラスの女子はそう断言していた。近い内、(こく)られるんじゃない?とも言われたりした。

 けれどやはり、琴美の記憶に定行は存在しなかった。彼は気が付くと一週間程前に忽然(こつぜん)と姿を現し、さも以前からのクラスメートであったかのように振る舞ったのだ。誰もが定行の存在に疑問を抱かないことに、琴美はぞっとした。

座敷童(ざしきわらし)みたい………)

 六月に入り、そろそろ初夏の風が感じられるころ、琴美は定行と日直当番になった。出席番号順からして、確かにそうなってもおかしくはないのだが、琴美は心の中で悲鳴を上げていた。

(早く日直日誌を提出して帰ろう)

 他の生徒の姿が消えた放課後の教室で、カリカリとシャーペンで日誌に書き込む音を響かせながら、琴美はひどく(あせ)っていた。

「和久井さん?」

「きゃっ……」

「きゃ?」

 日誌を書くことに集中していた琴美は、目の前に立つ定行の存在に今まで気付かなかった。

 定行はきょとんと目を丸くしている。

「―――――――ごめん、驚かした?」

 殊勝(しゅしょう)に定行が謝る。

「あ、ううん。ちょっとびっくりしただけ。―――――もうすぐ、書き終るから」

「うん」

 定行は頷くと、手近な席の椅子(いす)に座り、琴美を待つ姿勢を見せた。日誌には、定行も書き込まねばならない箇所があるからだ。

 琴美は緊張の極みにあった。

「和久井さんってさ、僕のこと怖がってるよね」

 定行がぽつりと言った。

「え?」

 日誌から顔を上げて定行を見ると、彼はじっと琴美を見ていた。

(あれ?……目が、青い…?)

「まあ、無理も無いか。―――――――君の記憶をいじるのは嫌だったから、君だけ何の暗示もかけてないし。いきなり僕みたいなのがクラスメートに混じってたら、普通は不気味(ぶきみ)に思うよね」

 琴美はぎょっとして目を見開いた。

 上目遣いに定行の顔を見ながら、恐る恐る口を開く。

「わ、渡辺君って…、やっぱり前はいなかったよね」

「うん、そうだよ。君の認識は間違ってない」

 定行は動じることなく頷いた。

「…座敷童、なの―――――?」

 赤い髪はもしかして地毛なのだろうか。

 そんなことを考えながら琴美は訊いた。定行の存在自体は不気味だが、彼の髪の赤はとても鮮やかで綺麗だと思う。琵山高校の制服である学ランの黒に良く映える。

「ううん。妖怪とかの(たぐい)じゃない。僕は花守(はなもり)の一員で、明臣(あきおみ)と呼ばれてる。一応、神籍(しんせき)を持ってるよ」

 気を悪くした風でもなく、定行はさらさらと言った。

「はなもり?親戚?」

 琴美にはさっぱり訳が解らない。

 定行はどこか得体の知れない微笑を浮かべた。

「…君がおっとりしてて、前のことを忘れて、僕のことを思い出せないとしても、まあ気長に待つよ、(とみ)。――――やっと逢えたんだ」

「――――――とみ?私は、」

 琴美だ、そんな名前じゃない。そう言おうとした。

 けれどその言葉は琴美の(のど)につかえるようにして、声にして出されることは無かった。

「………あの応仁の大乱は、ひどかったね…」

 琴美から一瞬だけ目を逸らし、(つぶや)くように定行が言った。

(―――――――応仁の乱?)

あの、日本史で習ったあれのことだろうか。

 琴美の怪訝(けげん)な表情に構うことなく、再び彼女に目を向けた定行は続けた。

 琴美のほうに、やや身を乗り出す。反対に琴美は、身体を引いた。

「…ねえ。もしかしたら、君は怒ってるのかな。僕が君を見つけるのに、かなり手間取ってしまったから。―――――五百年は、さすがに長いよね。君を見つけたのは、魍魎(もうりょう)狩りの最中の偶然だった。こういうのを、塞翁(さいおう)が馬って言うのかな」

(これは――――――)

 危ない。

 定行は、相当に思い込みの激しい、電波系の人なのだ。何やら良く解らないが、琴美を誰かの生まれ変わりだなどと、はた迷惑な思い込みをしている。こんなに端整な顔をしているのに、勿体無い――――――。

 琴美の頭にはそんな思いが浮かんでいたのだが、彼女の目は吸い寄せられるように定行の顔に向き、そこから離れることが出来ないでいた。

(さだゆきさま……)

「―――――どうか―――御無事で―――」

 琴美は自分の口をパッと押さえた。

 今自分は、何を口走った―――――――――?

 定行は茫然(ぼうぜん)とした顔をしている。

 気付くと琴美は、がしっと定行の両腕を(つか)んでいた。

「駄目だよ、渡辺君!」

「は?」

「私たち、二人して妄想する精神病に(かか)ってるみたい!今度、一緒にメンタルクリニックに行こう!心理カウンセラーの人に、話を聴いてもらうの。私、ネットで良いところを探しておくから」

 至極真剣な顔で琴美は言った。

 定行はしばらく目を(しばたた)かせていたが、やがて盛大に噴き出した。

「…和久井さん……、そのリアクション、すごく面白いよ………」

 笑いながら、途切れ途切れにそう言う。

 琴美はむっとした。

「私は真剣に言ってるんだよ?」

「…うん、解った、解った」

 相変わらず笑いながら言われても、説得力が無い。

「僕は別に、和久井さんと一緒ならどこに行っても良いんだ。気違い野郎って思われてもね。じゃあ、和久井さん、メンタルクリニックの予約が取れたら、教えて?二人で一緒に行こう。楽しみにしてるよ」

 何とか笑いを収めた定行は(ほが)らかにそう言うと、微笑んだ。

「――――――うん」

 あれ?と琴美は首をひねった。

 定行が書く欄を除いて、書き上げた日直日誌を彼に渡す。

 定行はそれに目を通し、自分の担当する箇所を書き込んでいる。

墓穴(ぼけつ)を掘った気がする)

 琴美がそう自覚したのは、それからしばらく経ってからのことだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ