9話
残酷描写が有りますので苦手な方はご注意下さい。
「あ〜、そろそろ次に進んでいいか?」
楽しそうにグリグリグリグリ、といい笑顔でメイドに教育している執事には悪いが話が先に進まない。
邪魔が入ったシェルは小さく舌打ちし(くどいようだが客人にする態度ではない)、次の瞬間こちらが見間違いかと勘違いする程素晴らしい変わり身で失礼致しました、と腰をおった。要領のいい男だ。
「大変お見苦しいところをお見せ致しました。
さて、不愉快なクズは野たれ死ね……ではなく放っておいて、何を聞きたいのですか?」
突っ込みをぐっと堪え、レリットのコレクションを眺めながら一番の疑問を聞いてみた。
「…何故レリットの作品を外に出した?王の墓守が金に困っている訳でもなし、レリット好みじゃない一般受けする物をわざわざ作らせてまで」
お金に困った者や、自分の作ったものがどの程度か試したい貴族も中には居るかも知れないが、外に出た作品はどう考えても全てレリットの好みから外れている。
コレクションから視線を外しシェルに向き合うと、殺気と見紛うような心の中まで見透かす瞳で見ていたが、やましい事は無いアーウィンも目を逸らさずシェルを見た。
どれくらいの時間が経ったのか、シェルは口元を上げると合格です、とパチパチ拍手し始めた。
空気が緩み知らず知らずの内に息を詰めていたアーウィンはゆっくり息を吐く。
全く心臓に悪い。
小馬鹿にしているかと思ったが拍手するシェルの瞳には賞賛の色が見て取れた。
「文句無し合格ですよ、アーウィン様。
まあ、この屋敷に辿り着いた時点でほぼ半分は合格だったのですが」
「何かよく分からんが、説明してくれるんだろ」
「はい。全てはお嬢様の為でした」
執事は先程までとは違う主に対する雰囲気で話し始めた。
「このコリンヴィータ家は王の影であり、諜報、時には暗殺まで一手に引き受けております。
しかし次代はお嬢様ただお一人。旦那様も新しい奥方をお迎えする気はありませんし、何よりあのヘタレには無理です」
………自分の主人をヘタレ扱いか?
「研究三昧、根暗、引きこもり、死人と身内以外目も合わせられないビビり。奥方をお迎えしお嬢様が産まれた時には、マール様を始め使用人一同奇跡が起きたと思ったものです」
ヘタレめ。
「そんなわけで次代は期待できずお嬢様が次期当主になります、が」
そこで一旦言葉を切り、レリットを横目に何かを思い出すように瞳を和らげ話を続けた。
「私共はお嬢様が愛おしく大切なのです。
コリンヴィータ家は暗部を司り綺麗事だけでは務まりません。
お嬢様自身はネクロマンサーの素質はありますが、性格上それを暗部で活かす事には向かないでしょう」
それまで黙っていたメイサが静かに喋り始めた。
「アーウィン様、この時代には奴隷制度が撤廃されておりますが、生前私の両親は奴隷でした。その両親から生まれた私もまた奴隷でした。
奴隷達は物のように売り買いされ、最後に私が買われたお屋敷のご当主様は精神異常者だったんですね。夜な夜な奴隷達の身体を斧で玩具の様にバラバラにしては悦に入る人でした」
淡々と話をするメイサに慰める言葉は無い。
多分本人も望んでいないだろう。
「一人、また一人居なくなる奴隷達を見ていました。私の番が来たときも何も思いませんでした。
鎖で繋がれ体を固定された時も、斧を振りかぶられた時も抵抗もしませんでした。
でも最後に一つだけ。固定された足を見た時に視界に入った自分の着ている汚れてボロボロの服を見て思ったんです。
一度でいいから綺麗な服を着てみたかった。可愛らしい下着や綺麗な靴やレースのスカートを着てみたかった、と。
それが私の最後の記憶です。
蘇ってからマーサ様からワンピースを頂きました。お優しいお嬢様は私の為に可愛い服を自ら作って頂いた上、恐れ多くも慕ってくれています。
……今、私は幸せなんです。だから私、お嬢様の為になら何でもします」
そう言って笑ったメイサはとても魅力的な笑顔だった。
心の底から幸せだと。
「あのグールも元は人間に目を抉られ虐待死した犬です。
術で蘇ったグールは人間に怯え威嚇していましたが、何度噛まれてもお嬢様はグールを撫でることを止めませんでした。
……今では馬鹿犬に成り果てましたが。
アーウィン様。お嬢様は私共の安らぎなのです」
「主従契約までして蘇る、か」
「ネクロマンサーの術は色々制約が多い術ですが、一番大事なものは死人の願い。強い強い生へ執着する者の、思い残した者の願いなのです」
「……お前も願いがあったのか?」
アーウィンの問いかけにシェルは静かに笑っただけだった。
「まあ、そんな訳で私達はお嬢様には幸せになって欲しい。でも家がある。
では犠牲者、もといお嬢様の伴侶に頑張ってもらおう!と結論に至りました」
「今、犠牲者言った!!」
「適当には出来ませんが、しかし私共には何方が有能なのか分かりません」
「無視か!」
「なのでお嬢様をちょちょいと騙して刺繍を準備して頂いている間に、旦那様の遠縁の方が雑貨屋を経営していたので事情をご説明し協力して頂きました。
美しく若い女性をキャッチコピーに僅かなヒントからここに来た有能な生贄を婿として迎えようと。
そしてアーウィン様、あなた様が当家にやって来たのです!はい、拍手」
パチパチとまばらに起こる拍手。
頭の中がズキズキと痛みを訴えてくるのは気の所為ではない。
つまり自分は灯りに寄せられ捕まった蛾かカブト虫か?ここまで当人達を無視した計画は如何なものか。
米神を押さえるアーウィンにシェルがまた一つ爆弾を落とした。
「ふ、お二人の出会いを演出した私の苦労が報われるというものです」
…出会いとはあれか?レリットを数時間外に虫干しした事か?
「因みにアーウィン様の行動は逐一報告されていました。
……串焼きのお兄ちゃん。いえ、顔無しのダブジグスの英雄と言ったほうがいいですか?」
「ーーっ。…すっかり掌の中ってか?英雄は止めろ。あれは戦場の人殺しの名称だ」
「承知致しました。
しかし貴方の様に有能且つ私達を恐れない優良物件をみすみす手放すとお思いで?
因みに当家に婿養子に来られた場合、漏れなく王家の加護が受けられアーウィン様が裏で行っている孤児院の完全教育化が進むと思いますが」
どうです?、と言わんばかりに休みなく次々攻撃をしかけてくるシェルに息も絶え絶えだ。
人の足元を見やがって。
しかしこのまま丸め込まれてなるものかと抵抗する。
「それは兎も角、レリットの意見も尊重しろ!
結婚どころか婚約も早すぎる年齢だろうが。レリットは可愛いとは思うが俺はロリコンじゃない!」
「………………年齢ですか?そ、そうですね。年齢が、くく」
後日、この時肩を震わす執事を問い詰めておかなかった事を深く後悔することになる。