8話
「…アーウィンどれがいい?」
レリットの純粋な眼差しに、こんな不気味なもの要らねーや、と思った自分。
土下座して生きていてすみませんと謝りたくなる。
「そ、そうだな」
またもアーウィン一人に向けられる殺気に、返答を間違えれば執事の報復が待っているだろう。
「あ〜、後輩が女性にプロポーズするんで、何か女性用の物を」
「…このショールはやブランケットは?」
先程の蝶がもがいている黒のショールと紫色の鬱蒼とした腐った?森の模様のブランケット。物は良さそうだが温かさどころか寒気を感じる気がするのは何故だろうか?
「あ、あのな、その娘花屋でな、動き回るんでタペストリーやショールじゃなくちょっと身に付けれる物とか無いか?因みに黒系は似合わん(多分)」
「…黒が似合わないなんて、可哀想。人生半分損してる」
そこまでか?
レリットは暫くコレクションを一通り眺めた後黒系以外のものが無かったのか少し眉が下がった。
「…その人、髪の色は?」
「髪?確か赤だ。長い巻き毛の綺麗な赤だったな」
「…赤。白色が映える。髪が長いならリボンがいいと思う。今から作る」
「へ?今からか?」
「…大丈夫、レース編みは得意。
メイサ、じゃなくシェル白と薄緑のレース糸と鉤針を持ってきて」
「お嬢様、こちらに」
懐から鉤針と糸を取り出した執事は心なしかドヤ顔だ。何故懐に?と疑問を持ってはいけない。ロリコン変態も行き着くところまで行くと何でも有りだということだ。
何時ものことなのかレリットは特に疑問にも思わずそれを受け取り手に鉤針と糸を手に持った。
優雅な手つき。
素早い指先は必要最小限の無駄のない動き。川が流れる様に白い糸と薄緑の糸が一人でに動きお互いを絡ませ合いながら形作っているかのようだ。
徐々に編み上げられていくリボンは素人目に見ても恐ろしく緻密な技法を用いているのだろう。レリットの技量がすば抜けている事は何となく分かった。
アーウィンは様々な職人を見てきた。盛り上がった筋肉で槌を振るう者、見たものをそのまま描く画家、勿論装飾関係の針子の仕事も見た事があるが、背筋が震えるほど綺麗だと感じたのは初めてだ。
止まることない白い指とリボンをぼうっ、と魅了された様に見ていたアーウィンの方にシェルが親しげにポンっ、と親しげに手を置きお茶に誘う。
何故かその笑顔に寒気を覚えたのは秘密だ。
「ハーブティーをどうぞ。
ああ、お嬢様はお気になさらずに。一度始めると止まりませんから」
「凄い集中力だな」
「一種の才能ですよ。あの状態のお嬢様は何も耳には入りませんから。………それではアーウィン様、ここからは少し大人の話を致しましょうか」
チラリとレリットを見るが目の動き、動作に不自然な点は無いが、大人の話とやらを目の前で堂々としてもいいのだろうか?
躊躇するアーウィンに執事が苦笑しながら大丈夫と請け合った。
「体を揺すったり手を無理矢理止めなければ大丈夫です。何せマール様のお墨付きですから」
「マール様?」
初めて聞く名前に首を傾げれば、シェルは一瞬瞬きしたものの、直ぐに理解し言葉を繋いだ。
「失礼致しました。マール様はお嬢様の祖母にあたります。三年前にお亡くなりになられましたが。
若かりし頃は希代のネクロマンサーとして腕を振るいました。
一例を上げますと首無しの特殊工作員を他国の王の枕元や貴族屋敷の窓の外に立たせる等、様々な者たちを恐怖に陥れ…ゴホゴホ、失礼。兎に角心理的攻撃を得意とし我が国に多大な貢献をした女傑にございます。
お嬢様に魔法や裁縫を教えた先生でもありますね」
それを聞いたアーウィンの顔が歪む。それはさぞかし心理的苦痛を与えられたことだろう。
亡くなった方に不謹慎だが、あまりお知り合いにはなりたくない人種だったようだ。
「お嬢様はマール様に育てられたようなものですから」
……父親は仕事におわれ母親は既に亡くなっているレリットは祖母に育てられたのか。
素直なレリットを見ていると、愛されて育てられたのだとよくわかる。女傑と聞いてふくよかな優しいお婆ちゃんのイメージは遙か遠く隣国まで行ったが、裁縫の腕前といい食事マナーといいしっかり躾けられたのだろう。
それが今は変態に世話をされるハメに。世の不条理に思わず心の中で涙ぐむアーウィンにシェルが絶対零度の眼差しでみくだ、、見下ろしていた。常識的に考えても客人にする態度ではない。
「非情に不愉快な事を思っているようですが、これから毎晩枕元に立って差し上げましょうか?」
バッタにも引けを取らない動作でビョンッと椅子から飛び降り土下座した。
プライドも何も関係ない。
向こうは生者ではないので気配はしない。睡眠も必要無い。毎晩やられた日には確実にこちらが病むか心臓マヒを起こす。
「…まあいいでしょう。
ここだけの話ですが奥様、いえ元奥様はご存命ですよ」
……は?
「大切に育てられた貴族のご令嬢がこの状況に適応出来ますか?普通の人でも無理でしょう」
今、適応しているアーウィンが遠回しに貶されているのか?
「お嬢様には亡くなったとお伝えしておりますが、口止め料込みの手切れ金はかなりの額でしたからね。今頃南国でバカンス、もとい、慎ましく暮らしているのではないでしょうか?」
「……あれ?シェルさん。確か数ヶ月前に南国から手紙来てませんでしたか?お金が無いとか何とか?」
メイサが首を傾げるがシェルは素敵な笑顔でメイサに近づくと、少し屈み彼女の頭に手を置き揺さぶった。
「そんなはずないでしょう。
無いですよ。無いんです。分かりましたか?第一、一生暮らせる金額を使い切るとは馬鹿ですか?馬鹿でしょう?しかも今後一切、当家とは一切関わらない契約書にサインまでしているのに堂々と金の無心をするようなクズがお嬢様の生みの親の訳無いんです。ほら、その手紙は貴女の記憶違いなんですよ〜」
グリグリグリグリ、頭に置いた手に力を込めながら撫でる執事と涙目で必死に首を支え、見てません〜、と叫ぶメイドに上下関係の厳しさを垣間見た。
は、話が進まない。( ̄◇ ̄;)